メイプルシロップならぬカエラ糖の採集事情を視察して、戻った昼餐は王宮で新しい食の報告会が行われることになっていた。
森に視察は不参加だった代わりに貴族区画に新設予定の酒蔵の視察に行っている第二皇子トレランス様も加わり、新年からのアルケディウスの事業展開についてかなり突っ込んだ話がされる予定だ。
加えて、皇王陛下から
「マリカ。もし可能であればティラトリーツェ出産の際に妃が食した『チョコレート』なるものを用意してはくれぬか?」
とのご提案もあった。
「稀なる美味を、プラーミァからの材料を預かり委託を受けて、其方が作っていると聞いた。
物を確認したい。
今後継続して依頼を受けるとなれば、ベフェルティルング、いやプラーミァともそれなりの契約を結ばねばなるまい?」
「かしこまりました」
陛下がおっしゃることは文句の言い様も無く正しい。
チョコレートの価値を知った今、増える事はあっても依頼が多分減ることは無い。
最終的には作り方を教えてあちらで作って貰うようにするにしても、作るのにとんでもなく手間がかかるし一番美味しく作れるのは当面アルケディウスになるだろうから。
国と国同士の重要武器となる、『食』のやり取りを最高権力者抜きで進めて良い話でもない。
チョコレートは、食事のデザートには少し乱暴だけど仕方ない。
この国の三人の皇子揃い踏み、プラス皇王陛下御臨席の昼餐は、事実上のトップ会談だ。
ザーフトラク様と一緒に四人分の料理をすることになった。
メニューはオニオングラタンスープと、鳥のメイプルシロップ煮込みがメイン。
デザートはチョコレートの盛り合わせ。
「…まったく、次から次へと思いもよらぬものを出して来る…。
其方の知識の泉は、一体どこから湧いてくるのだ?」
チョコレートとメイプルシロップに目を剥いたザーフトラク様は私の庇護者で甘いけれど、その瞳には胡乱なものが宿っている。
…まあ、いい加減誤魔化すのも限界、だよね。
「その点についても、お父様から多分、今回の宴席で多分、ご説明があると思います」
私は視察前の皇子との会話を思い出していた。
「多分、皇王陛下は皇王妃様からお前の出産現場での話を聞いたに違いない。
チョコレートの指示は、意思表示だ。
視察の後の昼餐でお前の知識の出所を確認しにくる可能性がある」
「どうしましょう…。
ティラトリーツェ様に問い詰められて以降、他の方々にも不審に思われている。なんとかしなければならない。とは思っていたのですが…」
正直、良いプランが思いつかない。
真実を告げてもいいティラトリーツェ様はまだ対応が楽だった。
ガルフ達は元魔王、店の従業員たちは皇女の教育、で納得してくれている。
でも、とりあえず見なかったことにしてくれた兄王様と違い、皇陛下や皇子様達とはこれからも日常で付き合っていく。
下手な一時しのぎは通用しない。
暫く顎鬚を撫でていたライオット皇子は、ふむ、と何かを決めたのか顔を上げて私を見た。
「いい機会だ。
今後の子ども達の保護を的確に進めていく為にも、子ども達の能力と、お前の知識について父上と兄上達に知らせておくか」
「…能力についてはともかく、私の知識も…ですか?
