調理実習を終えた私は、貴族区画の一軒家に来ていた。
ここは、元は公子妃マルガレーテ様の実家の方達が夏の社交シーズンの間住まう家だったそうだ。
新しい家を建ててそちらに移動したので、今はマルガレーテ様の私邸になっているのだって。
そこで、私は子ども達と一緒にトランプをやっていた。
旅行用の荷物の中に入れてあったんだよね。プリエラやアーサー、アレク、クリス達の勉強用もかねてカルタやトランプ、文字積み木。
七並べに、神経衰弱etc
「ゆっくりでいいですから、手札と場を見て下さい。ほら8の次は9。
もっていませんか?」
「あ、あります!」
自分の手札の中に目当てのカードを見つけた子どもは嬉しそうにそれを場に出す。
うん、ゲームのルールも大体覚えてきたようだ。
ここにいるのは神殿の孤児院にいた子ども達。
神殿から連れ出されて三日。ここでの生活にもだいぶ慣れてきて笑顔も見られるようになったきた。
「7、8、9……、あちゃー、負けたか」
「やったあ! はじめてアーサー様に勝った!」
「様とかいいっていっただろ? よーし、次は負けない。アレク、もう一回頼む」
「了解。読み札を入れ替えるから、皆、取り札を並べて」
「はーい」
楽しそうな子ども達の笑顔を見ていると、こちらも嬉しくなる。
「……マリカ様」
子ども達を保育士モードで見守っていると、部屋の扉が静かに開いて私を誰かが手招きしている。
遊びや活動の邪魔をしないように私はそっと、場を抜け出した。
廊下に出るとそこにいたのはオルクス様と、書類を持った部下の人。
「はい、なんでしょうか? オルクス様」
「先ほど、神殿に置いている者から連絡がありました。パレンテース神殿長が更迭されたそうです。脱税の罪で」
「そうですか……。後任の方は誰になりそうですか?」
「副神殿長ですが、姫君がおっしゃった通り、神殿と神官長に書面を送ったことが功を奏して、大神殿の調査と決定が下りるまでは私が査察を行う事を許されました。
副神殿長は、神殿長に比べると話が分かる人物なので、上手く持っていけば神殿の改革を国主導で進めることができそうです」
「孤児院の子ども達を返せ、などという事にはなりませんか?」
「大丈夫でしょう。それどころではなさそうですから」
「良かったです。マルガレーテ様と大公閣下にはご許可を頂いているので、このまま子ども達をここで住まわせてあげて下さい。
必要物資などについては、私が負担しますので」
「国の事業として、大公閣下、公子様も了承しての事ですから、そこまでして頂かなくてもいいと思いますが、その点はご相談下さい」
「解りました」
とりあえず、一安心。息を吐きだし、胸を撫で下ろす私はふと、視線を感じ顔を上げた。
「どうかなさいましたか? オルクス様」
「いえ、姫君は凄い、いえ……とんでもない方だな。と思いまして」
「神殿長の失脚の証拠固めは『精霊神』様のお力ですよ。私はただ子ども達を助けて、その後の環境を整えただけ」
「そうだとしても、計画を立て実行した姫君の行動力と、胆力。
11歳とは思えません。敵に回したら恐ろしいと感じました」
「恐ろしいって……」
ちょっと怯えたような言い方に失礼だな、と思ったのだけれど、まあ今回は仕方ないか。
私は11歳ではないし。
「大丈夫ですよ。子どもを苛めたり、傷つけたりしない人に対して私は敵になりませんから。
ご安心下さい」
だから私はニッコリと微笑んだ。
少しだけ、圧を込めた『聖なる乙女』の笑みで。
ヒンメルヴェルエクトの神殿孤児救出作戦。
私はまず、大公閣下と公子様にご相談した。国の保護は必須。
一時の感情で救出したとしても、子ども達全員を私が国に連れて行く事なんてできない以上、この国で生きていくしかないのだから。
「お話は解りました。
我々も孤児院の子ども達の待遇や、神殿の奴隷商まがいの商売は気になっておりましたので、助け出せるものでしたら助けたいとは考えております」
マルガレーテ様とオルクスさんの仲介で、私はお時間を取って頂いた私は、宮殿の奥、プライベート用の応接室で大公閣下や公子様の前で、子どもの保護について全力プレゼンテーションを行った。
オルクスさんも言っていたように大公様達も子どもを集めて、育てて、神官と含め『精霊の力』を独り占めする神殿長には困っていたんだって。
「子どもを育てるのは大変と思われることもあるかもしれませんが、不老不死前は誰もが子育てをしていたのです。子育て経験のある女性や教師などをつけて、誠実に愛情をもって育てていけば、子どもはちゃんと応えてくれますし、将来的に力になってくれると思います。
子どもが弱く、子どものままでいるのなんてほんの一時だけのことなのですから」
「それは、確かに……。だが、子ども達で儲けている神殿長からどうやって彼らを取り戻すか……」
「より、大きく儲けられる、と思うものを与えてやればいいのですわ」
「より大きく?」
