ティラトリーツェ様の妊娠報告と、宣言に暫し、言葉を失った場において
「な、何を言っているのです?
ティラトリーツェ。其方は自分が何を言っているのか理解しているのですか?」
一番に、自分を取り戻したのはアドラクィーレ様だった。
慌てた様子で捲し立てるけれど、ティラトリーツェ様は気に止める様子も無い。
「勿論、誰よりも良く存じております。
私は夫、ライオットとの子どもを産む。それが貴族社会において数百年ぶりの事であろうとも、やり遂げると既に夫とも話し合って決めたコトです」
「今、三カ月前後、ということは出産は…真冬ね。夜の月の頃かしら」
「はい、皇王妃様。夜の二月の終わりころから星の一月頃になるのではないかと言われております」
流石皇王妃様。
正確に出産予定日を把握して下さる。
…考えてみれば経産婦だし。
二人の皇子を出産なさっているのだから。
「そうね。なら、主な社交シーズンも終わっていますし、冬の最中は特に何があるわけでもない。
暫くはつわりなどで大変だと思うけれど、秋の戦と大祭の頃には身体も落ち着くでしょう。
新年の祝祭までに出産が終われば、大きな問題は無いのではなくって?」
「私も、預かる仕事を疎かにするつもりはありませんが、皇族の料理人達については既に、基本的な調理法を身に付けておりますので、今後は彼等が主導となって新しいレシピを考え出したり、貴族に教えたりすることでしょう。
また、マリカも礼儀作法や、様々な対応が板についてきました。
今後はこの子に貴族対応や実務を教え、実践を積ませて行きたいと考えております」
お二人の前向きかつ、正確な情報判断と違い
「そんな事を言っているのではありません!!」
アドラクィーレ様がぶつけるのは、明らかな感情論だ。
「貴族、それも仮にも皇族が妊娠し、挙句の果てに出産するなどと、恥ずかしいとは思わないのですか?
と、言っているのです!!
子など、愛欲に耽ったあげくの醜い出来物、腫物と同じ。
仕事に差し支えるし、体形も崩れる。
今日の様に体調を崩して周囲に迷惑もかけると以前にも言った筈ですが?
解らないのですか!」
…ふーん、なるほど。
そう言ってティラトリーツェ様の子どもを流産させたのか。
色々と言ってやりたい事はあるけれど、私が口を開くより先
「少し、お黙りなさい。アドラクィーレ」
発言を封じる優しくも厳しい声が降る。
「皇王妃…様?」
…例えは悪いけれど蛇に睨まれたカエルという感じで言葉を封じられるアドラクィーレ様にちょっと溜飲が下がる気がした。
「不老不死世界になってから嫁いできた其方達が、この時代の考え方に染まっていることは否定しませんが、本来、子どもを産み、育てるということは決して蔑まれるような事ではないのです。
其方達も、皇子達も女の腹に宿り、育てられて生まれて来たのですから」
「…あ。そ、それは…」
やっぱり、私達の目に狂いはない。頼りになるのは皇王妃様だ。
実際に子どもを産み、育てて来た女性の説得力は違う
「アドラクィーレ。其方が、かつてティラトリーツェが宿した子の流産に関わっている事は聞いています。
あの頃もやりすぎだと思いました。
リスク、メリット、デメリットを理解した上でティラトリーツェが出産を決意したというのであれば、…今度は邪魔する事を許しませんよ」
ゾクリ、と背筋が寒くなるくらいの凄みのある声と意思。
目に見えない皇王妃様の怒りにアドラクィーレ様は返答のしようがない。
「メ、メリーディエーラ?」
「私、今回の件に関しては、中立とさせて頂きます。
マリカには色々と借りもございますので。
それに、子ども、というものにも少々、興味が湧いてございます。
自ら産もうとは思いませんが、退屈を凌がせてくれそうですもの」
味方をなんとかして探そうと視線を泳がせるアドラクィーレ様だったけれど、思惑を察し、逃れるようにメリーディーラ様は微笑んだ。
…とりあえず、敵にはならないでくれるのなら、ありがたい。
「そ、そうです。マリカ!」
孤立無援を察し、アドラクィーレ様は私に眼をやった。
「何か、御用でしょうか? アドラクィーレ様」
「其方の保護者たるティラトリーツェは、妊娠したとなれば、我が子優先になるでしょう。
指導は続けると言っていますがままならないことも多くなる筈。
私が、其方の後見を引き受けましょう」
「それは、ありがたいことでございます。
アドラクィーレ様」
私の後ろ、肩にしっかりと手を置きながら代わりに応える、ティラトリーツェ様。
「おっしゃる通り、私だけでは確かにマリカの後見に手が届かない所も多くなると思うのです。
この国きっての貴婦人たるアドラクィーレ様が、後見を下さるのなら、私も安心です」
…ここが肝心な所だ。
「今後、調理実習も先程言った通り、基本的なことは伝え終ったので週一回程にさせて頂けないかと思っておりました。
場所も王宮で、それぞれの工夫と応用を、とも。
今後はこの子に貴族対応や実務を教え、実践を積ませて行きたいと考えております。
それで、いかがでございましょうか?
当面の間、調理実習とマリカの指導。
そして大貴族の料理人に、新しい料理を伝える仕切りをアドラクィーレ様にお願いできないものでしょうか?
何より、私、つわりで小麦の匂いで吐き気がしてしまうのです。
暫く調理実習の仕切りができそうになくって…」
不安げに揺れていたアドラクィーレ様の顔がパッと輝いた。
…、解りやすい。
この方、なんだかんだでこの国の女性派閥のトップで、いつも陰謀を仕掛ける側だから、仕掛けられる事に慣れてないんだなあ、きっと。
「いいでしょう。マリカは私が預かり指導をいたします。
其方は、自分の子に専念なさい」
「御厚情感謝申し上げます。マリカ。
アドラクィーレ様にご挨拶を」
喜悦の笑みを浮かべるアドラクィーレ様の前にティラトリーツェ様は、私を押し出す様に進めた。
私は静かに頭を下げて跪く。
「どうぞよろしくお願いいたします。
アドラクィーレ様」
「この国の為、皇家の為、精進するのですよ。マリカ」
…とりあえず、成功。
第一段階開始。
さあて、ここから本格的の始まりだ。
アドラクィーレ様を押さえ、生まれてくる子どもを守る。
私達の逆襲の。
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