夏の戦が終わり、兵士達が無事に凱旋した。
凱旋当日の空の日は、式典の後は指揮官や皇子達も含めて家に戻り、ゆっくりとした一日を過ごす。
翌日の安息日も大抵の兵士は家族の元に帰ったり、貰った給料でのんびりしたりする。
大祭で店を出す商人達は準備で大忙しだと思うけれど。
でも、今年の私は休む余裕は全くない。
「ここから先は儀式まで男子と声を交す事は許されません。
勿論、触れる事も」
「え? 初耳なんですけど?」
凱旋の儀が終わった後、その足で私は王宮の離宮に拉致られてしまった。
アレクと最後の練習をするつもりだったんだけど、禊の様なものなんだって。
禊自体は儀式の前にプラーミァでもエルディランドでもやったけどさ。
流石本国での正式な儀式。
ハードモードだ。
…ってことは大神殿での儀式はもっと厳しい?
うわー、ヤダー。
と文句を言う事もできず。
私はそのまま離宮のお風呂で身体を隅から隅まで磨き上げられ、最後に冷水を頭からかけられた。
くしゃみが出そうだ。
これ、夏の今は良いけど、秋の儀式の時は寒いんじゃ…。
で、侍女の皆さんによってたかって真新しい下着と寝間着に着替えさせられる。
皆さん、というのは儀式の準備をしてくれたのは私の侍女ではなかったからだ。
ミュールズさん以外。
第一皇子妃様の侍女さん達が、儀式の禊や衣装の着付け、式典の流れなどを説明して下さる。
ちなみに第三皇子妃の侍女さんがいないのは、第三皇子妃はこの国で式典をやったことが無いから。
「今日はこれからゆっくりお休みになって下さい。
明日は、一の地の刻にお目覚め頂き、もう一度入浴と禊、そして衣装を身に付けてお出ましとなります」
式典の開始は一の空の刻。
一刻程で式典は終わり、二の木の刻の開始と同時に大祭がスタートする。
「儀式の終了まで男子との会話は厳禁です。
触れられるのはエスコート役の男性のみ。必ず手袋を互いにして下さい」
「神殿長や、楽師との打ち合わせは?」
「もう終わっているはずですし、お抱えの楽師でしたら目で察するくらいはできますでしょう?」
だから自分の楽師を使う事が許されているのだと言われれば文句の言いようも無い。
本来は『聖なる乙女』というの『精霊神』の巫女にして花嫁のことだから、男子は触れてはいけないのだと言われれば、はいそうですかと従うしかない。
「プラーミァの『精霊神』様から賜った『精霊獣』は連れて行ってもいいですか?
神殿から許可は貰っています」
「前例はありませんが、構わないと思います」
そう言う訳でピュールは連れて行ってもいいことになった。
儀式の間に入っていいのは楽師と、神殿長。
あと本来はエスコート役であるリオンだけ。
今回は私が未成年なので保護者枠で皇王陛下もご覧になるという。
儀式の間に入ったら、無礼だけれど皇王陛下にピュールは抱っこして行って貰おう。
後は基本的な舞の手順を再確認して、後は寝ろと布団に押し込まれた。
ピュール、じゃなくってアーレリオス様が呆れたような声を上げる。
ずっと聞いてはおられたらしい.
『人間の作り上げた手順は面倒だな』
さっきの手順は『精霊神様』様に失礼が無いようにという儀礼なのだろうけれど、当の『精霊神』は面倒だというのか。
「本当はいらないんです?」
『封印されている我々が、巫女が身体を洗ったか、誰に触れられたかなど気にする訳なかろう?
男に『抱かれた』かどうかは力の流れ具合に関わるからまた違いはするが』
「うわっ、即物的」
『例えは悪いが、貴様らとて食する野菜の表が多少傷があろうと汚れていようと、味が良ければ気にすまい?