異世界転生者の話を、皇王陛下はともかく兄皇子様達にも?」
皇子のお言葉とはいえ、ちょっと怖い、と思う私に
「いいや」
皇子は頭を横に振る。
「全ての真実を知らせる必要はない。
相手が納得すればそれでいいんだからな。まあ、こういう腹芸は俺に任せておけ。
その代り、チョコレートの説明や、子ども達の保護の重要性はお前の情熱に任せる」
ぐしゃぐしゃ、と大きな手で私の頭を撫でる皇子の手の暖かさに、私は信頼に応えたいと心から思う。
こう見えてもアドリブは得意なつもりだ。
人間相手の仕事は思い通りになんてなかなか進んではくれないのだから。
臨機応変塞翁が馬。
行き当たりばったりとも言うけれど。
「解りました。よろしくお願いします。お父様」
宴会はいつも通り、好評かつ表面上にこやかに進んでいた。
私もいつも通り、給仕とビール注ぎで待機中。
事業の説明があるので、給仕役をするザーフトラク様と側に控えるタートザッヘ様、ソレルティア様以外は室内にはいない。
護衛騎士さんも外に出されている。
「ライオット。赤子の様子はどうだ?」
「おかげさまで、順調ですが賑やかです。
双子ですからね、ティラトリーツェも授乳で落ちつく間も無い様子。
もう床から上がり、普通の生活を送っておりますので一月もすれば子と共にご挨拶にも上がれるかと」
「赤子など見るのは本当にお前の生誕以来の気がする。
どんな様子だ? ライオット」
「産まれて数日は顔がくしゃくしゃで真っ赤で、アッフェのようでしたが今はもう、だいぶ人らしくなってきた気がしますね」
「…お前が生まれた時は本当に赤ら顔のアッフェにしか見えなかった。親子だということなのだろう?」
「ライオットやその子だから、ではない。赤子、とは皆、そういうものなのだ。お前達だって似たものであったぞ。ケントニス、トレランス」
「父上…」
アルケディウス三人の皇子。
仲は決して良くは無いと聞くが、こうしてみるとそうでもないように思うのは私の願望だろうか?
新しい食をきっかけに、いくらか兄弟らしい会話が交わせるようになったと皇子は以前言っていた。
哀しいすれ違いもあったけれど、赤ちゃんの誕生も一つのきっかけになって皇王家が一つに纏まればいいなあ、ともちょっと思う。
「新しい酒蔵の稼働準備は順調です。
銅の大釜の作成が予定より遅れておりますが、鍛冶ギルドは久しぶりの大仕事と意気が上がっている様子。
また、大祭後から貴族を含む有望な数名をエクトール蔵に研修生として派遣し、酒造方法を学ばせております。
一回分の醸造を体験し全体の流れも掴めて来たとのことです」
「大貴族家からの第一陣の料理研修生たちの方も、技能検定とかいう試験の四級、三級を突破する者が出て来た。
二級突破者はプラーミァの女性を含めて五名。
新年を前に冬で、仕事が減り退屈している貴族区画の関係者を対象に新しい食の試験店舗を出す予定で準備を進めている。
ゲシュマック商会の方も滞りないな? マリカ」
「は、はい!」
ケントニス様にいきなり振られてちょっと驚いたけど、ちゃんと用意はできてる。
無問題だ。
「指導員と、食材を回す手配は済んでおります。
料理の献立はゲシュマック商会の本店とほぼ同じ、金額も貴族区画に出す事や試験店舗であることも相殺してほぼ同額にできるかと」
「いい返事だ。
お前は皇女、として王宮に入っても国の事業に携わる者として働かなければならない。
食の事業を指揮する私の手足となり、しっかり働け」
「はい。伯父上のご期待に沿えるように全力で務めさせていただきます」
「あまり無理させるではないぞ。ケントニス」
苦笑いしながらも『お祖父様』が釘を刺して下さるのはありがたい。
私は新年に、皇女として皇家に迎えて頂く事になっているけれど、第三皇子の妾腹の設定だから地位としてはそんなに高くはない筈。
国の事業の役に立つ娘を、取り込む為という側面の方が大きいのだと思う。
食の事業の為、子ども達の地位向上の為、働く事に異論はない。
ブラック上司の下で働くのは気が進まないけど、今度はただ使われるだけの立場じゃない。
きっちり働き方改革はしていくつもりだ。
でないと、後に続く子ども達が苦しむことになる…。
最初が肝心。
ここからが勝負。私は大きく深呼吸した。
「デザートはチョコレートの盛り合わせと、チョコチップ入りパウンドケーキにございます」
純白の皿に盛られた黒茶の物体に皇子二人が怪訝そうに眼を瞬かせる。
「チョコレート?」
「随分と黒いが…食べられる物なのか? デザートとして出されたものであるのなら…甘味?」
「ほう、これが其方しか作れぬという噂の品か…」
一方で皇王陛下は興味深げに小さなチョコレートを摘むとぱくりと、毒見も待たず口に入れた。
「うーむ、噂にたがわぬ美味。これはベフェルティルングが執着するも理解できる」
「父上?」
「其方らも食して見るがいい。驚きが待っているぞ」
父王に促されれば兄皇子様達も断る理由が見つけられない。
言われるままにチョコレートを口に含み
「な、なんだ? これは!!」
驚嘆に顔を見合わせた。
「プラーミァ王国特産 カカオ豆より作りました菓子、チョコレートにございます」
「…プラーミァの材料から作った菓子…? これはマリカしか作れぬ…と?」
「マリカ…其方は、一体…」
二人の皇子が私を見る目が変わる。
チョコレートの味を好んでいない、訳ではない。
むしろ、喜び、好み、だからこそ、驚いている。
こんなものを他国の食材がら作れる私を理解できないと怪しんでいる。
今までの料理とかだったら言い逃れの道が無くも無かったけれど、これはもうどうしようもなくおかしい。
「そんなに変な目で、俺の娘を見ないでやってくれないか? 兄上」
カタンと音を立てて立ち上がると、ライオット皇子は私を庇う様に背中の後ろにやった。
だが、逆に追及するようにケントニス皇子は椅子を蹴り私に一歩を踏み込んで来る。
「黙れ! 思い返せば変な話だ。
今までの料理についての知識はまあ、料理については商いをするゲシュマック商会の使用人の教育と、まあ納得できなくも無い。
しかし、このチョコレートがマリカしか作れぬというのはおかしい。
異国の素材だぞ?
