【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 『聖なる乙女』vs『聖なる乙女』

公開日時: 2022年10月21日(金) 07:19
文字数:4,266

 楽しい歓談の時間はあっという間に過ぎていく。

 皇子の第一夫人ポルタルヴァ様と第二夫人アザーリア様との会話は、実際アーヴェントルクの生の状況を教えて貰えるもので、かなり勉強にもなった。


 お二人は国内でも上位を争う大貴族の娘。

 不老不死前はアーヴェントルクでは比較的肥沃な農地や牧草地帯が重要視され尊重されていたんだって。


「今は牧畜が主産業でしょうか?

 毛を取る為の羊、ヤギが中心で牛も…」

「まあ、アーヴェントルクは牛も育てておられるのですね?」


 この世界では牛はあまり肉食としての対象では無かったっぽくて牛肉は手に入り辛かった。

 美容用に使っていた牛乳を食用に転用。

 アルケディウスでもある程度安定共有できるようになったのはここ一年。

 ゲシュマック商会が高価での買い取りを宣言してからの話だ。

 手間もかかるし。


「皮に需要があるので。肉は廃棄されるか、貴族の宴席などの時に使われるくらいですが…」

「それは勿体ないです。今後『新しい食』の価値が高まれば需要が高まると思いますよ。

 農業についてもですが、ご領主様に口を利いて頂く事は可能でしょうか?」

「話してみますわ。他に今後注目されそうな産業はございますか?」


 私が皇子とは結婚しない宣言をしたからだろうか?

 お二人の私に対するあたりは柔らかく誠実なものだ。

 知識を持つ皇女として敬意をもって接してくれるので、苛められるのではないかと思っていた私はホッとする。


「後は養蜂と花の栽培などはアーヴェントルクに向いているのではないかと存じます。

 養蜂は蜜が食や美容品に。花も香り成分を抽出することで今までにない需要が生まれると確認済みです」

「養蜂でしたら、我が領地で盛んですわ。山間の花園などの蜜を集めておりますの」


 とおっしゃったのはアザーリエ様。


「そう言えば、姫君からはとても甘やかでステキな香りが致しますわ。

 香りを見に纏うことができたらとても素晴らしいですね。教えて頂く事は可能でしょうか?」

「シャンプーも口紅も、ずっと憧れていたのです。使うのが楽しみですわ。

 でも使ったら無くなってしまいますものね。アーヴェントルクで生産し、定期購入できるようになれば嬉しいのですが…」

「窓口になるシュライフェ商会に連絡を取って見ますね」

「こちらのお菓子も素晴らしい味で…。明日からの料理指導と新しい味の料理が楽しみでなりませんわ」


 まだ、ザッとしか打ち合わせていないけれど、料理指導では今までのように皇家と大貴族から派遣された料理人に私が調理を教えて。

 中日に行われる晩餐会で、アーヴェントルクの大貴族に『新しい味』を本格披露することになっていた。

 アーヴァントルクでは新規食材の入手とかは難しいと思っているのでフィールドワークとかは予定に入っていなかったけれど、せっかくアルプスクラスの綺麗な国にいるのだ。

 ちょっとは外出もしたいかなあ。

 あと、牛乳が廃棄されるならチーズの作り方とかを教えて作って欲しいな。とかは思っている。

 皆と相談してからの話だけどね。


 そんな話に盛り上がっていたら、ふと、周囲の空気が大きく騒めき揺れるのを感じた。

 何だろう?

 と思っていたのとほぼ同時。


「もう! お兄様! いい加減にして下さいませ!!」


 流麗なソプラノが広間全体に響き渡る。

 あ、この声は…


「アンヌティーレ様」

「いつまでもマリカ様を独り占めしておられますの?

 他の大貴族達も、お父様やお母様も姫君に話しかけられずに困っているではありませんか!」


 私達が顔を上げて横を見ればそこには私達を見つめる『聖なる乙女』がいた。

 少し、上気した頬は怒りを宿しているようで…。

 その時、私はああ、と納得した。

 以前、大聖都での舞踏会の時もそうだった。

 こういう座席タイプの舞踏会では、先に偉い人が席について相手と話し始めてしまうと、他の者達は挨拶とかに来れないのだ。

 で、多分皇子は確信犯で席を塞いでた。

 私としてはお二人との会話が有意義だったから、特に不満は無かったけれど、他の人達は面白くなかったのかもしれない。


「マリカ様だって私と話したかったのに言い出せずに困っていらしたのではないですか?」



 いや、ぜーんぜん。

 とは私は顔には出さないけれど。


「話をしたかったのはお前じゃないのかい?」


 ヴェートリッヒ様は容赦ない。

 会話口調からしてもこの兄妹、仲は良くないと見た。 


「だが、ついつい、話が弾んでしまって時間を忘れてしまったのは事実だ。

 おいで二人とも。一度戻るとしよう」

「今日は楽しゅうございました。マリカ様。

 私共はお望みを叶えるために、全力でお力になります」

「困ったことがありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」

「ありがとうございます。その時はぜひ、お願いします」


 促されて立ち上がったお二人に、挨拶をして私は彼らを見送った。

 素直に下がって行った彼らに、それ以上後追いの文句は言えなかったのだろう。


「本当に。お兄様は私への嫌がらせがお好きなのですから」


 頬に手を当て、困ったわのポーズ。

 ワザとらしく大きなため息を落してアンヌティーレ様は、私の方を見た。


「貴女も、お兄様と随分仲が良くなったようですけれど、お兄様はとても悪戯好きですからご注意下さいね。

 色々と困らせられる事は多いと思いますよ」

「御忠告ありがとうございます」


 とりあえず頭は下げておく。

 

