【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

火国 そのものの価値

公開日時: 2022年6月10日(金) 07:52
文字数:3,630

 パンパンパン。

 夜の訓練場に、乾いた音が静かに響く。


「良い戦いを見せて貰った。

 この不老不死世界であそこまでの真剣勝負を見る事ができるとは、正直思わなかったぞ」


「国王陛下!」

「…父上」


 決闘を終えた二人…リオンとグランダルフィ王子は、歩み進ん来る人物を見止めると同時、スッと跪いた。

 私でさえ、おいでになっている事に気付いたのはついさっきだ。

 ほんの今まで、互い以外目に入っていないような真剣戦闘を繰り広げていた二人が、国王陛下に呼びかけられれば驚くのも無理はない。

 何せ真剣勝負をやらかしていたのだから。


「独断専行だな。グランダルフィ」

「申しわけございません」


 一切の言い訳をせずに首を垂れる王子には見えないだろう。

 国王陛下の表情は。

 我が子を慈しむ眼差しに溢れた瞳、微かにでも、誇らしげに上がる口角。

 もし、王子が叱責を受けるなら、と背筋を伸ばしていたリオンも息を吐き、心と共に後ろに下がったのが解る。

 確かな親子の絆。

 羨ましくなってしまう。


「グランダルフィ。

 今日よりお前は王太子を名乗り、我が片腕として政務、国務の指揮を取れ」

「え?」

「廃棄児や浮浪児の所在を確認し、保護。

 保護施設の建設運営。『新しい食』に関する実地実務など。基本的に全権を預ける」

「でも…それは…」

「別に俺が引退するという訳ではないぞ。

『新しい食』の推進、香辛料や食材の確保、生産など。

 プラーミァを豊かにする為にやらねばならないことは山の様にあるのだ。

 有能な人材を無駄にする余裕はない」

「…其方は我慢しすぎです。

 陛下にそっくりなのに、どうしてこうもできた子に育ったのでしょうね。

 長く、気付いてあげられなくて、報いてあげられなくてごめんなさいね。グランダルフィ」

「母上…」

「其方がやりたいこと、やるべきだと思う事を為しなさい。

 それが悪しきことで無い限り、私達は貴方の意志と願いを守ります」

 

 跪く王子に、王妃様は視線を合わせ、肩に手を回した。

 優しい母の腕に抱かれて、照れた様に王子は頬を赤らめる。


「必要ならフィリアトゥリスと協力し合うがいい。

 アルケディウスとの交渉の窓口も其方らに任せる。

 マリカの夢に力を貸すと約束したのだろう? 己の発言には責任を持て」

「かしこまりました」

「あ、ありがとうございます」


 フィリアトゥリス様もグランダルフィ王子の隣に立ち膝をつく。

 王子は協力を約束して下さったけれど、お金も手間もかかる児童保護は一個人が、例え王族であっても今日明日に出来る事じゃない。

 本気でやろうと思えばやるだけ。

 この国の児童保護を信頼できる友が司ってくれるのであれば、それ以上の安心は無い。


「礼を言われる話では無い。

 この国の為に益になる話だからな。

 魔術師の育成、人材の確保。

 …まったく、アルケディウスには負債が溜まる一方だ。マリカ!」

「は、はい!」


 突然話を振られて、私は背筋を伸ばす。

 陛下の朱色の瞳が、真っ直ぐに私を見据えていた。


「当人が拒否した以上、お前に対する求婚をプラーミァは取り下げる。

 もう、日も変わった。明日にはお前達は国をを出る事になるだろう。

 お前の働きに我々は報いなければならない。望みはあるか?

 なんなりと申せ」


 王様からこう言われても、直ぐに自分の望みを言ったりしてはいけない。

 その辺は何度も失敗して学習している。

 実際問題として、今回はそこまでの大きな望みもないし。


「私の仕事の代償は金銭によって既に支払いが済んでおりますし、色々と我が儘を聞いて頂きました。

 外に出して頂いたり、服を作って頂いたり。

 カカオ豆も香辛料も定期的な確保が可能になり次第、国に回して頂く契約が既に済んでおります。

 個人の願いも、王子夫妻が引き立てられ、この国の児童保護を担って頂けるのであれば、十分に。

 この国から保護した少女を一人、側仕えとして連れ出す事をお許し頂ければ…」

「それは既に許しを与えた。それとは別に、だ。

 お前の訪問がこの国への貢献は大きすぎる。せめて何か返礼をせねばプラーミァの面目が立たぬ故、遠慮なく言え」


 鷹揚に腕組みしつつ、トトン、国王陛下は足を鳴らした。

 うーん、あ、だったら…。


「国王陛下。この国に加工前、もしくは加工して潰しても良いカレドナイトの鉱石はございますか?」

「は? カレドナイト? 無くはないが…欲しいのか? 何に使う?」

「試みたい事がございます。プラーミァとアルケディウスの末永い友好の為に」


 アレについて知らせる、知らせないの判断は私がして良いと皇王陛下はおっしゃっていた。

 それに王子様達が児童保護を働きかけて下さったり、アルケディウスに食料品の輸出をしたりして頂けるなら、連絡は密に出来た方がいいと思う。


 朝一で国に連絡を入れて確認と許可をとってから…だけど。


「陛下。本日は送別の晩餐会の御準備でお忙しいかと思いますが、少し時間を頂く事は可能ですか?