「はい。例えば『新しい食』など」
「それでは、余計に神殿をのさばらせるだけでは?」
「私的には、神殿で食堂を作り、貧しい人などに『新しい食』を提供するなどしてもいいのではないかと思うのですが、今回の神殿長に関しては色々と酷い悪事を働いているらしいので下がって貰います」
「酷い悪事? 下がるとはどのように? 神殿に関しては国の権力も通用しないのですが?」
「神殿の事は神殿にお願いします。
具体的にはこれを……」
「えっ?」「こ、これは?」
私がフェイに合図して出してもらったのは、神殿の納税関係の帳簿だった。
あ、流石にフェイに取ってきて貰ったのではないよ。
転移術のことバレちゃうし。
持ってきて下さったのは『精霊神』様。
『あれは、良い神殿長ではない。
精霊石の扱いも粗雑だし、子ども達にも神殿の配下にも横暴だ。
粗悪乱造のお守りを作って、祈りも力も籠めずに売ったり。
何より『神』の命令とはいえ僕のサークレットを偽造した罪は許しがたい』
って凄くお怒りだった。
『精霊神』として罰を下すっておっしゃってたんだけれど、流石に復活したばかりの『精霊神』がそれをやったら色々と怯えられちゃいそうだから、証拠集めだけお願いした。
調べて頂いたら出るわ出るわ。セクハラ、モラハラ、パワハラは当たり前。
魔術師や神官を抱えているのをいいことに、術師を高額で派遣して、その派遣料は全てポケットないないとか、霊感商法まがいのアミュレット販売とか本当に山ほど。
偽物のサークレットの設計図もあったんだって。
『精霊神』様が怒ってた偽物のサークレットの出所は神殿だったようだ。
神殿なら儀式とかの時にすり替えるチャンスはあったのかも。
流石にハラスメントについては証拠が出ないけれど、アミュレット販売や偽のサークレットの制作事実。派遣金額の横領、二重帳簿。大貴族の何件かとの不正などは書類や手紙込みでいっぱい出てきたって全部渡して貰った。
『精霊神』様、本気で怒らせると怖いな。
「こ、これは……」
「『精霊神』様はいつも我々を見守っておいでです。
よほどのことが無い限り干渉されることはありませんが、悪事や悪意を隠すことは不可能なのです」
公家の人達が黙りこくった。
そりゃあそうだ。
これが自分だったらと想えば怖くなるだろう。
「大丈夫です。悪いことをしなければいいだけのことですから」
「そ、そうですね。やましいことが無ければ堂々としていればいいだけですね」
「では、姫君。これらの証拠は?」
「早馬で大神殿に送っておきます。それをどうするかは大神殿と神官長次第でしょうけれど」
私からだと、取り立てて吹聴するつもりはないけれど、これだけの悪事だし、私のいるヒンメルヴェルエクトからだと知れば、神官長は多分、御機嫌取りに動いてくれるだろう。
後は、思いっきり気分を良くさせて、自分が重要人物だと思わせて子ども達を救出する。
「無理やり命令すると、多分反発とかしてきます。でも、こっちが下手に出て、煽てて。
彼を尊重しているように扱えば、素直に子ども達を渡してくれると思うのです」
そうして、公子様中心に私は作戦をお話した。
神殿長を煽てて、新しい事業に誘い、代わりに子ども達を預かりたいと告げる。
こちらにちょっと弱みがあるように見せかけて、向こうには貸しを作った気分にさせる。
会見と交渉の時は終始、相手を立てて、褒めて話を聞いてくれるように。いい気分になるように注意しながら対応した。
こういう交渉はわりと得意である。
子どももそうだけれど、保護者も先生も褒められて、頼られて嫌な気分になる人はあんまりいないから。
結果、お芝居は皆の協力で上手くいき、神殿長は子ども達を私達に渡してくれたのだ。
孤児院の子達を完全に移動させる準備や手続きに少し時間がかかったけれど、幸いピッタリタイミングで大神殿が動いてくれた。
これで、彼は少なくとも神殿長ではいられないだろう。
守銭奴で大神殿に戻りたくてお金を貯めていたらしい人物だからむしろ丁度いいんじゃないかな?
(蛇足だけど、神官にとって大神殿で『神』に直接仕えるのが一番のエリートコースなんだって。
各国の神殿は少し都落ち扱いされる。各国でも首都の神殿が一番で、他領地は低く見られることからもお察し)
「かなりこちらからお金を持ち出す形になりましたがよろしいのですか?」
「別に構いません。この国への未来への投資です」
レシピを渡したり、当座の資金として少し見せ金を用意して渡したりしたけれど、無事(?)神殿長が更迭されればそれらは返ってくる筈だから問題ない。
それに個人的には戻って来なくたっていいくらい。
「それよりも、もっと大事なものをGETしましたから」
私は目の前に広がる光景を見て呟く。
子ども達の笑顔という戦利品を、私は手に入れた。
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