フリュッスカイト出発前週、私は孤児院への視察の時間を作って貰った。
みんな忙しいので馬車から降りずに寄り道しない。護衛のカマラと一緒という条件付きだけど。
孤児院は、私の原点。
保育士としての夢。
できる限り、絶対に疎かにはしないと決めている。
「子ども達の生活には今の所、問題ありません。
やっぱり上の子が落ち着くと違いますね」
孤児院の応接室、院長であるリタさんが報告してくれてホッとする。
一時期新しい子が来た事や、自分のこれからに不安をもってイライラしていた最年長の元奴隷少年二人。サニーとシャンスは旅芸人、俳優になりたい、という夢を見つけて以来暴れたり、乱暴をしたりすることは殆ど無くなったという。
発音練習や、身体作りの運動などもしっかりやっている、とのこと。
どうやら一時の熱病では無い様だ。
「本を小さい子に読んであげるなど、させてみて下さい。
人に話や思いを伝える。その練習になりますから。
後、頼りにしていると言葉で伝え、無理ない程度に手伝いをさせる。
できたら褒める、などして自己肯定感を育てていけるといいですね」
「解りました」
新しい劇団を作る、という話はまだしない。
劇団設立そのものも成功するかどうか限らないし。
リタさんが、木板に指示を書き留めてくれている。
孤児院では子ども達一人一人の成長発育を無理なく記録する児童表を作っておいて貰っていた。これは向こうでの経験から私がぜひにとお願いして導入してもらったのものだ。
これを見れば、他の保育士も子どもがどんな成長をしたかが理解できて、人員が入れ替わったりした時にスムーズな引継ぎができる。
書類作成にかまけて子どもを見られなくなるのは本末転倒だけれども、子どもの成長のポイントで起きた出来事、必要なかかかわりや、反応、反省などを記録しておくのは大事な事だからね。
「産屋の方はどうなっていますか? 工事人を送ったと思うのですが」
「予定通り完成しています。
かまどや水場。あと、ティラトリーツェ様の提案で分娩台なども用意してあって。
おそらく来月から再来月には孤児院で保護している女性達が出産になりそうなのでそれが最初の使用になるでしょうか?」
「出産が近づいたら、連絡して下さい。可能であれば私も手伝いに参ります」
「え? 皇女が?」
「こう見えても二回、出産介助の経験があります。邪魔にはなりません。
今後出産介助ができる女性を育てる為の研修の場にもしていきたいのです。
それに、皇族も普通の子も生まれて来る命に貴賤は無い。この国の大事な宝ですから」
産婆育成の研修、と言うと聞こえは悪いけれど、そういう名目でならお金や当てのない一般の女性を良い環境下で出産させることもできるしね。
当面、出産関連費用は孤児院に逃げ込んで来た人は無料。
出産後、孤児院で働いて貰う事で相殺する感じだろうか?
