夕食後は皆で大浴場のお風呂に入り、女の子同士で背中の洗いっこをした。
お風呂上りは美味しいジュースを飲んで、みんなでお話をしたり旅の話を聞かせたり。
「一緒にねんねしよう。マリカ姉」
「トントンして」「おうたうたって」
「うん、いいよ」
甘えて来るジャックやリュウ、ギルやシュウたちを寝かしつけて。
久しぶりののんびりとした時間をを過ごした後。
「チビ共寝たか?」
「うん。寝たよ」
私は気持ちを切り替えた。
ここからは多分、のほほんとしていられない、できない。真剣勝負が待っている。
「『精霊神』お二人はアルが見つけて捕まえてくれています」
「ありがとう。見失うと私じゃ見つけられなくて」
「じゃあ行くぞ」
迎えに来てくれたリオンとフェイ、そしてアルと一緒に私は部屋を出て、地下への階段を下って行った。
アルケディウスから戻って来たリオン達に、私は宝物庫で見つけた謎の扉の話をしたのだ。
フェイも、アルも。そしてリオンも知らない。見た事が無いという不思議な扉。
それを調べる為に私達は地下へ向かっている。
エルフィリーネは勿論側にいるし、二匹の精霊獣。いや『精霊神』達も観念したようにアルの腕の中であっちとそっちを向いていた。
彼らに聞かせる意味合いも込めて、
「ねえ、フェイ。アル。あの宝物庫に扉なんて無かったよね?」
以前、一緒に宝物庫に入った二人に聞いてみる。
「オレは覚えてない。多分、無かったと思う」
「ありませんでした。間違いなく。僕の記憶の中にはそんな扉はありません」
アルは不思議なモノを見つける目があるから、隠し扉とかがあれば気付くだろうしフェイは完全な記憶力を持っている。フェイが無いというのなら間違いなく無い、もしくは無かったかのどちらか。
「リオンは、魔王城に戻って来てからは宝物庫に入ったことはありませんでしたか?」
「無いな。
子どもの頃。
本当に最初の最初、この城で王子と呼ばれてた頃には入り浸っていたけれど、そんな扉なんか無かったと思う。見間違いじゃないのか?」
「絶対、絶対、見間違いなんかじゃないもん!」
「エルフィリーネはなんて言ったんだ?」
「それが……」
私はちらりと、エルフィリーネの方を見る。
見た事の無い扉があることに気付いて、
「エルフィリーネ。あそこにある扉、何?」
と聞いた返事は
「マリカ様には、そこに扉が見えるのですか?」
だ。ニッコリ笑ってそれ以上の事は本当に、一言も話してくれなかった。
まるで私には扉など見えません、という様に。
でも、見えているのは解る。絶対。
だって本当に見えていなかったり、扉が無かったら彼女ははっきりとそう言う。
言わない、という事は言えない、という事。
嘘を言わない。
言えない事は沈黙する。それが『精霊』だ。
因みに扉は触っても開かなかった。
開けられなかった、が正しい。
引き戸でも押す扉でも無く、そもそも手をかける所も無い。
今の所、壁に扉の絵が描いてあるような印象だ。
宝物庫の前に立ち、扉を開けて貰う。
と、同時
「わっ!」
花火みたいに、部屋中が煌めいた。
まるでシャンデリアの輝きのような、星をまき散らしたかのような。
「アルフィリーガの帰還を、皆喜んでいるのですわ」
エルフィリーネが薄く笑った多分、言葉の通り。
部屋の中にいた精霊達が喜んで、リオンを出迎えたのだと思う。
「皆、すまない。迷惑を……いや、心配をかけたな」
部屋中にぐるりと首を廻し、一人ひとりの精霊に話しかけるようにリオンは微笑む。
リオンが昔、まだその正体を私達に隠していた頃、宝物庫に来るのを上手に避けていたことを思い出す。
リオンに話しかけられる度、嬉しそうに輝く道具達。
……これは確かに。
一緒に来るわけにはいかなかっただろう。
「それで、扉というのは?」
「ほら、あそこ!」
宝物庫に入ってまっすぐ前。
最奥の祭壇のさらに奥に、さっき私が見たもモノと同じ扉が見える。
「皆に、見える? もしかして私にしか、見えないモノ?」
私は胸いっぱいに広がる闇のような不安を三人に叩き付けてしまたけれど
「いや、見えるな。黒い扉が見える」
「触れる? 開けられる?」
「ん……無理だな。見えるけど触れない」
「なんとなく、何かが有るような気がしますが僕には軽い靄のようなものが見えるだけで、はっきり形は見えません」
「穴? 普通に見てるとただの壁。でも、そこに何か有ると思えば穴が見える。触ったら落っこちそうだ」
三人とも違う見方のようだけれど、そこに何かがあるのは間違いなく、感じてくれているようだ。
