そうして、すったもんだの末、私達は厨房に寄越された。
監視役に騎士、そして数人の料理人が私達を見ている。
料理人は特に完全に面白くない、という顔だ。
まあ、そうだよね。
他所から料理人を招かれる、なんて自分の料理ではダメだ、と言われたようなものだから。
「何を作るつもりなんだ?」
「ピアンの実はありますか?」
「ああ、本来はピアンの実の砂糖煮が宴の最終デザートだったからな」
砂糖煮、ということはお砂糖もある筈。
「あと、牛乳はないでしょうか?」
「…ないな。何に使うつもりだったんだ?」
あちゃあ、牛乳が無いとなると粉物菓子を作れと言われても無理だ。
できなくないけど、皇族を驚かせるとなると難しい。
「ちなみに卵などは…」
「ない」
となるとやっぱりアレしかない。
「フェイ、協力してくれる?」
「なんでしょう?」
私はまず、手を洗うとピアンの皮を剥いて砂糖水に浸した。
「あと、失礼かとは思うのですが、ピアンの実の砂糖煮を作って頂けますか?」
「何故? それでは不満だと仰せなのだぞ?」
「それに手を入れる事をお許し頂ければ、変わった味をお目にかけられます」
「…まあ、いい」
私の横で料理人は不承不承という態で、でも慣れた手つきで作業を始める。
桃のコンポート作り、手順はそんなに変わりはなさそうだ。
私は変色防止に水に浸しておいたピアンを砂糖を振り交ぜながらなるべく小さく切って、潰し始める。
「何をしているんだ? それでは形が無くなるだろう?」
「無くなっていいんです。できれば形が無くなるくらいまで丁寧に擦り交ぜます」
向こうの世界の様にフードプロセッサーがあれば簡単なのだけれど、こっちの世界には無いから手作業。
私は少しギフトを使って気付かれないように注意しながら、すりこぎ棒のようなもので桃をなるべく滑らかに交ぜる。
ちなみにこの城の厨房、泡だて器もない。ボウルもない。
本当にこの時代の料理って、材料を切って、焼いて、煮るくらいなのだなあ、と思う。
パンくらいはあるよね。古代にだってあった筈だし。
そんなことを考えながら鍋の中で少し実の食感が残るくらいになったピアンの実と、その滑らかさを確かめてから
「フェイ」
私は頼りになる魔術師に手招きをする。
「なんです?」
「前に城で作ったシャーベットを出そうと思うの、ふんわり、軽く凍らせてくれる?」
「解りました」
彼にだけ聞こえるくらいの声で耳打ち。
頷いてくれたフェイは小さく呪文を唱えて、杖を掲げてくれた。
白いキラキラとした雪の結晶のような小さな欠片がふわふわと鍋の周囲に踊って、鍋の中のピアンに霜が降りる。
「な、なんだ? お前ら、一体、何をしてるんだ?」
「氷室で、凍らせる時間を短縮しているだけです。
魔術を使わなければ一刻くらい、ものを凍らせる氷室に入れておくと同じ状態になりますから」
目を見開いている料理人や助手たちを尻目に、私は大きめのお玉で、シャキシャキと音を立てるピアンのペーストに空気を入れる。
何回か、それを繰り返しているうちに
「できたぞ。これを、どうするつもりなんだ?」
料理人さんが、ぶっきらぼうに煮上がったピアンのコンポートを差し出してくれた。
「失礼します…」
少しだけ味見。
うわっ! 甘っ。
砂糖たっぷり使ってるなあ。
桃の缶づめより甘い。
でも、ギリギリのところでピアンの味わいが残っているし、ワインに似たお酒の風味はしてこれはこれで、アリかもとは思った。
「すみません。少し手を入れさせて頂きます」
料理人さんにとってはイヤなことだろうな、と思いつつ食い入るような目の彼の前でコンポートを別の鍋に入れて、また潰す。
眉を上げながらも、文句を言わないでいてくれた彼に感謝しつつ、
「フェイ」
「了解」
同じように彼に術をかけて貰った。
何度も空気を入れてふんわり感を出しながら、いい感じに凍った二つのシャーベットを見比べる。
皿に少し取り分けた。
少し味見。
…うん、いい感じかな?
