「また、無茶をするつもりではないでしょうね?」
数日前、私は、予想通り、予定通り王宮でティラトリーツェ様の呼び出しを喰らっていた
「また、と、無茶、というのは何でしょうか?」
「とぼけないで。話は聞いていますよ。
皇国騎士団にとんでもない依頼を出したそうね?」
応接室の椅子に腰を掛け、私の目を真っ直ぐ見据える大三皇子妃ティラトリーツェ様。
その横にはミーティラ様。ティラトリーツェ様の腹心で護衛の騎士貴族。
あー、だよね。伝わるよね。
今回の事を相談して、護衛依頼を出したのは王都警備担当騎士貴族はヴィクス様だし。
ミーティラ様はヴィクス様の奥さんだし。
「去年と同じように、子ども達の護衛依頼が出るのは理解しています。
あの小さな精霊術士、エリセが誘拐されかかったのですってね?
恥ずかしい話ですが、戦で兵が多く出払った上に大祭を間近に控え、他国から移動商人などが多く入国するこの時期、どんなに気を付けても治安は悪くなりますから。
ですが、今回の其方の提案の意味が解りません。
マリカ。貴女の護衛依頼が出ていない事。
そして王都、全ての皇国騎士団全てを雇いたい、というこの依頼の意図を説明なさい」
一応、ヴィクス様には話し、協力を仰ぎ、依頼についても内諾は得ていたのだけれど、最終的な許可の為に上に報告するとも言っていた。
皇子がいない以上、責任者が第三王妃様であることは納得。
最終的に皇王陛下にも話が行くのかもしれない。
別に隠す事ではないから説明するのは構わない。
…怒られるのはまず間違いないので覚悟はいるけれど。
大きく深呼吸して私は顔を上げた。
「はい。では、お話します。
皇国騎士団全てにお金を出して雇う、というのは責任をもって仕事をして貰う為です。
通常、皇国騎士団が仕事をしていない、という意味ではありませんが、徹底的に対処して貰う為に、そして特別な仕事を頼むならそれに相当する代償を支払うべきだと思いました」
「特別な仕事、とは何?」
「私とアル。多分、メインは私になるでしょうけれど囮となる私達を狙ってくる襲撃者の確保と徹底尋問です」
表情を変えずに告げた私を見つめるティラトリーツェ様の喉が静かな音を立てた。
「…また、貴女は自分の身を投げ出すつもりなのですか?」
「別に犠牲にするつもりは無いです。囮にはするつもりですけれど。
私自身、捕まったり、怪我をさせられるのは御免です。
だから少しでも危険を減らす為に皇国騎士団の皆様のお力をお借りしたいのです」
アル、ガルフ、リードさん、ラールさん。
ヴィクスさんも含めて色々と子ども達の安全について、どうしたらいいか、話し合った。
問題なのは不審者や、襲撃者が一人、一組では無く、しかもどこにいつ現れるか解らない、ということなのだ。
今の時期は秋の大祭前で、他国からも移動商人などが大量に流れて来る。
夏の時も、大祭の後、正式な手続きを踏んだ商人達の何組かには燻製機とその使用方法などを販売した。
多分、今回はその結果も出て更にオファーが増える事だろう。
レシピを得る為にはお金、もしくは材料の取引契約が必要になる。
ガイドラインはきっちりとできているから、正式な手続きを踏んで依頼して来る分には何の問題も無く(お金や手間はかかるけど)『新しい食』の情報は移動商人も入手できるのだ。
だから、お金や手間を厭う相手には容赦をするつもりはない。
「アルケディウスを拠点とする移動商人のベネットに情報収集と提供を仕事として依頼しました。
ウルクスの時の奴隷商人です。
彼は、奴隷商人としてはまだまっとうな方で誘拐などには手を染めていませんでしたが、同じ生業を行う者にはさらにあくどい行動に出るものもいる、と思います。
だからそういう連中に
『ゲシュマック商会の秘密は子どもが握っている。彼らを手に入れられれば有利になるのだが』
と情報を流して貰っています。
彼らが私達を狙い、動いたところを皇国騎士団に動いて捕えて貰えればと思うのです」
弱い子どもを狙う犯罪者は向こうの世界でも少なからずいた。
ちゃんと法整備がされている世界でもそうなのだ。
子どもの人権がちゃんと保障されていないこちらでは言わずもがなだろう。
「子どもを誘拐して情報を得ようなんて言う輩は、本当に頭が悪いとしか思えません。
ですから、相手が、全ての商人が、そんな事は効率が悪いと気付くまで徹底的にやるつもりです」
孤児院とアーサーやエリセ達の護衛ははっきりと騎士について貰う。
それでも彼らを襲う人間がいないとは限らないけれど、警戒が厳しい彼等よりも、簡単に手が届きやすいエサが目の前に投げ出されていたらどうだろうか?
十中八九、彼らはエサに食いつくと思う
自分達に仕掛けられた罠だとは気付かずに。
ワザと私とアルは護衛をつけないで出歩く。
そこを狙ってきた襲撃者を騎士団に捕えて貰うという計画だ。
「事前に、皇国騎士団には私とアルが出歩く時の時間とコースは申請します。
その時間帯、その近辺だけ市内警邏を厚くして頂き、襲撃の合図があったら集まって捕えて頂ければと」
普通の子どもの拉致監禁は罪にならないのかもしれないけれど、既に所有されている子どもに手を出すのは罰則が科せられると聞いている。
加えて私達は準市民として神殿に登録されているし。
準市民、という制度がアルケディウス独自のもので移動商人達は知らないとすれば、さらに罪状を増やすこともできるだろう。
「期間は秋の戦と大祭が終わるまで。
約一カ月の契約で、予算は最大金貨百枚を予定しています」
「百…」
背後に控えたミーティラ様の声が驚愕に震えているけれど。
「子ども達の安全と未来に比べたら安いと私は思っています」
確かに大きな金額だけれど、魔王城の資産に頼らなくても出せない金額では無い。
そもそも、私は王宮の仕事をするようになって調理実習の代金として月金貨一枚のお給料、レシピの代金として一つに付き金貨一枚を国から頂いているけれど、そのお金、まったく使い道が無くて溜まっていく一方だから。
レシピを売った代金はゲシュマック商会の運営資金に回しているけれど、ガルフはそれを別枠で溜めて、必要な時は直ぐに動かせるようにしてくれていると孤児院建設の時に知った。
今回の護衛費に使う事も了承して貰っている。
「子どもを守る法律も無い以上、対処療法でしか子ども達を守れません。
子ども達を守る為に、私は使えるもの、持っているものは全部使うつもりです。
どうか、御理解とご協力をお願いいたします」
「…マリカ」
私の話を黙って聞いて下さっていたティラトリーツェ様が、ゆっくりと立ち上がり、私の前で膝をついた。
視線が同じ目線で合って、私は伸びた両手に身を固くする。
ティラトリーツェ様は聞き分けの無い子どもであろうと、手を上げるような人ではないと解っているけれど。
伸びた白くて、でも剣をも握る強い指先は、私の頬にそっと触れる。
「私は、いつも思っているのですよ。
貴女は、子ども達を守る、という。
でも、『守らなければならない子ども』の中に、貴女は自分をどうして入れていないのか、と」
「それは…私が…」
「ええ、貴女がかつての魔王と呼ばれた女王の転生で、為政者の記憶と知識を持っている事は理解しています。
それでも、自分の身を投げ出す姿を見る度、私はいつも不安でならないのです。
貴女はいつか『子ども達を守る』
その己に定めた命題の為に、自分自身の存在さえも躊躇いなく捧げてしまうのではないか、と」
怒りに任せたものではなく、優しく静かに言い聞かせ、諭す言葉に私は顔が上げられない。
もし、自分の命と子どもの命どちらかしか選べない状況があるのなら、私は子どもの命を守り自分は命を捨てる。
その自覚があるからだ。
「己の身に子が宿って初めて理解できた事があります。
命というものは本当に尊く得難い、大切なもの。
失う事が無くなった不老不死者の多くが忘れてしまっていますが、決して、何も、誰も変わりもできない唯一無二の大事なものなのです」
「…はい」
例え、転生ができたとしてもそれは、前の存在とは同じではない。
同じであっても違うのだと、私は誰よりも良く知っている。
「秋の戦の後の会議に、酒造法と合わせて子どもの命を守る為の法律が提出され、準備されています。
アルケディウス国内だけでも、子どもを保護しその才能を育てようというライオット皇子の呼びかけに賛同者も増えているのです。
おそらく成立するでしょう。
これは、マリカ。貴女やリオン、フェイ達の活躍の成果ですよ」
「本当、ですか?」
子ども達を守る法整備。
私達のような一般人にはできないと思っていた遠い目標が、いつの間にか現実のものになっていた。
みっともなく震える手が止まらない。
「勿論、例え法律が整備されてもそれで終わりではありません。
世間に認めさせ、子ども達を保護し、教育を与え、大人まで導くのには大変な時間がかかるでしょう。
今回のように子どもを守る為に、とその都度自分を投げ出していては命がいくつあってもありません。
子ども達を守るというのなら、貴女自身が自分の身を守らなければならないのだということを自覚なさい」
「ティラトリーツェ様…」
それは、今まで幾度となくフェイからリオンから、告げられてきたことだった。
でも、聞き流してきたことでもある。
子どもの命の前では、私などどうでもいいことである。と。今も多分私は思っている。
でも
ティラトリーツェ様に告げられたそれは、違う意味合いを持って私の心に、届き、響く。
この世界を生きる不老不死者。
共に色々な事を思い生きて来て、命令や、上下の縛り無く、私達の思いに寄り添って下さった初めての方。
「…ティラトリーツェ様は、私がいなくなったら悲しいと思って下さいますか?」
私の呟きに、パチンと軽く鳴った頬と悲し気な眼差しが応えた。
「冗談でもそんなことを言うのは止めなさい。
娘がいなくなって悲しまない母親がいると思うのですか?」
「…すみません」
バカな事を言った、と思う。
痛みは無い、でも打たれた頬と胸が確かな熱を帯びる。
この方は私を娘と呼んで下さった。ならば私は、決して死ぬわけにはいかない。
向こうの世界で私は両親に対して、逆縁の罪を犯した。
こちらの世界でまで同じことはできない。
絶対に。
「やるからには徹底的にやりなさい。
皇国騎士団、守備兵団、全てを使う覚悟で。
私が皇国騎士団長代理として許可します」
「え? 反対というのでは…無くて?」
てっきり反対、止めろと続けられるかと覚悟していた私に、ティラトリーツェ様が諦めたような乾いた笑みを見せた。
ぎゅっと、強く私を腕の中に抱きしめて
「それが結果的に一番の近道で、貴女の身を護ることになりそうですから。
相変わらず、貴女の目標への最短コースを見つけ出す才覚には驚かされます。
本当は夏のように私が側で監視していたいけれど、このお腹では邪魔にしかなりませんから。
王宮から戻る度毎の報告は怠らないように」
「ありがとうございます」
私を褒めて、認めて下さる。
強くて逞しい母の腕の中で、私は身を任せた。
この方の前では私は、一人の子どもに戻れる気がする。
「ミーティラ。子ども達の護衛とこの子の監視をお願い。
自分からこれ以上の厄介ごとに飛び込んでいきそうなら、首根っこを引っ掴んで止めなさい」
「承知いたしました」
「私は自分から、厄介ごとに飛び込んだりはしませんよ!」
「嘘を言わない」「嘘でしょう?」
怒られても、信用が無くても、信頼されている。
母のような、姉のようなお二人との会話が、怒られてもけなされても不思議に嬉しかった。
腕からそっと解放された私は手招きされる。
手近なテーブルに整えられ置かれた筆記用具。
…なんだかんだで、きっとティラトリーツェ様は最初から計画を助けてくれるつもりだったのだと解る。
本当にありがたい。
「ほら、ボーっとしていないで、詳しい計画と説明をしなさい」
「あ、はい」
計画の説明とこれからの事で精いっぱいだった私はこの時、私はまだ気づいてなかった。
ティラトリーツェ様が、どんな覚悟で、思いで、私を「娘」と読んで下さったかということに…。
◇◇◇
「あと少し、あと少しの辛抱だから…」
大祭が終われば人はぐっと減る。
王都に店を構える商人は、子どもを拉致して脅迫するなど一時のメリットにしか過ぎず長く『新しい食』で利益を得ようとするならむしろ不利になると解っている筈だ。
アルケディウスに児童保護の法律が制定され、それが周知されれば少なくとももう少し抑止力になってくれる。
私はそれを胸に頑張ろうと思った。
正に、その時だ。
「マリカ、マリカ?」
リードさんが、私の肩を揺さぶる。
しまった。意識が飛んでた。
トントン。
聞こえるノックの音。開く扉。
「…マリカ。
ちょっと来てくれ。変な…客が来てる」
「変な客?」
アルの呼び声に私は首を捻りながら、部屋を出て応接室に向かう。
部屋に入った瞬間、
「わあっ!」
見知らぬ女性が私にいきなり抱き付いてきた。
「ああ! マリカ。私の娘!」
「どうだ? 間違いはないか?」
「はい。間違いありません。この子は、私の娘です」
私の目の前に立った男と、私にすり寄る女は顔を見合わせると、楽し気な笑みを浮かべていた。
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