今日はエルディランドの事実上最終日となる。
夜は送別の宴になるので、グアン王子にご挨拶に行った。
大王様とスーダイ王子にもと思ったのだけれども、今日の準備で忙しいそうな。
まあ、スーダイ王子は夜にお会いする約束をしているし…。
「色々とお世話になりました」
私がリオンとカマラを連れてグアン王子の館に向かうと、王子とユン君が執務室で迎えてくれた。
「こちらこそ、姫君のおかげで我が一族が育てて来たショーユとサケが改めて、注目される事となりました。
長年の努力が報われた思いです。
本当に感謝申し上げます」
グアン王子はそういうと深々頭を下げて下さった。
大臣クラスなのに腰が低くて、立派な方だな、と思った時、ふと気付いた。
この方は、ユン君の正体、知ってるんだよね?
どこまで知っているんだろう。
ユン君=カイトさん=異世界転生者まで?
それともユン君=クラージュさんまで知ってるのかな?
小首を傾げた私の疑問を読み取って下さったのだろう。
王子はスッと手を上げると部屋の中にいた側近達を部屋の外に出すと立ち上がり、私に跪く。
「麗しの精霊の巫女姫、尊き精霊国の女王陛下よ。
我らが父、カイト…いいえ、クラージュの名において、我が一族は貴女に忠誠を誓います」
「あ、そこまでご存知だったのですね…」
いきなり跪かれてちょっとビックリしたけれど、ユン君の正体を知った時ほどじゃない。
真摯な瞳ではいと、頷くとグアン王子はユン君、クラージュさんを見る。
クラージュさんは小さく笑って、無言。
グアン王子の言葉を遮ったりしない。
「古の精霊国から始まる父上の転生に纏わる全てを知っているのは、私を含む三人の王子のみ。
父上が現世にユンとして戻っている事を知るのも同じく。
ですが、我が一族の多くが子ども上がり『神』の支配下において辛酸を舐めて来たものばかりです。
仮に、姫君と『神』が対する時があったとしても、我らは迷うことなく姫君と父上の力になると誓います」
「ありがとうございます。
勿論、そのような事は無いに越したことはないのですが…いざという時には頼りにしています」
「はっ、いつなりと」
…『星』はクラージュさんを魔王城やアルケディウスにではなくエルディランドに転生させた。
それによってクラージュさんはとんでもない苦労をすることになった訳だけれども…
クラージュさんを差し向ける事で、七国一の農業国であるエルディランドにパイプを作らせようとしたのだろうか?
『星』の考えは、本当に解らない。
「ユン君…クラージュさんにアルケディウスに来て頂く事は可能でしょうか?」
「現時点では、製紙と印刷技術の指導員として、父上…ユンを派遣する方向で話を進めています。
技術供与が終わった後も、星の宝、『聖なる乙女』のエルディランドからの護衛として残せるのではないかと」
「そうなれば、本当に助かります。
エルディランドを支える、大事な開祖をアルケディウスが奪ってしまう様で申し訳ないのですが…」
「心配いりません。私は、子ども達にそんな柔な教育はしていませんから」
今までずっと沈黙を守ってきたクラージュさんはグアン王子を少し、顔を上げて見つめる。
クラージュさんの口調は強く、眼差しも言葉通り、信頼に満ちていた。
「私がいようといまいと、彼等は自分のやるべきことを為すことができる。そうですね。
グアン」
「はい。父上のご期待に背くようなことは決して致しません。
エルディランドは我らにお任せを」
父上、とユン君に頭を下げるグアン王子。
外見年齢は本当に親子ほど離れているのに、こうして見ててもユン君の方が年上に見えるから不思議だ。
でも、流石、海斗先生。
しっかりと子ども達に愛情を込めて教育していたんだと嬉しくなる。
「そういうことですから、どうか今しばらくの猶予を。
どんなに遅くとも冬までには、姫君の所に馳せ参じます」
「待っています。クラージュ」
クラージュさんの移籍が約束出来れば、とりあえず私がグアン王子にお願いする事は契約通りの醤油と酒の輸出くらいで…。
あ、違う。
大事な事を忘れるところだった。
「それから、グアン王子」
「はい、なんでしょう?」
「米麹を分けて頂けませんか? 味噌を作りたいんです。あと、塩麹も」
「ミソ? シオコウジ? コウジをお分けするには構いませんが…一体何に?」
首を傾げるグアン王子にクラージュさんが苦い顔で哂った。
「流石は真理香先生ですね。私は味噌は完全スルーでした。
作っても使いこなせないことが解っていたので…」
まあ、独身男性ならそんなものだよね。
少なくとも味噌を手作りする男性はそんなに多くないと思う。
味噌はちょっと癖があるし成功するかどうかも解らないから、大豆を分けて貰ってアルケディウスでこっそり作る。
成功したら徐々に広めよう。
「では、明日のお見送りまでには必ず」
「よろしくお願いします」
これで、一応この国でやっておきたいことは全部やったと思う。
後、残っているのはやるべき…こと。
「姫君」
「グアン王子…」
退去の挨拶をして部屋を辞しようとした私をグアン王子が呼び止めた。
「何か…」
「私が言う事では無いと承知しておりますが…スーダイ様を、宜しくお願いします。
あの方は、これからのエルディランドに無くてはならない方です。
もし、寄り添って頂く事が叶わぬのなら…」
「はい。解っています。
ちゃんと向き合って、話をして参ります」
スーダイ様は、幸せな方だな、って思う。
ライバルの様に見えていたグアン王子にもこんな風に心配して貰えるくらい、皆に愛されているんだもの。
精霊の愛し子。
エルディランドの次期大王。
だから、私はちゃんと王子と向き合って、きっぱりと振ってあげないといけないのだ。
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