いつもながら、精霊関係の事は理解が追いつかない事が多い。
「ちょっと待って、七つの王? ってことは魔術師の杖の王って、七人いるの?」
私の確認に水の精霊石の分身は頷く様に小さく光を放った。
『肯定。七国に一人ずつ与えられています。
但し、魔術師を必要としなくなった。魔術師の杖に相応しくない者が主になった。
正しい継承が行われないまま主を失った、などの理由で完全に主を失った精霊石は、『星』の御意志により。
魔王城の宝物庫に戻ります。その場合に記憶や存在意義の定義が一部、消える事があるのかもしれません』
なんだか爆弾発言。
私達の視線は自然にフェイと彼がもつ杖、シュルーストラムに向く。
「……シュルーストラム。覚えていますか?」
『……変な表現になるが『記憶にない』』
淡い映像の彼は、主の確認に、はっきりと首を横に振る。
『今の私の意識は『神』の降臨から、暫くの後、魔王城の宝物庫で目覚めたところから始まっている。
それから代々……フェイの前に四人の『精霊国』の魔術師に仕えて、精霊国の魔術師の杖であることが当たり前であったからな。
国を出た事など数える程しかない』
「アーグストラムやフォルトシュトラムは?」
『アーグストラムは自らの特性を生かし、他国の情勢を知る為に世に放たれた言わば間諜役の魔術師の杖であった。あやつの方が外世の事については多分詳しいだろう。
フォルトシュトラムは魔術戦士の杖で、『魔王』との最終決戦とも呼べる戦いの中、姿を消した。
壊れた訳では無いと思うが、以降行方は知れぬ』
「じゃあ、敵の手に落ちている可能性もあるってことだね」
『アヤツが簡単に敵に操られたりするとは思えんが』
炎の精霊石だけあって、かなり強烈な性格の精霊石らしい。
「以前、ラス様が『王杓があれば魔術が使える』って言ってたのはそう言う事かな? 各国の王杓が『王の精霊石』?」
「その可能性はあると思いますね。地と火の精霊石は魔王城に戻っている。水の精霊石は国に。
アルケディウスに戻ったら、アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子に確認してみた方がいいかもしれません」
「ヴェートリッヒ皇子が精霊神様に貰ったブレスレットが『夜の王の精霊石』だったりするのかもね」
閑話休題。
「で、貴方は? 私達に力を貸してくれるの?」
『肯定。我らが力の主『精霊神』オーシェアーンと『星』の名において、水の権能を授ける為に派遣されました。私を取り込む事で水の精霊への影響力が高まり、術を効果的に発揮する事が出来ます』
「なるほど、だから魔術師に渡せ、なんですね。アーヴェントルクでナハト様が『精霊神』様達に渡した力よりは少し小さめ。
術に特化したものなのかもしれませんが、これを使う事で今までは、流動する者という流れから命令を届けていた『水』により具体的に介入できるようになるのかもしれません」
私達が水の力を使いやすくなるように力を分けて下さったのか。水の『精霊神』様は。
「シュルーストラム」
『あ、ああ……。
マリカ。指輪を填め、心の中で願う感じでいい。私に水の力を与える、と許可を出してくれ』
「解った」
私が指輪を填めて、念じるとフェイが手を当てた石の中央の水晶からスーッと水色の光が移動した。
彼の身体に、身体から杖に。吸い込まれるように消えていく。
そしてシュルーストラムの杖に、淡い同色の光が宿った。
「どうです?」
『悪くない。
確かに色々な事が理解できるようになって、『水』」に言葉が通じやすくなったと感じる。
何ができるようになったかは、後で確認してから伝えよう』
人間が目を閉じて思考を巡らせるように、シュルーストラムも内側を確しかめているようだ。
ここは部屋の中だから水らしい水は置いてないしね。
「良かった、ってしまったあ!」
「どうした?」
「どうせならさっきの精霊石ちゃんにもう少し色々聞けば良かった」
私達の知らない情報を聞けたかもしれない。
七つの王の話とか。水の国の事とか。
『私には制限がかけられています。さほどお役には立てないと思いますが』
「あれ? まだ生きてた?」
『肯定。食べられずに済んだようです』
私の独り言のような愚痴に水の石はまたチカチカと明滅して反応してくれた。
食べられず、というのは冗談だろうか?
