命令が突然、空から降ってきた。
「マリカ リュートを皆に弾いてやれ」
「はい?」
命令を出したのは第ニ皇子トレランス様。
夏の戦の指揮官なので今日の主役の様なものだけれど、何故にいきなりそんな事を命じられなければいけないのだろうか?
「其方、秋の大祭の後の宴でリュートを弾いただろう?」
「はい、そうですね。
でも、それが何か?」
首を傾げる私にトレランス様はふふん、と鼻を鳴らして笑った。
「珍しい歌で、大貴族の楽師達も知らぬ歌であったと評判なのだそうだ。
知りたいという声が大きい。弾いてやれ」
秋の戦の時は足に怪我をしていて踊れなかったから、代わりにリュートを弾いた。
向こうの世界のアニメ曲だからそれは聞いたことがないだろうけれど。
あの後、お父様とお母様に
「随分と珍しい歌だな」
と首を捻られた。あの時は誘拐されて直ぐ国務会議→宴だったからほぼ事前相談なしのぶっつけだったんだよね。
この世界の唄は吟遊詩人が語る弾き語りがメインで、後は祭りなどでみんなが踊る民謡とか。
あんまり向こうの世界のような歌謡曲はないので珍しくはあったのだと思う。
「その曲を聞きたくて楽師を連れてきている者もいるようだ。
一度歌ってやれ」
「でも、練習もしておりませんし、リュートも持ってきておりませんし…」
「リュートなら、楽師達から借りれば良いでしょう? 其方の抱えの子どもの楽師もいるのですから」
一応断ろうとしたのに畳みかけて来るアドラクィーレ様。
旅行中は舞の練習はしたけれど、リュートの練習はしていないので指が多分動かない。
うーん。
悩んでいるとお父様が背中をぽぽんと叩く。
「マリカ。
アレクはその曲は弾けるのか?」
「弾けると思います。歌詞も教えましたから」
旅行中に伴奏練習を手伝ってくれたお礼としてアレクには新しい曲をいくつか教えた。
あの曲も今は弾けるはずだ。
「ただ、女性曲なんですよ。
貴方と出会って、世界の美しさを知った、っていう恋歌。
アレクが歌うには向かないかと…」
男性楽師が覚えてもあんまり歌える歌じゃないと思うんだけど。
「なら、妥協案だ。
アレクに弾かせてお前が歌え」
「その辺が妥当ですかね」
第一皇子の命令だから基本逆らえない。
アレクのお披露目にも丁度いいかも。
私は楽師席の最前列にいたアレクをノアールに呼んできて貰った。
「あの蒼い月の唄弾いて貰える?
私が歌うから」
「いいよ」
「沢山の人の前で緊張するかもしれないけど、気楽にね」
「大丈夫。みんな褒めてくれて楽しいんだ」
突然の頼みだったけれどアレクはニコニコと頷いてくれる。
アレクはこの宴の為に私が戻って来てから、王宮の楽師さん達の所に預けているのだけれど、可愛がってもらっているっぽい。
子どもで、この才能だから嫉妬する人もいるんじゃないかな、って心配でしばらくセリーナに側に居て貰ったのだけれど。
これだけ次元が違う才能だし、新しい歌もいっぱい知っているから。
私に接してくれる料理人さん達と同じで敬意を持って接してくれているようだ。
「では、私が歌い、専属楽師が弾く形でご披露させて下さい。
皆様の前で楽器を弾くにはちょっと練習が足りません」
反対の声は上がらなかったので、私は舞台の上に上がった。
皇王陛下、皇王妃様も止めて下さらなかったのは聞きたいと思って下さったからなのか。
まあ、仕方ない。
「では、拙いですが…」
「題はなんという?」
「…永遠の蒼で」
私の唄ではないのだから、せめて改変は最小限に。
アレクに合図をするとポロン、と柔らかい音色が紡がれ始める。
相変わらずアレクの紡ぐ音は心地いい。
耳の肥えた大貴族達もほう。と声を上げたのが解った。
そうだよ。アレクの音楽は凄いんだから。
これに私の唄を添えるのは勿体ないんだけれど。
せめて丁寧に音を外さずに。
保育士時代、ピアノはともかく歌を人前で歌う事は避けられなかった。
季節の唄とか色々。
正しい音階で、心を込めて。
異世界の優しい恋歌が、広間に響き渡る。
まだ十一歳の少女の声は澄んだソプラノ。
割と声質はいいと思う。
一人の時は、孤独もなにも解らなかった。
貴方と出会ったから、世界が色づき、光り輝く。
誰かと共に在る、幸せを知った。
例え離れても、強く引き合いまた出会う。
だから、共に歩いてこう。
そんな思いの唄だ。
大好きだった物語を思い出して、目を閉じ心を込めて唄う。
あなたと私を包む世界が色を帯びていく。
私とあなたを導くもの、光輝き照らし出して…。
と、周囲がなんだか騒めきだした。
? 歌の途中でそんな驚くような場所、あったかな?
目を開けてみると、なんだか周囲が妙に明るい…って、えええっ!
な、何?
気が付いて見ればまた、周囲に光の精霊が群がっている。
ダンスの時よりも多い?
訳が解らないけれど、歌を最後まで留める訳にはいかない。
最後まで歌いきって、頭を下げる、と精霊達は消えて行った。
文句を言う暇も無い。
「まったく、其方は本当に精霊達に好かれていると見える。
何をしても精霊達を引き寄せるのだな。流石『聖なる乙女』」
「お祖父様」
「マリカ。こちらへ来い」
呆然とする私を皇王陛下が手招きする。
お父様を見れば呆れたような瞳で行け、と顎をしゃくった。
「は、はい。アレク。ティラトリーツェ様の側に行って。
何があっても離れちゃダメだよ」
「解った」
私は舞台の中央でぺこりと頭を下げ、皇王陛下の側に駆け寄った。
皇王陛下は、立ち上がるとそっと、肩を抱き寄せて下さる。
いやらしさのない、小鳥を羽の下に守る親鳥の様な優しい抱擁だ。
「皆も見ただろう?
これは、精霊に愛された真実の『聖なる乙女』
プラーミァが言う所の『幸運を運ぶ小精霊』である」
上から見るとよく解る。
大貴族達の目の色が変わっていた。
さっきまではどこか、侮るような感じだったのに、今は獲物を狙う肉食獣のような血走った光が見える。
同じものを見る皇王陛下にもそれが解ったのだろう。
「アルケディウスの宝だ。努々粗末に扱うでないぞ」
強く、強く釘を刺す。
皇王陛下の圧力が籠った言葉に、大貴族達だけだはなく、その場にいた全員が跪いた。
第一皇子を始めとして、お父様やお母様達も。
私を見下していたっぽい、大貴族達も含めて、本当に全員だ。
私は、自分がやらかしてしまったことの意味も理由も解らぬまま、その光景を黙って見つめていた。
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