「お前と少年騎士の子だぞ? そんなもの。絶対に確保したいに決まっているだろう?」
火の月が終わり、暦上では秋になった風の月のとある日。
プラーミァの王宮舞踏会で、私を自分の席の隣に座らせて、最上段で構える国王陛下ベフェルティルング様は当たり前だ、と言う顔でそう言い放った。
大神官として就任してから私は、年に各国一度、もしくは二度。
七国を巡り、舞と力を捧げる役割を課せられていた。
大祭で踊るのはアルケディウスでのみ。
代わりに二週間、各国を訪問し、その中で二回、奉納の舞を舞うのだ。
大聖都の転移陣を使えるので、仰々しい長旅はしなくて良くなった。
日帰りもできなくはないのだけれど、各国とも
「毎日通われるのは大変でありましょう。精一杯のおもてなしを致しますので、ぜひ国に滞在していって頂きたい」
そう言って下さったので、二週間は宿泊させて頂いている。
各国の発展の様子が見られるし、『精霊神』様達ともお会いできるので、私としては嫌いでは無い、むしろ楽しみなお仕事の一つだ。
訪問の順番や時期は各国が新年の国王会議で話し合う。
今までだと親せき枠で、優先して割と早めに訪れていたプラーミァ。
でも今年は夏の果物や香辛料が充実している時期に来て欲しいという話だったのでこうして訪問させて頂いた。
「お久しぶりでございます。
グランダルフィ王太子様。フィリアトゥリス様。お二人目の懐妊おめでとうございます」
「ありがとうございます。まだつわりが収まらず、色々と失礼をおかけするかもしれませんがお許し下さい」
「本来なら、マリカ様に『プラーミァで育ちつつある新しい味を楽しんで頂きたい!』と力を入れて差配していたのですが」
苦笑する王太子様に、私は首を横に振った。
「いいえ。子どもの誕生は何よりも喜ばしい事です。今は大事な時期ですので焦らず体調を整えて下さいませ。何か不安なことなどありましたらお知らせくださいませ」
「ありがとうございます。今は、通信鏡もありますから、どうしてもの時は相談に乗って頂く事もできますが、やはり直接お話しできるのは心強いのでぜひお時間を作って頂けると嬉しいです」
妊娠初期なのに、王太子妃として晩餐会の差配を務めたフィリアトゥリス様は大変だったと思う。でも、それだけに、用意された料理はどれも素晴らしかった。
暑い南国で、冷たい料理だけではなく、熱い料理で身体の内側を暖め、汗を出すことで夏を乗り切る南国風料理。
特にスパイスカレーとチョコレートは、この二年で私が教えた時よりも、ずっと美味しく、複雑な味になっている。きっと、試行錯誤しながらいい配合や作り方を研究したのだろう。
ご自身は刺激が強いものは少し、とあまり食が進んでいなかったけれど、後で妊娠初期の食事について話したりつわりの具合を聞いてみようと思う。
晩餐会が終わり、舞台は舞踏会へ。
「そう言えば、間もなく成人式だな。準備は進んでいるのか?」
国王陛下が私にそう聞いてきたのが話の始まりだ。
因みに国王陛下は、訪問の際は私をプラーミァ王家のプライベート区画に泊まらせて、各国の貴族達は基本シャットアウトする。
いつもはそれでも、大貴族達との挨拶の場が設けられるのだけれど、今回は
「大神官の式服で来い。踊る必要は無いぞ」
と言われているのでその通りに。
一段高い国王陛下の隣に、王妃様とほぼ同じ扱いの席を用意して頂き、グランダルフィ様達が大貴族をあしらって下さっているので、私は本当に上から見ているだけだ。
「はい。滞りなく。お母様が衣装などを整えて下さっているので、アルケディウスで行う予定ですが」
昔々、大聖都に上流階級の若者達の学校。学び舎があった時代には大聖都で成人式を行う事もあったらしいけれど、今年は私にリオン、フェイの三人だけなのでアルケディウスで実施する。
本来なら式典を取り仕切る大神官と神官長が、式典に参加するので、今回成人式を取り仕切るのはアルケディウスの神殿長フラーブになりそう。
「私の様な非才な者に、そのような大役が務まるのでしょうか?
