【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国の宮廷魔術師

公開日時: 2021年7月28日(水) 08:26
文字数:3,640

 それは、まるで氷になったかのように何の反応も返してはくれない。


 何故だ? 何故だ何故だ何故だ!


 こんなに呼びかけているのに!

 今まで、ちゃんと応えてくれていたのに。


 必死で力と意志を注ぐ。

 今までやってきたように。

 今までと同じに、いや、今まで以上に真剣に。

 何も変わってはいない。変えてはいない。


 なのに、何故!


 私は杖を壁に叩き付けた。

 転がる杖は、本当に只のモノになってしまったように何の反応も示さない。 




 頭の中では解っている。

『時』が来たのだと。

 不老不死を経て三十年。

 かつて自分が見て来た者達と同じように、自分はこの杖から力を借りる事が出来なくなったのだと。


 でも、イヤだ。

 御免だ!


 今まで魔術師として崇められ、尊重されてきた自分が唯人になり下がるなんて。

 無力な人間として、地面に這いつくばり、力仕事にこの身をやつさなければならないなんて。


 ならば、方法は一つ。


 新しい杖を手に入れる事。

 この杖がダメになったのなら、新しい杖を手に入れればいいのだ。


 新しい、もっと力ある杖ならば、私に応えてくれる。

 私をまた魔術師にしてくれる。

 大丈夫だ。

 新しい杖の目星はもうついている。


 積み重ねられた羊皮紙の一枚を、私は手に取った。



 大丈夫だ。新しい杖はきっと私を選んでくれる。 


 私は、精霊に愛された魔術師なのだから。


 

 ◇◇◇



「この魚料理、というのは、とても素晴らしいわね。

 色も、爽やかな青色でとてもキレイ」

「ありがとうございます」


 満足そうにフォークを進めてくれる皇王妃様に、私はホッと胸を撫で下ろした。

 どうやら、魚や海産物は皇室でも受け入れて貰えそうだ。


「オー・ブルーという料理で新鮮な魚でしか作れないものです。

 魚を野菜のブイヨンで特別に煮立て、卵を使ったソースをかけました」


 今朝、フェイが朝一で持ってきてくれた魚の中に見事な鯖があったので今回はそれを使ってみた。

 サンマや鯵も捨てがたいけれど鯖は特に足が速いし、この料理に仕立てると青がとてもキレイだ。


「新鮮な魚、というのはそんなに簡単に手に入るものなのですか?

 トランスヴァール領は徒歩で三日はかかりますよ?」


 第一皇子妃、アドラクィーレ様が目を見開くが、ここは昨日の皇子のサロンでと同じ言い訳を貫かせて頂く。

 

「それは…トランスヴァール伯爵家と、当方の魔術師の輸送技術で特別に。

 当面、魚がお入用の時は当店にお問い合わせ下さい」

「ゲシュマック商会の魔術師…確か、最初の時に会った銀髪の少年ですね?

 風の術が得意と聞いています。魔術を料理や食品管理に使っていると聞いて勿体ない事をしていると、思ったものですが…。

 魔術師の力というのはもっと高尚で、大事に使うべきものではないのですか?」


 アドラクィーレ様の目が鈍く光る。

 まるで獲物を見つけた獣のようだ。

 貴族の間でフェイが噂になっているというのはやっぱり事実っぽい。


「やはり噂通り、ゲシュマック商会は良い魔術師を抱えているようですね。

 今度ぜひ、紹介してほしいものだけれど…。王宮でも魔術師の人手不足は深刻なのです」


 皇王妃様の目線はそこまででは無いけれど、声には切実なものが滲む。


「優れた魔術師がいれば、地方や諸国への移動や伝達も楽になるのですが、転移の門を開く事も最近はままならない術士も多くって。

 火事や事故の時も魔術師がいるのといないのとでは、被害の広がりも全く違うのです」

「王宮にも魔術師がおいででは?」

「魔術師の能力寿命はそう長くはありません。彼女ももう城に入って三十年。

 そろそろ引退を考えているという話を聞いています」


 彼女。

 知らなかった。今の王宮魔術師女性だったんだ。

 プライド高いって言ってたからなんだか男性だと思い込んでたよ。


「今、来週に行われる文官試験を受ける為、最後の追い込み中なので。

 もし試験に合格すれば、皇王妃様や皆様に御拝謁の機会も叶うかと思います」 

「そうね。その時を楽しみにしています」


 そんな会話をして、王宮に午餐用の魚の納入の話をして、来週の打ち合わせをして調理実習は終わった。

 私が仕事を終えて帰ろうと、裏玄関に向けて歩いていると


「そこの娘、お待ちなさい」

「え?」


 ふと、声をかけられた。

 若い女性の声だ。


 慌てて声の方に顔を向けると、華やかな容姿の女性が立っていた。

 金髪の豪奢な縦ロール。

 深い夏の森のような碧色の瞳。

 スタイルも見事なボンキュボン。

 