ちょっと微笑ましい気持ちになる。
『能力を複製して取り込んだだけだからな。属性の違う精霊石の人格をそのまま取り込むのは危険でもある』
「そうなんだ? そういうことができる?」
『今回の場合は、その精霊石の持つ『水の精霊への命令方法』を複製して、覚えたという表現が近いだろう。本来なら厳重に封じられているものだが『水の精霊神』が制限を限定的に解除しているので私には複製学習が許可された』
「私には、ってことは他の人には無理?」
『肯定。私の主として登録されたマリカ様と、マリカ様が許可した方のみ複製が可能です。
複製制限有り。最大三回まで』
「三回複製した後、君は消えますか?」
最後の質問はフェイだ。
『否定、マリカ様の指にある限り、気力を勝手に補充します。
気力の供給がなされなくなれば、もしくはマリカ様が命令すれば、機能は停止しますが、そうでなければこのまま側でお仕えします』
「お仕えってことは、私も水の精霊術、使えるようになる?」
『肯定。元々、マリカ様の要請を断る『精霊』は存在しませんが、私を通し、水の精霊に話しかければ、精霊達はウキウキルンルンで寄って来て力を貸すでしょう』
「ウキウキルンルンって……」
機械的な話し方の割になんかお茶目な精霊石ちゃんだ。
でもちょっと嬉しいかも。アイテムと心を通わせ会話するって、ロマンだから。
カレドナイトの指輪や、魔王城の剣はおしゃべりしなかったし。
「カレドナイトとも喧嘩せず、上手くなじんでる。……いい土産を貰ったな、マリカ」
「うん、そうだね。今度会えたら、水の『精霊神』様にもちゃんとお礼を言おう」
今まで弱かった水の力を強化して貰い、私自身にも守りの力を得た。
カレドナイトの指輪は大聖都の儀式の時にも、力を高めるからって取りあげられずにすんだアイテムだ。いい護衛ができたと思う。
「貴方は、人の容を取ったりすることはできる?」
「否定。そこまでの機能はありません。意思疎通を円滑にする為の言語機能と、水の精霊達への伝達能力。そして能力への複製管理の他に所有しているのは限定的、かつ基本的な知識のみです」
「マリカ以外の人が所有した時には?」
『そもそも、このカレドナイトの指輪が、マリカ様以外の存在の所有を拒否します。指につけず使用しようとしても能力は発動できません。強制的に使用した場合自壊します』
「なら、安心ですね」
「自壊なんてことはさせないように気を付けるけど。じゃあ、これからもよろしくね。
リカちゃん」
『リカチャン。それは私の認識名称でしょうか?』
「そう。リーキルシュトラム、だっけ。本体の『水の王』。だから可愛くリカちゃん。
どうかな?」
『リカチャン、リカチャン。……はい、登録しました。
リカチャン。今後、私に御用がある才には認識名称を最初にお呼びください』
「あ、しまった。リカチャンで登録されちゃった? リカが名前でちゃんは尊称みたいなものだっんだけど」
「肯定。私は『リカチャン』です」
リカチャン、リカチャン、と明滅を繰り返す精霊石。
嬉しいのかな? 喜んでいるみたいだし、まあいいか。
「マリカを守る手段ができたのは良い事です。ですが、ちょっと気がかりですね」
「何が?」
シュルーストラムと一緒に、なんだかフェイが考えこんでいる。
シュルーストラムに至っては能力の複製が終わってから一言も言葉を発していない。
「水の王はフリュッスカイトに。
では、風の王は本来はシュトルムスルフトに、と言う事だったのではないでしょうか?
