空気を読まない、というのは怖いというか、強いと思う。
「へえ。君はその若さで騎士なのか? 凄いね。
魔性もあっという間に蹴散らしてしまったし。僕達の出る幕無かったよ」
「…どうも」
「ルペア・カディナについたらお手合わせ願えないか?」
「今回は、仕事中なので…」
「大丈夫さ。郊外はともかく、ルペア・カディナの中で魔性は出ないし、王を害するような奴はいない。
大聖都には未成人の武官はいなくてさ。
アルケディウスの騎士、ということはライオット皇子から直接稽古をつけて貰う事もあったりするだろう?
ぜひ、君とは仲良くしたいなあ」
「………」
馬車の中からでも解る冷えた空気。
近寄るな、というオーラを纏わせたリオンの怒気を一切気にも留めず、彼はリオンと馬首を並べ歩き続ける。
大聖都護衛騎士団 副師団長 エリクス。
『自称』勇者アルフィリーガの転生は、
本物の勇者アルフィリーガと一緒に。
大聖都は大きな円形に近い形をしている。
大陸の中央部にあり、それを雛菊のようにどこか細長い七王国が取り巻いているのがこの世界、だ。
大聖都もそれなり広くて、郊外部分は葡萄の育成や葡萄酒を作るシャトーがたくさんある。
で中央部が神殿と、神に仕える者達を育てる神学校。
そして神殿で働く人達の住まう街があるルペア・カディナらしい。
エリクスは大聖都で勇者アルフィリーガとしての教育を受けながら大聖都の護衛騎士団を率いているということ。
大聖都は神のお膝元で、唯一と言っていい畑が作られている場所。
なので大発生の前から、稀に魔性が現れるのだそうだ。
葡萄畑の精霊と、人々を守るために護衛師団が大聖都にも整えられている。
「今は、魔王復活が宣言されて僕も忙しいんだけれど、ライオット皇子の姫君に一刻も早く会いたくて護衛師団を率いて来たんだ」
との言葉通り、
『護衛を引き継ぐ』
『姫君に御拝謁を賜りたい』
とこちらの警備の顔も立てずに煩く迫って来きたのだ。
最終的にリオンが
「いずれ会議中に機会もあるだろう。
旅の途中でお疲れなんだ。控えろ!」
怒って馬車の近くを封鎖している形である。
今はカーテンもかけて中の様子は見えなくしてある。
ただ護衛騎士の正論に一端は退いたものの、今度はリオンに煩く絡んでくる有様。
「ライオット皇子がお見えにならないのは残念だなあ。成長した僕を見て頂きたかったのに」
「第一皇女だけでなく、双子まで産まれたなんて皇子には神の祝福があるんだろうね」
「…」
「嬉しいなあ、リーテやミオルが聞いたらきっと喜ぶだろうなあ」
あ、地雷踏んだ。
見えてないけれどピキッ、とリオンの眉間に青筋が奔ったのが解る。
大事な仲間の名前を偽物に口にして欲しく等無い筈だ。
例えそれが、自分自身も思った事であろうとも。
リオンだってとっても喜んでいたのだ。
ライオット皇子の子どもの誕生を。
出産直後の皇族の所に貴族とはいえ、一兵士が行けないけれど、皇子は私の護衛、という名目でリオンを呼び、子どもをだっこさせてくれた。
「ほら、マリカが取り上げてくれた。俺の息子と娘だ…」
「…小さい、軽い…。これが、いつかお前のようになるなんて信じられないな。
ああ、リーテやミオルにも見せてやりたかった…」
リグの時のようにおっかなびっくり、でも大切に抱きしめて祝福した。
あの、本当に幸せそうな笑顔を私は知っている。
リオンの我慢強さに感心すると同時、あきれ果ててため息が出た。
この子ってこんなに頭悪かったっけ?
