会議二日目の午後。
「ご覧下さい。マチリーア商会が総力を挙げて製作いたしましたガソリン自動車でございます」
神殿の外、新型車の前で思いっきりドヤるアインカウフを私達は、素直に歓声と共に見つめ拍手を送った。
けっこう凄い。
外見は馬の無い荷馬車。前の方にエンジンと思しきものが設置されている箱が有って、それと運転者を守るようにさらに箱、というか運転席が取り付けられている。
箱の中から運転できるように大きなガラスが前面、側面についている。
向こうの世界の軽トラックのような感じだ。
地球では最初の自動車は運転席の無いオープンカーだった筈だけれどこちらの自動車は最初から転移陣にはできない荷物の運搬用としてデザイン、開発されているのが解る。
「細かい金属加工と開発にはアルケディウスとアーヴェントルクの最高峰の技術者の力を借りました。まだ、世界に一台だけですし、ここまで来るのに金貨百枚以上を費やしておりますが、いずれは世界中に広まっていくと自負しております。
現在は量産化の為に、如何にして構造を簡略化するか。それから燃費を良くしていくかを研究中です」
中世異世界に自動車の登場。道路の舗装も進んでいるし。
ますます、剣と魔法の世界が近代化していくなあ。
そういえば、シュウとそのお師匠さんがこのプロジェクトに参加していると言っていた。
どこかをシュウが手掛けているかもしれないなと思うと微笑ましくも感じる。
「速さはどのくらい出ますか?」
「一度の走行に石油はどのくらい必要ですか? 一度にどれくらいの距離を奔れます?」
「一台を作るのにどれくらいの時間がかかる? 費用は?」
参加者も真剣な表情だ。
馬車はコストも嵩むし、馬は生き物だから手間もかかる。
自動車だってコストや手間は大差ないかもしれないけれど、段々に改良されて馬車と入れ替わっていくことは歴史上からも明らかだからね。
間違いなく押さえておきたい技術だ。船以上に人類史を変えかねない。
「この外枠が鉄製なのは意味が? この季節は暑いだろう?」
そう質問したのはプラーミァのグランダルフィ王子だ。確かに窓は嵌め殺しになっているし密閉空間はかなり暑そう。呼吸も辛くなったりしないかな?
「空気の取り入れ口などはありますが、盗賊対策でやむを得ずです。最近増えておりますので」
「あ、盗賊……」
やっぱりこういうところは中世だ。いや、向こうの世界でも強盗とかはあったよね。
「今回はこの自動車を守る為に荷台に傭兵などを乗せて参りましたが、実際に運用するとなると少人数で商売に使う訳ですから、盗賊の格好の獲物となるでしょう。
自動車そのものの力は勿論侮れませんが、対策手段は講じないといけないと思っております」
「各国に要請して街の入り口や、街道の警備を強化してもらうようにお願いした方がいいですね」
人間と自動車のパワーは勿論、比べるべくも無いけれどこの世界の人間は不老不死だし、人数で迫られたら押し切られてしまう可能性もある。
「警備については各国と調整しますから、アインカウフは自動車の開発を続けて下さい。一番は量産の為の改良と小型化、後は操作性と燃費の向上ですね」。
課題は多いですが期待しています」
「かしこまりました。お任せ下さい」
今の大きさだと、都の中で車に乗ったりはできない。
そもそも都が車の運用を考えて作られていない。
当面は商人達が街と街の間の移動に使うことになるだろう。でも燃費を良くしないと途中でガス欠立ち往生なんてこともありうる。地球みたいにそこいらにガソリンスタンドがある時代じゃないし。
実用化にはままだ問題が多すぎるけど、道筋はできたかな?
