私が目を覚ましたのは翌日の多分、朝。
宿舎のベッドの上での事だった。
奉納舞で力を使い果たして、どうやら倒れてしまったらしい。
一応夜着に着替えて寝ているのは、多分、ミュールズさん達がやってくれたんだと思う。
「うーん、今、何時だろ?
まさか、丸一日以上寝てた、なんてことないよね?」
心配になって身体を起こし、私は立ち上がろうとしたのだけれど、ぴょーんと、重軽いものが腹の上に乗ってくる。
私の動きを封じるみたいに。
『まて、マリカ』
「あれ? アーレリオス様?」
乗っかって来たのは白い精霊獣いや、プラーミァの『精霊神』アーレリオス様だ。
『お前、昨日、一体何をしてきた? いや、我々が眠っている間、何をしでかしてきた』
「しでかしたって……。
アーヴェントルクの皇族にハメられて、お城の祭壇で舞を舞ってきただけですよ」
『城の祭壇? 外で? 神殿の精霊石の前じゃなく?』
トン、と頭の上に昇った灰色短耳ウサギはアーヴェントルクの『精霊神』ラスサデーニア様。
通称ラス様。
「ラス様……はい。そうですよ。
アーヴェントルクでは『聖なる乙女』が祝福を与える舞が、良く行われるんですって。
皆に見せてやってくれ、って言われて、アーヴェントルクの人達に幸せがありますように、って踊ってきました」
『だからか……』
『……だね。まったくもう、君って子は。ちょっと目を離すとすぐやっかいごとを巻き起こすんだから』
「厄介ごと? なんです?」
溜息をついたふりをしてお二人は話し続ける。
わざとらしい、というかイヤミったらしい
『やっぱり目を離さないようにしとけば良かった……』
『基本引きこもりのあいつが、本気で関わって来たのだからな。これはもう逃げられんぞ』
「だから、何です?」
意味は解らないけれど、責められているのは解る。
何かやらかした?
どういうことなの?
『アーヴェントルクの『精霊神』がお前を呼んでる。
自分の所に来い、とな』
「へ?」
『ほら、これ。今、君の中に彼の力が混ざってるんだ』
ととん、と私の指先を鼻先で突くラス様。
あれ? 確かに見てみれば人差し指の爪の先がマニキュアをしたみたいに紫色に染まってる。
『『神』の影響を振り払う為に力を貸してくれたんだろうけど、行かないとちょっと拙い事になるかもしれないよ』
「え~! な、なんでですか!!」
思わず出してしまった大声は、図らずもミーティラ様やミュールズさん。
外で待機していた側近達を呼び寄せてしまい、話はそこで一端打ち切りになってしまったけれど。
『聖なる乙女』がいるから関係ないと思っていたアーヴェントルクの『精霊神』
まさか、それがこんな所で私に関わって来るなんて。
正直、頭の中がわけわかめ。
そしてそれに拍車をかけたのは、
「おはよう。『聖なる乙女』
心配したけど無事に目覚めて何よりだ」
私の目覚めを待って押しかけるようにやってきて下さったヴェートリッヒ皇子だった。
何故『押しかける』なのにやってきて『下さった』なのかは
「お目覚めになったら、第一に知らせるように。
そして体調が整い次第、登城するようにと皇帝陛下からのご指示が届いております」
とミュールズさんが言っていたから。
多分、皇帝陛下の呼び出し前に、奉納舞であったことを教える為に、そしてその後の助言を下さる為に、見つかったら皇帝陛下に怒られるの承知で来てくれたんだと思うからだ。
実際、皇子は
「昨日の夜の騒ぎは凄かったよ。
『真実の聖なる乙女』の舞を見た。『精霊神』の祝福がアーヴェントルクに降りた、と今も城中が多分、大興奮してるんじゃないかな」
けらけらと、口角を上げながらおっしゃるけれど、目は笑ってない。
「私は、踊っていたのでよく解らないんです。一体、どんな風だったんですか?」
アーヴェントルクの為の舞なので、あの祭事の場に入れたのはアーヴェントルクの者だけだった。
アルケディウスの者はカマラとリオンの護衛と、アレクだけ。
彼らは舞台のすぐ近くにいたから、外から見ていた人の意見を聞きたい。
私の願いに皇子の顔が真顔になり、思い出す様に昨晩の事を語り始める。
「うーん。まず、君が踊り出すと同時、不思議な光が君の周りに漂い始めた。
これはまあ、アンヌティーレの時も良くあるんだ。光の精霊を呼び集めるっていうの。
後は『神』に力を捧げる祭事だから、終盤に黄金の光がアンヌティーレに集まり、空に放たれる、というのもある。
ただ、今回、明確に違ったのはいつもは光の精霊や黄金の光、だけじゃなくって、紫紺の輝きが現れた事、だ」
「紫紺の光…ですか?」
「そう。アーヴェントルクでは紫は『精霊神』の色とされている。
その靄のような輝きが、君の足元から立ち上り、君の周囲に漂い始めたんで、皆、驚いた。
勿論、君の舞の上手さにも驚いてはいたけれどね」
「黄金と、紫の…光?」
「陽炎のように二つの光が、君の動きに合わせて揺らめき、周囲に金粉を輝かせた。
それは互いに競い合っているようにも、力を合わせているようにも見えた…かな」
皇子が言う光の揺らめきが、あの舞の時私が感じていた、力の引っ張り合いだとしたら、競い合うどころか争って力を取りあっていたのだと思うけれど。
そこから先は、どうなったのか…。
「やがて、二つの光は君の背後で溶け合って、君の中に吸い込まれた、ように見えた。