私が偽勇者エリクスと出会ったのは、一回だけ。
去年の春、魔王城の島に通じる転移門を壊して、皇子と魔王として戦い、魔王復活を印象付けた時だけだ。
あの時は護衛をリオンに瞬殺…勿論殺してはいないけど…されて、一人で震えていた。
覚悟も何もない子どもだった印象しかないけれど。
皇子も偽勇者の話を殆どしないから気にも留めていなかったけれど、本物の『勇者』を知っている私達にとっては眼の前の『勇者の転生』は
「ちょっと、何コレ、マジでバカ?」
としか言いようのないレベルで救いがない人物だった。
外見は良い。
強めの金髪は光を宿し、新緑のような瞳は春の森を思わせる。絵本を見た子どもが夢見るような王子様そのものだ。
でも言動と行動は自分勝手で人を不快にしかさせない。
多分、外で見ているフェイなどは殺したいレベルで呆れている事だろう。
「取り付くしまがないね。
職務に忠実なのはいいことだけれど、少しは融通というものを効かせた方がいいと思うよ」
ふと、呆れたような声が落ちた。
リオンに上から目線で忠告するエリクスの声が聞こえる。
「君達はこれから大聖都に滞在するんだ。
そこの重要人物を無下にするべきじゃないと思うなあ」
ぽん、と軽い音が聞こえたと同時。
バシン!!
「触るな!」
「え?」
強い勢いに何かが空を裂く。
馬車の中からはそれ以上を伺う事はできない。
「マリカ!」
行儀が悪いのは承知だけれどカーテンを開け、窓を開いた。
それに気付き馬車も止まる。
馬車の少し後方に並び止まる二頭の白馬と黒馬。
それに跨る二人の少年が明らかな敵意をもって睨み合っていた。
リオンは何か…多分、身体に触れようとしたエリクスの手を払いのけたのかな、というのが感じ取れる。
空気は、変わっていた。
弛緩みきった遊びの空気から、一触即発の臨戦態勢へと。
「…へえ? その様子からしてライオット皇子から聞いているんだ?
僕のこと」
口の端を上げどこか、面白がるような、それでいて悔しげな声で哂うエリクス。
「君は本当に、随分と可愛がられているとみえる。
嫉妬しちゃうな…」
「ふざけるな…」
その挑発めいた笑みをリオンは真正面から切り捨てる。
「人の顔と心を伺うしかできない小者が。
その力、我らに使ったら外敵とみなし排除する」
「へえ。大聖都が認めた勇者アルフィリーガの転生に勝てると思っているのかい?」
バチバチと飛び交う火花が見えるようだ。
アルケディウスの護衛騎士隊長と、大聖都の護衛騎士隊を率いる勇者。
二人の争いを遮ったのは、遮れるのは
「何をしている! 二人とも!」
場の主たる皇王陛下だけである。
私が開けたカーテンの後ろから外の様子を見やった皇王陛下は、理由も聞かず二人を一喝する。
騎士が護衛対象から離れて私怨まがいのケンカを始めたらそれは怒られて当然だ。
「! 申し訳ございません」
ひらりと、下馬したリオンは馬車の横に駆け寄り跪く。
一方のエリクスは手綱を軽く引いて馬首を進め、馬車の中の私達、皇王陛下と皇王妃様、そして私を見やり軽く目礼した。
「ご無礼を致しました。皇王陛下。
単なる主張のぶつかり合いです。どうかお気になさらず。
どうやら護衛騎士の機嫌を損ねてしまった様子。僕達は先に参ります。ルペア・カディナでまた改めて…」
そしてそのまま列から離れ、行ってしまう。
残ったのは、石像のように固まったまま動かないリオンだけだ。
「何があったのだ? リオン。
其方がそれまで怒りを顕わにするとは…」
皇王陛下の問いに怖れながら、と顔を上げる。
「自ら責を放棄しておいて呆れた言い草であると承知しておりますが、まずは到着を優先してよろしいでしょうか?
その後、宿舎にてあの勇者の転生について、ライオット皇子より預かっている伝言がございます。
ルペア・カディナに到着したら、皆様にはどうかお時間を賜りたく…」
基本的にリオンの責任感の強さを承知し、信頼している皇王陛下は解ったと頷き、顔を馬車に戻す。
「マリカ。窓を締めなさい。はしたない」
「申し訳ありません。皇王妃様」
窓を閉め、カーテンをかけると同時馬車は走り出す。
ずっと外が見えなかったから解らなかったけれど、周囲の田園風景はもう終わっていた。
遠くに城壁と白く大きな都が見える。
大聖都 首都 ルペア・カディナ。
奥に『神』がおわすという、『敵』の本拠地である。
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