廊下での大騒動の後、私達はやっと宿舎として割り当てられた離宮にたどり着いた後、一息つく間も無く国王陛下との謁見の場へと向かうことになった。
王太子殿下は大丈夫と言ってくれたけれど、完全に言質を得るまで女性はあまり表に出ない方がいいということで私の側に付く女性は護衛士のカマラとミーティラ様だけで、後はリオン、フェイ、モドナック様にヴァルとウルクスというメンバーで。
他の人達には部屋の準備などを頼んだ。
「フェイ、大丈夫?」
「大丈夫です。僕は、アルケディウスの文官ですから。
仕事はきっちりとこなしてみせます」
「無理するではないぞ。まだ顔色が悪い。いきなり実の両親だ、王族だなどの話を突き付けられれば無理も無かろうが」
フェイにとって事実上の上司であるモドナック様も案じてそう声をかけて下さったのだけれども
「ありがとうございます。でも、その点を確認する為にも国王陛下との謁見にはなんとしても行きたいのです」
フェイはきっぱりそう言ってのけた。
「マクハーン王太子の言っていることに嘘は無いと思いますが、全て信じられるかと言えば否だと思います。
僕の母親がファイルーズという王女だったとしても、彼女に何があって、僕が生まれたのか、正しく判断する為には情報が必要ですから」
確かに今のところ、フェイの素性については、マクハーン王太子の言い分でしかない。
悪い見方をすれば、アルケディウスの中に使えそうな手駒がいると思って、王太子がでたらめを言っている可能性だって0ではない。
これだけ似た外見だから、その可能性は低いと思うけれど。
フェイは孤児だ。
身元を証明するものを持っていなかったと発見者は言うし、自分の甥だと王太子が認知、主張しても、ご本人が言った通り、外見以外の証拠は何もないのだ。
もしかしたら、大聖都のテロスのところにフェイの母親らしき人が置いていったという飾りに何があるかもしれないけれど、今は確かめに行っている余裕はない。
少なくとも、国王陛下が孫にあたるフェイをどういう位置に置くかは確かめないといけないね。確かに。
「無理はしないでね。何があっても、私もみんなもフェイの味方だよ」
「心配するな。お前が望まないことは絶対にさせないから」
「ありがとうございます」
リオンを始めとする随員達の優しさに包まれて、フェイも少し元気を取り戻したようだった。
離宮を出て、王城のメイン区画までけっこう歩く。
王宮って移動距離が長いんだよね。かれこれ五分以上歩かされた私達は精緻な彫刻が施されたマホガニーの扉の前で立ち止まる。
「アルケディウス皇女 マリカ様、お付きでございます」
ゆっくりと扉が開くと小さな体育館くらいはありそうな広間が目に前に広がった。
白とクリーム色を基調とした明るい壁、窓と煌びやかなシャンデリアで、もう二の刻もかなり過ぎているのに部屋は昼間のように明るい。
天井はドーム状になっていて、装飾がきめ細やかに施されている。白地に差し色の金と青が眩しい。
灯りは魔法の光、じゃないな。水密蝋と言っていた最高級品の蝋燭が惜しげもなく使われているのだろうと解る。
床は毛足の短い絨毯。でも相当に広い部屋なのに全く継ぎ目の見えない、しかも白地に水色と金でオダリクス模様の刺繍が施されていて踏むのが怖いくらいに綺麗だ。
両脇には大貴族と思われる人々がずらりと並んでいた。
皆、白やクリーム色のコートを纏って髪布を被っている。
真正面の席に座す、国王陛下も同じような服装だ。その隣には淡い紫の布に包まった多分女性。マスクのようなもので顔を隠しているけれど、側にマクハーン王太子がいるから、きっと王妃様だと思う。
ちなみにシャッハラール王子は両脇の大貴族達、その最前列にいる。
案内の人に促され、私は国王陛下の前で静かにお辞儀をした。
「エル・トゥルヴィゼクス。
お久しぶりでございます。シュトルムスルフトの国王陛下、王妃様。
アルケディウスの皇女 マリカにございます。
この度はお招き頂きありがとうございます」
「うむ。よくおいで下さった」
太く、良く響くテノール。
シュトルムスルフト国イムライード様と正王妃アズムラクァ様とは、今年の初め、大聖都でほんの少しだけ顔をお合わせした。
あの時は普通の共通衣装と呼ばれる中世風のチュニックやドレスだったけれど、今回は正しく中東イメージの民族衣装だ。
どちらも頭を布で隠しているのでよく見えないけれど確か、国王陛下が黒髪、黒い瞳。
お父様のような顎髭を蓄えている。
王妃様が銀髪で紫の瞳だった筈だ。
「この一年、いつ姫君がおいでになるか、この国に、精霊の恵みがいつ戻るかと待ち続けていた。
隣国プラーミァは真っ先に祝福を賜ったというのに、我が国にはと、恨みに思ったこともあったのだ」
「申し訳ございません。お待たせしてしまった分、全力で努めさせて頂きたいと存じます」
いっぱい待たせてしまったからちょっと恨みがましく言われても仕方がない。
膝は折らないけれど、頭は下げて謝罪した。
でも、その分、各国で見つけてきた調味料なども使えるようになったし、残していくレシピの質は上がっていると思う。
「いや、しかし待ったかいはあったというものだ。姫君は我が国に、待ち望んでいた『精霊の恵み』を連れ戻して下さったのだから」
「え?」
「感謝を込めて姫君には、シュトルムスルフト滞在中、王族男性に準ずる自由な立場をお約束する。それだけの価値が貴女とファイルーズの子にはあるのだから」
「ファイルーズの子? フェイ、ですか?」
ところが国王陛下の反応はなんか私の予想の斜め上。
上機嫌で私の後ろに控えるフェイを見ている。
フェイの表情は厳しい。さっきまでのマクハーン王太子との会見とは全く違う。
油断のない、警戒を宿した目をしている。
「いかにも。皇女がお連れ下さったのは正しくシュトルムスルフトの宝にして『精霊神の花嫁』の息子。
それはすなわち真実の『七精霊の子』。
我が国に帰ってきた『精霊の恵み』である」
「ちょ、ちょっと待って下さい。国王陛下?」
「我が魔術師も告げている。その者は我が国に失われた『精霊の恵み』を齎す神の子であると」
「父上!」
止めようとする王太子様の声も聞く耳持たず。
にやりと国王陛下が見せる笑みにはどす黒いものが見える。
ヤバい。この王様、色々とヤバい人だ。
「私はここに宣言する。ファイルーズの子 フェイをシュトルムスルフトに迎え入れ『王の子』としての地位と待遇を与えると。
そしてアルケディウス皇女マリカ姫の『婚約者』とし、両国の絆の証とすることを!」
「な、なんですと~~~????」
「父上! 一体何をおっしゃるのですか?」
マクハーン王太子も驚愕の表情で父王を見ている。
正王妃様も、控える大貴族達も。
シャッハラール王子でさえ。っていうか、この大広間で驚いていない人はいないくらいの喧騒が場を支配した。
「お断りします!」
けれど、その中でただ一人、フェイは。
フェイだけは唇を嚙みしめたまま、真っすぐに国王陛下を睨みつけていたのだった。
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