秋の大祭に大人の姿=『精霊の貴人』の姿で遊びに行けることになった。
嬉しいのは嬉しい。
大祭大好きだし、リオンと一緒に遊びに行けるのは、ホントに、とっても、凄く嬉しい。
でも、ちょっと罪悪感はある。
「なんだか、こんなにお手軽に大人の姿への変化、使っていいのかなあ?
それに……」
大祭の早朝、誰もいない魔王城の台所。
私は料理を作りながら、そんなことを考えていた。
考え事をしながらの独り言だったので返事を意識していたわけではないけれど
「別に、あまり気になさる必要は無いと思いますわ。精霊にとって外見など、用途によって切り替える衣装のようなものですから。
御身に痛みなど悪い影響が無いのであれば、その時々に合わせて使い分けてよろしいかと」
「エルフィリーネ」
「私個人としては、マリカ様の成長された姿を見る機会、披露する機会が増えるのはとても嬉しいことです。
ああ、今回は、残念ながら私は見ることが叶わないのですね。
でもマリカ様とアルフィリーガの一対が、街に降り、民たちの喝采を浴びるであろうことを想像すると楽しくなりますわ」
ひらり、と背後に舞い降りる城の守護精霊。
家事全般はお任せ、だけれど、人の食べるものの料理だけはできないこの精霊が台所に降りてくるのは珍しい。
独り言を聞かれていた、ということだけれども、私もエルフィリーネに相談があったから丁度いい。
「喝采を浴びるようなことは無いと思うよ。舞台に立つわけでもないし。
できるだけ、地味に祭りに紛れて遊んで、地味に戻ってくるのが一番だもの」
「無理ですね」
「え?」
「お二人が人の中に紛れて地味に紛れるということそのものが不可能でしょう。必ず、目を引き、衆目を集める。『精霊の貴人』も『精霊の獣』も」
「そういうもの?」
「はい。そういう存在です。
楽しみですわ。人々がお二人の活躍に瞳を輝かせるその瞬間が」
エルフィリーネがそう言うのならそうなのかもだけど、自分ではちょっと解らない。
大人になった身体は確かに美人だな、とは思う。でも、外見がキレイな人くらいなら向こうの世界にもこちらの世界にもたくさんいる。それとどこがどう違うのか、というのはよく解らないんだよね。
今日から大祭。準備に手間取るからあまり汚れ仕事はしないでくれと言われているので昨日下ごしらえしたパンを焼き、トーストにオムレツ、サラダにスープ。デザートはヨーグルトゼリーにオレンジ。ジャムとバターも用意した洋風ブレックファーストだ。
私はエナの実に包丁を入れながら呟く。
「ねえ、エルフィリーネ?」
「はい。なんでございましょうか? マリカ様」
「私って、『精霊』? 人間じゃないの?」
思わず零れてしまった疑問に、エルフィリーネは首を傾げたようだ。
『大祭の精霊』であることが皇王陛下にバレ、なし崩し的に『大祭の精霊』として祭りに行くことになった。
あの時は祭りに行けることが嬉しくて、余計な事を考えなかったけれど、一人で冷静になって考えてみれば、私が祭りに行くということは、ごく少人数であるとはいえ私が『精霊』であることが公認になってしまうということでもある。
「『精霊』です。そのお身体は普通の人と同じものですから、そういう意味では人間、ではありますが」
「リオンも、だよね?」
「はい。『精霊』の精神が人間の身体に入っているようなものだとお思い下さい。
『精霊』の精神は生まれた時より人間のそれより強靭ですが、肉体や形を取らないと自分の役割以外のことができませんし、自分の意志で現世に介入もできません。
私はこの城そのものが肉体なので、城の中では何でもできますが、外に移動することはできないのです。
人型精霊と呼ばれる者はその制限を無くし、自分の自由意思で『星』の手足として精霊の力を駆使し、人と精霊と『星』を繋ぐ者です」
魔王城に来て丸四年。
初めて聞いた気がする。人型精霊の定義。
「今まで、教えてくれなかったのに随分詳しく教えてくれるね?」
「聞かれなかったから、ということもありますが、マリカ様が成長されて。『精霊神』様の祝福を得て、知る権利を獲得した、と思って頂ければ。
情報を得るにも段階があるのです。資格と能力の無いものに情報を与えすぎることは危険ですから」
そういえば、ちゃんと聞いたこと無かったっけ?
