【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 大祭最終日 嵐の国務会議

公開日時: 2021年12月7日(火) 06:17
文字数:3,975

 誰もが息を呑みこんだ。


「俺は、この世界に子どもの笑い声を取り戻したい。

 娘が、慈しみ育てた子ども達が、生まれて来る我が子が、何の憂いも無く生きられる世界を作りたい。

 望むのは、それだけだ。私情と笑うなら笑え」


 そう言うと、ライオット皇子は愛し気に『娘』の肩をかき抱き頬を寄せた。

 父と娘。

 二人が紡ぎ出す空気が、あまりにも美しくて優しくて、我々は誰もが言葉なく、その姿を見つめていた。




 アルケディウス、秋の大祭三日目。

 王宮、閣議の間で第三皇子ライオット様は、我々の前で何の躊躇いも無くそう言ってのけた。


 彼がこの場に現れたのはつい、今さっきのことだ。

 今日は大祭最終日。

 年に二度の大貴族会議、国の現状や法案を検討する国務会議において税収や、各地の特産品の販売などについて話し合われるのが通例だった。

 とはいえ不老不死世界、話し合って何が変わるわけでもない。

 ただ、ぐだぐだと雑務について話し合う。

 それだけだった会議が一変したのは、今年に入ってからの事。


『新しい味』を引っ提げて王都に『食』という一度は忘れられ、打ち捨てられた事業を復活させたゲシュマック商会の提案に乗り、国全体で『食』を推進する。

 数百年ぶりに閣議決定されたのが今年の夏の事。

 その良い影響を受け、我がトランスヴァ―ル伯爵領内も今は活気に満ちている。

 真珠採取のゴミと打ち捨てていた貝が、金貨の取引を産むなどと、一年前、誰が思っただろう。

 大貴族の誰もが羨む成果を上げた我が領地は、所属していた第一皇子の派閥から、第三皇子の元に移ることを密約として交していた。


 だが、そんな私でさえ、今年提案された第三皇子の新法案には度肝を抜かされた。

 会議に提案された新しい法律案は二つ。

 一つは酒の保護、拡大に関する法案。

 今年、ロンバルディア候領で発見され、この大祭で五百年ぶりに正式な復活を果たした麦酒 ビールは既に貴族だけではなく、一般市民の心も虜にしている。

 爽やかな飲み口の黄金色の液体が喉を流れていく快感、味わい深い黒褐色の酒が身体に染み込み、夢のような一時を運ぶ喜びに抗える者はそういない。

 正式な披露目は今日の晩餐会ではあるが、それぞれの派閥の宴席で皆一度はその素晴らしさを体験している。


「現在、唯一の酒蔵であるエクトール荘領で醸造できる酒は年間百樽前後、どんなに頑張っても二百樽を超える事は無いという。

 これは王都十万の民の喉を潤すには全く足りぬ。

 故に麦の栽培が可能な肥沃な土地を持つ領地には、麦の増産と酒蔵の設置を国策として願いたい」


 提案者は名目上新しく新設される酒造局、その長となる第二皇子トレランス様だが、素案は皇王陛下の懐刀。

 タートザッヘ様とライオット皇子であることは明らかだった。

 酒という、無限の金を生み出す秘術を、協力者には惜しげもなく明かすと聞き、麦の耕作地を持つ領主は勿論、それが出来ない者も反対を上げる者はいなかった。

 樽や、酒造の為の釜の生産など、周辺産業が生み出す利益も『新しい食』と合せ莫大なものになるだろうと簡単に想像できたからだ。


『新しい食』に関する産業の復活に、ほぼ全ての領地が恩恵を受けている。

 エクトール荘領を抱えるアルケディウスの穀物蔵ロンバルディア領、海産物による一攫千金を果たした我がトランスヴァール伯爵領だけではない。

 果実の多く生る木を持つ領地、肥沃ではないが、それ故に育つナーハの種による食油を求められる領地など、どこの領地にも何か求められる物があり、財政は大きく上を向いている。

 それが今後も継続、加速していくことが解っている提案に反対する者は殆どいないだろう。


 だが、もう一つ、同時に出された提案は違った。


 多くの大貴族達が押し黙る。


「子どもの保護に関する法案」


 現在、各地で打ち捨てられている子どもを保護し、教育を与える、というものだったのだ。


「『食』と同じく子どもというのは国を潤す資源だ。

 それを保護し、教育を与える事で国を豊かにする」


 実例として挙げられたのはゲシュマック商会が保護し、育てた三人の子ども。

 最年少騎士貴族、皇王の魔術師、そして天才料理人たる少女。


 彼らのような人材が、子どもを保護し育て得る事で今後も継続的に生まれるとなれば、それは確かに国の益となるだろう。


「しかし…それは…」


 幾人かの大貴族が発しかけた言葉を苦く噛み潰す。

 大貴族のみならず多くの豪商や上位貴族は子どもを無料の労働力やその他として使用している。

 それを奪われるのは困るという思い。

 加えて別の思いも彼らには見て取れる。


「皆の思いも解らぬではないが、どうする事がアルケディウスの今後、未来に繋がるのかよく考えて欲しい」


 一日目の会議はそんな第三皇子の言葉で幕を閉じた。


 

「まったく、ライオットにも困ったものだ」


 会議を終え、召集を受けた我々同一派閥の者達は、盟主である第一皇子ケントニス様の呆れたような吐息を耳にする。

 

「あれやこれやと動き回り、新しい事を始められる。

 まあ、食と酒の復活は悪くはありませんが、平和で何の面倒も無い世界に何故騒動を巻き起こそうとされるのでしょうな?」

「子どもなど、使い捨ての労働力でいいではありませんか?

