【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

風国 真実の一欠けら 後編

公開日時: 2023年8月30日(水) 09:09
文字数:3,643

 マクハーン王太子様は物腰柔らかく、公平な人だ。

 最初に出会ったシャッハラール王子の印象があまりにも悪すぎるからかもしれないけれど私的にはかなり好印象。

 ファイルーズ王女の事情も、あくまで自分達の言い分、として話して下さっている。


「兄や父王、男達の意見はまた違うと思うけれど、私達は本当にこの件に関しては不満を持っていた。

 いずれ、父王や兄達からこの件について話を聞くことがあったら、私達の話を頭に入れた上で、どちらが正しいか姫君や君達が考えて欲しい」


 と最初におっしゃっていたのだ。

 それは、とても平等で正しい姿勢だと思う。


「ファイルーズには話した通り、幼い頃から決められた許嫁がいた。

 王女、それも『聖なる乙女』を与えられる家だからね。南の砂漠地帯ではあるけれど、大貴族の第二位で力の強い家で、母の実家とも懇意にしていた。

 相手は不老不死だから実際年齢は相当に離れているけれど、それは仕方のないことだからファイルーズも理解していた筈だ。長く連れ添った正妃が第二夫人に下がりファイルーズが第一夫人として迎えられることになっていたんだ」


 淡々と話されるマクハーン様の話を聞きながら、私は正直。うわー、やだなあ、って思っていた。

 親子ほどどころではない歳の離れた相手と結婚させられる十代の女の子の気持ちは完全に無視なんだ。この世界では当たり前なのかもしれないけれど。

 お父様がリオンを私の婚約者にしてくれなかったら、多分、私もどこか貴族家の男に嫁がされる話になっていたのかもしれない。いや、多分、今だって申し込みそのものは山ほどあるのだ。

 お父様とお母様、お祖父様とお祖母様が私を尊重してシャットアウトしてくれているだけで。


「ただ、ファイルーズが『聖なる乙女』として認められるようになってくると、他の大貴族達も彼女に目をつけるようになった。

 何せ、ファイルーズが舞うと光の精霊が集まり、風が共に踊ると言われていたくらいだ。

 ずっと子どもや、『聖なる乙女』が生まれていなかった王宮で、唯一の真実の若さと輝きを持つファイルーズは国中を魅了していった」


 これは今のアルケディウスや大聖都の『聖なる乙女』フィーバーを知っている身として解る気がする。子どもは純粋に可愛いし、才能のある若い女の子がアイドルとして人気者になるのはいつの時代にもあることだ。


「ファイルーズも悪いと言えば悪かったんだろうね。

 王宮という限られた世界ではあったけれど『聖なる乙女』として溺愛されて育った彼女は、婚約者というものを特別視していなかった。というか、まだ子どもで結婚、ということを本気で理解していなかったのかもしれない。

 好意を向けてくる相手に対してはいつも笑顔で応じ、けっして冷たくすることはなかった。

 別に男相手に浮名を流した、訳では無かったけれど誰にでも優しく、輝く微笑みえお見せるファイルーズは知らず国中の男達の憧れの的になり争奪戦が始まった」


 婚約者よりも、もっといい条件を出すという申し出がいくつも出てくる。

 北の方の領地を率いる者の中には実際、砂漠という厳しい領地を与えられているが故の名誉職のように第二位になっていた婚約者の大貴族よりも資産的に好条件を出せるところも多かった。

 一方で婚約者は最初からの約束を盾にファイルーズ様との結婚を迫ってくる。

 シュトルムスルフトを南北に二分するくらいの騒動になって、このままではどちらに嫁いでも遺恨が残るだろうというくらいの騒ぎになった時、父王が一つの決定を下す。

「ファイルーズの婚約を解消し、王族に止め置く」と


「それなら、まあいいかと我々も思っていた。けれどこともあろうに兄上がファイルーズの結婚に名乗りを上げてきた」

「え? でも異腹とはいえ兄妹ですよね。そういうのアリなんですか?」

「もちろん、無しだ。表向き申し込んできた相手は自分の乳兄弟。でも、そんな相手に嫁がせたらどうなるか、考えただけでも解るだろう?

