私の大祭三日目、舞踏会の記憶はアルケディウスの神官長の脅迫に、応えようとしたところで止まっている。
で、目が覚めたらそこは、私の部屋ではなく、見知らぬ寝床。見知らぬ部屋。
でも、ここがどこかは知っている。
前にも借りた、王宮の客用寝室だ。
以前『神』の降臨があった時に、バタンキュして。
その時に寝かされていた部屋と同じである。
そして、状況もほぼ同じ。
なんだか、まだぼんやりとする頭で横を見れば
「マリカ! 気が付きましたか?」
お母様が心配そうな顔で私を見つめていた。
「あ…お母様…。私は…? 舞踏会は…?」
「舞踏会で『精霊神』の降臨があったのです。
その後大騒ぎがありましたが、とりあえず舞踏会は終了。
今は、大祭明けの昼過ぎです…」
『精霊神』の降臨…。
そう言えば、夢の中でラスさま達に謝られたような気がする。
『悪い。君の身体と力を勝手に借りたよ。
どうにも、腹に据えかねて我慢ができなかったんだ。
まったく。あんなのを野放しにするなんて『神』は何を考えているんだ!』
『色々とやらかした故、都合が悪い事が起きるやもしれん。
その時は全部『精霊神』のせい、と言っておけ。
知らぬ、存ぜぬで押し通せ』
「え? 何があったんです?」
そう聞いても答えてはくれなかった。
…何か、やらかしがあったのは、間違いのない事実なんだけど…。
「あ! 子ども達は? ペトロザウルは? あの後はどうなったんですか!!」
思い出した。
ペトロザウスが私に、子ども達の命を盾にして神殿への出仕、従属を迫ったのだ。
で、私は答えようとしたけれどそこで記憶が途切れた。
子ども達は、神殿に連れ戻されてしまったのだろうか?
「子ども達の事は、心配いりません。
ペトロザウルは現在軟禁拘束治療中。
そのスキに王宮にいた二人と、神殿に使われていた六人の子ども達は皇子が保護して孤児院に預けてあります。
神殿が返却を求めて来ても、応じないから心配しないで」
「良かった…。ありがとうございます。…ってアレ?」
お母様の言葉にホッとしたのもつかの間。
私の頭には疑問符が浮かぶ。
「拘束監禁 治療中? ペトロザウルは不老不死者でしょう?
何を治療する、というのですか?」
「………『精霊神』降臨の時に、怪我をしたので。
もはや、彼は不老不死者ではないのです」
「え?」
「貴女への無礼と『精霊神』への不興。
その罰を受け、ペトロザウルは不老不死を解かれました。
現在、大聖都に早馬を送り、大神殿の神官長、その裁可を待っているところです」
「えええっ!!」
大衆の面前で私に憑依してやらかすくらい、ペトロザウルが『精霊神』様の逆鱗に触れたのは解った。
でも、不老不死を解除するまでとは。
というか、できたんだ。
『精霊神』様達、不老不死解除。
フェイは受け入れる側の同意と安静、時間がいると言ってたけど、『精霊神』様なら即座にできるのかな?。
「正直に言えばアルケディウスの上層部は、平静こそ装っていますがパニック状態です。
今まで伝説にしか過ぎなかった『精霊神』が目の前に降臨。
あげくの果てに、不老不死が目の前で解かれるのを舞踏会に参加した全ての者が見たのですから。
口止めは一応しましたが、情報漏えいを防ぐのは不可能だと思います」
「それが…『精霊神』様がおっしゃっていた色々と面倒な事、なのでしょうか?」
「! 『精霊神』様のお言葉を賜ったのですか? 何と? あの後、精霊獣達は皇王陛下や皇子達が声をかけても一切反応せず眠りについたままなのです」
「えーっと、確か」
顔色を変えたお母様に夢うつつの中の伝言を伝える。
「全ては『精霊神』のお力、知らぬ存ぜぬで押し通せ…ですか。
それしか無いでしょうね」
「実際、私は今回、何にもしてませんから。
『精霊神』様がしたことで、私は多分、この世界に力を発揮する為の依代になっただけです」
「そうね。『精霊神』を依り付かせ降臨させることができる、というだけで大騒ぎにはなりますが、不老不死を解除したのも『精霊神』のお力であって貴女の力では無いわね?」
「はい。真実の『能力』であっても、私にはそんな力はないですから。
私個人は人の不老不死に関わる事などできませんし、やりませんよ」
いずれは不老不死を解除したいとは思うけれど、それはある程度環境整備ができてからの話だ。
今の状況ではパニックになって自殺とか、そういう未来しか見えない。
「それなら、皆も安堵するでしょう。そして貴女が精霊獣を従えている限り、同じような脅迫をしてくる愚か者もいなくなる筈です。
『精霊神』の不興を買えば不老不死を解かれるかもしれない。それは今代を生きる不老不死者達には何より怖い筈ですから…」
「ですよね」
私としては、同じように子どもを使って脅迫してなんて人が出られたら困るから『精霊神』様が威嚇して下さるならそれはそれでいいと思う。
『聖なる乙女』として色々言われるのは今更だし。
大神殿の反応が心配ではあるけれど、『精霊神』様って聖典でも『大神』に従うばかりの存在じゃなかったんだよね。
だから、そんなに違和感もないんじゃないかと思うしね。
「マリカ 目覚めたばかりで無理させるのは可哀想ですが、動けますか?
皇王陛下達が、今後について話があると言っています」
「少し怠いですが多分、気遣って下さったんだと思います。
『神』の降臨の時ほどではありません」
「では、陛下達に先ぶれを遣わします。
側近達も呼びますので着替えて待っているように。
それまではもう少し休みなさい」
「はい。…後で、孤児院の方を見に行ってもいいですか?」
「来週にはアーヴェントルクへ出発ですから、その前に時間を取ります。それで我慢しなさい」
「解りました」
テキパキとした指示を下さった後、お母様は、フッ…と雪が解けるような優しい笑みを浮かべ
「貴女が無事で、良かったわ。
正式な婚約承認は先送りになってしまったけれど、それはまた、機会がありますからね」
私の頭を撫でると部屋を出ていかれた。
そっか、婚約は先送りになっちゃったか。
ちょっと…残念。
私はもう一度、目を閉じた。
まあ、リオンとは心が通じているし、大丈夫、だよね…。
私はどうやら爆睡してたらしい。
側近たちが準備し、部屋に入ってくるまでほんの僅かな時間だったのに。
やっぱり疲れていたのかな?
その後は皇王陛下やお父様、皇族立会いの下で事情の報告をし館に戻った。
来週にはアーヴァントルクに出立しなければならない。
今回は1カ国だけだから前程ではないけれど、準備その他はしっかりとしないと。
山なす仕事に忙殺された私は気付かなかった。
先の『神』、そして今回の『精霊神』の降臨で、私の立ち位置が大きく変わってしまっていた事に。
大聖都から大神官がやってくるまで。
私が『神殿長』に任じられることになるまで。
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