ちなみに孤児院に逃げ込んで来た女性二人も、出産後男の元に戻らないで、ここで働くという事で言質は得ている。
子どもが増えて人手が欲しい所なので、助かる話だ。今も、掃除や保育補助などをしてもらっている。
「それから……一つ、早急に相談に乗って頂きたいことがあるのですが」
大よその報告を受け終った私に、リタさんが言いにくそうに切り出す。
「どうかしましたか?」
「以前、姫君は『子どもには精霊術などと違う、特殊な才能が目覚める時がある。とおっしゃっておられましたよね』」
「ええ、言いました。不老不死を得ていない子どもの中には『能力』と呼ばれる特別な力を持つ子がいます。今後、子ども達の中にそういう力を持つ子が出て来たらぜひ、知らせてほしいのですが……」
『子ども』の持つ『能力』については今まで、密かに知っている者はいても明らかな把握や研究はされていなかった。
子どもの絶対数が少なかった事、子ども一人一人の能力が違い、教育を受けられなかった子どもにはそれが『特殊能力』だと気付かない者が多かったことなどが理由に上げられる。
孤児院で子どもを保護するようになったら分母が増え、能力に目覚める子も増えるのではないかと思われるので、リタさんとカリテさんには『能力』について教えてあった。
「実は、プリエラなのですが『能力』と思われるものがあるのではないかと感じています」
「え? プリエラが?」
プリエラというのはリオンの部下である準騎士ウルクスの養女。
元は奴隷でウルクスに弟と一緒に保護されて、彼が準騎士として登録された時に正式に娘として引き取られた。
まだ8歳くらいだけれど、父を慕い戦士になることを願っているという。
「プリエラは力が強いのです。細い少女らしい身体に似合わず、大人も含めたこの孤児院で一番の力持ちになっていて、荷物運びなどで助けになってくれている反面、力の加減が解らなくて物を壊してしまう事が多々……。
先日は孤児院の壁に穴を開けまして……」
「力が……」
「少女が自分の拳で壁に穴を?」
子どもの『能力』は身体強化系が多いと聞いている。
「過酷な環境下で生き抜く為に、必要な能力として目覚めるのかもしれませんね。
もしくは、自分はこうなりたい。こうしたいという願いを助ける力。
自分の得意分野を補助、強化する形で力が発現する事も多いみたいです」
と、フェイは以前言っていた。
フェイは魔王城の子ども達の『能力』を纏めつつ王宮の子ども上りにも聞き取りをして子どもの『能力』について研究しているようだ。
その例からして自分を救ってくれた父に憧れを持ち自分も『戦士』になりたいと願うプリエラにそれを助ける『能力』が発現しても不思議はない。
ただ、女の子に怪力か……それはなかなかに大変そうに思う。
慣れれば自分の手足のように『能力』は使え、コントロールに困ることはあまりないとは言うけれど、今の時点で力加減が解らずものを壊しているというのなら、同じ怪力系でも手にかかる重さ、負荷を感じなくなるアーサーと違って、純粋な肉体強化の可能性が高い。
『能力』について知らないと不安を感じてしまうだろう。孤児院では『能力』について指導や助言してあげられる者も少ない。
「プリエラを呼んできて貰えますか?
今日、リオンは王都警護の仕事をしている筈なので、ウルクスも仕事に出ている筈。
プリエラも来ていますよね」
「かしこまりました」
程なくしてプリエラがやってくる。
リタさんに背を押されているけれど、手を絶えず重ね動かす姿には不安そうな様子が見て取れた。
「久しぶりですね。プリエラ。
あまり硬くならないで、気持ちを楽にして話を聞かせて下さい。
貴方の『能力』について」
「『能力』?」
と言っても無理だとは解っているけれど。
緊張しているプリエラに精一杯微笑みかけて、私はまず彼女を促す。
「ええ、貴女には特別で大きな『能力』が目覚めかけているように思います。
それは、恐ろしいものでは無く、むしろ貴方の夢、やりたいことを助けてくれる力なのですが、知らないと逆に貴女の身や周囲を傷つけてしまうかもしれません」
「!」
「だから、怯えないで話を聞かせて下さい。それからどうしたらいいか、一緒に考えてみましょう」
気持ちに寄り添い、そっと静かに。
向こうの世界でしてきたように話しかけると、プリエラは少し、安堵の表情を浮かべ私達を見た。
「私、戦士になりたいんです。
力が欲しいと、ずっと思ってました。
嫌な時、嫌、とはっきり言えるように。
