神官長としてではなく、一人の人間として、男として言わせてもらうならば。
男女の関係、所謂性行為というものについての考え方は人それぞれでいいと思う。
例えば、アルケディウスの王宮だけを例にとってみても色々な男女関係がある。
皇王陛下は生まれた時からの婚約者がいたが、他国の王女に恋をして強引に結婚した。
妾や側室ではなく第二妃として愛し、正妃である現皇王妃と有効な関係を築いてきた稀有な例だ。
第一王皇子は正妃が隣国のアドラクィーレ王女であった為、基本的に側室や妾は作らなかった。手が付いた侍女などはいたらしいけれど、子どもはできなかったので、今は手を切り、我が子を産んだ正妃一筋だそうだ。
一方で第二皇子は正妃以外にも側室、妾を多く囲っている。女遊びと酒に狂った放蕩息子の呼び名も高かった。今はその酒好きを仕事に生かしているけれど。
そして妻ほぼ一筋の第三皇子。
ほぼ、というのは一度だけ一般人に手を出して子どもを産ませたとされているから、だけど実際の所は作り話だから、筋金入りの愛妻家だと言っていい。
勿論、幼い子どもに性的虐待を行うのは論外だとしても。
それぞれの愛の容があっていいとは思うのだ。
そんなことを考えるようになったのは、師匠とも言える王宮魔術師ソレルティアと男女の関係になってからのことだけれど。
この子どもが不遇な世界において、自分は幸いにも大人からの強制的な行為とは無縁でいることができた。子ども達の中には大人の欲望に晒され身体を弄ばれてきた者がアルを含め少なくない。孤児院は勿論、明るく生きる魔王城の子にも多分いるくらいには。
だから、女性と正しい形で行為について知ることができたのはかなり幸運な部類に入るだろう。ソレルティアを特別愛しいと感じるようになったのは、行為後のことだけれど。
女性を知り、その魅力を余さず知ることによって今まで以上に彼女により親愛の気持ちを持てるようになったと自覚している。
勿論、行為が生む快楽に抗いがたい魅力を得ていることも事実だが、女性を抱き、全てを交わらせる行為は決して忌むべきものではない、それだけは断言できる。
だから、正直、理解ができない。
「俺は、誰も抱かない。マリカであろうと。いや、マリカだからこそ抱けない。
そんな資格はない」
そう言い切るリオンの考え方が。
「何故、そこまで男女の行為を忌避するのですか?」
「別に忌避している訳じゃない。さっきも言ったけれど、生命の神秘に関する大事な儀式だ。行われなくなったら人類は滅ぶ、軽々に行うものではないと思うけれど、拒絶や否定をしているわけではないんだ」
「なら、どうして……」
「人間じゃない俺には、その資格がない。それだけの話だ」
僕がソレルティアと機会を見つけて身体を合わせていることに気付いている、訳では無いと思うけれど、他者の行為は否定しないとリオンは言う。
彼自身が、他人を抱くことはできないのだ、と。
「俺は、人型精霊。『神』の、今は『星』の手足で道具だ。
そんな存在が人の、命の理に混ざってはいけない」
「ですが、基本的に構造は同じだと言っていませんでしたか? 僕は精霊の手によって生まれたというだけで、同じこの星の住人だと思っていますよ。
マリカも、リオンも」
「そうだよ。それに『精霊神』だって、昔人間になって、子どもを作ったんだろ?
だったら、子どもができないって訳じゃあ、ないだろうしやっちゃいけないってことでもないと思うけど」
「それこそが問題なんだ」
「え? なに?」
アルの言葉に、リオンが吐息を返す。それこそ問題、とリオンが言うのは……
「精霊と人の間には子どもができる可能性がある。
人外の存在が、軽々に人間と交われば相手にどんな負担をかけるか解らない。
強い力を注ぐことで相手に負担をかけ、場合によっては死に至らしめてしまうかもしれない。
『精霊神』のように何が起きても相手を守ることができるのならともかく、俺は自分でもコントロールできない中途半端で、それでいて強力な狭間の種を他人に注ぐことはできないんだ。
生まれた子どもにだって、どんな影響が出るか解らない」
やっぱり、自らの肉体の性能的な問題なのか。
それに関しては自分達に解決する方法は無いけれど、リオンは自分自身に対して臆病過ぎはしないだろうか?