 できれば、王族の皆様、全員。

 王太后様も共に…」

「別に構わんが、何をする?」

「許可が得られましたら、使者を遣わしますので一の火の刻あたりにでも」

「だから何だ? それにお前らに誰が許可を出す?」

「それは、後のお楽しみ、です」

            

 疑問符を隠そうともしない王様に、私は小さく笑って片目を閉じて見せた。




 そして刻限。


『これは、貸しだ。ベフェルティルング』


 厳重に人の払われたアルケディウスの応接室で、意地の悪い笑みを浮かべる皇王陛下を前に、王家の皆さんは予想通り絶句した。



「な、何が起きているのだ? これは」


 目を見開き、何が起きているか解らないという顔で、透明であった筈のガラス板に浮かぶ映像を見つめている。

 

「アルケディウスの新技術なのです。通信鏡と呼んでおります。精霊とカレドナイトの親和力を利用して大陸の反対側からでもこうして即時通信が可能になります」

「アルケディウスはこんなものを、簡単に作れるのか?」

「簡単に量産できるものではありませんし、私達が帰国してからになりますが、プラーミァがお望みであれば製作いたします」

『カレドナイト鉱石と、金貨十五枚。まさか高いとは言うまいな』


 にやりと笑う皇王陛下。ちゃっかり金貨五枚分の上乗せかけているあたり、商人の素質もお有りなんじゃないかと思うけれど


「勿論、申しませんが…、リュゼ・フィーヤ!」

「はい?」


 ぽかっ!


「いたっ!」


 私の頭に、衝撃が落ちた。げんこつ、じゃないや。

 拳大のカレドナイト鉱石だ。


「私は借りを返す為に望みを申せと、言ったのだ。カレドナイトくらいくれてやるつもりであったが、これを使ってこの鏡を作るというのであれば、借りを返すどころの話では無くなる。

 この上、負債を増やさせるな!」

「えー、だってこの先、食料品の輸入をお願いしたりするのに連絡はついた方がいいじゃないですか?

 早馬を使うより圧倒的に早いですし、長期的に見ればコストも安いし。

 王様の我が儘訪問で、お母様がご心労されないように、これを買って下さい。

 っというのは私からのお願いですよ」

「だ・か・ら…皇王陛下もおっしゃただろう? これはとんでもない借りなのだ!

 簡単には返せないぞ」


 凄い形相の王様。

 確かに、まあ、新技術を分けて貰うというのが借りだというのは解る。

 借りが積もって行くのは落ちつかないかも。


「えーっと、じゃあ、一年間、新しい香辛料とカカオ豆の輸入無料とか」

「よし」

『ダメだ。安すぎる。ベフェルティルング。そんな安値で借りを返しきれると思って貰っては困る。

 マリカ。其方も勝手に安請け合いするでないぞ。今回はしっかりと貸しておけ』


 即答しかけた国王陛下と私に皇王陛下が釘をさす。

 でも、安い…?

 どーみても金貨数百枚の大きな交渉になりそうなんだけど。


『お母様。義姉様も、ご無沙汰しております』

「………ティラトリーツェ」


 ふ、と画面が切り替わった。

 鏡の向こう側にいるのはお母様だ。


 揉めていた身体を動かし、私達は鏡の正面を王太后様達に譲った。

 震えるように画面を見つめる王太后様をその横で王妃様がそっと支えている。


「元気で、やっていますか?」

『はい。元気で、そしてとても幸せに暮らしております』

「そう…それは、良かった」


 深く穏やかな笑みで頷く王太后様の前で画像がまた揺れた。

 大きくない鏡の前に立たないといけないから、画像は皆で見れて声も聞けるけれど画像を送れるのは一人分が精いっぱい。

 でも、その向こうには今、三人分の微笑みがある。


「見えますでしょうか? 私とライオットの子。

 コリーヌとマリカが取り上げてくれた…お母様の孫です。

 こちらがフォルトフィーグ。男の子。こっちはレヴィ―ナ。女の子です」

 まだ六カ月くらい。でも首も座り始めてしっかりとした双子ちゃんが丸い目をきょとんとさせながらこちらを見ている。


「…見えますよ。

 ああ…本当に、貴女によく似ている事…」


 懸命に嗚咽を飲み込み、目を細める王太后様。

 零れる涙は隠しようもなく溢れているけれど、それを諌める者は誰もいない。


 五百年ぶりの母と娘の邂逅。

 孫と祖母の面会。


 納得した。


 この涙は、金貨を山と積んでも決して贖えない宝である、と。 

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