「ゆっくりくつろげ、と言いたいところだが今日の夜はお前を迎える宴がある。
身支度を整えておけ。
部屋の使い方はミーティラがいるから説明はいらないな。
開始前になったら少年騎士と案内人を迎えに寄越す」
「解りました。お心遣い感謝いたします」
基本男子禁制の部屋に、しかも身支度をする女性のところにいつまでもいられない、ということなのだろう。
兄王様は案内が終わると早々に出ていかれた。
「驚きですね。
ティラトリーツェ様が嫁ぐためにこの部屋を出ていかれたその時のまま。
机の位置、本の並びでさえ変わっておりません。
数百年使われていなかったでしょうに、丁寧に毎日手入れしていなければこんなに美しいまま残っている事など在りえぬでしょう」
懐かしそうに頭を巡らせるミーティラ様は感無量の様子。
ミーティラ様にも懐かしい昔の光景や、昔のティラトリーツェ様が見えているのかもしれない。
「兄王様は、きっとティラトリーツェ様の思い出をずっと大事にしてこられたのでしょうね」
埃一つ落ちていない部屋だけれども長く使われた様子はない。
ここは王女の部屋で現在、王家の子はグランダルフィ王子だけだから、奥様が使用されていなければきっと五百年使われる日を待って眠り続けていたのだと思う。
リネン類は真新しく交感されていて、美しい花も飾られている。
本当に居心地の良さそうな部屋だ。
王女の部屋は私には勿体ないけれど、お母様の思い出の籠った大事なお部屋。
ありがたく使わせて頂こう。
「今日は歓迎の宴だと言っていましたね。
では調理は必要ないと思います。入浴と着替えの準備をお願いします。
宴の随員はカマラとミリアソリス、それからミーティラ様で。
ミュールズ様は荷解きや明日以降の準備をお願いします。
ミーティラ様、部屋の使い方や水場の場所などを教えて下さい」
「かしこまりました」「解りました」「お任せ下さい」
城に到着したのが二の水の刻だ。
大聖都での晩餐会も、アルケディウスの夕食会も二の火の刻には始まっていた。
同じくらいに始まると思えば時間はあまりないだろう。
大急ぎで部屋付きの侍女さん達(水を汲んだり、掃除をしたりする人達。実はたくさんいた)に手伝って貰って身支度を整える。
今回はアルケディウスの礼装だ。
いつものサラファン半袖バージョン。
手首の寂しさはぴったりとしたバングルでカバーする。
蒼のヴェールを後ろに流し、トーク帽をかぶり。
なんとか火の刻の前に準備を終えると、予想通りノックの音がした。
「エスコートの方がお見えです。
どうかお出ましを」
「ありがとうございます」
男子禁制と言われた通り、リオンは二階には上がれないようだ。
案内係の人に促されて、私はカマラとミリアソリス、そしてミーティラ様と一緒に部屋を出た。
一階に降りると正装に身を整えたリオンがいる。
新しく作って貰ったチェルケスカは、前のものと装飾その他は変わらないけれど、心もち薄手のせいか流麗さが増した気がする。
今回はマントというかショールのようなものも身に着けて、見惚れる程にカッコいい。
「待たせてごめんなさい。今日はよろしくお願いしますね」
「はい。お任せ下さい」
口調は丁寧な皇女と騎士モードだけれど、目線は優しいいつものリオン。
少しホッとして、側に控えてくれていたフェイと一緒に、私は廊下をゆっくりと歩いて行った。
先導する女性の後に続き、公式エリアに戻ると大きな扉の前に辿り着いた。
チリンチリンと案内役がベルを鳴らすと、ゆっくりと扉が開き、また息を呑むような空間が現れる。
超でっかいシャンデリアが頭上に煌めく。
蝋燭じゃなくって精霊の灯り、エターナルライトだ。
そして、眼前、ずらーっと並ぶテーブルにはいかつい顔の男性がまたずらり。
勿論その隣に女性もいるけれど、その背後にも護衛騎士や随員がずらり。
アルケディウスの国務会議と、その後の晩餐会を思い出す。
貴族と大貴族の方々だ。多分。
みんなじっと私を見つめている。
ちょっと怖いなこれ。
視線のシャワーの中を私は促されるままに進み、最奥までやってきた。
長い、長い長方形の席の長辺に並ぶ貴族達、そして短辺に座すのは二人だけ、国王陛下と王妃様だ。
その右側、長編の一番手前におられる方が、私をを見止めニッコリと微笑んで下さった。
