どうやって、やったのかは実に謎だけれど。
朝、目が醒めた時、私は自分の部屋にいた。
ベッドで毛布を掛けて。
流石に服はそのままだったけれど。
「ばうっ!!」
「オルドクス?」
オルドクスの純毛もふもふに包まれて。
どうやら爆睡していたらしい。
私は慌ててて着替えて、外に出る。
見れば廊下の時計は既に火の刻を半分過ぎていた。
「うわっ、寝過ごした!!」
時計を置くようになってから朝の食事は火の刻の始まりと決めてある。
準備をするならもっと早く起きないといけない。
今日は夜の日。安息日。
毎日がんばってくれているエリセ達にご飯を作って休ませてあげるつもりだったのに。
でも、慌てて大広間に行ってみれば
「おはよー」「おはようございます」「朝ごはんできてるよー」
元気で明るい声達がもう集まっている。
しまった、大失敗。
エリセ達に迷惑かけちゃった。
「ごめんね~。せっかくの夜の日なのに」
「いいの~。マリカ姉に私のごはん、たべてほしかったし~」
「ありがとう。エリセ。
ごめんね。大好きだよ!」
感謝の気持ちを込めて、ぎゅっと抱きしめた。
「ちっ、もう起きて来たのか。
オルドクス。もう少し寝かせとけって言っといただろ?」
「くぅん~~」
主に怒られてシュンとするオルドクスは可愛いけれど
「いや、リオン。オルドクスに無理言わないで。
オルドクスのおかげで本当にすっごくよく眠れたんだから」
悔しそうに舌打ちするリオンに私はオルドクスの首にしがみ付きながら断固として抗議する。
オルドクスは悪くない。
「それならいいが…、疲れてるならもう少し寝とけ。
今日は何もするな。明日からまた忙しくなるんだぞ」
首を摺り寄せて甘えるオルドクスの頭を撫でながら、リオンはそんなことを言うけれど
「えー、やだ。せっかく魔王城に戻ってきたのに皆と過ごせないなんて…」
それにももの申したい。
ちょっと疲れているのは事実だけれど、一週間ぶり、じっくり話をするのは二週間ぶりの皆と何もできないのは嫌すぎる。
私の膨れっ面にフェイは嘆息しながらも妥協案を出してくれた。
「仕方ありません。話や報告を聞いたり、少し散歩するくらいにしておいて下さいよ。
畑仕事や木の実の収穫、ギフトを使ったDIYは禁止です。
リオン、見張りをお願いできますか?」
「解った」
「マリカ様が残して下さった計画に基づいて、皆さまちゃんとがんばっていらっしゃいますから大丈夫ですわ」
「島と作物の様子とかはオレとフェイ兄が見とくからさ。今日はゆっくりしとけ」
やれやれ。
がっちりティーナ込みで連携されると、私は抵抗できない。
「解った。それで妥協する」
「…じゃあさ、じゃあさ。ご飯食べたらちょっときて。見せたいモノがあるんだよ!」
「ぼくも!」「私も!」「できれば、私も…お時間を頂きたく」
くいくい。と。
右左から手を引っ張る子ども達に私は頷いて
「ご飯食べ終わったら、すぐ行くね。
私がいない間の、みんなのお話聞かせて欲しいな」
私はエリセが用意してくれたパンケーキの前に座り、
「いただきます」
心から感謝の手を合わせたのだった。
子ども達それぞれの『お話』は二週間分。盛りだくさん、だった。
まずはシュウとギルとジョイ。
「見て見て、これ!」「すごい? すごい?」
三人が見せてくれたのはいくつも並んだ瓶、だった。
「あ、これ、お花の香油? 作ってくれてたんだ?」
ティラトリーツェ様にレヴェンダの花の香油を水蒸気蒸留法で作って贈ったあと、ガルフにめいっぱい怒られた私は機械を魔王城に戻していた。
そして、本当に軽い気持ちで皆に言っていたのだ。
「時間があったら島のお花で、香油作ってみて」
と。
シュウ曰く。
「面白かった! マリカ姉。ガラスのぐるぐるもっと作って。アレがあれば機械は僕が作るよ」
ギルとジョイと一緒に外遊びがてら色んな植物を集めてやっていたそうだ。
「オランジュの皮はね、大成功。
グレシュールはダメ。良い匂いの水はできたけど。
あと、レヴェンダとローマリアー、ミンスもよく出来たよ」
「すごい。頑張ったね」
本当に感心する。
オイルはどれも、本当に小瓶にちょびっとだけれども、これだけ試してくれたことにびっくりだ。
しかもさらに凄い事に木の埋め込み蓋に絵が描いてある。
オランジュ、レヴェンダ、ローマリア、ミンス。
植物の絵が、丁寧に描かれているのだ。
「この絵はギルが?」
「うん。僕が描いた~」
本当に五歳児が描いたとは思えない。
形は簡素化されていえるけれど、ちゃんとソレだと解る形で描かれている。
「これが、オランジュでしょ? こっちがミンス。
良く見て描いてるね。ちゃんと解るよ。上手だね」
「えへへ…」
この間のチスノーク、ニンニクの発見もギルのおかげだった。
ギルには本当に絵の才能があるのかも…。
「あとね、これ、ジョイがさ、おいしい、おいしいって言ってたんだ。
食べた訳じゃないんだけど。何か解る?」
「え? 何?」
シュウが差し出した枝を見せて貰う。
