【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 精霊達の内緒話 14 後編

公開日時: 2023年11月26日(日) 09:31
文字数:3,550

「君に、頼みがある」


 この世界を護る緑の精霊神 ラスサデーニア様は私を見つめ、柔らかい、でも真剣な眼差しでそう告げた。


「なんですか? 改まって。

 私、精霊神様に頼まれれば、できることなら大抵やりますよ。

 いつも助けて頂いているし」


 今まで、何度も精霊神様達には助けて頂いた。

 命を救われたことも何度もある。

 よっぽどの事でなければ手伝うつもりだけれど、身体を貸すとか、舞を舞って力を捧げる、とかではないのだろうか?


「その辺は、まあお互い様だよ。

 僕達も君に、君達に何度も助けられているしね」


 軽く肩をすくめるラス様。


「君も僕達にとっては同じ宿命をもつ妹のようなものだ。

 兄弟や、家族が互いに助け合うのは当然だろう?」

「妹……」


 私が。

 正確に言うなら私とリオンが、精霊神様達には妹弟的存在であることは何度も言われてきた。


「見た目も能力的にも全く違っているように見えるのに、精霊神様達は、私達を弟妹、家族って呼んで下さるんですね」

「うん。血や肉では無く。同じ運命と使命で結ばれた兄弟だから。僕らは」

「運命と使命ですか?」

「そう。この星の子ども達を守る、というね。

 君も同じ思いを持っているだろう?」

「はい。でも……」


 私は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 私には確かに、異世界転生した保育士 北村真里香として、子ども達を助け、守りたいという思いがある。

 でも、この思いは私のものではないのだろうか?

 この転生した身体、『精霊の貴人エルトリンデ』に与えられた使命なのだろうか?

『私』は異世界転生者 北村真里香で、生まれ変わった身体が『精霊の貴人エルトリンデ』だっただけだと思っていたのだけれど、実は違うのだろうか?


「マリカ?」

「あ、なんでもありません」


 心配そうに私の顔色を伺うラス様に、私は頭を振って応えた。

 これは、多分言えない事だ。聞いても教えてくれない。


「それで、お願い、とは?」

「うん。『神』をなんとか外に引っ張り出して欲しいんだ」

「引っ張り出す?」


 思いもかけない提案、というか話に私は目を瞬かせる。


「そう。『神』はさっきも言った通り自分の領域に引きこもって、目的の為に力を集めてあれこれやっている。僕達は基本的に他の『精霊神』の領域に介入はできない」


 招かれたり呼ばれたり、相手が入れようと思えば別だけど。

 とラス様は言うおっしゃった。

 封印解除の時は他の精霊神様達が認めたから、なのか。


「彼と、『神』とちゃんと話がしたい。

 一度だけ出てきた時があったけど、あの時は君の身体を乗っ取っていたし、アーレリオスだけだったし、他の子達もいたから話もできなかった。

 引っ張り出して、ちゃんと話をして。解って欲しいんだよ。自分の間違いを。

 僕達の思いを……」


 ラス様の言葉には怒りや苛立ちは感じられるけれど、憎しみの思いは見えない。

 他の『精霊神』様達からも感じられたけれど、この方達にとって『神』は敵では無く、意見を違えた仲間、聞き分けの無い上司、みたいな存在なのだろうか?


「でも、引っ張り出すってどうやって?」

「だから君の力が必要なんだ。『神』が求め、自ら招き入れる『星』の娘。

精霊の貴人エルトリンデ』『聖なる乙女』マリカ。君の力が必要なんだ」

「私の力が、ですか?」

「そう。『神』と話をして、本人の力の一部でも、端末でもいい。

『領域』から出して欲しい。

 指先でも、髪の毛一筋でもいい。っていうのは比喩だけど。

 彼の一部でも外に引っ張り出せれば、後は僕達がなんとかできる。

 やってみせる。

 アースガイアの大地は元々、精霊神の領域だ。

 油断さえ、しなければ好き勝手はさせない。今度は逆に彼を封じることだってできなくもない。

『神』もそれが解っているから、多分、もう簡単には外に出てこない。

 無理やりに『魔王』を作ったのも。きっとその為だ」


『神』の額冠の時の例がある。

『神』は確かに私を狙っているのだろう。とは思う。

 私の身体を手に入れて、何ができるのかは解らないけれど、何か利用価値はあるのだ。


 そして、もうすぐ新年。

 何をどうするのか具体的にはまだ解らないけれど大神殿で、舞と力を捧げる儀式があるのだという。

『神』が直接降りる儀式。

 そこでもしかしたら、ラスボスと直接対決になったりする?


