この飲食がほぼ絶滅した不老不死世界において、『食』特に『酒』の復活が世界を大きく動かすことは解っていた。
けれど
「事態の動きがここまで早いとは、思ってもみませんでした。
まさか昨日の今日で皇王陛下直々のお呼び出しとは。いつ、皇王陛下のお耳にまで入ったのでしょうか?」
ガルフは届けられた皇王陛下直々の召喚状にため息をつく。
どこか悟りを開いたかのような諦観の面差しで。
「今も醸造を続ける酒蔵が発見された、と連絡が入った時点で、ロンバルディア候は皇王様に報告をしたらしい。
酒造は基本的に免許が必要だからな」
召喚状を持ってきたのが皇国第三皇子ライオット殿下では文句も言い様がない。
そんなガルフを宥めるようにライオット皇子は、隣に立つ妻と肩を竦めて見せる。
「免許って、まさか有効期限とかがあるのです?」
「特には無い。
ああ、だから500年前よりさらに先、先皇王陛下が発行した勅許免許を持つエクトール荘領が罪に問われることはない。
その点は安心しろ」
「良かった」
本当に胸を撫で下ろさずにはいられない。
エクトール様達が罪に問われるなんてことが絶対にあってはならないことだから。
「お酒のプレゼンテーションならエクトール様にも参加して頂きたいのですが…」
「今回は無理だ。時間がない。諦めろ」
私の提案をきっぱりと一刀両断、皇子は切って除ける。
「往復六日の時間をかけてエクトール卿を連れて来るのは不可能だろう?
宴は明日。間に合わん」
「何故だ? 時間が無いのは事実だが、こっちにはフェイがいる。
転移魔術で跳んで、連れて来るくらいは…」
「やっぱり気付いてなかったな。アルフィリーガ」
「?」
大きなため息を一つ、落とした皇子の視線はフェイを射抜く。
「いいか? お前達。よく覚えておけ、今この店の子どもに仮に、本当に仮にだが値段を付けて売りに出すとしたら…勿論、魔王、勇者という付加価値を知らせずの事、だが…一番高値がつくのはフェイだ。
既に貴族、大貴族連中から狙われつつある」
「え?」「なんで? マリカじゃなくって?」
「…あ、そうか」「…すみません。気付いていませんでした」
皇子の指摘に反応は四者四様。
完全に解っていなかった私と違い、リオンとフェイはその意味が解ったようだ。
「マリカ。
現在、アルケディウスに登録されている成人の魔術師は十二名、全員が不老不死者です。
子どもの魔術師を抱え、使っている者がいないとは限りませんが、その可能性を差し引いても現在アルケディウスで最強の魔術師はフェイでしょう」
「はい、そうですね」
丁寧に皇子の言葉と意図を説明して下さるティラトリーツェ様。
でもフェイが最強の魔術師なのは最初から解っている事で…、あ、そうか。
「魔術師は不老不死を得るとガクッと力が落ちるの。長い年月の間に魔術の行使が出来なくなる者も少なくありません。
現在、転移魔術を他者まで連れてひょいひょいと軽く行使できるのはフェイだけでしょう。
他は五百年前に作られた古い転移陣を、術で開いて行くのが精いっぱい。王宮や貴族抱えの魔術師でさえその程度です。
時間をかければ国内何処へでも一瞬で移動できる魔術師を、欲しがらない者がいますか?」
「ああ、そういうことか」
アルが得心したというように頷く。
うん、私もようやく解った。
フェイも以前言っていたけれど、転移術を使う魔術師には泥棒だって簡単な事。
それが問題になっていないのはできる魔術師が圧倒的に少ないからだ。
はっきりと転移術ができます、などと言いふらすことは、自分は危険だと首から看板を下げて知らせているようなもの。
知らせれば危険視されるか、奪い合いになる。
「ロンバルディア候には口止めしてある。
酒蔵の発見と、今後の輸送という貸しがあるからな。とりあえずは言わないでくれるだろう。
だが、利用したい気は満々だと見た。
麦酒の騒動が落ちついたら、秘密を盾に色々と依頼して来るぞ」
顔を見合わせる私達。
考えもしなかった。
私達にとっては、精霊の力は使えて当たり前だったから。
こと魔術、精霊の力に関しては完全に世界からインフレしていたのだ。
「とりあえず、エクトール荘領の正確な位置を知っている奴はいないし、今回の件は誤魔化しが効く。
ビールの輸送についてもエクトール荘領の魔術師が担当している、と言えばなんとか凌げるだろう。
秋に、試験を受けて準貴族の位を得るまでは実力をひけらかすな」
「魔術師も騎士試験を受けられるのですか?」
まだ色々とこの国のシステムが解っていない私達に皇子が説明して下さる。
「騎士試験とは別に文官採用枠の試験がある。
王宮魔術師が担当し、数百年で二桁程度の採用しかない騎士試験以上の難関だがフェイなら突破できるだろう」
古代中国の科挙みたいなものだろうか?
まあ、試験であるならフェイが抜けられない筈はない。…あ。
「…であるなら、輸送の為に転移門新設、などというのも危険ですね」
「何を言っているの? 当たり前です!
転移門が作れます、なんて知られたら本当に、どんな大貴族もなりふり構わないフェイの奪い合いが始まりますよ。
下手に知れれば他国からも。
店でのんびり料理に魔術を使う、なんてできなくなりますからね!」
危なかった。
つい提案してしまう所だった。
「ちなみに王宮の魔術師さんってどんな方だが伺っても?」
「皇王様は自身の魔術師を不老不死以前に失って後、魔術師をお持ちにならない。兄上達はそれぞれ抱えているが。
今いるのは王宮の魔術師、五代目で子ども上がりだ。得意は風魔術。
かなり高いプライドの持ち主だからフェイとは同類として気が合うか、逆に殺し合うレベルで嫌いあうかのどちらかだと思うぞ」
「風魔術、ってことは杖はフォルトシュトラムじゃないね。シュルーストラムの配下かな?」
「会ってみないと解りませんが…」
いけない、話が逸れた。
今、気にするべき事はそっちじゃない。
「では、やはり、エクトール様の援護は期待できないということですね」
皇王さまとの謁見、皇王家の食事会という戦場だ。
「そうだな。彼は秋の戦、その後の大貴族を呼んでの晩餐会で労うとして今回はマリカ、ガルフ、其方らだけで凌ぐしかなない」
「解りました。とりあえず、これからリードと契約関係の纏めと確認に入ります。
私は実質的な取引内容の説明などを担当しますので、ビールの種類や性質などの説明はマリカ様、お願いできますか?」
「解りました」
私はビールの注ぎと給仕役に専念したかったけれど、やっぱりそうするしかないだろう。
いきなりの皇王陛下への謁見にテンパっているガルフに、ビールの発酵システムとかを一から説明、理解して貰うのは酷すぎる。
ふと私達の会話にティラトリーツェ様が割って入った。
「できるのですか? マリカ?」
心配して下さっているのは解るけれど
「エクトール様から大よその知識は教えて頂きましたので」
と言っておくしかない。
異世界で覚えてきました、とは流石に言えないし。
「では、私達にも概略を教えて頂戴。
ビールは間違いなく今後、この国の主産業となる食を支える柱となります。
どのように作られているかを知っておきたいのです」
「エールに、ラガーと種類があるようだが差はなんだ?
ウイスキーという酒との違いも知りたい」
「解りました。明日の朝でいいですか? 今回の晩餐は調理には関わらないので、ぎりぎりまで打ち合わせて、宴席一刻前に伺うくらいで考えていたのですが」
「ええ、それでいいと思います。
それなら多分、間に合うでしょう。地の一刻に迎えをやります。ガルフは打ち合わせが終わり次第来なさい」
「解りました」「ありがとうございます」
ふと、区切りがついた話の向こう側。
顔を背ける三人の姿に気付く。
「こういう、姿の無い相手との戦いではまだ俺達は役立たずだな」
「リオン」
「魔性や目に見える相手を倒す方がずっと楽ですよね」
「フェイ」
「結局マリカ頼りになっちまうのが悔しいぜ」
「アル」
私は本当に悔し気に顔を背ける三人の手を、しっかりと握って首を横に振る。
「それは、違う。
みんなが、私を支えてくれるから、私は私の戦場で戦えるの」
彼等がいなければ、私は戦えないし動けない。
この異世界で、彼らがいなければ、速攻のたれ死んでいたであろう自信はある。
子どもを守る保育士をする、と言ったところで私一人では本当に、大したことは出来ないのだ。
「だから、信じて待ってて。
絶対に、必ず、負けないで帰って来るから」
私の本気の思いはきっと伝わった。
「ああ、待ってる」
「無事に戻って来て下さい」
「土産話、期待してるぜ」
彼らが向けてくれた笑顔は、私の心に、充電をくれたから。
そうして私は立つ。
「面を上げるがいい。
国を変える小さき娘よ」
アルケディウス皇王陛下の御前に。
私の戦場に。
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