「でもさ、普通の人間なら危ないってこともあるかもしれないけど、相手がマリカなら大丈夫じゃないか? 同じ精霊同士なんだろ?」
「そうですよ。元々『精霊の獣』は『精霊の貴人』の将来の伴侶として想定されていたと聞いています。だからこそ『精霊の獣』』を育てた先代の『精霊の貴人』は自分は『母でも姉でもない』とおっしゃっていたんでしょう?
それに、リオンがマリカをただの兄妹ではなく、特別な存在として意識していたことを知っていますよ」
そうだ。ずっと二人を見てきた。
互いが家族でありながら、それ以上の存在として想い合ってきたことを。
古くはお風呂で倒れたマリカの裸を見た時から、近くではエルディランドの大王にプロポーズされた時や、落ち込んだマリカを慰めに行った宵。
外にもきっとあるだろう、二人が互いを男女として意識した時間が。
二人が思い合っていることを知っているから、僕は二人が結ばれることを願ったのだから。
「俺は……確かに『精霊の貴人』の番として作られたんだと思う。マリカの事を思うと時として理性が感情を抑えきれなくなってしまう時がある。
そのまま、抱きしめて誰のものにもしたくない、と思ってしまう事もあった。肉欲なんて人型精霊には無いと思っていたのに、マリカを抱いて、一つになりたいと思ってしまう自分がいるんだ。それはきっと、あいつも同じで、実際、魔王はまだ、身体が完成していなくて触れてはいけないと解っていても、二度、マリカの部屋に忍び込んで襲いかけている」
「だったら、何故?」
「それは、俺の奥に刷り込まれた命令だからだ。
『精霊の貴人』を手に入れろ。
『身体を奪い種を注いで複製を作れ』
『神』のものか、『星』のものか。どちらにしても俺自身が持つはずもない感情で、マリカを汚していい筈もない」
「なんで、自分がマリカへの欲望を持たないって言いきれるんだよ」
「俺は人型精霊だ。道具にそんな感情が在る筈もないし、許される筈もない」
「じゃあ、マリカが望んでも応えるつもりはないのですか?」
帰らない返答。噛みしめるよう沈黙。
これは肯定なのだろうか、それとも否定なのだろうか?
それにしても随分頑なになったものだと思う。
魔王城に暮らしていた本当に子供だった頃はここまでではなかった気がするのに。
記憶を取り戻し、自分の存在意義を知ってしまった事で、きっとリオンは子どもの頃、もっていた自分の願いや夢、感情を封じて道具に、自らに与えられた役割に徹しようとしているのだ。
さて、どう説得したものか。考え悩んでいた時。
「はああっ。男って、どうしてこんなに身勝手なんだろうな」
「アル?」
「俺は、絶対にこういうの反面教師にしよ。リオン兄や伯爵みてえな男にならねぞ」
アルはワザとらしくため息をつき、呟いた。
リオンに当てつけているのは解る。だが
「アル。流石に伯爵と同列はリオンに失礼では無いですか?」
そんな僕の言葉にアルは首を横に振る。
「一緒だよ。抱く、抱かねえを男が決めてる時点で一緒。
まず、マリカに聞けよ。抱いていいか。抱かれたいかって」
「あっ……」
「身体と心を相手に開く権利を持っているのは、抱かれる方だ。
本人の意思を気にしない勝手に決めてる時点で、相手の事を考えず自分優先な身勝手な大人の男と一緒だ。本当の大人の男なら相手の気持ちをまず先に聞いて、添うべきだろ」
身勝手な大人の男。その欲望を知るアルの言葉は重く、深い。
「それにさ、誰がリオン兄にそんな道具でいろ。役割を果たせ、なんて馬鹿な命令したんだよ」
「えっ?」
「リオン兄、いつになく言ってること、ぐちゃぐちゃだからさ。
『神』?それとも『星』か?」
駆け引きや、寸度も一切なし。
真っ正面から、真っすぐなアルの思いと言葉がリオンに投げかけられる。
主を庇う訳でもないだろうけれど、否定にリオンは首を振る。
「いや、『星』はそんなことは命じていない。何も。『精霊の貴人』を守れとさえ言わず俺の自由を許してくれている」
「だったら、『神』? 『神』の言う事なんか聞く必要あんの?」
「いや、『神』も違う。戻らねばならない。『精霊の貴人』を連れて。そんな衝動はあるけれど……」
「なら、結局はリオン兄が自分で自分を縛ってるだけだ。自分はそうしなきゃならない。って。
人型精霊に役目があるのはそうかもしれないけど、命令を果たすだけなら意思なんて乗せない。でも、自由に考えて動く意思があるのは、好きにしていいってことだろ?
