【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 皇女の『能力』

公開日時: 2023年8月3日(木) 08:38
文字数:3,713

 最終的に、タシュケント伯爵家は取り潰し、ということになったらしい。

 放火と麻薬使用で当主が罰せられたドルガスタ伯爵家でさえ、取り潰しでは無かったことを考えると不老不死世において一族郎党巻き込んだ事実上の極刑と言っていいだろう。


「皇族を貶め、あまつさえ毒殺さえ図ったのだ。当然の事」


 皇王陛下は何の憐憫も見せず、あっさりと。

 身体に戻ってきた私にそう言って見せた。

 現実問題として、後継者のソルプレーザを失い、家令は幽閉。伯爵夫人も不老不変をはく奪され、永久幽閉となれば、領地の運営は困難だろう。

 伯爵自身は館の一室に幽閉されていたようで、


「私は、反対したのです。ですが妻はどうしても許せない。

 奪われたものを取り返すと言いはって聞かず……」


 救出(?)後、地べたにバッタのように頭を擦り付けて謝罪したけれど


「妻の行動を止めなかったということは、お前にも同じ思いがあったということだ。

 反対していたのに止められなかったというのなら、妻の制御もできない無能。

 領地を任せておくわけにはいかない」


 と、容赦のない沙汰が下りがっくりと肩を落としていた。

 冬の間は皇王陛下が選んだ貴族の中の一人が代官として赴任して領地の把握に努め、新年を待って新しい大貴族を任命するという。

 タシュケント伯爵家に勤めていた使用人達は一旦、全員解雇され、その後、新しい代官に仕えるか、別の仕事に就くかを問われることになった。

 領地に家族がいる人も多くて、殆どの人は遺恨を残さないことを誓い、新しい代官さんについていった。ただ、女子どもを中心とする数名は残って、王都での新しい生活を行うことになる。

 その大半が、ソルプレーザ、伯爵、伯爵夫人に酷い目に遭わされていた奴隷待遇の者達だった。


「本当に……もうあの館に戻らなくてもいいんですか?」


 怯えたように言ったのは十代後半くらいの女の子だった。

 多分、不老不死を与えられていない。身体のあちこちに鞭や火傷の跡が見える。

 詳しく調べて解ったことなんだけれど、ソルプレーザは放蕩息子で館に幾人もの不老不死になっていない男女を囲い、性的虐待を含む酷い目に遭わせていた、

 そこまでは私も拉致監禁されていた時に、うっすら聞いたことだったのだけれど、ソルプレーザの逮捕と死後、彼らは伯爵家に移され、伯爵夫人の八つ当たりを受けることになったらしい。


「ソルプレーザ様の残虐さは母親譲り」


 と使用人達の間では密かに囁かれていたそうで、彼らは鞭打たれたり熱湯をかけられたりしてそれはもう酷い目に遭わされた。厩で放置など、本当に伯爵夫人的には保護して守っていたつもりだったんだと呆れたくらいだ。


