【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 大神殿からのお詫び(?)

公開日時: 2022年10月3日(月) 06:28
文字数:3,475

 大聖都の大神官がアルケディウスへの入国の許可と私への面会を求めている。

 

 そんな連絡がゲシュマック商会で仕事をしていた私の所に届いたのは大祭が開けた風の日のことだった。

 来週の木の日には隣国アーヴェントルクへの親善訪問に出発する。

 準備や打ち合わせに大忙しの所に城に戻れと命令が来て、私はちょっとムッとしてしまった。


「今日、連絡が来たのなら国境に着いたとして到着はまだ先の話でしょう?

 私は忙しいんですけど」

 

 と使者の人に言ったのだけれど、大慌ての彼は首を横に振る。


「それが、もう神殿に到着していると。

 許可が降り次第王宮に上がると仰せなのです」

「え? なんで? どうして?」


 思わず私はペンを取り落してしまった。



 神官長が、私に会いに来るというのは解らないでもない。

『神』のサークレットを壊した事。

『精霊神』の降臨。

 何よりペトロザウルの脅迫と不老不死解除について、色々と言いたい事はあるのだろう。

 できればアーヴェントルク訪問の後にして欲しかったけれど、いつかは会って話さなければならないこと。

 アーヴァントルクへの旅が終われば、次はいよいよ大聖都での大祭ということになるらしいから、逃げられないとも解っている。

 でも…。


「おかしくはありませんか?

 大聖都からアルケディウスまで馬車で普通に旅すれば三日はかかりますよ。

 大祭が終わってまだ丸二日、夜昼なく走った早馬が大聖都に辿り着いたとしても、向こうから神官長がアルケディウスに到着、というのは在りえないでしょう?」


 そう、私の疑問を代弁してくれたのは文官のミリアソリスだった。

 貴族に厳しい口調で叱責されて、青ざめた使者は驚くべき言葉を口にする。


「それが…大聖都から各国の神殿には直通の転移陣があるそうなのです。

 神官長はそれを使って今、神殿にいる、と」


「えええっ!」


 少し、ビックリした。

 車もバイクも飛行機も無い中世異世界において基本的な移動手段は歩きと、馬と馬車になる。

 最近、アルケディウスを中心にドライジーネというキックバイクも使用されるようになっているけど、あれは荷物も殆ど持てないから早馬連絡の亜種。

 一般的に使用されるのはもう少し先の話になるだろうと言われていた。


 ただし、上流階級のさらに特別な者達が使える移動方法があと二つある。

 一つは風の術を使う魔術師が使う転移術。

 術士が行った範囲でならどこにでも僅かな時間で移動できるとても便利な方法だけれども、魔術師そのものの数がとても少ない上に風の上位術である転移術を使うにはある程度以上の力を風の精霊石が必要。

 現在ほぼ絶滅危惧種で、プラーミァにも、エルディランドにもいないのだそうだ。

 二人の転移術を使える術士を抱えるアルケディウスは異例中の異例。

 密入国や泥棒も可能な彼らは存在を知られれば当然各国に警戒される。

 だからアルケディウスでは、口外禁止が徹底されている。

 大貴族もよっぽどでない限りは使用できない秘術なのだ。


 …その秘術でビエイリークから魚を仕入れていいのか、と言われるけれど、それはまあさておき。


 で、もう一つは転移魔方陣。

 二つの場所を繋ぐ移動の魔法陣で、特別な処置を施さなければ誰でも利用できる便利なものだけれども、作るのにとんでもない手間と技術、そして貴重な鉱石カレドナイトがいる。

 不老不死時代前は各国、主要な場所に繋ぐ転移魔方陣があったらしいけれど今はその多くが壊れて使用不可能だと聞いた。

 アルケディウスにも残っているのは片手で足りるくらいだとも。

 その貴重な転移魔方陣が…神殿に? 


「転移魔方陣のこともですが、神官長が大聖都を出て、自身で他国に赴く事も滅多にない。

 と、皇王陛下も驚いておられ、皇女にお戻りになられるようにつたえよ、とのお言葉にございます。

 皇族も全員王宮に招集されるとのこと。

 お忙しい事は存じておりますが、どうか大至急お戻りを」


 差し出された命令書は羊皮紙に封緘がしっかり施された正式なモノ。

 断れそうにない。


「…大聖都から神官長が出向く…。

 これは、ただ事ではすみそうにありませんね」


 カマラが険しい顔で呟き剣の柄を撫でた。

 

「神官長って大聖都から出てこないものなの」

「はい。神官長は『神』の代理人でございますから。

 必要な時は王家の者でさえ呼びつけますわ」


 ミリアソリスも真顔で応えてくれた。


「それがわざわざやってくるということは、向こうがこちらに対して対等、またはそれ以上と見ているということ。

 あまり悪い事にはならないと思いますが、ペトロザウルの事もございます。

 油断は禁物ですわ」


 この間サークレットを渡された時みたいに強引な押しで、私の神殿入りを命じられたらやっかいだ。

 気を引き締めないと。


「うん。気を付けるね。

 …そう言う訳だから、ラールさん。ハンスさん、アル。

 私は一度、城に戻ります。こっちの方はお願いしますね」


 そう言って、私は書類の区切りをつけて、城に戻ることになった。


「お任せ下さい」「出来る限り進めておきます」「…気を付けて」




 

 心配そうなゲシュマック商会の皆とアルの見送りを受けて、私は一度第三皇子の館に戻って身支度を整えた。

 そして王宮へと。


「待っていましたよ。マリカ。

 早くいらっしゃい」


 扉の前で待っていて下さった謁見の間に入ってみればビックリ。

 既に、大聖都の神官長 フェデリクス・アルディクス…の名を名乗る人物が待っていたのだ。

 使者の方がおっしゃった通りお父様、皇王妃様を含む皇族も揃い踏み。

 リオン、フェイ、ソレルティア様、ザーフトラク様もいる。


「来たな。マリカ」

「お呼びにより参りました。何か御用でしょうか?」


 謁見の間に入って直ぐの下座で私は皇王陛下に膝を付くと柔らかい声がかかる。

 神官長は…悪いけれどこの際無視だ。


「用があるのは私では無い。

 神官長殿。

 もう一度、先の話をちゃんとマリカにお伝え願いたい。

 私は孫の意思。マリカの願いを優先する。

 嫌がる場合は一切の無理強いをしない」

「承知いたしました。

 マリカ様…『神』と『精霊神』の寵愛を受けし『聖なる乙女』よ」 


 手招きされて、皇王陛下の側に立つと皇王陛下と向かい合っていた神官長が私に顔を向ける。

 と同時、膝を付き、深々と頭を下げた。


「この度は、アルケディウスの前神殿長。

 ペトロザウルが大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 敬語+従属の礼。

 何か、大聖都の時よりも私への態度の仰々しさがパワーアップしてませんか。

 前に、『神』の寵愛を受ける『聖なる乙女』は『神』の信徒にして駒たる神官よりも上位であると言っていたけれど…。

 ん?

 ふと、神官長の言葉の違和感に気付いたので聞いてみる。


「前と申されましたか?」

「はい。既にペトロザウルは神殿長の任を解き、大聖都に更迭致しました。

 二度と、お目を汚すことはありません」


 ペトロザウルの独断による暴走もあったとはいえ、私を神殿に入れるのは神官長の命令だったんじゃないかな、と思っていたら私の考えを読み取ったかのように神官長は苦笑する。


「言い訳と思われても仕方ありませんが、今回の件はペトロザウルの独断によるものです。

 確かに姫君に神殿に入って頂ける様に方策を考えよ、と命じはしました。

 ですが、脅迫まがいの方法で、無理やり姫君を確保せよ、などとは申しておりません。

 ましてや人質を使うなど…。『精霊神』のお怒りをかって当然でございます」

「では、私…というか『精霊神』様の措置に異議は無いということですか?」

「はい。ペトロザウルには再度の不老不死の付与は行わず、このまま永久監禁とする予定にございます」

「そうですか…」


 永久監禁か。

 ちょっと、気の毒かな、とは思わなくも無い。

 ペトロザウルに同情する気はまったく、これっぽっちも欠片も無いけれど。


「つきましては大聖都から『聖なる乙女』への謝罪と誠意の気持ちをお伝えしたく馳せ参じました」

「謝罪と誠意…ですか?

 私としては人質として使われて、保護した子ども達の権利を譲渡して頂ければそれでいいのですが…」

「勿論お望みのままに。

 ですがそれとは別に大聖都ルペア・カディナからの贈り物をどうぞお受け頂きたく」

「贈り物? 何ですか?」


 膝を付いたまま、彼は私を見上げて言う。

 何を言う気で何を寄越す気なのだろう。

 身構えていた私は、神官長の言葉を聞いた途端、呆気にとられた。



「大神殿は『神』と『精霊』の名のもと。

 アルケディウス王都の『神殿』を、神官、従事者、建物と付随するもの全て。

 租税の権利ごと、全て『聖なる乙女』に献上致します」

「な、なんですとーーー!」


 私の叫びは謁見の間のみならず外にまで響き渡ったと聞かされ、はしたないとお母様に怒られたのは後の話であった。

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