もっと自分のやりたいようにやれよ! 変な言い訳して逃げんな!!」
「アル……」
この時僕は、この真っすぐで、強い魂が側にいてくれたことに感謝していた。
僕では、言えなかった言葉だ。
リオンの事情、思い、魔王の感情や言葉さえも知りすぎているから、解るから。
彼は間違っている。そんな考えは止めろと、言ってやることはできなかったのだ。
「大事なのはリオン兄とマリカの気持ちだろ?
実際の所マリカを抱く資格なんて、兄貴が決める事じゃない。
誰に身体と、心を開くか。決めるのは、決めていいのはマリカだけだ」
「そう……だな」
「リオン兄はマリカの事が好きなのか? なんては聞かねえ。
好きな事、解ってるからな。
使命とか、役割とか、計算とか。そういうの全部取っ払って、『精霊の貴人』とか『星』や『神』の意志とかも全部忘れて考えてみろよ。
マリカを抱きたいと思うのか、そうでないのか?
どうして抱きたいと思うのか?」
どうなんだよ、と目で問うアルにリオンは瞼を閉じて、手を握りこぶしのまま胸に当てた。
凪ぎの海のような静かな表情はまるで自分自身に問いかけているようだ。
「ああ……驚いた。本当に俺は、ぐちゃぐちゃになっていたらしい」
やがて、深く呼吸を吐き出しながらリオンが目を開く。
なんだか、少し、すっきりした表情に見えるのは気のせいだろうか?
「『神』への反発、自己嫌悪。マリカの事を思うというフリをした拒絶への恐怖。
『神の精霊』の記憶を持つ自分、『星の精霊』としての自分、内なる魔王。それらは切り離せないものだけれど。一人のこの『星』に生まれた生物。リオンとして想うなら、答えは簡単だ」
「どうなんだよ」
「マリカが好きだから。大切だから。愛しているから。
マリカに触れたい。一番近くに行きたい。
できるなら、誰にも渡したくはない」
意外に独占欲が強く、負けず嫌いのリオンの思いが伝わってくる。
「マリカが許してくれるなら、抱きしめたい。そして、一つになりたいと思っている」
「なら、それでいいじゃん。後はマリカが受け入れるか否か。それだけだろ?」
「そうだな……。マリカが誰を選ぶか。本当にそれだけだ。
マリカの意思を無視して襲う相手は蹴散らし、マリカが選ぶその時を待てばいいんだ」
「そういうこと。実際、勝負はもう決まってると思うけどな」
「そうなら、いいんだが……」
結局のところ、リオンは優しすぎで、生真面目すぎなのだと思う。
相手を思いすぎて、自分を縛り律してしまう。
きっと、性的行為が封印の解除と知って、それが目的でマリカを愛するのは、マリカに失礼だと思ったのだろう。
そして、マリカが言う所の自己肯定感が低い。
自分と言う存在を奥深くで嫌悪している。
リオンは……本当に人型精霊という運命に囚われ過ぎだ。
記憶を消していた『星』の気持ちもよく解る。
もっと色々な事に自由になってもいいと思うのに。
視線の先で、リオンがアルの背中を叩くのが見えた。
僕はなんだか吹っ切れた様子のリオンと、安堵した様子のアル。
二人を見て思う。
リオンの気持ちが少しでも前を向いたのなら、押していこう。
どうせ、いざとなれば相手を思いすぎて最後の線を踏み切れないのがリオンだ。
各国に手を回し、アルケディウスにも協力を仰いで。
アルの保護についても後で、話をして考えなくてはいけないけれど。
まずは二人の事が先。
マリカとリオンの幸福の為。
ひいては『星』の為、と打倒『神』の目標の為。
二人をなんとしても正式にくっつけてしまおう。と。
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