何かのきっかけで王が持つべき王の精霊石が、国を離れ精霊国の魔術師に継承された。
その経緯によってはシュトルムスルフトが、風の王の精霊石を返せ、戻せと言って来る可能性があるのではないか、と思っています」
「あ、そうか。それに次の訪問国は……」
「シュトルムスルフトだ。ヒンメルヴェルエクトとどっちに先に行くかの話にはなるだろうが……」
「多分、シュトルムスルフトが先になるよ。終わってから国に帰る時間は短い方がいいって言ってたから。あ、そうだ。ミーティラ様」
「なんです?」
私は思い出したようにミーティラ様を見る。
「シュトルムスルフトってどんな国ですか?」
ミーティラ様は火の国、プラーミァの出身。シュトルムスルフトは隣国だ。
「私もそれほどに詳しいわけではありませんが」
そう前置いて、ミーティラ様は話して下さる。
「あまり、パッとしない国、ではあります。
戦も強くありませんし」
というのはいかにも戦士国の見方だけど。
「国の三分の一くらいが砂漠で耕地などが多くないのです。森林地帯の水の多い所とそうでない所がきっぱりと別れている感じですね。
プラーミァとの国境近辺はかなり暑いので砂漠域での夏の戦は毎年大変です」
「そうなんですか? なんだか染色が盛んみたいに聞いていたから、水の多い国の印象でした」
「南の砂漠の砂、鉱石から染料を集め、水の豊富な北で加工していると言った感じでしょうか? 砂漠にも人がまったく住んでいないわけではなく、遊牧や、移動商人の交流拠点のような感じで住んでいる者がいます。
砂漠で育った羊やリャーマの毛は強くて暖かいのです」
そういえば文字もアラブ風だったっけ。
ということはアラビアンナイト的な国?なのかな?
「砂漠では水よりも黒い油が掘れば沸く、と言われていて水は貴重品ですね。
黒い油も、普通の油より火が長持ちすると重宝されることもあるようですが」
「黒い油? まかさか石油?」
「石油とは?」
「うーんと、説明が難しいんだけど、食べられない油。でも色々なことに使えるの」
現代日本では石油製品が周囲に溢れていた。
石油があったからって、直ぐにそれらが再現できる訳では無いけれど、それをどのように活用しているかは興味がある。
「アルケディウスに戻れば以前、プラーミァが貴女に贈った資料があるでしょう。あれにもう少し詳しく書かれていると思いますよ。
近年のことは特に」
「あ、そう言えば頂きましたね」
国に収めてしまったから忘れていた。
帰ったらしっかり確認しよう。
「とりあえず、考えるのは後にしよう。フェイ」
まだ浮かない顔のフェイの背をリオンが叩く。
「各国の『王』の精霊石の現状を調べる。特にプラーミァとエルディランドだな。
二国とも『王』の精霊石の事を気にも止めていなかっただろう?
存在そのものが伝わっていないのかもしれない」
「そう、ですね」
『変な気を廻すな。フェイ。
私がお前との契約を切ることは絶対ない』
「シュルーストラム」
フェイが気にしているのはシュルーストラムを奪われる事、シュルーストラムの魔術師として国に縛られる事。そして何よりシュルーストラムが、フェイを見限って国に戻ってしまうことなのだろう。
『お前は私が選んだ『魔術師』だ。そして、私は『精霊国の魔術師の杖』だ。
揺ぎ無く顔を上げていろ。卑屈な態度は許さん』
でも、そんなフェイの不安を相変わらずの不遜な態度でシュルーストラムは吹き飛ばす。
司る力そのものの強い風で。
本人が『記憶にない』ことを一番気にしていそうだけれど、そんなことをおくびにも出さないあたり王の強さを感じる。
「ありがとうございます。そうですね。
迷い悩むのは止めにします。今は他にやるべきことが沢山ありますからね」
『そうだ。それでいい』
うん、シュトルムスルフト対策と、杖についてのことは後で考えよう。
とりあえず、今は、やるべきことがたくさんある。
問題の先送りでは無く、やるべきことを一つ一つ、丁寧にやっていくことがきっと大事だ。
そうして私達はアルケディウスに帰国した。
たくさんのお土産をもって。
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