「私、ずっとマリカ様の御来訪を待ち遠しく思っておりましたの。

 お母様もマリカ様やそのお知恵に関心をお持ちでしたが、今日は席から降りられません。

 ですから、その分までお話させて下さいませ」

「解りました。どうぞこちらへ」


 アンヌティーレ様を私は席に促しておもてなしを始める。

 周囲から微かなため息が聞こえるような気がするのは気の性ではないだろう。

 多分、アンヌティーレ様が来たら、ラストダンスまで場を譲ったりしない。

 他の大貴族との話はまた今度、だ。


「私、大聖都でお会いした時から、ずっとマリカ様の事が気になっておりましたの。

 私とマリカ様は今世におけるただ二人の『聖なる乙女』

 いわば運命の姉妹ですものね。何か困ったことがあったら、いつでも声をかけて下さいませ。

『聖なる乙女』の職務はとても緊張し、大変なモノですものね」


 アンヌティーレ様は『聖なる乙女』を強く強調して話しかけて来る。

 大聖都では国に来たら、本物の『聖なる乙女』を見せてやる、と言っていたっけ。


「ありがとうございます。お菓子などはいかがでしょう。

 毒見は致しましたので」

「ありがとう。あら、大聖都の時とは違う味わいのお菓子ですわね」

「こちらがパウンドケーキ。こちらがクッキーでございます。後はチョコレートは大聖都でも召し上がって頂けましたでしょうか?」

「とても美味ですわ。お母様やお父様にも味わって頂きたいのですが…」

「残りのような形で失礼でなければ、舞踏会用に用意した菓子を、お持ち帰り下さいませ。

 今、包ませますので…」

「きっと、お喜びになりますわ」


 その後、アンヌティーレ様の(自慢)話が続いたけれど、私は口を挟まずに聞き役に徹した。


「この衣装、少し地味でしょう? 夏の戦の後の奉納の舞で使った衣を直したものなのです。

 国内での式典用なので少し抑えられた感じですが、大神殿での式典の時には、より華やかなものにする予定です」

「大祭用のドレスは毎年誂えておられるのですか?」

「神に捧げる舞を同じ服ではできませんでしょう? 夏、秋の戦は同じ衣装ですけれど、年三回、誂えますわ」


 うわー。お金の無駄。

 一度の式典にしか使わないものなのに。普段用のドレスにも直し辛い素材と作りなのに勿体ないなあ。

 ちなみに原則、純白のドレスは神に仕える者のドレスなので『聖なる乙女』意外には積極的に普通の人は身に付けないらしい。

 向こうの世界で言う所のウエディングドレス風、ということだろうか。

  

「もうすぐ、大神殿での夏の礼大祭がございます。

 その時は先輩として恥ずかしくない、ドレスと舞をお目にかけますわね」


 アンヌティーレ様は、どうやらまだ自分が、大神殿での夏の礼大祭を『聖なる乙女』として取り仕切るものだと思っておられる様子だ。

 でも、私は神官長自身から、夏の礼大祭で舞う様にと命令されている。

 二人で踊ることになるのかな?

 アンヌティーレ様が踊ってくれるなら、私は全然お任せして構わないのだけれど。

 

 後は、アンヌティーレ様も祈りや願いで、光の精霊を呼び出すことが可能らしい。

 外での行事などでは私が街での戦勝イベントで精霊を呼び出したように、光の精霊を呼び出して祝福することが多いと聞く。


「『聖なる乙女』は『神』と『精霊』の間を繋ぐ者。

 偉大なる力を借りる者として人々の前に立ち、信仰を高めるのが私達『力ある者』の務めですわよ」


 アンヌティーレ様は揺ぎ無い眼差しでそうおっしゃる。

 五百年間アーヴェントルク、いやこの世界の神事を司って来た者のプライドがあるのだろう。


 …少し怖くなった。

『聖なる乙女』が全てであるこの方から、私が『聖なる乙女』の役割を奪い取ったらどうなるのだろうか。


「そう言えば、アンヌティーレ様。

 先のシャンプーと口紅の使い勝手はいかがでしたか?」


 嫌な予感を振り払うように私は話題を切り替える。


「ああ、それをお願いしようと思っていたのです。

 とても素晴らしいものであったのですが、試供品ということであったのですが量が少なくて…もう無くなってしまいましたの。

 お母様も大層お気に入りでぜひ、正式に追加輸入をお願いしたくて…」

「今回、少しお持ちしました。後は国との正式な契約の後に、代理店であるシュライフェ商会に話を致しますね」

「期待していますわ。ああ、でも、さっきお兄様の妻たちにもこれを分けました?」

「はい、お近づきの印に」

「…残念ですわね。皇家で独占できれば良かったのですが…。

 本当にそういうところですわよ。マリカ様の良くない所は」

「申しわけありません」


 皇族、身分の高いものを優先しろと暗に言われているのは解っているけれど、私の優先順位はアンヌティーレ様とは別なので仕方がない。

 第一が子ども

 第二が家族や大切な人、アルケディウス。魔王城。

 第三は友達や役に立ってくれそうな人、だ。


 アンヌティーレ様や皇族はその後になってしまう。



 と、音楽の曲調が変わった。

 舞踏会の終わりを告げるラストダンスだ。

 最後は、皇子と踊る約束…。

 私が立ち上がりかけた時、


「マリカ様。踊りましょうか?」

「へ?」

「アンヌティーレ様!!」


 側近の言葉も注意も気にも留めず、アンヌティーレ様は思ったより強い力で呆然とする私の手を引っ張って、連れ出した。

 ホールの中央。

 舞踏会の真ん中へ、と。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート