【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

風国 『精霊神』の躾

公開日時: 2023年9月17日(日) 11:09
文字数:3,164

 地下牢に風が吹き抜けた。


 私達が、この部屋に入れられた後、扉は一度閉ざされたと思う。

 カギは……閉められたのかな? 閉められていない気がする。

 とにかく私達を捕らえ、強引にモノにしようとした第一王子は突然開かれた扉と、そこから飛び込んできた存在に目を瞬かせる。


「な、マクハーン! 貴様! 何故、ここに……ぐはっ!」


 扉から第一王子の所まで多分、けっこう距離はあった、この部屋、地下牢としてはかなり広いし。7~8mくらい。

 けれど、扉が開いて誰か入ってきた。

 あれは、マクハーン王子? と思った瞬間、正しく風のごとく。

 一気に踏み込んだ王太子が第一王子に突進。その距離を一気に詰め。


『お前達は……本当に、あれだけ言ってもまだ解らないのか!』


 渾身の拳を、第一王子の鳩尾にめり込ませたのだ。

 悲鳴を上げる間も、反撃する間なく、地面に崩れ落ちた王子。

 それを完全に蔑むような目線で見下ろした後、王太子は膝を落とし、王子の胸倉をつかんで持ち上げるとパパパン、ビンタをかました。

 ? あれれ? あの人マクハーン様じゃないのかな?

 マクハーン王太子の髪の毛は銀髪、それに紫の瞳、だったと思うのに今のあの人は金髪、碧眼。所謂、精霊の色。

 と、そこまで考えて思い出した。そうか。

『精霊神』の降臨、だ。


「大丈夫か! マリカ?」「ケガはありませんか?」

「リオン、フェイ、アル」


 駆け寄ってきてくれた三人を確認して、私は水の防御、エル・ミュートウムのシャボン玉を解除した。


「私は、大丈夫。だけど、セリーナとノアールが……」


 ぐったりと、私の手の中で力を失っているノアールに祈るような気持ちで、治療の能力をかける。傷を治す治療は以前できたけれど、毒の解除はできるだろうか?

 ちょっと自信が無い。祈るような思いで見ていると


「あ……、う、……ん」

「ノアール! 大丈夫?」

「は、はい。私は、いったい?」

「第一王子に毒かな? 怪しい薬を飲まされて、意識を失ったの。

 身体はどう?  苦しい所とか、ない?」

「……だるくて、動き辛くはありますが……苦しいとか意識が遠のく、とかはないです。

 セリーナさんは?」

「今、治療を……」

「それは、少し待って下さい」


 私達の様子を見ていたフェイが静かな瞳で制止する。

 視線をくいと、マクハーン王太子と、シャッハラール王子へと向けて。


「マ、マクハーン。どういう……つもりだ?

 いくら、王太子で、あろうと……国王陛下の命令を受けて動く、私に……向かって」

『文句があるのなら、力で応えるがいい。負け犬』


 意識を失うことも許さない、と、言わんばかり。

 冷ややかな視線を向けて軽々とシャッハラール王子を吊り上げるマクハーン王太子。

 体格も一回り以上違うのに凄いな。


『不老不死に甘えて、身体を鍛えたり技術を学んだりすることを忘れていると見える。

 第一王子がこれでは国全体の技術もそこが知れるな。

 ……マリカ』

「あ、はい?」

『そうだ。こいつを縛って引っ立ててこい。俺は諸悪の根源を叩きに行く』

「諸悪の根源?」

「な、何をしている。そいつと皇女を捕らえろ……」


 ぽい、と投げ捨てられ震える声で言い放つ王子だけれど、見れば護衛の兵士たちは明らかに腰が引けている。

 無理もない。

 こうして見ているだけでも震えが来る威圧感を、目の前に立つ金髪碧眼の王太子からは感じる。マクハーン王太子の容をしているけれど、中に在る存在は紛れもなく別人だ。


『俺に、敵うと思うならかかってくるがいい。勇気があるやつは嫌いじゃない』


 腰を落とし、指を揃え前に構える。

 そしてぎろり、戸惑いを浮かべる兵士たちを見やる『彼』

 あー、ダメだ。

 もし、この場にいる兵士達が全員、意思を統一して襲いかかれば、技術や能力は段違いというか桁違いでも、物量で封じられてあわやということもあったかもしれない。

 まあ、その場合でもリオンやフェイがいるから加勢ができるから負けはなかったけれど。相手との場に完全に呑まれた状態で覚悟の無い兵士が『彼』に適う訳がない。


 中の一人が武器を構えたまま仕掛けてくる。

 でも勢いのないそれを軽々と手首で受ける王太子。さらにそこから身体をねじり開いた片方の手で相手の首筋を打つ!

 さらにそこから武器を持った相手の手を抱えるようにしながら、巻き倒す

 スローモーションの柔道かなにかを見ているような綺麗な動きだ。

 これ、一対一なら負けないな。


『ね? ジャハールは強いって言ったろ?』

「はい、お強いですね。何か武術を修めておられるんですか?」

『中東系武術を色々とやってたんじゃなかったかな?

 守る為には強さが必要ってのが持論だったから』


 私の頭にぴょこんと飛び乗ったラス様が明るい声で教えて下さる。

 その後、数人を蹴散らした時点で、兵士達は完全に膝をついた。

 物理的にも精神的にも。

 リオンとフェイが手早く兵士達を縛り上げて隅にまとめて転がしておく。

 連れて行くのは王子だけだ。


『よし、ここはもうケリがついた。次に行く』

「次? ですか?」

『ここは鍵でもかけて閉じ込めておけばいいだろう?

 さっきも言った。諸悪の根源、国のトップを潰す。そうすれば少しは清浄化される。

 これは、自主性の尊重、という名のもとに子ども達の教育をおろそかにして野放しにしてしまった俺の役割だ』

「『精霊神』様……」

「『精霊神』だと……。まさか、眠りについた守護神が何故、我々を……」

『教育だと言っただろう? 

 ゆっくり向き合って話をするのが大事だと、暴力で知らしめるのは良くない事だ、と先生は言っていたが今は話を聞いてやる時間が無い。

 そもそも、痛みを知らん奴は、人の痛みを慮ることができない。そこをちゃんと導いてやれなかったことに対する責任はいずれ取る。俺には先生のように心に寄り添った対応は難しいし、性に合わん。許せ』


 一瞬、少し悲し気に目を伏せた『精霊神』様は、けれど思いを振り払うように顔を上げるとスタスタ歩き始める。


「ノアール、歩けますか? カマラ、セリーナの様子は?」

「大丈夫です、歩けます」

「少し、力が戻ってきているようですが難しいですね」

「解りました。フェイ、セリーナを居室に戻して看病を頼んできて下さい。私達は国王陛下の所に行っていますから」

「解りました」


 シュルーストラムを掲げ、フェイの姿がセリーナと共に溶ける様に消えると兵士や王子が目を見開いたのが解った。


「あの娘、ではなく、ファイルーズの子が魔術師だったのか? しかも転移術使いの杖もち?」

「フェイも、です。セリーナも紛れもないアルケディウスの精霊術師です。それを辱め傷つけた罪はきっちりと後で償って頂きますから」

『行くぞ、遅れるな』


 カギをかけ、王子の縄を引いて私達は進んでいく。

『精霊神』様の動きに迷いはない。私達を逆に先導するようだ。

 王太子様の身体を借りているから場内の構造とか頭に入っているのかもしれない。

 あ、むしろこの城を作った本人か。


 途中で使用人なども見ることなく遮られること無く、私達は王宮の中枢、謁見の間へとたどり着いた。

 固い紫檀の大扉をノックしようと思った瞬間。


 ドガン!


「わあっ! な、何をするんですか? 『精霊神様』」


 思い音を立てて、扉が倒れた。開いた、じゃなくって。

 凄いな。『精霊神』様。

 マクハーン王太子の、しなやかだけど細い足を全身のばねと力、遠心力で厚さ、固さも凄い『謁見の間』の扉を蹴破っちゃった。

 別に鍵もかかっていなかったから、素直に開けて貰えたんじゃないかと思ったけれど。


『先手必勝。相手の出方を待つつもりは無い。

 ここで一気にケリをつける』


 そうして、臨戦態勢を少し落とした『精霊神』様は中へと進んでいく。

 私達も後を追って。


「な、なんだ? 一体、何があったというのだ。マクハーン」


 明らかな狼狽を浮かべる国王陛下に王太子は、いや風の『精霊神』ジャハール様は告げる。


『控えよ。愛しきそして愚かな我が子。イムライード。躾の時間だ』


 と。

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