「アーレリオス様、ラスサデーニア様。あれ、なんですか?」
『何故、我らに聞く?」
『そこの守護精霊に聞けば良いよ』
アルの腕の中でも、ムスッと呟くアーレリオス様とラスサデーニア様。
人間だったら頬を膨らませて拗ねているのだろうけれど、遠慮はしない。
「だって、エルフィリーネの答えは解ってますから」
『言えない。言う権限が無い』
だ。間違いなく。
『なれば、我らの答えも同じだと解るであろう?』
「解ってますけど、『知らない』と『言えない』は違うんですよ」
『なに?』
「お二方の反応を見て、『知らない』じゃなくて『言えない』なのは解りました。
お二方、いいえ。『精霊神』様とこの城が何か関係あるって事も。
エルフィリーネとも知り合いなんですよね?」
二匹の精霊獣の間にピンと緊張が走る。
魔王城二度目のアーレリオス様と違い、ラス様はこの城に来るのは始めての筈。
でもまだ紹介して無いのに、エルフィリーネを守護精霊と呼ぶ。お互いに精霊同士で感応し合うとか、理由は付けられるかもしれないけど、そんな言い訳より元から知り合いと言う方が納得できる。
他の城や精霊の事。
『知らない』という事も出来た筈だけれど、アーレリオス様の答えは『エルフィリーネと同じ』つまりは『権限がない』だ。
私達にとって『神』や『精霊神』の関係を知る方法は少ない。
唯一の方法は『聖典』であったけれど、『精霊神』にとっては『聖典』は名誉棄損ものの嘘まみれだという。
これで少なくともただ『神』と『星』と『精霊神』にはエルフィリーネを加えて、知り合いで何か秘密、関係があることは解った。
「別に、今すぐに『星』や『精霊神』様達の秘密を、なんては言いません。でも、これだけは教えて頂けますか?」
『……なんだ?』
「お二方、いいえ、『精霊神』様達は『神』の味方、私達の敵、では無いですよね」
『ああ、それは無い。『星』と『神』。どちらかに力を貸すかと言えば間違いなく『星』になる』
返事は即答。なら、焦る必要はない。
「なら、いつか、私達が、答えを知るに相応しい力を付けたら、教えて頂けますか?」
アルの手から抜け出したラスサデーニア様(の精霊獣)はくりくりした可愛らしい目で私を見つめながら頷いた。
『ああ、その時にはちゃんと全てを話すよ。
僕らは話したくない、訳じゃないんだ』
「ありがとうございます」
その視線の先に本体の姿が見える様な気がする。
神話のような、別世界の住人ではきっとない、親しみやすい優しさを持つ『精霊神』
不思議な扉の秘密は解らなくても、その言質が得られたのなら今は十分だ。ということにしておこう。
「どうする、マリカ? あの扉について調べるのか?」
「今回は止めておく。あれって多分、入る資格があるのかの試験みたいなものだと思うの」
アルが聞いて来るけど、私は首を横に振った。
あの奥には多分、この城や『精霊』に関する秘奥がある。
最初から、答えは用意されていて、私達を待っているのだ。
私と(多分)リオンにはまだ正当に入る力が足りず、フェイは資格そのものが無い?
アルはそういうの吹っ飛ばして能力で入れる可能性があるけれど、かなり危険とかきっとそんな感じ。
「もし、下手に触ってダンジョンに落っこちた。攻略するまで外に出られない。
なんて事になったら目もあてられないから。入る時にはちゃんと準備を整えて来よう」
「解った」
これからこまめに来て時々、扉がどうなってるか確かめてみよう。私はそう思いながら宝物庫を出た。
ガシャン!
何かが落ちる音がして、私達は振りかえる。
床の上を見れば二匹の精霊獣と何かが?
「ラス様、アーレリオス様、何しておいでなんです?
あれ? 綺麗な板。黒水晶か何かです? こんなものありましたっけ?」
『すまぬ、間違えて箱を引っ掛けて落してしまってな。
壊れてはいないと思うが』
「あ、これ、エルフィリーネが触るなって言ってた箱?」
「お気になさらず。片付けて置きますわ」
手早くエルフィリーネは私が触れるより早く、それを片付けてしまった。
だから、私は気付かなかったのだ。
あの板に感じた不思議な既視感にも。
『……『星』はまだ、あんなものをもっててくれたんだ』
『忘れぬ、為であろうな。
我らも、彼女も、やはり忘れる訳にはいかぬのだ。『子ども達』を本当の意味で守っていく為には』
二人の『精霊神』達の懐かしくも寂しそうな眼差しにも。
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