大祭の終わりを告げる鐘がなる。
舞踏会の終わり、秋の終わり、そして社交の季節の終わりをも告げる鐘だ。
「こんな、とんでもないものを見せられて、我々は領地に帰らなければならないのか?」
会場を順番に退場していく大貴族達。
誰かがふと、そう呟いたのが聞こえた。
いや、もしかしたら自分自身の言葉であったのかもしれない。
「最新のお芝居に、伝説の復活。そして新たな役割。
今年の冬も、城の皆を退屈させずに済みそうですわね」
「ケーレシアーナ」
先ほどの花を嬉しそうに胸に抱いて、妻が微笑んでいた。
「ああ。郷の者達に良い土産話ができた。
二度も、歴史に残る奇跡に立ち会うことができようとは」
「去年も入れれば三度、いえ四度目ではありませんか?
食の復活、皇女の『誕生』、『精霊神』の復活と降臨、そして王族魔術師の復活」
「そうだな。変わりゆくアルケディウス。
歴史というのは日々、新しく作られているのだということを思い出した」
去年、この秋の大祭は歴史に残る、と思った。
このような大きな驚きは二度と起こるまい、と。甘く思っていた去年の私を叱ってやりたくなる。
今年もそれ以上の驚きと変化がこの国にやってくるのだと。
「明日、皇女様達に挨拶をしたらビエイリークに急ぎ戻るぞ。
先を歩み続ける皇族の方々とこの国の役に立ち、前を歩き続ける為にはぼんやりしている暇などない」
「はい、あなた。とても楽しくやりがいがありますわね」
妻も楽しそうに頷く。
今から、二年前。
冬になる度、漁にも出られぬ氷の海を恨み、城に籠ってただ、春の訪れを待っていた昔が考えられない。
やるべきこと、やりたいことがあるというのは本当に楽しく、幸せなことだと今の私は理解している。
そうして私、トランスヴァール伯爵 ストウディウムは夢と花の香りの残る会場を後にした。
先ほどの伝説の具現。
精霊に愛された皇女と王族魔術師の煌めきを思い出しながら。
三回連続の戦の勝利は、不老不死時代になってから初めてかもしれない。
アルケディウスの秋の大祭はそんな理由から、驚くほどの活気に溢れていたらしい。
私自身は国務会議があるのでアルケディウスの大祭をこの目で見たことは一度もない。
けれど交代で祭り見物に出した部下たちは、口をそろえてそう言っていた。
『大祭の精霊』と呼ばれる謎の存在が現れた、とかよく分からないことも言っていたが。
私とて大祭時期は退屈している暇などこれっぽっちもないのだ。
「今年は新法案の提出は無いが、気は抜けないな」
会議前、事前に配られた資料の多さに、我々は息を吐きだしていた。
「来年の以降の料理研修生の受け入れ順番と、麦酒蔵、製紙工場の試験建設候補地の制定。
それから農産物生産に向けた補助費の配分。
少し気を抜けば、今年も上位領地に全て持っていかれかねないからな」
様々な面で影響力が高く、優遇されている上位領地とは違う。
我々のような中位から下位領地は根回しをし、積極的に手を上げていかないと要望を聞き入れて貰うことさえできないのだ。
今までと同じで良ければそれでいいにしても、文字通り『美味しい』思いをしたいのであればやらなければならないことは多い。
「トランスヴァール伯爵領はそれでも優遇されている方だろう?」
隣接領地であるハルトリーゲル伯爵は羨望の眼差しで私を見る。
「海産物の定期的な売り上げが上がっている上に、貝殻の買い取り、塩の増産、クズ真珠まで売れる様になって今年、一気に順位を上げたではないか」
「確かに。タシュケント伯爵の降下はあったとしても低位から一気に上位八位に上がるとなど初めてだろう?」
「そうだそうだ。第一陣の実習店舗にも優先して料理人を入れることを許されて」
「海産物、というビエイリークでしか取れない食材を正しく広める為に、と皇女御自らお声がけ下さったので致し方ありません」
順位を追い越された他の領地の領主たちが悔し気な眼差しで私を見ているのは少し溜飲が下がる。皇王陛下によって下される領地の順位は実際の政務にはそれほど関係するものではない。けれど上位であればあるほど税は少なくなるし、様々なことで発言権が高まる。