「でもこれで、大地と、海に新しい技術が育ったことになります。残るは宙、なんですけど……」
「マリカ姫。ホントにやる気かい?」
「やはり、皆様、反対なさいます?」
「反対以前に危険すぎると思う。空は人の領域ではないからね。
空に昇って落ちたりしたら不老不死者だってどうなるか解らないだろう」
「やるとしても姫君を乗せることはできぬ。十分に安全性を確保してからならともかく。」
アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子の言葉に会議に集まった識者の皆さん、うんうん。と頷いている。
四面楚歌。やっぱりこの時代の人達に航空の価値を理解してもらうのは難しいかもしれない。実際危険ではあるし。
「空を移動する手段を作ってみませんか?」
私の提案は、思いっきり不安がられ事実上却下されてしまった。
想定としては熱気球。魔術を使えばできるかな? と思ったんだけれどイメージがどうしても理解して頂けない様子だ。
魔術で転移ができるので、あまり必要性も感じないようでもある。
残念。
まあ、私自身も気球に詳しいわけじゃないから、簡単に作れないし、構造も解らないから今回は諦める。
宙に異世界への入り口があるんじゃないか、っていうのは私の勝手な仮説だし。
空の先、本当の『宙』にあったら手出しできないし。
できれば、空の上からこの大地がどうなっているか、見て見たかったんだけど。
「代わりに、と言っては何だが、望遠鏡と呼ばれるものについては帰ってから研究してみよう。船の航海にも使えそうだ」
フリュッスカイトのメルクーリオ大公様が請け負って下さった。
レンズを二枚使って遠くのものを見る望遠鏡。
眼鏡やレンズはあるのでできるだろうという話だ。
「あの、空の彼方、海の彼方。
姫君に言われるまで気にしたことは無かったが、本当にどうなっているのだろうな?」
宙に手を伸ばすメルクーリオ様にタートザッヘ様が頷いてみせる。
「確かに。この星が丸いというのは、到底理解は及びませんが、であるなら、どのような形をしているのか、と問われても返事をすることさえできません。
平面なのか、それとも違う形をしているのか?
何故、太陽は登り、また沈むのか?
そもそも太陽というのはどういうものなのか?
世界は謎と興味に溢れておりますな」
人が持って生まれた好奇心。
前に進む為の原動力。
ずっと『神』に奪われていた人間のもつ力。
それらがようやく、この世界の人間にも戻ってきたようだ。
『神』にまたこの力が奪われるんじゃないか、とか。
それ以前に、私は『神』にひっぱられちゃうんじゃないかと不安に思うけれど。
「上や前を見るのも大事ですが、足元を見るのも時には重要だと思いますよ。
マリカ様」
「ク……ユンくん」
優しい先生クラージュさんは私に静かに諭し、語る。
「新技術に次から次へと手を出すのもいいですが、今の所せっかく生まれた新技術を完全に生かしきっている、とは言えないでしょう?
急速に進歩しすぎたので、需要と供給も釣り合っていないですし」
「それは、そうですね」
「あんまり急ぎすぎるとファンタジー世界から一気にSFになってしまいますよ」
自動車は勿論、船も化学薬品や素材も、食事でさえまだ欲しい人に完全にいきわたっているとは言えない。生活を豊かにしてくれるけれどその恩恵に与れるのは今の所、ごくわずかだ。
「無理に宙に手を伸ばさなくても、この星には我々に必要なものは全て揃っています。
『星』と『精霊神』はそう、この星を、我々を作っているのです。
周りをよく見て、自分や仲間と語らい。
落ち着いてゆっくり一歩一歩進んでいけば自ずと謎は解け、道は開かれると思いますよ」
「心します」
昔から何かに夢中になると他の事が見せなくなってしまうのは、私の悪癖だ。
とりあえず『神』と『魔王』についてももう一度、よく考えてみよう。
文献も調べて、宙の星などについても勉強し直して。
後で、思うと、この時クラージュさんは、真相にある程度気付いていて諭しつつ、ヒントをくれたのかもしれないな、って思う。
真実への手がかりは、私達の中にこそあるのだと。
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