「ガルフ様、フェイ。味見をお願いします」
「おい、こっちにも寄越せ!」
「解りました」
小さめのお皿を借りて、フェイとガルフ。
そして料理人さん達に、二種類のピアンのシャーベットを取り分け、差し出した。
「うん、美味しい。いい出来ですね」
何度か食べているフェイは平気な顔だけれども、他の人達はガルフも含め、氷菓子は初めてらしい。
「これは!!」
「な、なんだ?」「冷たい…氷?」
「いかがでしょう? お口に合いますか?」
「お前…一体何をしたんだ?」
「マリカ…この調理法は?」
さじを持ったまま震えるようにこちらを見る料理人とガルフに、私は小さく首を傾げつつ微笑んで見せる。
「ピアンを柔らかく、食べやすくしてから凍らせただけです。
これからの夏の時期に美味ではないか、と思ったのですが」
「だけ、というが…これは普通には作れないし、食べられないものだぞ。
氷室の、それもかなり強いものがないと出来まい…」
ガルフは二種の氷菓を見ながら呟く。
「はい。だから氷室と魔術師の存在を確かめました。
皇族様が宴席に使うものなら、普通とは違うものが良いのではないかと思うのです。お口には合いませんか?」
「いや、少なくとも俺の口には美味い。パウンドケーキとは別種の、だが、至高と言える美味だ」
ガルフは言ってくれるけど、多分に、それは素材の良さと物を凍らせて食べる事が無かったというブーストがかかってる。
もしミルクやクリーム、ヨーグルト、レモンとかがあればもっと美味しく手が込んだアイスクリームもできたのだ。
材料が足りない、時間がない、慣れない厨房、フェイがいる。
本当に苦肉の策だから。
「いかがですか?
第一皇子妃様のお口に入れても大丈夫そうでしょうか?」
まだ、硬直状態の料理人さんに、私は声をかける。
呆然自失を絵に描いたように立ち尽くしていた彼は、ハッと我に返ると
「…ああ、問題ない。おそらく、ご満足いただけるだろう。
大したものだ…」
「あ、ありがとう、ございます。」
こっちが驚く程素直に、そう頷いてくれた。
「その鍋だと見栄えが悪い。この器に両方を入れろ。
毒見役の為に、大皿で出して、宴席の参加者の前で取り分けるのが基本だ。
お前達。小さな器を用意。匙は一番小さいものを。あと、カートもだ。急げ!
溶けるぞ!」
料理人さん、おそらくこの宮廷の料理長さんだったのだろう。
彼はまだシャーベットに驚く部下たちに指示を出し、第一皇子妃へ出す為の準備を整えてくれる。
見栄えとか、皇族に出す為の配慮とか、工夫とか、私にはできないことだからありがたい。
私には小さな器に盛って出すくらいが精いっぱいだった。
そして瞬く間に整えられた準備と共に、私は再び皇子妃の待つ部屋へと向かった。
カートを押す私の側で、料理長さんとフェイ、ガルフが付き添ってくれる。
入室を許された私は、カートの前で跪き、頭を下げる。
「もう、できたのですか?