 外見は十八歳から二十歳っぽい。

 紫色のキレイな刺繍のついたローブを着ている。

 そして手には精霊石のついた杖を持って立っていれば…。



 わっかりやす。

 解りやすいくらいに一目で解る。この人がさっきも話に出て来た王宮の魔術師だ。



「其方は噂に聞くゲシュマック商会の娘ですね」


「はい。マリカと申します。

 魔術師様にはご機嫌麗しゅう…」


 私は足を止め、深々と挨拶をした。

 下位者から上位者に向けた初対面の挨拶。

 その態度と挨拶に満足したのか。

 彼女は笑みを浮かべると、くいと首と杖を動かして見せる。


「少し、聞きたい事があるのです。こちらへ」


 ちょっと考える。

 王宮の魔術師様だから多分貴族待遇ではあるのだろうけれど、従わなければならない義務はない。

 でも、来週の試験を控えるフェイの為に王宮の魔術師ってどんな感じなのか見てみるのはいいかもしれない。

 情報収集大事。


「解りました。

 風の刻までには店に戻らなければならないので、少しの間でとお許し頂けますのなら」

「構いません。送迎の馬車の御者には、少し待つむね、私の方から伝えておきます」


 促されるまま、少し廊下を歩き、私はとある部屋に案内された。

 そこは多分、文官の執務室なのだなあとはっきり解る作りをしていた。

 豪奢ではあるけれど、他の王宮ではあまり見ない本棚がいくつも作りつけられ並んでいる。


 そして大きなテーブルと、そこで作業をする人々。

 彼らは入室した私達を見て一気に手を止めたけれど、直ぐにまた作業に没頭し始めた。

 多分、仕事が山ほどあるのだと思う。

 積み重ねられた羊皮紙の量が半端ではない。


「間もなく文官試験が始まるので、その準備で忙しいのです。

 文官試験と騎士試験は平民が貴族、準貴族に上がれる数少ない場。

 それは其方も知っているでしょう?」

「はい。うっすらとは聞いています」

「うっすらと? 随分甘い事を言いますね? 試験に受かるか受からないかでその先の人生が左右される。

 不老不死の我らにとっても正しく命がけの事ですよ」


 奥の来客用と思しきテーブルに促された私は言われるままに座り、反対側に腰を下ろした彼女を見る。


 改めて見ても綺麗な人だなあって思う。

 金髪碧眼、縦ロール。

 第二皇子妃メリーディエーラ様のように、とっても解りやすい美人、だ。

 その眼には知性と、意思が宿っていて高いプライドと、それに相応しい能力を感じさせる。

 彼女は、部下と思しき人物から一枚の羊皮紙を受け取ると、私と書類交互に視線を動かす。


「先日、文官試験の願書が届きました。

 文官試験は通常試験の他に、魔術を使える者の特別枠があります。

 滅多にいないその枠に、今年久しぶりに申込者があったので興味があったのです。

 ゲシュマック商会の娘。フェイというのは其方の同僚ですか?」

「同僚というか、兄妹にございます。無論、義理の、ではございますが」

「そうですか…ならばいくつかの質問に答えなさい」


 いきなりの家族面接?

 貴族からの命令だけれどここで変な受け答えをしてフェイに迷惑をかけるわけにはいかない。

 私は顔を上げた。


「…それは、ご命令ですか?」

「命令、というか事前調査です。魔術師というのはその付加価値によって試験成績が多少低くても合格したり、高官として優遇されることがあります。

 しかもゲシュマック商会の魔術師は高位の杖を持つ高い能力者と既に貴族、皇族の間で話題になっています。皇室騎士団の委託を受け、いくつかの事件依頼にも関わっていると。

 事実であればよほどの事が無ければ合格は確定ですが、であるからこそ王宮に怪しい人物を入れない為にも、身元調査は必須なのです」


 言っている事は解らなくもないけれど…。

「魔術師様」

「ソレルティアと言います。王宮魔術師と文官の束ねを担当する者です」

「ではソレルティア様」

 私は目の前の魔術師を見据えた。



「ここで私が話をすることが、フェイ…兄の合格、もしくは不合格を左右する可能性はありますか?

 もし、そうであるのなら兄に迷惑をかける訳には参りません」


 変に話をしたことで不正を疑われたりしたら、フェイの経歴に傷がつく、それを絶対に認める訳にはいかない。

 フェイは私がどうこうしなくても受かる実力を絶対に持っているのだから。


 私の返事に、彼女はフッと目元を寛がせた。


「噂通り、頭のいい娘ですね。

 貴方の心配も最もです。

 であるからこそ、人の多いここで話をしているのです。ここで貴方が会話したことは一切試験の合否に関係しないと誓いましょう」

「であるなら、問題ない範囲でお答えいたします」

 

 彼女の合図に隣に立つ部下らしい人物が筆記用具を構える。  


「では、応えなさい。

 この皇国の出現は10年ぶりとなる魔術師の杖の持ち主について」


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