フリュッスカイトからの使節団が謁見を終えて戻っていくと、さっそく、皇王陛下と皇王妃様。それにお母様を交えての打ち合わせになった。
「問題は、どこかで知識を許し、どこまで隠すか、だな」
「口紅、シャンプーは譲ってもいいかと思います。
単純な製法なので、本当に研究されたら、割と簡単に解析されてしまうと思いますから」
「保存が効かず、各国への輸出が難しいシャンプーはともかく口紅も?
あれは今、貴族の女性達にシャンプー以上の人気の品になっているのだけれど」
そうおっしゃる皇王妃様の口紅も鮮やかな薄紅色に輝いている。
やっぱり口紅はクレオパトラの時代から現代まで廃れなかった女性の基本アイテム。
「それはそうなんですけれど、口紅を作るにはオイルが必要で、安全性やその他の面からもオリーヴァの油が最適で。
というかそもそも現状、オリーヴァ油が無いと作れないんですよ」
他の食用油でもできないことはなかったけれど、質が今一つ。
アーモンド、この世界のアヴェンドラのオイルも上質なのだけれど、安定供給するほどの量がない。
今後プラーミァでココの実からのオイルが一般的に使用できるようになればワンチャンあるかなというところ。
多分、フリュッスカイトは原材料の一つがオリーヴァオイルであることは把握している。
新年のナターティア様の様子や、このオイルを送って来たことは、牽制だと思う。
「アルケディウスは食産業で十分に潤ってますし、この先化粧品まで手を広げると多分、いっぱいいっぱいになってしまう気がします」
アルケディウスの皇族はほぼ男性だし、それぞれの仕事で手がいっぱい。
なら知識と利益を分散させた方が、敵も減らせる。
「シュライフェ商会も国内のシェアを保証できれば、問題は発生しないかな、と思います。
要相談ではありますけど、あまり手広くやっているお店ではありませんし。
他のアイテムとかの需要も今後、増える事はあっても減ることは無いので、国内シェアの確保、優先的なオリーヴァの油やクリームの輸入ができれば当面文句はでないではないかと。
各店の販売計画などもあるでしょうから希望的観測かも知れませんが」
「いや。私も普通の商人の感覚などは理解できているとは言い難い故、参考になる」
「なら、シュライフェ商会に話を通し、代理人を一人派遣して貰いましょうか? ゲシュマック商会のアルのような形で契約を仕切って貰い、あくまでシュライフェ商会から技術その他が伝わる形にすれば、あちらの顔も立つのではないかしら」
「手紙を出して、明日には打ち合わせの機会を持ちます」
「そちらの件については任せる。化粧品については国全体から考えれば余技だ。
損の無い程度に運用できれば良い」
皇王陛下の言葉に皇王妃様が肩を竦めて見せる。
珍しい。
普段、滅多に皇王陛下に逆らったり意見をされたりなさらないのに。
「殿方はこれだから。
化粧品はある意味、不老不死社会でも需要の途切れる事のない、女が女で在る限り求められる品ですよ。
メリーディエーラなどはオリーヴァ以外のオイルで口紅が作れないか、など研究させています」
へ~。
流石メリーディエーラ様。アルケディウスの美の先駆者。
でもこの世界には特許法もないし、拘束力もないから、一度広まった知識や技術をその後どう扱うか、囲うか広めるかも含めて使用者次第だ。
だから、高めに売って後は切磋琢磨して貰った方が良い品物が生まれると思う。
「花の水と油の方も、今後、継続的に収集していくのであれば花の栽培と共に、フリュスカイトのガラス技術が必須になります。今の時点で素材を変質させずに加工する素材として一番適しているのはガラスですし、蒸留器のコイルガラスはとても作るのが難しくて、アルケディウスの技術者の手には余ります」
フリュッスカイトで、フラスコや試験管、コイルガラスなどが作れれば色々と研究もしやすくなる。後、青色のガラス瓶も欲しいんだよね。オイルが変質しにくくなる。
青色ガラスそのものは存在しているのが解っているから。
かなり高めにはなるだろうけれど、そこは仕方がない。
