『神』の神官になれるのは基本的に男性だけなのだそうだ。
なので神殿全体を見れば女性はそれなりの人数がいるけれど、司祭階級は全員男性。
まず私が一番最初にしたのは、神殿の全員と顔をあわせることだった。
「お名前を教えて頂けますか?」
大聖堂で、一人ひとりに名乗って貰ってできる限り顔と名前を一致させる。
あと、用意してきたお菓子をプレゼント。
新しい職場へ菓子折り持参は社会人の処世術です。
「ゲシュマック商会で作っているお菓子なんです。
良かったら食べて見て下さいね」
リボンで結んだハンカチの中には焼き菓子とパウンドケーキのセットを用意して見た。
数が必要だから、本当に小さなものだけれどセリーナとノアールに手伝って貰って全員に手渡しした。
「私のような者が皇女から直々にお声かけを頂けるなんて…」
「お菓子なんて初めてです…」
司祭とか上級の人達も驚いていて、下働きの女性の何人かは、感涙しながら受け取ってくれたけど…。
どこか怯えを宿した眼差し…。
…これは、まさか…。
「姫様、どうかしましたか?」
「ありがとう。何でもない」
あいさつの後。
神殿長の執務室に案内された私は、応接間の椅子に座る。随員や側近、リオンやフェイも壁沿いで話を聞いてくれるように頼んだ。
神官長は挨拶の後、部屋に戻ったみたい。
木の曜日まで滞在し、私を『聖なる乙女』として承認、神殿長に任じる儀式を行ってから大聖都に戻るのだそうだ。
一緒にいられると色々と気づまりだから、助かった。
「姫君が不在の間、神殿を預かりますフラーブと申します。
どうぞよろしくお願いします」
「マリカです。解らないことだらけの上に不在が多いと思いますが力を貸して下さいませね」
フラーブ、と名乗ってくれたその男性は金髪、蒼瞳のアルケディウスには多い、向こうの言葉で言うならスラブ系の男性で、細身で身長が高く真面目な印象に見えた。
服装も神殿の第二位として豪華ではあるけれど、ペトロザウルが着ていたような派手なものではなく、実務的で落ち着いた服装をしている。
第一印象としてはかなり好感がもてる。
「…もしかして、最初に私が神殿に来た時、と復活の儀式の時、精霊石の奥殿に入る入り口を開けて下さった方、ですか?」
「! まさかあんな一瞬の事を覚えておいでだったのですか?」
フラーブさんはビックリしたように目を見開いた。
半分あてずっぽうではあるけれど、人の顔の覚えは良い方だと自負している。
保育士時代、子ども、保護者、祖父母に兄弟。
まず人の顔を覚えないと仕事が始まらなかったから。
「私は神殿の徴税その他の実務を統括しておりました。
前神殿長ペトロザウルの時代は正直、あまり高位ではありませんでしたが側近がペトロザウルの失職に伴い揃って更迭、降格されたので繰り上がったような形です。
本来、皇女と見えることができるような立場ではございませんが、お役に立てるように全力を尽くしますので、どうぞよろしくお願いします」
良かった、と思う。
真面目な人が残ってくれて。
ペトロザウルのような人やその取り巻きが残っていたら、きっと下に見られてやり辛かった。
まずお願いして、私は神殿の階級や、神官の能力について教えて貰った。
今まで『神』と『神殿』は敵のような感じで、知ろうにもその機会は殆ど無かったからね。
「簡単に説明させて頂きますと、神殿に属し『神』にお仕えする存在は全て『神官』と呼ばれます。
全ての神官の長は、神官長フェデリクス・アルディクス様です」
実はその上に、大神官がいてフェデリクス・アルディクスの本当の名の持ち主は大神官なのだけれども、そこはツッコまない。
「神官の中で『神』より恩寵を賜り、精霊の力を操れるようになった者が司祭、です。
女性は司祭にはなれません。
そして司祭は全員、額にその印を戴く事になります」
そう言ってフラーブさんは自分の前髪をそっと持ち上げた。
彼の額には不思議な紋章が刻まれていた。
ちょっと、星のような十字架のような…。
フェイの掌にあるのとちょっと似ている。
「司祭にも見習い扱いの助祭、司祭、大司祭などいくつかの階級に別れています。
基本的に『神』への信仰を認められ、なおかつ訓練で術の発音などを身に付けることで位階を上げる事が可能、になりますが不老不死時代になってからは事実上上下関係は無くなりました。
司祭、大司祭の中から優秀な者、認められた者が役職を与えられる上に立つような感じです」
「司祭の皆様は魔術師のように特定の術しか使えないとか、得意とか不得意とかはないのですか?」
「個々人に差はありますが、基本的にはどんな術も習得可能です。
アルケディウスは木の『精霊神』のお力が強いので植物や大地に関わる術が少し使く覚えやすいようです。
ただ精霊石を持ち、その属性に特化した魔術師に比べると能力は弱い傾向にあります。
魔術師は狭く、深く。神官は広く、浅く…と言えば解りやすいでしょうか」
「なるほど」
なので、世界全部合わせた大司祭クラスでも転移術を使える神官は、表向きいないのだそうだ。
(隠している人はいるかもしれないけど)
神官長は使える可能性があるけれど、使っているのを見た事は無いとフラーブさんは言う。
ちょっと残念。
転移術が使える神官がいたら、食品輸送とか手伝って貰おうと思ったのに、と思いかけて首を横に振る。
下手にいない方が良い。
「神殿の仕事は主に戸籍の管理と徴税。
安息日の礼拝。
後は王宮や大貴族に乞われての術の行使が主です。
これらには姫君の手を煩わせることが無いように、と神官長から仰せつかっております」
「神官に要請して、食材管理や麦酒の温度調整などに雇用する事は可能ですか?」
「大貴族の要請に関しては一つの依頼につき、高額銀貨一~五枚で受けておりますので同額であれば問題ありません。
温度調整や、植物の成長を助ける、逆に抑えるなどは、司祭クラス以上ならできると思います。この神殿で言うなら十人前後。
勿論神殿長にして『聖なる乙女』マリカ様のご命令であれば無償で赴きますが…」
「そんなことはしませんよ。ちゃんと仕事を依頼する時には報酬を用意するように交渉します。
司祭の皆さんにも生活がお有りでしょう?」
働いて貰うなら給料を支払うのは当然の事。
高額銀貨五枚は、五十万円くらい?
この世界基準で言うならかなり高給だけれども一つの現場での特殊技術職の給料と思えば、別段暴利ではないと思う。
「…姫君はお優しい方ですね」
「優しい、というか当然ではありませんか?」
目を細めて微笑しながら首を振るフラーブさん。
「前神殿長は取り巻き以外の司祭の報酬は半額徴収されておられましたよ。
懇意の貴族など相手には無償で仕事を命じるときもありましたし…」
あちゃあー、そういう人だったのかペトロザウル。
まあ、子どもを人質に使う時点でろくでもないってことは解ってたけど。
ってことは、まさか…。
「そう言えば…。
ここは、神殿ですから神殿仕えの女性達に手を出す司祭とか、いませんよね?」
さっきお菓子を配っていた時、下働きの女性達の顔が暗いのが気になっていたのだ。
二の腕などに変な傷がある女性も…。
私が問い詰めるとフラーブさんは、困ったような顔で首を振った。
「…いない、とは申しません。
司祭は『神』に全てを捧げてお仕えするので妻帯は禁じられていますが、行為そのものは禁止されている訳ではないので…。
その為に女性が雇われているとも言えますし」
「ダメ! それは、絶対ダメです!」
「マリカ様?」
急に私が立ち上がり、顔色を変えて怒鳴ったのを見てフラーブさんは目をパチクリさせる。
男の人には解らないことかもしれないけれど、私の目に見えるところで、そんなことを許すわけにはいかない。
「悪いですが、女性に対して命令によって強要する性行為は、今後神殿内では禁止にさせて下さい。
子どもの使用と隷従も同様に。
あと、堕胎術の基本的には禁止します。
要請があった場合には術の行使前に、必ず私へ報告して下さい。
これは、神殿長としての最初にして絶対の命令です」
「解りました」
私の言葉の意味や怒りは理解できていないかもしれないけれど、上司の言う事だからか、素直に頷いてくれたのはありがたい。
「後はフラーブさん」
「フラーブ、とお呼びいただけませんか? 私は皇女にお仕えする身でございます」
「では、フラーブ。
神殿で働く職員の名簿。会計関係と、徴税関係、それから神殿の使用人の給与関係。
今までは、どうしていました?」
首を傾げるフラーブはそれでも生真面目に答えてくれる。
「徴税関係は大神殿や皇王家に送る関係から、しっかりと付けております。
給料に関しては基本的に生活費と相殺でほぼ無償です」
「無償…って、タダ働きですか?」
「神殿に居住する者には住居があり、衣服も支給されますから。
司祭位を持つ者は…それぞれ個々人の受けた仕事や役職などにより手当が付きます。
それらの神殿費については…神殿長が全体の割り振りや予算の決定などを司っておられました」
後半の声が濁っていたのはアレかな。
横領とか使い込みとかもしてたのかもしれない。
なら、皇王陛下がおっしゃられた通り、『私の得意技』で、しっかりと掌握させて貰おう。
「会計の帳簿を、今すぐもってきて下さいませんか」
「え? 今すぐ、ですか?」
「今すぐ。
纏まっていなかったりしていても構いません。
徴税、会計担当の司祭も呼んできて下さい」
「は、はい…」
怪訝そうな顔で部屋を出ていくフラーブ。
彼を見送ってから
「みなさん」
私は側近と、何よりフェイに微笑んだ。
「ちょっと、手伝って下さい。
会計監査をします」
って。
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