「私が『神』をどうこうできるんですか?」

「君にしか、できない。

『精霊の力』と人の『気力』を併せ持つ『星』の娘。マリカ。

 君以外にはね」


 確信めいた言葉で、精霊神様は告げる。

 精霊神様がそういうのなら、そうなのだろうけれど……。


「具体的にはどうすれば?」

「『神』が君に憑依して、領域から出てくるのが一番手っ取り早いかな?」

「いっ!? それって身体を乗っ取られるってことでは?」

「大丈夫。必ず、その時は僕達が奪い返すから」

「そんなこと言ったって……」


 嫌なことを思い出す。

 以前、アーヴェントルクで『神』の石とかいうのを身体に入れられて、精神が浸食されそうになったことを思い出す。

 あの時はアーヴェントルクの精霊神ナハト様が助けてくれたけど、辛かった。

 マジで死ぬかと思った。思い出すだけで背筋に寒気が走る。


「……どうしても、やんなきゃなんないですか?」

「無理にやれ、と命令はしないよ。

 あっちも警戒しているだろうし」

「少し考えさせて下さい」

「うん。解った。別に僕らに期限があるわけじゃない。

 五百年待ったんだ。彼と話し合う為なら少しくらい待つのはなんでもないよ」


 うっすらと笑ったラス様は、話は終わり、というように空を蹴り、重力のない不思議空間を踊る様に揺蕩う。

 線の細い身体は小学校高学年。良くて中学生の子供にしか見えない。

 でも無重力空間に一人身体を泳がせる姿は、孤独にあまりにも慣れているように見えて、少し悲しく……寂しくなった。


「ラス様」

「なあに?」

「精霊神様達は、寂しくないんですか?」

「? 寂しく?」

「封印されていた事は別にしても。兄弟達と離れて、たった一人で聖域の中で。

 精霊神様以外、誰もいない。何もない世界で。

 寂しかったり、辛かったりはしないんですか?」

「寂しくはないよ。辛くも……今は無い」


 くるりと、振り返りこともなげにラス様は笑う。


「本当に?」

「うん。多分、本当に寂しいのは、辛いのは『彼』の方だ。

 あのわからずやの引きこもりが……。ホント。

 世話が焼けるんだから」


『彼』


 精霊神様達がそう、優し気に、時に厳しさを宿して呼ぶ人物は『神』だということはもう解っている。

 私達は魔王城で、魔王になってもいい。

『神』を倒し、子ども達が生きる世界を取り戻す。

 そう決めて生きて行動してきたけれど『神』は解りやすい悪役ではなくて。

『神』を倒せば全てが終わる。

 そんな簡単な話では無い事も解ってきた。


(『神』と会って話がしてみたいな)


 ふとそんなことを思う。

 彼を身体に宿し、外に連れ出すというのはできるかどうか、解らない。

 怖いし。

 でも、考えてみれば、精霊神様達に身体を貸すのなんていつものことだし。

 話を聞いて思いを仲介するくらいなら、できるだろうか?


「解りました。私の話を『神』が聞いて下さるかどうかは解りませんけれど」

「僕達の尻拭いを頼むようで悪いね。

 でも、僕達が君に望むのはそれだけだ」

「いいんですか? さっきも言った通り、できることならお手伝いしますけれど」

「大丈夫。

 君は、君が信じるままに進み、やるべきと思う事をやればいい。

 それが必ず、子ども達を、この星を守ることに繋がるからね」

「はい。ありがとうございます」


 いつも私達を見守り、助けてくれる優しい精霊神様達の役に立てることがあるのなら、頑張ってみようと思ったのだった。




 そして、これは私の知らない本当の内緒話。


『マリカを頼んだよ。エルフィリーネ。

 僕のこの身体じゃ、彼女を抱きしめてやることもできない』

「お任せ下さい」


 力の抜けた私の身体を支え、ベッド寝かせるエルフィリーネと精霊神様の会話。


「本当に。子どもの成長は早いものですね……。

 最初の頃に比べると、随分と大きく重くなって。

 あの方が、大変だと言いながらも夢中になっていたのが解ります」

『エルフィリーネ。忘れちゃだめだ。マリカは先生じゃない』

「解っております。誰よりも。

 それでも。

 あの方と同じ魂の色を持つマリカ様を、私は別人だと思えません。

『星』の願い。あの方の遺志。

 それを差し引いても。私はこの方に幸せになって頂きたいのです」

「まあ……似すぎているし、今となっては本当の意味で、『先生』の転生、なのかもしれないけれど……」

「はい」


 静かにベッドに横たえられた私の身体を、そっと撫でる優しい手。


「私は、ずっと、ずっと待っています。

 願っているのです。

 取るに足らない私に、あの方が語り掛けてくれたあの日から。

 人々の為に全てを捧げたあの方が、再び戻り、報われ。

 輝きと喝采、喜びと栄光に包まれる日を。

 あの別れの日からずっと……」


 彼女の呟きと思いを、私はまだ知らない。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート