後で判明したリオン傷害事件。凡その流れはこうだ。
インターレリ伯爵領に、盗賊団が現れた。
彼らは旅芸人を装い、領都から少し離れた村に侵入、強盗行為を行った後、村人達をこう脅迫した。
「村で育てている作物の半分を寄越せ。そうすれば村にこれ以上の危害は加えない。
だが反抗するのであれば、徹底的に痛めつけ、酷い目に遭わせてやるぞ」
その盗賊達は変に頭が良く拾った子どもを、使い走りのようにして偵察や見張りをさせていた。子どもを気遣い、親切にした家は間取りなどを知られ、真っ先に餌食にあったという。
自警団のような者もいるにはいたが、盗賊達の方が実力は上だった。
不老不死であっても殴られれば痛いし、家や作物に火をつけられたりすれば取り返しのつかない事態になる。女性であればもっと酷い目にあいかねない。
領都に助けを求められるまでの間、村人達は彼らの言うことを聞くしかなかった。
「収穫物を採取した後の茎をもう一度、植えておくがいい。魔王に襲われ枯れたと言えば、かえって喜んで貰えるかもしれないぞ」
……本当に変な方向に頭が回る連中だ。ここだけではなく、各地で似たようなことをしでかしていたに違いない。
でも、彼らが調子に乗れたのはここまで。
『頭のいい小悪党は嫌いではありませんが、我々の名を勝手に使い悪事を働かれるのは、良い気分ではありませんね』
「な……!」
「本当の魔王が来たんだ。金髪で、碧の目の!
そして、ボスを痛めつけて、脅して……」
リオンを刺した子どもは、そう言って泣き縋るように弁明した。
「命が惜しかったら、我々の言う通りに動きなさい。
『我々の』目的の為には『器』が必要なのです」
そう言って、リオンをおびき出す作戦を伝え、リオンを刺すように伝えたのだという。
『殺す必要はありません。そもそも、貴方達に彼を殺せはしないでしょう。
その刃で彼を刺すことができれば、十分。
時期や方法は、私が指示します』
そうして盗賊達は言われるままに計画を実施に移したのだという。
この話には色々と不自然な所がある。
一番は魔王達が人間の盗賊達に介入してきたということ。
今まで魔王軍は魔性達を操り、精霊の力を大地から奪うだけの悪事しかしないと思われていたけれど、今回、こちらの情報や動向を把握し、人間達を利用してきた。
ということはかなりの情報収集能力を有しているのかもしれない。
そしてこちらに向けて意図をもって介入してきた。
加えて『器』が必要だと告げた『魔王』エリクス。
『今、あいつは人間の意識の上に『魔王』という人格を上書きされていると思っておくと多分解りやすい。
『精霊』にとって肉体、器と言うのは魂の入れ物だ。勿論、ただの器、というだけではないし、簡単に入れ替えや乗り換えができるわけでは無いけれど。肉体が失われても、魂が健在なら、その『精霊』は厳密には死んでいないと考えられる』
以前、そんなことをラス様が言っていたことを思い出す。
事実『精霊の貴人』や『精霊の獣』が繰り返し転生している。魔王城の精霊はそれを『魂の色が同じ』と表現し、記憶がなくても同一人物と判断しているようだ。
刺されたのがリオンである以上、魔王の目的はリオンを奪う事だったのだろうと推察できる。肉体が魂の器であり、リオンの魂ではなく『器』が求められているだとしたら、魔王達はリオンの肉体で一体何をしようとしていたのだろう?
「……そうだ。そろそろ、会議の方に行かなくっちゃ」
私は報告書を読む手を止めて立ち上がった。
逃避であることは解っているけれど。
あの後、リオンは直ぐに現場に復帰した。
「傷は塞がった。もう体調そのものに不具合はない」
そう言って。
前と同じ。ある意味前よりもテキパキと仕事をしている。
各国の首脳陣が息を呑む程に。
実行犯の盗賊達は全員逮捕。リオンを刺した子どもは不問とされ孤児院に預けられた。
騒動により、会議期間は数日延期。
盗賊達と魔王がしでかした今回の事例は共通理解事項として、当のリオンから各国に伝達されたのでその対応の為だ。
「確かに盗賊の襲撃ではなく、魔性に精霊を食われた、とされた方がその後の援助などが受けやすいと考える大貴族は多いかもしれません。
今後被害報告を受けた場合、それが人の手によるものか、魔性の影響かよく精査しないと」
「後は、各小村の警備問題ですか。でも、これがなかなか……」
リオンの報告は各国を驚かせ、今後について課題を与えたけれど。
「ア……リオン。君、なんだか大きくなってないかい?」
同時にリオンの『変化』にも人々は目を瞬かせる。
「なんだか、不思議な感じがしますな。外見などが目立って大きく変わった感じはしないのに今までとは違う、何かを感じる気がするのです」
タートザッヘ様が言った言葉が割と真実。
毒からの生還後、リオンは変わった。間違いなく。
引き締まったというか、鋭さを増したというか。
「今までのリオン様が、原石の中のカレドナイトだとしたら、今は精製され磨き上げられた結晶体のような気がします。とにかく、側にいるのも恐れ多いような威圧感と、逆に側にいて、力を捧げたい。そんな思慕にも似たものを感じるのです。
毒から生還した強さがそうさせるのかもしれませんが……」
カマラや女性陣はなんだか熱の宿った眼差しを向ける者が多い。
気持ちは解らなくも無いけれど、嫌な感じがする。
「身長も、体重も変わってはいません。気のせいですよ」
リオンはそう言って、微笑するけれどその笑顔そのものが、彼は変わったとはっきり告げている。彼の側にいると何か、ドキドキするのだ。
なんだか魔を秘めたような人を惹きつける微笑と仕草は魅力的で。
あ、もちろん、リオンは前からカッコよくて素敵だったけれど。
それを持つこと自体も悪い事では無い筈だけれども。
フェイやアル。お父様。リオンを良く知る人たちの顔色も固い。
「なんだか、リオン兄だけど、リオン兄じゃないみたいだ」
アーサー達でさえ、何かを感じている様子が伺える。
嵐の前の静けさ。
今のリオンはそんな感じだ。
魔王城に戻って、休息を。と提案もしたのだけれど、拒否されてしまった。
我慢できず、アルケディウス神殿から大聖都に戻る前、私は治療を施してくれた精霊獣様に聞いてしまったほど。
「ラス様。リオンは治療が終わったんですよね? 元に戻ったんですよね?」
でも『精霊神』の返事は私が望んだものとは違った。
『……治療は終わった。でも、元に戻った、とは言ってない』
「え?」
『一度、茹でで煮えてしまったゆで卵は、もう生卵には戻らないだろう?』
そう呟いたラス様は、明らかに悔し気で納得がいっていない様子だ。
私が大聖都で大神官をやるようになって『精霊神』様と話すことができる機会は減った。
自動操縦の獣は傍にいて下さるけれど、『神』の結界が強すぎて大神殿の中には入りにくいんだって。
「……生卵と、ゆで卵?」
『リオンという存在そのものは、変わらないけどね。
まったく。あれの悪趣味さは、あいつも解ってると思ったのにな……」
「どういうことです?」
『こっちの話。
……信じておやり。あの子が、君たちのリオンであり続けられるように。
そして、君自身もしっかりと自分を持ち続ける事』
「だから……それは……はい」
その言葉が、あまりにも意味深で私は、それ以上問いかけることができなかった。
「重要案件があるので面会を願いたい。
俺とリオンと。限られた人数のみで」
アルケディウスのお父様。
ライオット皇子からそう面会申請の手紙が届いたのは、会議最終日のことである。
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