二種類の枝、どちらも木の枝に実がついていた。
「…あ、サクランボ。こっちにもあったんだ」
そういえば桜に似た白っぽい花があちこちに咲いていた。
実が小さくてあんまり気にも留めなかった上に鳥が食べるのか早々に無くなってたから本当に気付かなかった。
「食べてみてもいい?」
「食べられるの?」
「おいしい!」
ジョイが言う通り食べてみると甘くておいしい。
日本産のサクランボというより、外国産のブラックチェリーに似た味わいだ。
「うん、おいしいよ。
これはいいかも。まだあるなら後で採っておこう。とっても美味しいお菓子やジャムになるから。
それから、こっちは…」
サクランボと違ってこっちの実は薄くて厚みがない。表面はくすんだ緑でツルンとした感じだけど。
「これは…見たことないな。あえていうなら、カヤの実に似てるけどあれは針葉樹だった筈だし…」
「おいしい!」
少し柔らかめの実を削るように割ってみると、中から固い殻に包まれた種が出てくる。
ホントにカヤの実にそっくりだ。
ギフトを使って割って(リオンが顔を顰めたけど、これくらい平気だって)みると…良く知った形が転がり出る。
「あ、アーモンド?」
私も向こうの世界でも生の、それも木になったアーモンドなんて見たことなかったからビックリ。
アーモンドってこんな風になってるのか…。
「どこに生ってたの? まだ生ってる?」
「あっち!」
ジョイとギルと手を繋いでシュウとリオン、そして話を聞きつけたフェイも一緒に外に出る。
魔王城の島の裏手側の目立たない所にその木が確かに実を鈴なりにして立っていた。
「ふわ~。これがアーモンドの木なのかあ」
木になっている身の中には繊維が縦に割れて、中の実が露出しているものも多い。
「フェイ兄。手伝ってくれる?」
「いいですよ?」
フェイが杖を掲げ、小さく呪文を唱えると竜巻のような風がぐるりと木を取り巻き揺らした。
バラバラバラと落ちて来る木の実がまるで雨のようだ。
「キャー」「わーーー!」
はしゃぐジョイやギルと一緒にとりあえず、手とエプロンに持てるだけ拾ってみた。
皮と中の種を割ると本当に私の良く知るアーモンドになる。
とりあえず一口。
「あ、おいしい」
私が良く知っているのはローストしたやつだけれども、間違いなくアーモンドの風味で、でもしっとりとした甘さがある。
「食べられるのか?」
「どんな味なんです?」
「みんなも食べてみる?」
興味津々という顔の皆の為にいくつか殻をとって手の平の上に差し出した。
生のアーモンドは食べ過ぎると良くないというけど、一個くらいなら平気でしょう。
「あ、うまい」
「おいしい!」「おいしい!」「ホントだ。美味しいね」
「カリッとした歯ごたえが良いですね」
「アーモンドはお菓子や料理に入れると、フェイ兄が言った通り歯ごたえがあっていいアクセントになるの。
どっちかというとお菓子向きかな? あと、粉にして水に溶かすとミルクの代わりになるって聞いたことがある」
保育士時代に牛乳アレルギーの子の代用品の一つだったのだ。
「今は牛乳の代わりに使うのは勿体ないけど、牛乳と違って保存が効くからいざという時には使えるかも」
アーモンドにサクランボ。お菓子の幅が広がる発見だ。
それに…
「ねえ、シュウ。もし、これからジョイが森で何かを見つけて、おいしい! って言ったらそれを採っておいてくれる? 無理ならギルに絵に描いて貰って」
「え? あ、うん。いいよ」
「もし、ジョイがダメ、って言ったら絶対食べない事」
「解った」
私はそんなことをシュウに頼んだ。
後で、皆にも言っておかないと。
「マリカ。…もしかして?」
私の様子にフェイもリオンも気付いたのだろう。
そっと顔を寄せる。
「解んない。まだ、予感、だけだから」
一生懸命、アーモンドの実を拾ってくれる二人を見る。
年少組、と便宜上呼んでいるけれど、ジョイとギルも、多分もう五歳くらいになる筈。
統計をとった訳ではないけれど魔王城の子ども達。
その殆どが五~六歳でギフトに目覚めていた。
これは多分、子ども達が自分の意志で、何かをやりたいと思える時期だから、のような気がする。
自分の好きな事、やりたい事を助けてくれるのがギフトなのだとしたら、あの子達もギフトが目覚めるつつあるのかもしれない。
「もうちょっと様子を見てみる。
アーサー達や、クリス達のようにずっと側にいてあげられるわけじゃないから。
その分ちゃんと見て、気付いてあげたいな」
私は楽しそうに笑う二人を見ながらそう思った。
ほのぼの魔王城スローライフその2
サクランボとアーモンド発見の話+年少組二人の話です。
どうしても皇国での話を展開していくと子ども達が描写しにくくなるので工夫しながら展開していきたいです。
あと1話魔王城の子ども達の報告会をやって、今後について考えて、皇国に戻ります。
よろしくお願いします。
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