お父さんみたいに大切な者を自分の力で守ることができるように!」
力が無いばかりに大人の我が儘に振り回されて来た女の子にとってそれは、確かに心からの願いであるのだろう。
「先生も、お父さんも、戦士にならなくても道は色々ある、と言ってくれましたが、私はどうしても戦士になりたくて……。こっそり、シャンスやサニーの運動メニューを一緒にやったり、お父さんの真似をして訓練したりしてたんです。そしたら、だんだん力が強くなってきて……」
訓練用に裏庭で叩いていた孤児院の壁に穴を開けてしまったのをきっかけに、自分の身体に起きている事が普通ではない事に気付いたのだという。
「私、病気とか、なんか変な事になったんでしょうか?」
「さっきも言いましたが、多分それは『『能力』』。
『星』が子どもに与えると言われる祝福で、本人の願いや夢を助けてくれる力です」
「私の願いや……夢」
「ええ。プリエラは多分、ウルクスに憧れ戦士になりたかった。
その思いは一時の憧れでは無く、真実、自分の全てで叶えたい願いになった。
だから貴女の願いを叶える為の『能力』が発現したのだと思います」
女の子が格闘技をする時、一番のネックはやはり男子との根本的な肉体能力の差だ。
だからそれを補う為にスピードタイプになることに多いのだけれども『能力』があれば差を埋める事ができるかもしれない。
「貴方が本気で戦士になりたい。
ウルクスのような格闘家を目指すというのなら力を貸すことはできます。
正しい訓練を行い『能力』の制御を覚えれば夢を叶える事ができるかもしれません」
「やりたいです! 私、どんな訓練でも頑張ります!」
真っ直ぐに私を見つめる眼差しに迷いはない。
ならば、できる限りの手助けはしてあげたい。
「マリカ様。フリュッスカイトへの旅にプリエラを連れて行く、というのはどうでしょうか?」
「カマラ?」
今まで話を聞いていたカマラの言葉に私が目を瞬かせていると、カマラは口を挟んだことを謝罪し、膝をついたうえで理由を告げる。
「彼女は、父に憧れているだけでまだ、実際の戦士や騎士がどんな仕事をしているか知りません。実際にそれらを見れば知る事、学ぶことも多いでしょう。
子どもを戦場や訓練の場に入れる事は容易ではありませんが、姫様の旅の間であるのなら多少は融通も利くのではないのでしょうか」
「そうですね。王宮で仕事をするので入られないところもありますが、アレクやアーサー、クリスと一緒に外の仕事をすることはできるかもしれません」
「皇女様のお側に、入れて頂けるのですか?」
目を輝かせるプリエラを見ながら考える。
旅にはフェイとリオンが同行する。
『能力』の指導にも戦い方の訓練にも、今の時点で二人以上の存在はいない。
まず最優先は『能力』のコントロール。
私や父親の目の届く範囲で訓練を行い『能力』の使い方を覚えてからなら、その後の事は孤児院で対処可能だろう。
「プリエラがウルクスと一緒に旅に出る、となれば弟のクレイスは不満に思うでしょうけれど……」
「クレイスには、しっかりと言い聞かせます!
お願いします! 皇女様の側で働かせてください!」
「実現したとしても、あくまで旅の間の一次的な措置ですよ。
今の時点では礼儀作法やその他、まだ王宮の仕事ができるレベルではありません」
「解っています。それでも……」
「プリエラはいい子です。今、この孤児院の中で皇女様の側に置けるとしたらこの子だけですよ」
必死に懇願するプリエラをリタさんが見つめ微笑む。
優しい援護射撃に、今までプリエラが孤児院で頑張って得た信頼が見える様だ。
私は嬉しい気持ちを必死に押し殺して二人を見据え、少し厳しい眼差しと表情を作る。
個人的には速攻許可してあげたいけど。
ケジメはケジメ。
「城に戻って検討します。
実現したとしてもあくまで『能力』安定までの特別措置だということは理解して下さいね」「はい!」
その後、まあまた色々と怒られたけど、プリエラのフリュッスカイト同行は許可が下りた。
下働きと戦士見習いとしてカマラとリオンが後見するという約束で。
ウルクスは逆に、旅行中の親子としての接触は禁止されている。
しょんぼりしていたけれど、そこは本当にケジメだから仕方ない。
でも、子ども達が少しずつ自分のやりたいことを見つけ、前に進もうとするのなら手助けはしていく。
それが保育士の務め、だからね。
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