 我々は拒絶し、ファイルーズを王宮から成人の儀まで出さないことに決めた」


 ぞわりと、背筋に冷たいものが走る。

 自分のいう事を聞く配下へ嫁いだ義理の妹。

 確かに怖いことになる想像しか見えない。


「ただ父上は兄上を溺愛していた。

 身分は低い女から生まれたけれど一番、自分によく似た性質を持つとね。

 成人の儀の後、父上に結婚相手を定められてしまったら手も足も出ない。

 どうしようかと、考えていた時に、それは起きた。

 儀式関連の為、外出したファイルーズが襲撃にあい、身柄を奪われたのだ」


 これは、最初に伺った話だ。

 王宮に襲撃者が現れ、魔術を使い護衛士達の眼前で、ファイルーズ姫を連れ去った。


「『精霊神』の怒りを受けて後、この国では精霊術が効きにくくなったと言われている。

 かつては当たり前に使えていた転移陣も動きを止め、『風国』と呼ばれながらも王族の魔術師でさえ、当時転移術が使える者は誰もいなかった。

 まあ、自己申告だから本当はいたのかもしれないが、いないことになっていた。

 勿論、ファイルーズには幾人もの護衛が付き、側近も多くいた。

 けれど、魔術師と思しきその人物が風の魔術で、側近を一瞬怯ませファイルーズに触れ、術を使った瞬間、妹達は消え失せていたという。

 フードを被り仮面で顔を隠していた魔術師は、男か女かも分からない。

 瞬く間のことでファイルーズは、彼女が連れていた護衛士兼侍従である青年と共に姿を消した。その後、必死の捜索にも関わらず今なお見つかってはいない」


 勿論、国中を総ざらいするような大捜索網が敷かれた。

 動機のある大貴族達も徹底的に身辺調査を受けた。

 けれども怪しい人物は見つからず、事件は迷宮入りになってしまったということらしい。

 転移術の使い勝手を知っている私達にとっては、魔術師がその気になれば完全犯罪が可能な事は解っている、

 術者の力量にも依るけれど一度行った場所なら、どこでも移動可能なのだ。壁とか鍵とかも殆ど意味がない。

 泥棒、誘拐なんでもござれ。

 アルケディウスの二人はそんなことはしないと信じているけれど。


「成人の儀に合わせ、父王はファイルーズが『精霊神』によって『神』の世界に迎えられたと発表し葬式とも言える儀式と手続きを行った。

 我々は反対したけれど、ファイルーズが連れ去られてしまった以上、厳しい話になるが辱められているだろう。

 戻ってきてももう表舞台に出ることはできないのは明らかだったから、あの子の名誉を守る為という父上の言葉に反論できずあの子の『死』を受け入れたんだ」


 そうして約十五年の時を経て、フェイがやってきた。

 十五年の空白を埋める情報をフェイは持ってはいなかったけれど、少なくともファイルーズ王女はあの後、子を産むまで生き延びた。解っていたことだけれど『精霊神』に連れていかれた訳ではない、ということも確認できたことで、王太子と王妃様は覚悟を決めたらしい。

 ファイルーズ王女失踪の真相を探す、と。


「父上はああ言ったが、私達は皇女とお約束した通り、君の意思を尊重する。

 決して無理に王家に連れ戻すようなことはしないよ。

 勿論、君が望むなら一族として受け入れるけれど」


 話し中、一瞬たりとも警戒を解かず厳しい顔つきで話を聞いてたフェイにマクハーン様は微笑みかける。

 実際問題として、フェイが生まれた、ということはファイルーズ王女がなんらかの形で男性関係をもった、もたされたということでもある。

 それは『聖なる乙女』として崇められた王女の名誉を汚すことになるけれど構わない、とフェイを認知したようにマクハーン王太子様達の決意の表明なのだろう。

『精霊神』の子を処女受胎、と国王陛下はしたいのかもしれないけれど無理がある。

 

「ただ、父上じゃないが、君がファイルーズの血を受け継ぎ、精霊に愛されているのは僕らにも解る。君は多分、望めば優れた魔術師になれるんじゃないかな?」


 ざわり、とアルケディウスの随員達の空気が揺れた。

 彼らはみんなフェイが皇王の魔術師だっていう事を知っているからね。

 でもそれを言ってない筈なのにマクハーン様や、もしかしたら国王陛下も気付いている?

 だとしたらなかなかに侮れない。

 フリュッスカイトの王族『七精霊の子』も。


「私達はファイルーズ失踪の謎を明かし、必ず全てを詳らかにする。

 もし、思い出したことがあったり、手を貸してもいいと思ったりしたら、いつでも声をかけて欲しい。

 立場上後宮から出てくることはできないけれど、母上も君と会い、話ができる日を待っていると言っていたから」


 そう言い残してマクハーン王太子様はお帰りになり、長い長いシュトルムスルフト第一日目はほぼ終わった。


「まだまだ、謎が多いけどね」

「ええ、まだ何も始まっていませんから。全てはここからです」


 王太子を見送るフェイの眼差しは刃のように鋭い。

 一生懸命に私達の為に何をするべきなのかを考えてくれているのが解った。


 私はそんな、フェイの姿。

 家族かもしれない人物にも警戒を緩めないフェイの思いが頼もしかったけれど、少し悲しい気持ちにもなったのだった。


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