アーヴェントルク、初日の仕事が終わって宿舎に戻ってきて。
「何をなさっておいでです。マリカ様?」
「アドラクィーレ様から頂いた、アーヴェントルクの資料を探しているのです。
あ、あった…!」
アドラクィーレ様から頂いた木板の束を引っ張り出す。
お嫁に来る前の時点のものではあるけれど、アーヴェントルクの皇家や大貴族の名前や背景を記して下さったものだ。
ザッとは目を通したけれど、実際にお会いしてみて気になることがあったから、再確認してみようと思った
「えっと…現在の皇帝陛下ザビドトゥーリス様は、先代の国王陛下の弟君で、先々代の国王陛下、つまりザビドトゥーリス様のお父上が亡くなった後、後を継いだ兄上が亡くなったから王位についた。
で、王位についてから、富国強兵を謳い皇帝を名乗っている。と」
「…アドラクィーレ様は濁しておられますが、実際は革命のような形で、兄上を弑されたと伺っております」
「か、革命?」
「はい。不老不死時代が始まる十数年程前。
アドラクィーレ様が生まれて間もなく、アンヌティーレ様、ヴェートリッヒ様も五~六歳くらいだったと思います。
ライオット皇子が七歳になられた頃の事ですから」
ミュールズさんが静かな声でそう教えてくれた。
良く覚えてるなあと思うけれど、
アルケディウスにとってアーヴェントルクは隣国だし、そこで革命が起き、王が代わったとなれば確かに安穏とはしていられなかったことだろう。
「先代の国王陛下は傭兵国の国王としては、理知的な方で戦では無く、産業に力を入れて国を豊かにしようとしていたようです。
ですが、それに反対したザビドトゥーリス様は兄上とその家族を殺害し、王位、皇位に付かれました」
「殺害…?」
「兄王様、お妃様、王子、まだ赤ん坊であった王女まで皆殺し。
ほぼ闇討ち、だまし討ちのような形であったそうですわ」
「うわあ…」
おもわず息が零れてしまう。
この世界は不老不死で人が死ぬなんて事がほぼ無い世界だから気を抜いてしまっていたけれど、けっこう怖い中世だったのだ。ここは。
「当然、反発も大きかったのですが、前もお話した通り魔性などの被害が大きかった時代でしたので、強い力で国を導く王は民や貴族達に認められ今に至ります。
もし、魔王討伐が為されなければ、アーヴェントルクはアルケディウスかヒンメルヴェルエクトに攻め込んでいたのではないかとも言われておりますが…」
世界中の人々が不老不死になり、戦の意味が薄れたことや、食べ物などを無理に確保しなくて良くなったことにより、アーヴァントルクは他国への侵略を諦めた。
七国は大聖都を中心に不可侵を約束し、穏やかだが動かない五百年を迎える事になる。
「皮肉な話ですね。
生き残る為に強い力を求めた筈なのに、その力が必要とない世界になるなんて」
「そうでございますね。
ですが、魔王討伐が為されず、人々が不老不死を得なければ間違いなく多くの血が流れ、多くの人の命が失われていたでしょうから、これで良かったのだと私は考えます」
「…そうだね」
こういう時に少し考えてしまう。
『神』を倒し、不老不死を解除する。
それが私達の宿願だけれども、不老不死は間違いなく、この世界に平和を齎してはいる。
簡単には外すことはできないだろうな。って。
ちゃんと環境や準備を整えないと。
それでもきっと、大混乱になる。
で、考え事をしていた私は少し反応が遅れた。
「そう言えば、マリカ様。
お伝えするのを忘れておりましたが皇妃キリアトゥーレ様と関わる時はお気を付け下さいませ。
キリアトゥーレ様は足がお悪くていらっしゃるのです」
ミュールズさんからの注意に。
「え? そうなんですか?」
「はい。生まれついてのものでゆっくり歩いたりするのには不自由は無いようですが、踊ったり走ったりはできないのだとか。
ですから、王家傍流の姫君であらせられるのですが『聖なる乙女』になることなく、早々に第二王子であったザビドトゥーリス様に嫁がれたのだそうです」
「…アンヌティーレ様が生まれて踊れるようになるまでは第一王子の奥様が、『聖なる乙女』の役をやっておられたのですね?」
「その筈です。
隣国の内情まで詳しくは存じませんが」
話を聞いて、なんとなく繋がった気がする。
アーヴェントルクの親子事情。
向こうで得た知識。
単なる傾向、だけれど男親は、娘を。女親は息子というように異性の子どもを可愛がり、同性の子相手には、愛しつつも厳しめに接する事が多いと聞く。
異性の子は伴侶を挟んで、一種のライバルのように見てしまいがちになるんだって。
(重ねて言うけど単なる傾向だから。全部そうだと言い切るつもりはない)
ただ、これも傾向だけれど、逆に同性の子を自分の分身、と見て叶えられなかった望みを託したりすることも少なくない。
アイドルに憧れていた母親が子どもをオーディションに出したりとか、自分は習い事をさせて貰えなかったから、我が子には習い事をいっぱいさせるとか。
キリアトゥーレ様とアンヌティーレ様の関係はそれに近い気がする。
今はまだ、印象に過ぎないけれど。
自分が得られなかった栄光を娘が得る事でキリアトゥーレ様は、自己投影して満足感を感じているのかもしれない。
だから、アンヌティーレ様が下に見られると我がことのように怒るのだ。
そしてザビドトゥーリス様はヴェートリッヒ皇子に、自分の目標であった『国を導く強き皇帝』を望み、それに届かないと勝手にできそこないと絶望し厳しくあたる。
課題を熟して当然、熟せなければ子どもの努力が足りない、と叱咤するのは、当人に言わせれば我が子への期待と、愛情かもしれないけれど傍から見ると毒親の所業だ。
子どもは褒めて伸ばすが基本。
悪い事をした時は勿論注意が必要だけど。
「皇子も大変だなあ。
もしかしたら、周囲に味方とかいなかったのかも…」
ふと思ってしまう。
せめて乳母とか乳兄弟とかが理解者がいれば…。
「あ、そう言えば、皇子はお父様のことをご存知だったみたいなんだよね。
ミュールズさん、何か知ってます?」
「申しわけありませんが、そこまでは…」
国と国との交流もそんなに無かったし、他国の王族が国に訪れるということも本当に滅多にない事なので解らないと言われてしまえば仕方ない。
「ありがとう。定時連絡でお母様や、お父様に聞いてみます」
…私は、さっきのキリアトゥーレ様の態度が気になっている。
良心の愛情と栄光を一身に受ける妹姫。
それを横目にどんなに努力しても認められることもなく、厳しく教育を受け、愛された記憶も残らないとしたら。
それは相当に辛いと思う。
私は一人っ子だけれども、普通の家庭でさえ、ちゃんと愛情を注いでいる家でだって
「妹、弟ばっかりズルい!」
と愚痴る兄姉を良く見て来た。
まして、あの調子なら家族に誰も味方がいない、なんてこともありうるのかも。
その後、私は随員達を集めてお願いした。
「可能な範囲で構いません。アーヴェントルク皇家についての情報を集めて下さい」
身を守るにしても、皇子を助けるにしても、皇家と上手くやっていくにしても情報が必要だ。
もうすぐ定時連絡の時間だし、アルケディウスにも聞いてみよう。
そして、改めて思った。
アルケディウスに生まれて良かったなあ、って。
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