失われた儀式なので、内容や流れなどを詳細に確認せねば」
と準備に必死なのは可哀相ではあるけれど。
「うむ。我が孫の成人式の参考にもしたいし、何といってもお前達の成人式だからな。
我々もぜひ、参加して祝福させて欲しいものだ」
「各国の王族をお招きするという事でアルケディウスも、準備に余念が無いようです。
なんだかとんでもないことになりそうで、ちょっと怖い気もしますが」
「どうせ、其方らが関わる時点で、大事になるのは確定なのだ。
思いっきり派手にやればいい」
国王陛下はそう言って豪快に笑う。
その妙な信頼は頼もしくもあり、怖くもあり。
でも、妙に安心していた直後
「お前と、リオンも随分成長したようだからな。
早く成人して子をもうけて欲しいものだ」
「え?」
陛下から、直球ストレートが撃ち込まれる。
私は思わず目を瞬かせて、後ろに立つリオン(『魔王』だけれど、完璧にリオンエミュレーションモード中)を見てしまう。
「子? なんでそんなに飛躍するのですか? まだ結婚もまだなのに」
「別に飛躍でもないぞ。今、各国の王族の間で一番熱い話題はなんだか解るか?」
「? 何ですか?」
「お前達の結婚と、生まれて来る子どもの去就について」
「へ?」
「お前達二人を手に入れられないのなら、せめて子を。
と各国が血眼になっているのだ」
「な、なんでそんな話が~~~」
大聖都で先日話に上がったばかりの私達の「子ども」の話。
まさか、プラーミァに来てまで追いかけて来るとは思わなかった。
「神殿の神官は原則結婚できないことになっているが、子を作るなという決まりはない。
神殿側も聖典に結婚禁止の事項が記載されていないのをいいことに、神殿則を改定して神官のままでの結婚、妊娠、出産が可能なように準備をし始めているらしいが?」
「そ、そんなの聞いて無いですよ……」
私の子どもを神殿の後継者に。というのは女神官長、マイアさんの独断かと思っていたけれど、神殿全体にもそういう動きがあったのか。
あれ? でもそういうことなら、フェイは知っている筈。
何といっても神官長だから、止めようと思えば、一部神官の暴走など止められる。
なのに他国に知れる程話が進んでいるということは、まさか、フェイもグル?
「各国王家の間では、既に生まれてくる子どもの順番争い争奪戦も水面下で始まっている。第一子は神殿に盗られるのはしかたあるまいが、第二子はぜひに、と。
アルケディウスは流石にこの話題には入れない。
いい気味だ、とは言いすぎだと解っているがな」
余裕の笑みで最近出来始めたというプラーミァ産麦酒のグラスを傾ける国王陛下。
「お前達の子。その第一、もしくは第二子が娘であったらガルディヤーンの嫁に貰う。もう手筈は凡そ整えてあるからな」
こういう話を私にしてくるってことは、国王陛下にはそれなり以上の自信があるのだろう。でも
「本人達抜きに、勝手に決めないで下さい! 私達も生まれてくるかもしれない子どもも、親の道具や駒じゃないんですよ!」
「生れる前からの婚約者など珍しくも無かろう。一般人ならともかく、王族に普通自由恋愛の権利などない。己の血を正しく次代に繋げる使命があるからな」
「それにしたって……」
「何よりお前と少年騎士の子だぞ? そんなもの。絶対に確保したいに決まっているだろう? 下手したら三国の血を継がせるよりも才ある子が生まれるだろうからな」
国王陛下はリオンが『勇者の転生』であることを知っている。『勇者の転生』と『聖なる乙女』の子。
それは、欲しいのだろうけれど。
「お前の相手をしたい、子を産ませたいという男はそれこそ掃いて捨てる程いるだろうが嫌だろう?」
国王陛下は顎をしゃくって段下で様子を伺う大貴族達を見やる。
どこか彼らの目が血走って見えるのは気のせいではなさそうだ。
私から、なんだか知らないけれど男性を惑わすフェロモンもどきが出ているらしい。
ちょっと検証、調査してみた。
子どもにはあまり効果が無いようだけれど、大人にはかなり効果が高めとのこと。
歳が高まり程に効果が上がり、クレスト君や、騎士団の人達にはかなり効いていたようだ。
一気に冷静さを失い、襲い掛かってくるというまでではないけれど。
伴侶がいる男性でも、私に好意を持つくらいには。
「それは……勿論」
今は、女性随員にアプローチは全却下してもらい、それでも近寄ってくる人はリオンが退けてくれている。
でもそのリオンが一番私を狙っている訳で……。
「だったら、どこかで妥協しておけ。お前ほどだと周囲が守るにも限界がある。さっさと伴侶を決め、誰かのものになれば少しは落ち着く。少年騎士なら誰も文句も言わん」
「でも……」
国王陛下も、私を守り、私を案じて忠告して下さっているのは解っている。
でも。
正直、私はまだ自分が誰かと、そういう関係になることが想像できない。
そもそもそういう関係に関する知識が、保健体育以上に無い。
だから、はっきりとした返事はできぬまま、口の中に飲み込むしかなった。
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