王太后 ディアノイリア様だ。
そのお隣にグランダルフィ王子が座っている。
だから、その隣におられる赤毛の女性がグランダルフィ王子の奥様だろう。
私はまだお名前がフィリアトゥリス様ということしかしらない。
穏やかで優し気に見えるけれど、戦士国の皇子妃様だ。油断はできない。
同じ、女子王族棟の二階にお部屋をお持ちなので、仲良くしたいとは思うけれど。
皆さん、もう席に付いているから、残り、唯一つ空いた席が私の籍だろう。
王の隣、左側の長辺、最前列だ。
隣に右隣に席は無い。
リオンは私の後ろに随員の一人として立っている。
リオンは騎士貴族であっても王族ではないからこの配置は仕方ない。グランダルフィ王子の横とかになってないだけまだマシだ。
リオンがイスを引いてくれ、私が席に座るのを待っていたかのように国王陛下は立ち上がる。
「皆の者! プラーミァは今日、数百年ぶりとなる国賓を迎えた。
魔王討伐の戦士にして、プラーミァの血を継ぐライオット皇子と、我が妹ティラトリーツェの愛娘。
アルケディウス皇女 マリカ。
我が国に数百年ぶりに、リュゼ・フィーヤが戻ってきたのだ!」
会場全体がぐらりとざわめき揺れる。
大半の人達の声に宿るのは歓喜。後は微かな戸惑いだろうか。
この場に並ぶくらいの人達だ。知らないことを聞いた、という驚きはない。
「世界に失われた『食』と『味』が戻っていることは皆も知っている筈だ。
チョコレートを、燻製肉を、ハンバーグを食べた時の驚愕を忘れた者はいまい。
世は変わる。この小精霊によって。プラーミァはその先駆となるのだ」
ぎらりと、席に付いた男性たちの目の色が変わる。
私を見る目に怖いくらいの熱が宿っている。
「マリカの滞在は水の一月の間。
その間に括目して見るがいい。この国の味が、食が、どう変わっていくかを!」
国王陛下の合図で、皆が立ち上がり、テーブルの上の盃を持ち掲げる。
多分、乾杯用の葡萄酒なのだろう。
私も真似て立ち上がる。ついでに盃に入った飲み物の匂いを嗅いでみる。
よかった。多分アルコールじゃない。
ぶどうジュースだ。
「プラーミァの未来と、小精霊の来訪に祝福を
エル・トゥルヴィゼクス」
「エル・トゥルヴィゼクス!!」
国王陛下の声と共に、乾杯の盃が高く掲げられ、宴の開会を告げたのだった。
側近の人が毒見を行った後、食事が盛り付けられ運ばれてくる。
歓迎の宴、と言われて出された料理は、私的に言うとフツーというか、今一の味だった。
野菜と申し訳程度に肉の入ったスープ。
ただ、胡椒はたっぷりと使ってあって、子どもの舌にはかなり辛い。
レタスに似た野菜とエナとシャロの薄切りに塩とやはり胡椒をかけただけのサラダ。
固焼きパン。
コリーヌさんが戻っている筈なのにアルケディウスで学んだ『新しい味』を使っていないのが解る。
疑問に思って陛下の顔を見てみると、目がふふん、と笑っていた。
つまりはワザと、なのだろう。
「食というのは、今まではこういうものだったのだ。
身分の高い者が、権威を表す為、疲労を回復する為に食するもの。
今までは、だが、な」
次に現れたのはハンバーグだった。
さっきの演説にもハンバーグが出て来ていたし、去年王様がいらっしゃった時にハンバーグと燻製肉はレシピをお教えしてある。
コリーヌさんが戻ってきて指導してるのなら、普通に美味しくできているはず…。
と思って一口食べて、ビックリした。
凄く美味しい。
異世界ハンバーグは使える香辛料が少ないので、どうしても肉の臭みとかが残るのだけれども、それが完全に消えていた。
っていうか、これは…。
「陛下…。まさか、昨日の台所…」
間違いない。ナツメグを使ってる。
でも、私がこっちの世界でナツメグを使ったハンバーグを使ったのは昨日が初めてで…。
「カカオの後、識者や文献を調べて、昔使用されていたという香辛料らしき植物を色々探してみた。
ただ、使い方が解らぬので、昨日、宿舎の台所に用意させておいたら使われた形跡の在る香辛料があった。
グランダルフィの報告からしてハンバーグに使われるものだと思って、やらせてみたが間違いないようだったな」
してやったり顔で私を見るけれど、王様、怖っ!