そういうことだ』
「外見気にする人も多いですけどね。大切な人に食べて貰うなら見栄えも綺麗にしたい思うし。
衛生的にも洗った方がいいでしょうし」
『人間というのはよく解らない所に気を遣うな』
「そういうものなんですよ」
でも、そう考えればあの面倒な手順も理解できなくも無い。
私はお供え物なのだ。
なら美味しく食べて元気を出して貰えるように頑張りましょうか。
翌日、ゆっくり休んで体調を整えた私は身支度を整えられて神殿に向かう。
舞の衣装は純白の袖なしロングワンピース。
「とてもお綺麗ですわ」
「正しく精霊の化身のよう」
侍女さん達が皆褒めてくれるけれど、まんざらお世辞では無いと解っている。
サークレットを固定しヴェールを付けると本当に花嫁衣裳のような美しいドレス。
肌を化粧水で整えて貰い、口紅を引いて貰ったので、われながらなかなかの美少女だ。
「いってらっしゃいませ」
馬車に同乗するのは身支度の仕上げをする女官長のミュールズさんだけ。
他のセリーナやノアール、カマラ達はお留守番。
護衛も同行できない。
外にはリオン達や、神殿から迎えに来た兵士がいるけれど。
リオンや護衛騎士に見守られて、私は馬車に乗り込んだ。
貴族区画を出て、神殿へ。
程なく止まった馬車からゆっくりと降りた私は…
「えええっ?」
ビックリする。
それはもうビックリする。
周囲が見渡す限りの人、人、人、だったからだ。
昨日の大広場よりも下手したら多い。
押し合いへし合い、ぎゅうぎゅうの人が、神殿前の広場を埋め尽くしている。
ただロープが貼られて空間が作られているので、一角だけは人ごみの海が割れたように空白ができていた。
そこをリオンにエスコートされた私が進んでいくのだろうけれど。
「何これ? なんでこんなに人が集まってるの?」
「みんな、お前を見に来てるんだ。しゃんとして顔を上げて歩け」
驚嘆する私にリオンがそっと囁くように諌め教えてくれた。
でも、私を見に?
良く見れば最前列っぽい所にプリーツィエ達シュライフェ商会のお針子もいる。
そう言えば、式典当日馬車から降りて神殿に入るまでの所で聖なる乙女を一般の人が見れる。
と言ってたっけ。
それを狙って見物人が集まるだろう、とも。
アイドルを入り待ちするファンのようなものなのかな。
でもそれにしたって多い…。
「…こういうのは、解っててもイヤだよな」
「え?」
ぽつり、とそんな声が零れた。
「マリカが皆にもてはやされるの。
嬉しいし、解っててもなんかイヤだ。胸の中がチリチリする」
「リオン…」
「そのドレス、とっても似合ってるけど、本当は誰にも見せたくないくらいだ」
「………ありがと♪」
リオンがやきもちを焼いてくれている。
その事実に私は思わず笑みが零れた。
正直大観衆に褒めたたえられるよりも、リオンに褒めて貰える方が嬉しいしやる気が出る。
間を隔てる手袋がもどかしいけれど、それでもリオンの思いが伝わってきて、元気とやる気が出て来たのは間違いない。
周囲の歓声を背に私は神殿に入った。
中には皇王陛下と神殿長、そしてアレクが待っていてくれた。
言葉を交わさず、軽いお辞儀だけすると奥の間に案内される。
儀式に関係の無い護衛や随員は待機だ。
「うわあっ」
「!」
感嘆の声を上げたアレクが神殿長に諌められたのが解った。
新年に入った時のまま.
中央に不思議な光を宿した透明&巨大な精霊石が薄緑の空間に静かに浮かんでいる。
私はアレクに目で合図をしてから中央に進み出て膝を付いた。
アレクも察してくれたのだろう。
楽師の座に着くと楽器を構え、腰を下ろす。
リオンと、皇王陛下、神殿長は壁沿いに。
ピュールは床に降ろされてからリオンの肩に飛び乗っていた。
周囲を一度だけ見回して、大きく深呼吸。
手を胸の前でクロスさせて、始まりのポーズ。
(アルケディウスの『精霊神』様。
長らくお待たせしました。
私の力を捧げます。どうかお目覚め下さい)
奏でられた音に合わせて私が舞い始めると、力が吸い取られる。
ホントに待ちかねていた、という感じだ。
これは、クライマックスまで踊れないな、と確信する。
と、同時。
私は、来た、と感じた。
足元が抜けるような、どこかに瞬間移動したような不思議な酩酊に一瞬目を閉じた私は、三度め。
気が付けばまた、無重力の不思議空間に浮かんでいたのだった。
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