「残念ながら我が領地は麦や樹木にはあまり恵まれているとは言えませんので、麦酒蔵や製紙関連には手を挙げないつもりです。
その代わり、我が領地への期待を裏切らないように一つ一つを丁寧に行っていきますよ」
「ふん、領地に偶々海があっただけではないか?」
「時流にのっただけの若造が」
今まで最年少の若造の領地と侮っていた老人達が立場上とはいえ下になるのはなかなかに気持ちがいい。
国務会議で数少ない椅子取りに必死になる他領地を横目で見ながら私は、最上位に座し、我々を見つめる皇族の方々にふと、目が行った。
「すべての領地が直ぐに良い結果を出せるわけではない。
その土地土地に特色があり、特色にあった生かし方がある。
順番に去年から一年間で再確認した己が領地の特色と努力を語って見せよ。
一年前、二年前とは違う今の領地をだ」
自派閥、反派閥、どちらも分け隔てなく意見を聞き、荒れた会議の舵を見事にとる第一皇子ケントニス様。皇子妃アドラクィーレ様が妊娠中で間もなく父親になるせいか、以前は無かった逞しさや、冷静さ、寛容さなどが感じられるようになった。
「麦酒の製造には大麦と良い水が必要だ。アーケウィック伯爵領では大麦の生産が今年あまり伸びていないようだな。それならむしろ、飛躍的に生産量を挙げたバザーリート伯爵領の方が今回は良いかもしれない」
「第五位の我が領地を差し置いて十二位を?」
「順位はあくまで目安だ。土地の特色や水、何より人々のやる気が農産業には大事だとマリカも言っていたぞ」
「そ、それは……」
第二皇子トレランス様も、第一皇子の添え物、酒と女以外の能無しと蔑まれていたのが噓のようにテキパキと事を進めていく。
今回の麦酒蔵の候補もキチンと事前調査を行い、本人も言ったように順位に囚われず平等に適した領地を選んでいるのも流石だ。
そして二人に主導を任せつつ
「それにバザーリート伯爵領は子ども上がりの魔術師を抱えたようだからな。
他所ではまだ難しいピルスナーの醸造を試せるかもしれない」
「よ、よくご存じで……」
「大地の術を得意とするようだな。正式に決まったら蔵人と一緒にエクトール荘領に修行に出してみるといい。かの地には位の高い魔術師がいる。より成長させられるかもしれない」
「ありがとうございます」
要所要所を締める第三皇子ライオット。
以前は仲があまり良くない、むしろ悪かった彼らがここまで纏まって会議を運営してくのを私は初めて見た気がする。
彼らを最上位から見る皇王陛下も満悦の笑みを浮かべているし。
たった一年で人というのは変われば変わるものだと思わずにはいられない。
一年前の国務会議に現れた皇女マリカ。
彼女の登場が、アルケディウスを変えたのだとも。
今年の会議は滞りなく(?)終わった。
私は身支度を整え直すと妻と共に晩餐会会場に向かう。
「ほう、今年は随分と華やかだな」
「本当に。秋も終わりだというのにこんなにたくさんの花を見ることができるなんて」
妻が驚くのも無理はない。
晩餐会のテーブルや壁などは驚くほどにたくさんの花が飾られていた。
しかも秋咲のロッサならともかく、菫やプリムラ、レヴェンダ、カモマイルなど春の花が溢れるほどに。
「どうやって手に入れたのでしょう? 温室でしょうか?」
秋冬のパーティなどに使うために温室が作られていると聞いたことはあるが、それにしても多いし野の花が目立つ。
不思議なものだと首を傾げながら、我々は席に着いた。
やがて第三皇子一家を始めとして、第二皇子夫妻、第一皇子夫妻。
皇王陛下と皇王妃様と皇族の皆さまがお揃いになり、パーティが始まった。
最初に出された前菜は『猪肉のカクニ』と『オリーヴァの最高級オイル』
エメラルドグリーンの液体とパンだけの料理が前菜と言われた時には驚いたが、油にパンをつけて食べた時の鮮烈な感動は、私達を驚嘆させるものだった。
花と、前菜がくれた感動に私達は声も出せず、目で、鼻で、舌で堪能する。
でもこの味わいと喜びも。
大祭と秋の終わりを告げるこの集いが我々に見せた『伝説』の、まだほんの始まりだったのだ。
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