「ええ。当面、あなた方は皇家管轄の孤児院で保護します。

 安心してください。そこには誰一人、貴方達を傷つける人はいません。衣食住全て保証します。今まで苦労してきたのですから、心安らかに過ごしてほしいと思います」


 私は少女の手を握り告げた。

 本当ならソルプレーザ逮捕の時に救い上げてあげられたのに気付けないまま、何人もの子どもを犠牲にしてしまったのかもしれないと思うと申し訳なくなる。


「そこで生活を立て直して、職業訓練をして、最終的にしたい仕事を見つけて下さい。皆さんが自立するまで、手助けしますから」

「あ、ありがとうございます」


 一口に奴隷と言っても種類は色々ある。

 アルケディウスにだって、奴隷商はいるし、奴隷を使っている貴族はいるのだ。

 借金がある。生活を保障してもらう代わりに永久奉公するなどが殆どだけれど、中には性的目的の為に買われ、使われる女子どもも少なくない。

 彼、彼女らの多くは運が良かったり、気に入られない限り成人する前に命を落とす。

 全ての奴隷解放、なんては簡単には言えないけれど、手が届く限りは助けてあげたいと思わずにはいられないのだ。


 だからタシュケント伯爵家の子ども奴隷達を保護した時、無理を言って会わせて貰った。

 年齢的に、もしかしたら私が伯爵家で使われていた時にいた子もいるかもしれないと思ったけれど知っている子はいない様子。

 もとより、私には伯爵家で使われていた時の記憶は殆どないのだけれど。


 救出された女の子達。その中に顔の半面が焼けただれたように赤く腫れあがっている子がいた。


「これは、もしかして伯爵夫人が、毒を?」

「はい。皮膚から吸収され、殺せる毒。最低でも大きな傷をつけられる毒を。とここ半年程は何人もの子どもを使い実験していました」

「殆どは衰弱や毒のせいで死んで、生きている子は何人かだけですけど」

「ごめんなさい。私のせいですね」


 可愛らしい顔つきの女の子なのに額から、右半面がぶくぶくと膨れ上がっている。

 もしかしたら、私もこうなっていなのかもしれないと思うとゾッとするけれど、今はそれどころじゃない。


「ねえ、貴女。お名前は?」

「ありません。ただソーリャと」


 ソリャープカという言葉が確か雑巾だと聞いた。つまり、オルデやネアと同じゴミ扱いということだ。

「では、今はソーリャと呼びます。ソーリャ。私を信じて身を預けてくれませんか?」

「身を……預ける?」

「マリカ、いったい何をするつもりです?」

「この顔の傷を治したいと思うのです」

「! そんなことができるのですか? マリカ?」


 驚いた顔で私を見るお母様に私は静かに頷いた。


「解りません。でも、なんとなくできるような気がするのです」


 私には物の形を変える『能力ギフト』がある。

 昔、魔王城での時代、私は自分の傷を自分で治すことができた。リオンもできるのを確認している。

 でも、それは『精霊』だからかもしれない。

 本当の人間、他人に力を使った事はまだ無いから、成功するかどうかは解らない。

 ただ、昨日、サークレットを身に着けたことで、かなり力が増したと実感している。そして昨日、アーレリオス様の『力』を見た。人の身体、生命に干渉する方法。

 それを応用すれば「あるべき形」に戻すことはできるかもしれないと思えた。


「失敗はしないように努力しますが、始めてなのでどうなるか解りません。それでも信じて任せて下さいますか?」

「お願いします」


 問いかけたソーリャの返事は即決だった。


「とっても、痛くて、熱くて、苦しいのです。少しでも治るのならお願いします」

「解りました」


 私は少女の顔に手を当て力の流れを感じた。

 なんとなく、なんだけれども、人間の体の中にも『精霊』の力があるのを感じる。

 体の中に流れる水の精霊なのかな? それとも別の物なのか。

 私は人の体の中に流れる精霊達に呼びかけ願った。


(傷を修復。あるべき姿に戻って)


 一生懸命、願い、力を送る。イメージするのはこの子の可愛い笑顔。すべすべと滑らかな肌、一重の瞼。ぱっちりとした瞳、赤い唇。


 目を閉じて、必死に願っていたから解らなかったけれど、しゅわあああ、と炭酸が弾けるような音がした。と同時に


「わああっ!」「す、すごい」「信じられない」


 なんだか煌めきを宿した驚きの声?

 おそるおそる目を開けてみると、そこには輝くような微笑みを浮かべ、ペタペタと自分の頬や顔を触るソーリャちゃんの姿。


「すごい! 痛くない、熱くもない! 治ってる!!」

「よかった~~~」


 私は、ぺたんと地面に座り込んでしまった。


「顔が引きつるとか、違和感があるとか無いですか?」

「無いです。凄いです。本当に前、そのままの気がします」

「良かったです。他に、傷がある人はいますか? 希望があるなら治せるかどうか試してみます」

「は、はい。では、恐れながら私も……」


 恐る恐る手を差し出したのは、十八歳くらいの女の子、身体のあちこちに火傷の跡が残っている。

 同じように体に手を当てて、修復を願う。


「な、治った」

「本当ですか?」


 目を開けた私より先にお母様が服をめくり、少女の身体を確かめる。

 確かに全身、滑らかで美しい真珠のような肌。傷が無くなれば、性奴隷として買われていただけあってとんでも美少女だ。


「わ、私もお願いします」「私も、どうか!」


 タシュケント伯爵家から保護された女の子は十代後半から、十一歳くらいまで六人いたけれど、全員、なんとか傷を治すことができた。

 全員、傷だらけだったっていうのは許せない所だけれど。

 後遺症や違和感とかは今のところなさそう。とりあえずホッとした。


「これで、新しい生活も障害なくできると思います。

 今までの生活の事、忘れるのは難しいかもしれないですけれど、新しい環境では貴女達を傷つける者は誰もいませんから、気持ちを切り替えて過ごして下さいね」

「ありがとうございます」「『聖なる乙女』から賜った温情、生涯忘れません」


 跪き、心から礼を言ってくれる少女達を見て、私は本当に良かったと嬉しい気持ちになった。

 でもそんなほのぼのとした空気を吹き飛ばすように


「いいですか? お前達。孤児院でこの奇跡。マリカに傷を治してもらった、と口外することを禁じます」


 厳しい命令が飛ぶ。


「お母様?」

「絶対に、誰であろうとも、子ども達は勿論、孤児院の職員にもです。

 マリカの治療能力についてしゃべってはなりません、

 これは命令。聞けぬのであれば相応の罰を下します。奴隷に戻りたくなければ決して他者に漏らすことの無きよう」


 お母様は、何故か青ざめた表情で少女達にそう告げたのだった。

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