思ったより早かったですね」
「魔術師の力を使い、料理長様にもご協力を頂きました。
どうぞ。ピアンの氷菓にございます」
「氷菓…?」
白く美しい深皿に盛り付けられた、二種類のシャーベット。
生のピアンはどちらかというと白桃に似ているので、白い。
料理長さんのコンポートは赤ワイン風のお酒で風味を付けているので、薄紅色だった。
紅白が美しい、それを私はお玉で丸く小さな器によそい、二つ差し出した。
皇子妃の合図でそのうちの一つを手にとった守護騎士は、注意深くそれを口に運び…
「! こ、これは!!」
すました顔が驚きに歪んだ。
「どうしたというのです? 何か怪しい味でも?」
問いかける皇子妃の問いに応えるより早く、彼はもう一掬い匙に乗せ口に運ぶ。
その時点でホッとした。
口に合わなかったり、拙い料理法だったりしたわけではなさそうだ。
「失礼を。怪しい味、というわけではございません。
毒も入ってはいないようです。後は、どうか皇子妃様ご自身でご賞味を…」
忠臣の深々と下げられた頭とに、安堵したような息を吐くと皇子妃は側仕えの手から、器を受け取った。
そして、一口。
「な、何です? これは…」
私に向けられた声に、跪いたまま応える。
「ピアンの氷菓、にございます。
生のピアンと、甘煮にしたものを加工し、凍らせました」
「氷の…菓子。これは…確かに今まで誰も、食したことのないもの…でしょう」
会話している間にも、白と赤、二つの氷菓の境目は淡く溶け薄紅へと変わっていく。
風の通らない密閉された部屋は実はけっこう蒸し暑い。
それに気づいたらしい皇子妃は慌てて、器に目を戻し、匙を進めていく。
白い生の実を生かした方はサッパリと甘やかで口に入れるとピアンそのもの味が広がっていく。
一方、紅色の砂糖煮の方は濃厚で、風味が強くしっかりとした甘さが口の中で蕩けている…筈だ。
周囲の側仕え達の羨むような視線の中、皇子妃は瞬く間にそれを平らげると…、空になった器と、残った氷菓。
そして、私達を見据え…
「ふう…」
大きく吐息を溢してくれた。
それは、いわば私達にとっての勝利宣言、彼女にとっての敗北宣言、だったろう。
「…認めましょう。
悪くは、ありませんでした。これは、確かに今まで誰も考えつかず、食べた事の無い味。
良くやりました…」
「ありがとうございます」
胸を撫で下ろす。
一番心配だったのは、味に満足しても
「これではダメだ」
と難癖をつけられることだった。
多分、そうする気も割とあったのだろうけれど、不味い、と言ってしまえばもう、この氷菓は食べられない。
打算とプライド、食欲が絡まった結果、食欲が勝った、というところだろうか?
「もし、よろしければもう少し、召し上がっては頂けないでしょうか?
これは氷菓にございますれば、時間を経てしまうと溶けて味わえなくなってしまうので…」
「…そうですね。そこまで言うのなら頂きましょう。
お前達も、特別に許します。味わいなさい。これが私の為に作られた新しい味です」
側仕え達の顔がパッと明るく咲いた。
まずは皇子妃様に少し多めに、それから他の側仕えさん達にも料理長さんと一緒によそって配っていくと。
「うわっ!」「すごい…」「これは…」「美味しい」
それぞれに驚愕と感動の声を上げてくれる。
向こうの世界でも冷蔵庫などが一般的になるまで夏の氷菓は高級品だったし、今だって人気だ。
絶対に満足して貰える自信はあったけれども、こうして笑顔に包まれるとホッとする。
相手は貴族、異世界のさらに異世界の住人だと思っていたけれど、美味しいものを食べて喜ぶ顔は万国共通だ。
よかった
「それで、ペルウィス。この菓子の作り方は覚えましたか?
明日の宴席に出せそうですか?」
ペルウィスと、呼ばれた料理長さんは、怖れながら、と顔を上げる。
「料理法は覚えました。しかし、今回の品は魔術師による術によって、時間を短縮されております。
氷室のみを使った場合の時間配分などを考えると、研究を重ねないと同じ味にはならない可能性がございます」
それは、自らの力を鼻にかけない、自分の能力とできること。
自分の能力でできないことをちゃんと理解している誠実な『職業人』の言葉であると言えた。
「宴は明日です。
せっかく手に入れた新しい菓子を、出せないとでも?」
「…ですから、明日の宴席だけでも、この娘と魔術師を厨房に預かり、菓子を作って欲しいと…願います」
「えっ?」
思わず、見開いてしまった目で見る料理長さんの眼差しは、真剣だった。
さっきまでの、憎々し気に私を見る目や、子どもへの偏見は全く見られない。
本当に真面目に、思いの籠った眼差しで、彼は私を見ていた。
「明日、一日で良い。
手を貸してくれないか? 慣れない厨房で、しかもこの国の最高の方々への献上品だ。
緊張するし、勝手も解らないと思う。でも、私が全力で手助けする。
最高の品を、最高の味で出すには、私にはまだ…時間が足らないんだ」
「ガルフ様…」
私はガルフを見た。
個人的には皇子妃様はともかく、この料理長さんは助けてあげたい。
万が一宴席に失敗すれば、貴族と平民だ。
あっさりと首が飛ぶだろうし、自分の力不足を認め、吐露した今の時点でかなり立場を悪くしている筈だ。
でも、それでも彼は『少しでも良いものを作り、出す』為に努力しようとしている。
そういうプロ意識のある人を、このまま見捨てたくはないと思ったのだ。
それに…。
「ご提案をお許し頂けますでしょうか? 皇子妃様」
ガルフは剛腕と言われる商人らしく顔を上げ、遜りながらも堂々とした態度で皇子妃に語りかける。
「許します。
何を案ずるというのですか? 言って見なさい」
美味しい氷菓の効果か、最初よりも少しだけ柔らかさを宿した口調の第一皇子妃にガルフは怯みなく告げる。
「まず、我が料理人が満足のいく菓子を出せたという事で、我々の帰還と取り込みの中止はお約束頂けた、ということで間違いないでしょうか?」
「気に入らないところではありますが、仕方ありません。
金貨5枚をもってピアンの氷菓子の調理法を買い取り、お前達を返しましょう。
事は口に入れる食べ物の話です。
無理に手に入れた所で、不満を抱えられたままでは、正しい料理法を得られるとは思えませんから」
一応、国の上に立つ方。
冷静な判断はできるようで助かる。
そうそう、ガルフを傷つけたり私に無茶したりすると、美味しい料理は食べられなくなるんだよ。
「その上で、明日の宴席に料理人と魔術師を貸し出し、今日と同じ菓子を作らせることは可能です。
報酬は金貨それぞれ1枚。条件は、心身共に無傷で日が変わる前にお返し頂くこと、ですが」
「今日と、間違いなく同じ味の料理を皇王様始めとする列席者50名に間違いなく出せる、というのですね?」
「マリカ」
ガルフからの視線を受けて私は必要な事の確認に入る。
彼の意図が解ったからだ。
せっかく、彼女が料理に満足して、少し引く気になってくれた。
これを機に今回は第一皇子妃に貸しを作っておかないといけない。
また、同じように誘拐まがいで城に連れされたりしたら困る。非常に困る。
「宴席の開始はいつからでございましょうか?」
「二の風の刻です」
「であるなら、明日の大祭勤務を終え、二の水の刻からこちらに勤めてお手伝いさせて頂きます。
準備して頂くのは必要分の砂糖とピアン、後は今日と同じ道具だけで構いません。
料理長様にはピアンの砂糖煮を作って頂ければよりスムーズに。
さらにお許し頂けるなら、さらに味を良くし、美しく見せる材料をいくつか、店より持って参ります」
「! まだ良くできる、と?」
「お許し頂けるのであれば」
向こうの世界での桃のシャーベットはレモン汁で変色を防ぎ、味を調えるのが定番だった。
レモンは無いけれど、オランジュの果汁を入れれば、少し味わいが良くなるのではないかと思う。
後は、ミントの葉。
この間、魔王城の島で見つけたミンスの葉を乗せれば白と赤に緑が加わってキレイだし、きっと風味も良くなる。
宴席に出すのが解っているのであれば、本当なら口休めのクラッカーやウエハースも添えたいところだけれど流石にそこまでやるのはやりすぎだ。
やりすぎて気に入られすぎると本気で取り込まれることもありうるし。
「…時間もありません。良いでしょう。
無事宴席を終え、相当の評価を得られたら、その努力に報い、お前達の条件を全て呑むとします」
「ありがとうございます」
私達は深々とお辞儀をして退室する。
「では、失礼いたします。帰るぞ。マリカ。フェイ」
退室、することができた。
今度は騎士では無く、料理長さんに案内されて帰路につく。
「迷惑をかけて…すまない。彼が言った通り、君達の料理は素晴らしい。
どうか…力を貸してほしい」
そう、真摯に頼まれては仕方ない、とは思う。
でも帰りの馬車の中、誰も監視の目が無くなった所途端に、
「ふう~~。やっと終わったああ」
私は肩の力が抜けるのを止められなかった。
「マリカ、気を抜くのは早いですよ」
へなへなと全身の力が抜けそうになる中
「やれやれ、面倒な事になったものだ」
疲労困憊、と言った顔でガルフが息を吐き出す。
彼の言葉は、終わった、との過去形ではない。
私も、思い出す。
そうだ、まだ本当の意味では何も終わってはいない。
むしろ面倒ごとはきっとここから始まるのだ。
と。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!