皇国 王都 ガルフの店。
本店 貴賓室。
「いつもながら、この店の料理は美味だな。
エナの酸味の効いたスープに肉団子のうまみが染み込んで絶妙の味わいだ。
最近は、ここでの食事の為に生きている、と言ってもいい」
「お褒めに預かり、光栄にございます」
うっとりとした顔で、嬉しそうにスープに浮かんだ肉団子を頬張るのはこの国の第三皇子にして伝説の英雄の一人、皇子ライオット。
去年の秋の騒動以来、すっかりこの店の常連となった彼は、本当に毎週のように自ら店に足を運んで下さっている。
「ここでの料理を食べると、城の料理人の雑な料理など食えなくなる。
まったく、どの料理にも工夫と努力を凝らすここの料理を奴らにも食わせてやりたい程だ」
そう言いつつも、決して権力でレシピを教えろ、などとゴリ押しをしないのがこの皇子の凄い所だと思う。
マリカ様は俺の判断で、レシピを教えてもいいと言って下さっているが支店や、分店、協力店を出す為に契約してレシピを教えるのと、貴族にレシピを渡すのはまた違う話になる筈。
ご指示を仰ぐ前に勝手はできないが、権力や財力で圧力をかけて来る連中はそれなりいて煩かった。
今はかなり静かになっている。
第三皇子が足しげく通う、気に入りの店に無体はできないとやはり思うのだろう。
お願いした通り、必ず訪問前には先ぶれを寄越して下さるが誰かを伴ってきたことは無い。
常に一人。
護衛さえ連れて来ることは無いのはどうかと思う。
どうやらこっそりと城を抜け出しているようで、必死になって部下と思われる騎士が追いかけてくる姿は何度か見かけた。
まあ、この方より強い戦士など、そうはいないから護衛など無意味であるのだろうが…
「しかも明朝から暫くの間、国を離れなくてはならん。
行先は大聖都。
次ここの料理味わえるのは早くて二週間後。星の一月も終わってしまう。まったく迷惑な話だ」
口の中の肉団子が喉奥に消えてから、皇子はそんな愚痴を俺に溢す。
部屋の外には、俺しかいない。
給仕を行う使用人が外に控えているが、基本最初の来訪以降、この方は俺が一人で対応するようにしている。
いつ、どこで知られてはいけない秘密が零れるかもしれないからだ。
でも、大聖都への旅か。
他国との行き来には精霊門や魔術は使えない。
王都から殆ど出た事の無かった俺には、異界への旅行に思える。
「それはそれは…。
では、先ぶれの際にご注文下さいました菓子は、お出かけ先へのお使い物でいらっしゃいますか?」
今回、予約の時に、パウンドケーキと甘焼き菓子を買い取るので持ち帰らせてほしいとの連絡があった。
十分な代価は提示されているし相手はライオット皇子だ。断る理由は無い。
既に持ち帰りの準備はできてるのだが。
「ふんっ」
だが皇子はそんな俺の言葉を鼻で笑う。
「なんで、この店の料理を神なんぞにくれてやる必要がある。
頼んだ品は、旅の間の、俺の心の慰めだ」
「皇子…」
人を払っておいて良かった、と心底思う。
浮かべた笑みが明らかに苦笑いになっているだろうと解る。
『神なんぞ』と来たか。
俺達にとっては、好感度は下がらない。
むしろ上がるものだが、他の者はそうはいかないだろう。
「…いずれ解る事だから話すが、大聖都で勇者アルフィリーガが見つかったと連絡があってな。
俺と顔合わせをしたいということだ。
なら、向こうから来いと思うのだが、記憶があいまいで旅をさせるのは危険だ、と俺が呼び出され、出向く羽目になった.
これが迷惑でなくてなんだというのだ」
「まるで、本物ではないと確信されている口ぶりですね」
復活する勇者に再会するために、生きていると言っていた皇子のあまりにも冷めた態度に少し驚いた俺に、本人は当たり前だ、というように皇子は肩を竦める。
「まるで、ではない。本物ではないと解っているのだ。
そんな事、大聖都でも十分に理解しているのに、わざわざ偽物を祭り上げ、箔をつける為に、俺を呼び出し茶番に巻き込む。
それが気に入らん。相変わらず神というのは度し難い」
「解っている、と?」
「ああ。確実に偽物だ。神もそれは理解している」
「何故?」
それ以上を言わず、語らず、彼はナプキンで口を拭った。
「500年、一度の再会も叶わぬ。今は、微かな希望こそあるが。
まあ…あいつはもうこの世界に見切りをつけているのかもしれぬ。
今回のように神が手ぐすねを引いて待ってもいる。戻って来ぬがあいつの為でもあろうがな」
吐息のように紡がれる思い。
彼の眼に映っているのは怒りと、そして微かな諦めに見える。
「すまぬ。変な事を聞かせたな。だが、お前以外には言えぬ弱音だ。
流してくれ」
「いえ、お気になさらず。
ここでの話が他所に漏れる事はありません」
魔王城に属する身。
かの地が決して神の語るような悪の本拠地で無いと『俺』は知っているが皇子の口ぶりから察するにさらに深い謎がありそうだ。
「…そろそろ、デザートを運ばせましょうか?」
「頼む。幸せな甘味で、せめて気持ちを切り替えねば」
「今日のデザートはクレープにございます。
オランジュ、ピアン、サフィーレ、どのジャムがお好みですか?」
「全部と言ったら困らせるか?」
「いえ、ではそのように」
俺は外に待つ給仕に向けてベルを鳴らした。
神と魔王、そして皇子との関係。
今までは敢えて聞かないようにしていたが。
…次に魔王城の島に行く事ができたら、聞く事は許されるだろうか?
「世話になった。戻ってきたら、また寄らせて貰う」
「かしこまりました。どうか、旅の無事を願っております」
注文品を部下に持たせ、皇子は城へと戻っていく。
いつだったか、父王との関係はともかく、兄弟たちとの折り合いはあまり良くないと聞いた。
そして、今回の件。
世界に名だたる英雄にもままならない事は多いのだろう。
力になりたいが、俺にできる事など美味い料理を作ってもてなし、気持ちを晴らさせてやることくらいしかない。
空を見上げる。
まだ空気は凛とした冷たさを宿しているが、夜月も終わり、星月に入った。
冬も、今年も、もうあと僅かだ。
次に魔王城に行ったらきっと、何かが大きく動き出す。
その時までに、できる限りの準備を整え、情報を集めておいた方が良さそうだ。
俺は遠ざかる英雄の背中を見つめ、そう思った。
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