そしてクライマックスの瞬間、君が手を開いたと同時会場全体に振る様に紫水晶のような煌めきが降りたんだ。
煌めきの殆どは雪のように一瞬で消えてしまったけれど、あの場にいた全ての人間がそれを受け取った。
『精霊神』の祝福だ、という者もいた。
そして、最後に残った煌めきは君が舞い終え、祭壇から降りていくまで君を守る様に取り巻き、そして消えた」
「本当に、そんなことが?」
喉が渇いた音を立てた。
私的には二つの力が、私の力を取りあい、最終的に片方の力が取るのではなく、与えてくれて、もう片方を退けた。
という記憶がある。
片方が『神』であるのなら、もう片方はさっきの『精霊神』様達の会話からしてもアーヴェントルクの『精霊神』だ。
「正直に言えばね、見ている者達は皆、アンヌティーレより遙かに幼い子供が、拙い舞を一生懸命踊るのを応援しようと思っていたんだと思う。
ところが、アンヌティーレにも勝るとも劣らない技術と、前向きな目で奉納舞を踊りきり、なおかつアンヌティーレさえも見せた事も無い奇跡を見せた。
真夜中に紫の光を纏い、本物の祝福を授けた宵闇の姫。
もう大喝采だったよ。
その後暫くアンヌティーレが踊れなかったくらいに……」
「アンヌティーレ様は舞われたんですか?」
「一応ね。ただ技術はともかく、君が見せた『本物の舞と奇跡』を前にしたら見劣りしたのは確かだね。
黄金の光も、飛ばなかったし」
アーヴェントルクの『精霊神』様は、多分、最初、私の力を取ろうとしたけれど、アーヴェントルクの人達に祝福を与えたい、という私の願いに応えて止めて下さった。
そして同じように力を取ろうとした『神』を退けて、民に祝福を与えた。ということだろうか。
「君の舞と共に降り注いだ光は多分『精霊神』の祝福だ。
昨晩、光を受け取った者の多くはとても幸せな眠りを得て、暖かい夢を見たという。
あの場にいた者全てがそう言ってる。僕の周囲だけかもしれないけど」
「そうですか……」
アーヴェントルクの人達に祝福を贈る。
それは私の目的だったから構わない。でも…
「うん。だから、気を付けて。危険だよ。
今日から、君を見るアーヴェントルクの者達の目は変わると思う。
『神』いや、『精霊神』の祝福を得た『真実の聖なる乙女』ってね」
はっきりと警告されてしまった。
危険、だ。と。
皇子の指がくるりと回って私を指す。
そこには昨夜の名残。
多分、アーヴェントルクの『精霊神』が残した刻印がある。
アメジストに染められたような紫の爪。
「父皇帝が昨日の件にどう反応するかは解らない。
もしかしたら無かったものとして扱って、只の料理指導員として扱うかもしれない。
でも、それならむしろいい。
問題はアンヌティーレと、その周辺だ。アイツらはきっとこれからなりふり構わず、君を下げに来る」
「下げに?」
「うん。穏便に君を支配下に置く事はことごとく避けられた。
自分が上だ、先達だ、と示そうとした儀式で、逆に君が格上だと王宮中に知られてしまった。
このまま、君を国に返せば多分、二度とアンヌティーレは『聖なる乙女』としての仕事をすることは無くなる」
「……ですね」
以前、大神殿の神官長自らが言っていた。
彼女は弱力。もう用済みだ。と。
「アイツにとっては『聖なる乙女』であることが全てだ。
その地位を守る為には何をしてくるか解らない」
「諦めて退いて下さる、ってことは無いんですよね。きっと」
「無いよ。アイツもアーヴェントルクの王族だ。己の願いを叶える為なら何でもする」
自らもその一員であるのに、いやだからだろうか。
ヴェートリッヒ皇子の言葉は遠慮も容赦もない。
「君は、アーヴェントルクに多くのものを齎してくれた。
僕個人は君を、無事にアルケディウスに返したいと思う。
それがこの国の『王子』たる僕の役目だ」
「私を妻にしたいとか、結婚するとか言ってたのはいいんですか?」
「うん。あれは君に嫌われるためにやったことだからね」
やっぱり。
「あんな嫌味な『皇子』を嫌わず、誠実に接してくれて…逆に信じてくれたのは嬉しい誤算だったけど…。
五百年頑張って来たつもりだったけれど、僕の演技もまだまだだ」
肩を竦めるように上げた皇子は静かに微笑んで頷いてくれた。
優しく思慮深く、そして誰よりも強い、アーヴェントルクの『王子』の眼差しで。
「ただ、以降、僕以外の皇族は君の敵だと思って、十分に注意するんだ」
「皇子の事は、味方だと思ってもいいですか?」
「……君がそう思ってくれるなら、そうしよう」
「思ってます。だから力を貸して下さい。
私も、皇子の力になりますから」
「解った」
皇子は私の言葉に静かに、でもはっきりと頷いて下さる。
「君の訪問と、今回の事は、僕にとっても五百年待ち続けた好機、なのかもしれないからね。
真実と向き合い、アーヴェントルクの『敵』を倒す、絶好の…」
「皇子……」
深く、一度だけ瞬きをしたヴェートリッヒ『王子』は
直ぐにいつもの、軽いナンパ皇子に雰囲気を戻し、
「『精霊神』の加護を受けた『真実の聖なる乙女』に我が忠誠を」
私の手を取ると指先にそっと、口づけた。
今回の話で王子と皇子、王家と皇家が混在しているのは仕様です。
王様をキング、皇帝をカイザーというのと同じような感じで微妙に発音や単語が違うと思って頂ければ。
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