私が王子の為に料理をするであろうことを読んで材料を整え、材料の残りを確認して使われた用途を正確に把握して、そしてコリーヌさんに作らせた?
コリーヌさんは私達と一緒に戻ってきたのだ。
戻って直ぐに台所に入れられたとしても、ぶっつけ本番で失敗とかしたらどうするつもりだったんだろう。
いや、多分、失敗した時用に別の材料とかも用意していたのだろうけれど。
決断力と判断力、行動力が本当に、心底怖い。
「あと、これも、だ。
まさかこれを食べるとか、料理に使うとか思わなかったぞ」
「いっ!」
後ろに控えていたカーンさんが合図と共に指し出したモノ。
それはヤシの実だった。
ミーティラ様が青ざめる。
いや、ミーティラ様も取って貰った時、これを食べるのって顔をしてたけど。
デザートはパンケーキだ。
精霊術士が手伝ったらしい氷菓添え。
完熟ヴェリココ(要するにマンゴー)の氷菓が美味しくない筈は無いけれど、パンケーキの風味がミルクを使ったものと違う。
「まあ! なんて美味しいの!」
「甘さはしっかりとあるのに、すっきりとしていて…」
「口の中にふんわりと広がるわ」
御婦人達から歓声が響く。
やっぱり女性には甘味の方が人気なのか。
ではなく。
まさか、ココナッツミルクまで真似された?
私、ココナッツミルクをパンケーキに使った話は王子にしなかったよ!
「ココの実はプラーミァでどこにでもある。
取るのが面倒だから基本放置していたがな。
固いばかりだから落下したものを器に使ったり、外側の果皮で敷物や道具を使ったりするだけで、中の液体は捨てていたが飲んでみたらなかなか美味かった。
料理に使うとここまで美味になるとは思いもしなかったぞ。
もしや中の果肉も使えるか?」
「は、はい。軽い甘さが美味ですが乾燥させると独特の歯ごたえが美味しくて、油も採れます…」
何言ってるんだ。私。
王様のペースに呑まれてどうする?
でも、頭で解っていても、ちょっと先制パンチは効いた。
「ふむ、やはりお前は、国王よりもこの国の素材を熟知しているようだな?」
楽し気に宴席を見やる王様。
食べている大貴族方々もパンケーキに夢中だ。
サラダまでと目の色が違う。
無理も無い。
向こうの世界でだって人気のメニューだもの。
「ハンバーグとココの実だけでも、お前を呼んだ元は取れたと思ったが、まだまだ色々と隠しているだろう?
滞在期間中に知る限りの情報を吐き出していけ。
金に糸目は付けぬ。
…さもないと、プラーミァから帰さぬからな」
満悦の顔でパンケーキを頬張る国王陛下に、喉の奥がきゅんと鳴る。
私は心底フェイの心配が正しかった事を実感した。
今の一言。
冗談だろうけれど、冗談では無い。
王様の紅い目に宿った楽し気な『本気』に、私は、震えが止まらなかった。
常夏のプラーミァだというのに。
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