まあ、向こうの世界でも情報セキュリティとか、閲覧視覚とかは当然あったから文句は無いけれど。
「私、ちゃんと『成長』しているんだ」
「ええ、内面的なことで言うのなら歴代の『精霊の貴人』に勝るとも劣らないところまで来ています。年齢を考えるとこれは驚くべきことです。
体の方はまだ未熟ではありますが。それも変化、変生を繰り返すことでだいぶ馴染んできているように思います。
マリカ様が目覚められた当時は『精霊の貴人』として立たれるまで十年はかかるのではと思っていましたが、この分だと後数年で、心身共に相応しい力を得られるのではないかと思っております」
「……得られたら、どうなるの?」
「マリカ様?」
「得られたら、ここにいる私はどうなるの?
前に言っていたけれど、まったく違う私になる? 考え方もものの見方もまったく違う『精霊の貴人』に?」
料理の手を止めて、私はエルフィリーネを見据える。
段々、私が変わってきていることを自覚していた。
最初の頃はあんなに痛くて苦しくて、大変だった変化も今は軽々とできる。
物の形を変える『能力』も最近は使っていないけれど、前よりも多分、簡単にできるようになっている筈だ。
ふと、皇王陛下にバレた時のお母様の心配そうな目を思い出す。
いつの間にか私は『精霊の貴人』の力を使っているように見えて、『精霊の貴人』の道に誘導されているのだろうか?
「それは……まだ知ってはいけないこと、考えなくてもいいことですわ」
「……え?」
「知ってしまえば、そういう風に悩んでしまわれるでしょう?」
私の前で、ひらりと、白い手が揺れる。
「あ……っ」
と同時に、私の意識は暗転した。まるで、スイッチを切られたかのように。
「せっかくの祭り、せっかくの機会でございます。
余計な事はお考えにならずに、どうか心安らかにお楽しみになって下さいませ」
そんな柔らかい声が耳に届き、腕に抱かれた気がするけれど、そう思ったことさえ私の記憶と共に闇の中に溶けていった……。
「あれ?」
私は、はたと我に返った。
包丁持ったまま、居眠りでもしてたのかな?
居眠りの後だから、頭は妙にクリア。
でも、何か忘れている気がする。
「マリカ様。お食事の用意ができているようなら運びますが……」
「あ、いけない。急がないと。
今日はせっかくのお祭りだし、早くアルケディウスに戻らないとお母様やミュールズさんに怒られる。
ありがと、ノアール。そっち、できてるのから運んで! 今、オランジュ切り分けちゃうから」
「解りました」
「運ぶのは私が行います」
「エルフィリーネ。じゃあ、ノアールこっちの盛り付けお願い」
「…………人外のくせに」
「え? どうしたの? ノアール」
「いえ、なんでもありません。このサラダとデザートを盛りつければいいのですね?」
「うん、そう。よろしく」
ノアールがエルフィリーネの横をすり抜けて私の隣に立ったのを見て、私は仕事を指示する。
エルフィリーネは優美なお辞儀と共にカートを押していく。
とりあえず、細かいことを考えるのは後にしよう。
今日はせっかくの大祭。悩んでいる時間がもったいない。
『大祭の精霊』としてであろうと、外に出られるんだし。
思いっきり楽しまないと損だもんね。
そして、少女たちが去った後の魔王城 『聖域』
魔王城の守護精霊は、見えない何かに向けて頭を下げる。
「やりすぎ? ギリギリアウト? 申し訳ございません。
気付いたことを忘れさせるのは良くないと承知してはおりました。
ですが、せっかくの機会を悩みで曇らせたくはなかったのでございます」
殊勝ととれる言葉にけれど、後悔や反省の色はない。
「私には見ることは叶いませんが、あなた様はどうぞご覧になって下さいませ。
きっとご満足いただけると確信しております」
迷いなき歓喜の眼差しで彼女は宣言する。
「『精霊の貴人』のデビュー。
人々を導く輝かしき『星』の精霊の再臨を」
何かの終わりと、何かの始まりを。
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