さらに考えてみれば、花の香りのする水、カエラの木から砂糖取り出す方法、発酵について。
見知らぬ知識はいつもこの娘から出て来る。
何故、この子どもが、大人も知らぬそんな知識を持っているのだ? 説明しろ! ライオット!」
「『子ども』だから、だ。兄上」
「なんだと!」
私を庇い立つライオット皇子とケントニス皇子。
「落ちつけ、ケントニス。まずはライオットの話を聞いてからだ」
「父上…」
その間に割って入って下さったのはやはり皇王陛下だった。
「ライオット。私がマリカにチョコレートを出せ、と命じた時点で聡い其方らの事だ。
解っていような?」
「御意。マリカにもこの場で話をすると伝えてあります」
「うむ。儂はマリカを気に入っている。皇女として迎えるも否では無い。
むしろ楽しみな程だ。
故にこそ、疑問ははっきりとさせておきたい」
優しい口調で私達に気遣う様に声をかけて下さる皇王陛下。
けれど、そこにはこの場で納得する理由を聞かせよ。という意志が見える。
さりげなく、皇子達に情報を与え反応を誘導する手腕も、主要な人物を配置しつつ、部外者には話を聞かせないようにする場の設定もその為のもの。
逃げ場はない。
「解っております。いいな? マリカ」
「はい。お父様」
優しいお祖父様。
皇王陛下に、嘘を重ねてしまうようで申し訳なくはあるのだけれど。今はまだ全てを話せる勇気はない。
静かに頷き、私はライオット皇子の隣に立ち、話し始めた皇子の顔を仰ぐ。
「父上、兄上。能力、と呼ばれる力を知っているだろうか?
精霊の力を借りる魔術ではなく、神の力を行使する神術ではなく、人自身が持つ異能だ…」
「異能者? …噂には聞いたことがある。はっきりと見た事は無いがな」
皇王陛下の頷きにライオット皇子はさらに言葉を続けていく。
「その異能をはっきりと有する存在がいる。「子ども」だ。子どもはその多くが大小の差はあるが異能を持って生まれて来るらしい」
「何?」
「ソレルティア。お前は子ども上がりだ。覚えはないか? 幼い頃、自分を助ける力があったことを…」
皇子に突然問いを向けられて、目を開いたソレルティア様だけれど…
「そういえば…。異能、特別な力、と感じたことはありませんでしたが、私は精霊が見え、声が聞こえました。
それが魔術師の道を目指した理由でございますれば」
「今、その力は?」
「多分、無くなった、と思います。不老不死を得てからはつい最近まで力は減る一方。
今も精霊の姿は殆ど見えませんから。」
と、頷いて下さる。
「俺もマリカを救い、子ども達を集めて初めて知ったことだ。子ども達はそれぞれに異能を持つ。
神、いや精霊が子どもに生きる為に与えた力。能力。
マリカにも能力があった。それこそが、ガルフに『食』の店を開かせた理由だ」
「店を開かせた、理由?」
「私には、『精霊の書物』が見えるのです」
皇子の横で、私は顔を上げて、そう告白した。
偽の告白、だけれども…。
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