「そうは言うが、幸いアルケディウスはマリカのおかげで金には困っていない。
金や技術知識などを上手く使って、互いに必要な物を交換していくのが良いだろう」
「はい」
「化粧品関連については其方らに任せる。
女達で大凡の概要を決め、それに従ってマリカが最終的な決断をせよ。
報告と連絡、相談はこまめにな」
「かしこまりました」
皇王陛下の判断は男性らしい大雑把なものだけれども、理に適っているし私に異論はない。
「それから、『精霊神』復活の儀式の方はどうしますか?」
「正式に要請されれば、断るわけにもいかないだろう。
他国の『精霊神』は復活させて、何故わが国だけ? ということなったら国交問題だ」
「ですが、マリカはその期待に沿って確実に『精霊神』を復活させることができるのですか?」
一つ、話が終わったのでもう一つの話題に移る。
内容は『聖なる乙女』に『精霊神』復活を祈念する舞を舞って欲しい。
というものだ。
「できる、とは思います。『精霊神』様に断る理由が無い場合のみですが」
「封印されておられるという『精霊神』に断る理由があると?」
「通常は無いので、多分できます。という話で。
ただ『精霊神』様の御心は私達には解らないので、行ってみてやってみないと実際にはなんとも言えないですね」
プラーミァは棚ぼた。
エルディランドは必要に迫られて。
アーヴェントルクはとんでもない騒動の果てに『精霊神』復活をやることになった。
今の所、復活したくないという『精霊神』はいらっしゃらなかったので、多分フリュッスカイトの『精霊神』も力を捧げれば目覚めて下さると思うけれど……。
「でも、随分あっさりと巫女とはいえ、復活の儀式を他国の人間に頼みますね。
自国の祖にして要たる『精霊石』を他国の者に晒したくは無かったのでは?」
遠い昔、不老不死を全ての人が得る前。
世界が闇に染まったという魔王の時代、封印された『精霊神』を復活させようと告げた精霊国女王『精霊の貴人』に各国は疑心暗鬼から機会を与えなかったと聞いている。
「長い不老不死時代を経て、良くも悪くも『精霊』への畏怖が減ったのかもしれませんね。
あの時代は『精霊神』を失ったら国は終わり、のように思われていましたけれど、今は『神』が世界を支配している以上、無くてもなんとかなっている。復活して加護を与えて貰えれば儲けもの、と言う感じかしら?」
不老不死前の闇の時代と『精霊の貴人』を知る皇王妃様が苦笑する。
身も蓋もない言い方だけれどもまあ、確かにそんなものなのかもしれない。
私も『神』はバーゲンセールするくらいあちらこちらにいるけれど、実際に目に見える加護を与えてはくれない現代日本育ちだし。
『星』や『神』や『精霊』
人知を超える大きな存在を意識したのはこちらに来てからだ。
「まあ、余計な見栄や対面を考えず、良いものは良いと認める取り入れるところがフリュッスカイトの良い点でもあり、怖い所でもある。
くれぐれも取り込まれる事の無いように注意する事だ」
「解りました」
今のところはっきりと『我が国で儀式を行って欲しい』と言ってきたわけではない。
親書にも『祝福を』と言われているだけだ。
なので、衣装をもっていき、向こうに行って、正式に頼まれたら舞う方向で行く。
アレクもいるし、最悪、身一つあれば舞はできる。
問題は無い。
……でも通訳に精霊獣のお二人には一緒に来てもらおう。
「先に王妃も言ったが、フリュッスカイトは公主が治められ女性の地位が高い。
王位継承者は男性だが研究者肌で、主に奥方の方が表に出る事が多いと聞く。
今迄の通り、男性中心の外交で無く、力技で押してこない事が逆に対応を難しくするかもしれん。くれぐれも、勝手な行動はするでないぞ」
「ミーティラやミュールズに常に相談するのですよ」
「はい」
未知の国、フリュッスカイト。
水と技術と知恵の国。
不安はあるけれど、どんな国でどんな出会いが待っているのか。
私の胸はドキドキと期待と言うリズムに合わせて音を立てて踊っている。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!