 奴らが全て育ち、不老不死を得てしまったら、我々を追い落とそうと画策を始めるやもしれませんぞ」


 口々に同意を重ねる大貴族達。

 大よそが追従のおべっかであるとしても、言の葉に零れた思いは真実だろう。

 我が子に位置を譲ることなく、五百年を君臨する彼らにとって後続に居場所を奪われることは恐怖に違いあるまい。


「酒造法については成立させても良い。

 投票は其方らの判断に任せる。

 だが、子どもの保護法については否決、最低でも票決を次回に持ち越させるようにせよ」


 盟主の指示に大貴族達がざわめく。


「ですが、成立の可能性は低くありませんぞ」


 そうプレンティヒ侯爵が現実を指示した。


「現在我々と、向こうの票は九対八 でほぼ同じ。

 それにライオット皇子、酒造局の設立の為にゲシュマック商会を敵に回せないトレランス皇子、ゲシュマック商会の子ども達が気に入りの皇王陛下の票が加われば天秤はあちらに傾きます」


 普段であればトレランス皇子はケントニス皇子に逆らう事は無い。

 けれど今回は新しい酒欲しさに、ライオット皇子に着く可能性が高い、と派閥第一位の彼は冷静に指摘したのだ。


「トレランスには私から言い聞かせておく。

 父上の票がライオットに向かうのは止められないが、十対十になれば再検討の為次回に持ち越せるだろう。

 ライオットを会議に欠席させることが出来れば、なお良い」

「そんなことが可能でしょうか? 自由奔放な皇子であってもこの会議の重要性はご存知のはず。

 欠席など早々なさいますまい」

「手はある。そうだな? ウルングリック?」


 ケントニス皇子は、後ろを振り返ると今迄、沈黙していた男性に声をかける。

 タシュケント伯爵 ウルングリック卿。

 年齢の面でも実力でもこの場で中堅の立場にある彼は『御意』と皇子に頷いた。


「皇子の手を塞ぎ、切り札を奪う為の手を現在、打っているところです。

 最低でも皇子の目を反らし、上手く行けば切り札をこちらに奪い取る事も可能でしょう。

「切り札、ですか?」


 私の言葉に伯爵はにやりと頬を緩める。


「ええ、皇子が可愛がっておられるゲシュマック商会の娘は、実は我が伯爵家に所縁を持つモノなのです。

 そこを上手く使い、こちらに絡めとる手筈を今打っております。

 まあ、アレにこのような重要事を任せるのは不安ではありますが、部下も付けておりますし、小娘一人にいう事を聞かせる事くらいなんとでもできるでしょう」


 噂にはなっている。

 二年前の貴族区画における子どもの集団失踪事件。

 その時にタシュケント伯爵家から消えた子どもの一人が、ゲシュマック商会のマリカであるという話も。

 以前、放火、傷害の罪を犯し今は王宮地下に幽閉されているドルガスタ伯爵も、奴隷の少年をゲシュマック商会に奪われたと言っていた。


 本人は否定しているというが、伯爵は諦めずになんとしても手に入れようとしているらしい。

 ゲシュマック商会は子どもを誘拐し、自分達のいいように使っている、と悪評をばら撒き、さっきの言い方からして強硬な手段をとってでも、マリカを手に入れようとしているのだろう。

 第一皇子もその後押しをしているらしい。

 伯爵の言う「アレ」がタシュケント伯爵家の永遠の『跡継ぎ』放蕩息子として悪名高いソルプレーザだとしたら、マリカにとっては決して幸せな結果にはならないだろう。

我が領地に来て美しい笑顔で、海産物を見つめ、領民に幸福を与えてくれた彼女が少し心配になる。


「明日は夕刻に晩餐会があることを理由に早めの票決に入る。

 良いな。其方達も決して保護法には承認の票を入れるでないぞ」


 第一皇子の命令を跪いた頭上に流し


「未来…か」


 私はライオット皇子が発した言葉を口の中で噛みしめる。

 誰もが不老不死で、永遠に変わらぬ世界の中で、そんな言葉を耳にしたのは本当に久しぶりだ。


 第一皇子はまだ知らない。

 私が第三皇子の幕閣に既に加わっている事を。

 彼らが何をするつもりかは知らないが、マリカには恩がある。

 私なりに抵抗してみようと思った、翌日 大祭最終日。

 皇王陛下のご臨席を賜って行われる最後の国務議会の席にて


 私は見る事になる。

 血の気を完全に失った真っ白な顔で場に立つタシュケント伯爵と



「遅くなったが、これを機に、皆に紹介しておこう。

 国務会議の議場に子どもを連れて来る事でも、本来は公に話すことでもないが許せ」


 議場の中央に少女を伴い立つ、第三皇子は上座に座す父皇王に丁寧にお辞儀をして笑いかける姿を。


「父上、長らく秘密にしておいて申し訳ございません。

 孫をご紹介いたします。

 マリカ、俺の娘です」


 そう言って皇子に背を押され、前に進み出た少女は並み居る大貴族達に一歩も怯む事無く優美に、美しく微笑んで見せたのだった。


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