無事、秋の大祭が終わった深夜。
「父上! あれは一体何だったのですか?」
宴会を終え、復活した奇跡を興奮気味に語りながら帰る大貴族達を見送った直後の王宮で、第一皇子ケントニス様は、父皇王陛下にくってかかっていた。
同感、といった顔で頷く二人の弟皇子達。
「お前達には伝えたと思っていたが? 秋の大祭前の儀式でマリカが舞を『精霊神』にお贈りした。それにご満足下さった『精霊神』が長い間休眠状態にあった王勺の精霊石に力を注いで下さり、国の守護精霊とも言える『木の王の杖』が蘇った、と」
「それは、聞いてはいましたが、初日にご報告頂いた時には、微かに杖に光が宿っていただけではないですか?」
「その後、さらに『精霊神』が祝福を下さり、ほぼ完全に力を取り戻されたのだ」
王勺を手に持ち、深く目を閉じる皇王陛下。
「アルケディウスを守護する偉大なる『木の王』よ。どうか我が子らに今一度、その姿を示されたい」
まだ私が贈った力が残っていたのか、それとも画像を紡ぐ事くらいはそんなに力を消費しなくてもいいのか?
呼び声に応える様に『木の王の杖』は煌めき、石からその姿を集う皇族たちの前に顕してくれた。
『アルケディウスを導く我が子達よ。
私は偉大なる『精霊神』様より『木の王』の名と力を賜りし精霊石。この国の王に仕える魔術師の杖。名をアーベルシュトラムと申します。以後、お見知りおきを』
麗しき碧の貴婦人はそう言って優しく微笑む。
正式な契約がされていない杖は、主以外に名前を呼ばれると色々と良くないことがおきる可能性があるらしいけれど、アーベルシュトラムの場合は、既に皇王陛下との契約が済んでいるのでもう問題はないらしい。
素直に私達に名前を教えてくれた。フェイの杖の時もそうだったね。
最初の持ち主登録が大事ってことかな?
「木の王……」
みんな。精霊の事情に詳しいお父様やお母様でさえ、どこか呆然としている中、一番目を見開き、一番に立ち直ったのはやはり第一皇子だった。
「で、では! 王になれば不老不死者でも、父上のように魔術を使えるようになるのか?」
「残念なら、そう事は簡単ではない。今回は特別。
『精霊神』が助力を下さったが故になんとかできただけだ。方法がないか、今後も探してみるつもりだが、容易くはあるまいな」
私が電池として力を充電できることは言わないで下さる皇王陛下。
ありがたい。
万が一変な誤解をされると、それこそ、不老不死でも私がいれば魔術使い放題、と思われてしまう。
ケントニス皇子も最近は落ち着いてきたけれど、元は皇族至上のブラック社長だからね。
慎重にいかないと。
「ただ、そんな弱みを大貴族達に知られるわけにはいかん。
今年の会議の様子からして、暫くは大貴族達の間にも新事業の展開や支援の格差に不満が燻る可能性もある。
故に、マリカから祝福を受けた体を取り、我らが王は『精霊神』より力を賜った王族魔術師と見せつけた。
ライオット、ティラトリーツェ。そういう事情だから、今回はマリカを怒るなよ。私が朝、マリカを呼び出して巻き込んだのだ。
報告や相談する間も与えなかった事も含め全て、私の差し金だ」
「「……はい」」
完全に納得して下さった顔ではないけれど、お二人は静かに頷いて下さった。
……本当に怒られないといいな。
「社交の季節も終わり、間もなく冬が来る。
今年、最後の集合、結束の機会は遮断した。当面、皇王家に逆らおうとする者は出ないだろう。領地に戻っても今回の騒動を民に知らせたり、来年以降の事業を有利にする為の準備をしたりとで忙しくなるであろうからな」
その為に皇王陛下は派手な術で力を見せつける手に出たのだ。
花を生み出せる、ということは植物の成長を司れる、ということでもある。
農耕が中心である食の推進には大きなアドバンテージになる。
「復活が叶ったとはいえ、私は『木の王』のお力と王族魔術師としての術を安売りするつもりはない。実際問題としてできもしないしな。故にケントニス」
「は、はい」
皇王陛下は厳しくも優しい表情でケントニス皇子を見つめている。
「皇位を受け継ぐ者の責任はなお増した。
次代を担うアルケディウスの皇位継承者である自覚をもって今後一層励むがいい。
……間もなく父親になることであるしな」
「はい」
その横に立つ臨月で大きなお腹をしたアドラクィーレ様も。
もしかしたら、今回舞踏会社交を最小限にしたのはアドラクィーレ様をあまり見世物にしないように、という意図もあったのかもしれないな。と今更ながらに気付いた。
アーベルシュトラムと軽く視線を合わせた皇王陛下は、王勺を振ってその姿を消すとその場の全員に向かいあう。
「とにかく、大祭と社交の季節は終了した。皆の者、ご苦労」
私達は全員、目と頭を下げて会釈する。
「大貴族達が国に戻るまでまだ、挨拶や根回しなど暫く忙しくなるだろうし、マリカは最後の秋国への出立の準備もある。今後も、気を抜くことなくそれぞれの仕事に取り組むように。
『精霊神』様のみならず、『守護精霊』も我々を見ていることを忘れるな」
「はっ!」
皇王陛下からの激に身が引き締まる思いだった。
王宮から辞した後の馬車の中。
ゴチン。
「あいた!」
無言で隣に座ったお父様からのげんこつが落ちた。
そんなに痛くはなかったけれど、明らかに怒られたと解る。
「なんで怒るんですか? 今回は私のせいじゃないですよ?
皇王陛下も怒るなっておっしゃったのに」
「解っている。だがこれはそういう問題じゃない」
「?」
明らかにふくれっ面のお父様は顔を背けてしまう。
意味が解らない私に、お母様もどこか困ったように微笑む。
「貴女のいつも、身を削るような行動を皇子は心配しているのですよ」
「身を削るって……そんな大したことはしていないですけど」
「お前のことを、便利な道具か何かのように使われるのが気に食わん」
「あ、気付いておられたんですか?」
その言葉でハッとする。
お父様、皇王陛下は濁して下さったけど、私の電池としての役割に気付いてたんだ。
「少し考えれば解る。王族魔術師が一人で術を使えるのなら、あの場でお前を一緒に舞台に出す必要は無い。演出が必要だったとしても」
「実際、皇王陛下に頼まれ、断ることはできなかったでしょうが、気をつけなさい。
魔術を使えぬ不老不死者が、貴女から力を引き出せば魔術が使える、などという事になれば危険度はまた上がるでしょう?」
「父上はそれでも自制して下さるだろうが、いざ、国の為となればどうするか解らんし、兄上は知ったら遠慮なくお前の力を使って術を使い倒すだろう」
なるほど。だから『精霊神』は厳しく釘を刺したのか。
「お前は魔王の転生だろうと、子どもなんだ。もう少し自分を大切にすることを考えろ。
無理なのは解っているが」
「貴女が無茶をしたり意識を失ったり、気絶する度に私達は本当に生きた心地がしなくなるの。
本当に心して頂戴」
雷を落とされ怒られるよりも優しく諭される方が、じわじわと効いてくる。
「はい。申し訳ありませんでした」
「詳しい話は明日聞かせて貰う。その後、今週中は国に戻る大貴族達や大祭の後始末になるからな。覚悟しておけよ」
「ありがとうございます」
ぺたりと、お父様の大きく逞しい体に頭を寄せる。
不思議な安心感が胸の中に溢れた。
大人の経験と知識があって、解っているつもりでも、私はやっぱり子どもなんだなあと思ってしまう。
私の記憶と意識はそこで途切れる。
「寝たか?」「なんだかんだで疲れたのでしょう? 仕方ありませんわ」
優しいお二人の思いに包まれながら。
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