【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 閑話 リタの孤児院日誌

公開日時: 2022年4月28日(木) 07:36
文字数:3,698

 木の二月最終日。


「すみません。また暫くお世話になります」

 

 利発な少女は、弟共に玄関でぺっこり頭を下げた。


「いらっしゃい。プリエラ。クレイス。

 さあさあ、遠慮なく入っておいで」


 あたしが子ども達に手と声を向けると二人の荷物を持ってきた『父親』が申し訳なさそうに頭を下げる。


「仕事の度に子ども達を預かって貰ってすまない。

 ここが無かったら、俺は心配で、ろくに仕事ができなかったろう」

「良いってことさ。

 ここはその為にあるんだ。親が安心して仕事ができるように子どもを預かる。

 それがここ『ホイクエン』の役割だからね。安心して行っておいで」

「助かる。…プリエラ。クレイス」

「はい、お父さん」


 体格に似合わぬ優しい仕草で招き寄せた子ども達を、彼はそっと抱きしめる。

 

「ここで、『ホイクシ』達の言う事を聞いて、いい子にしているんだぞ。

 俺は、必ず戻ってくるから」


 子ども達の眼差しには、寂しい、行かないで。

 という思いが確かに浮かんでいる。

 大好きな父親との別れ。しかもまる二ケ月間会えないのだ。

 寂しいのも当然。

 でも、子ども達は自分からもぎゅう、と強く父を抱きしめ返すと微笑みかける。


「うん、いってらっしゃい」

「お仕事頑張って来てね」

「ああ。行ってくる」


 子ども達からの激励を胸に、父親 皇国騎士団のウルクスは、皇女の護衛任務に旅立って行った。


「さあ、荷物を部屋に置きに行こう。

 みんな待ってるからね」


 親子分離はなるべく、きっぱりと。

 でないと後が辛くなる。

 とは皇女の言葉だったかな?


 私はまだ名残惜しそうな子ども達の背を押して、中へと促した。



 ここはアルケディウスの皇立孤児院、身寄りのない子ども、行き場の無い子どもを預かり育てている。

 と、同時に仕事を持つ親が子どもを預ける託児所。

 皇女の命名で言うなら『ホイクエン』も兼ねている。

 まあ、まだホイクエンを利用しているのは一組だけ。

 子どもを育てながら仕事をするような親そのものが殆どいないからね。


 プリエラとクレイスはアルケディウス皇国騎士団の騎士 ウルクスの子ども達だ。

 子どもと言っても実子ではないらしいが、そんなことは関係ない。

 親が子どもだといい、子どもが親だというのなら親子なのだ。

 親子関係が希薄になっている不老不死社会。

 むしろ、血だけでなく心で繋がっている方が真実の親子と言えるかもしれない。


 ウルクスは騎士なので日中家にいられることは殆どない。

 しかも戦や護衛任務で王都を開ける事も多い。

 そんな彼が安心して仕事に向かえるように、ここで子ども達を預かっているのだ。

 ここは孤児院だから、子ども達が生活できる環境は十分に整っているし、まだそれほど人もいないからね。



「みんな! 今日からまたプリエラとクレイスが一緒に暮らすよ。

 仲良くしておくれ」


 その日の時、孤児院の子ども達に声をかけると、わあっ! と嬉しそうな歓声が上がった。

 孤児院にいる身寄りのない子どもは今、五人。

 もう一人母親と一緒に暮らしている子も入れると六人だけど。

 五人のうち一人はまだ赤ん坊だから返事は無いけれど、残りの四人は大好きな笑顔を咲かせている。


「いらっしゃい! プリエラ。また一緒にいっぱい遊べるんだ!」

「僕ね、アレク兄に教わってリュートを練習してるんだ! 後で聞いて!」


 赤ん坊の一人以外、ここにいるのはみんな男の子だから、女の子のプリエラが好きなのだ。

 実に解りやすい。

 おかげでクレイスは少しムッとした表情。

 プリエラを取られるような気分になっているのかもしれない。


「はいはい。今は食事中。

 プリエラ達はこれから二ケ月ここで暮らすんだから、急がなくてもいいだろう?」


 あたしがパンパンと手を叩けば、子ども達の興奮はスッと潮が引くように消えていけれど、目の輝きは消えていない。

 男の子達のうち、年長児は十歳、プリエラは九歳だ。

 まだまだ子どもだけれど、少し注意して見てあげた方がいいかな?

 と思った。



 皆での食事を終え、片づけを終えた後


「先生。お願いがあるんですけど」


 プリエラが真剣な顔であたしに声をかけて来た。


「なんだい?」


 先生、なんて呼ばれるのは気恥ずかしいけれど仕方ない。

 あたしはちらりと全体の様子を見まわしてから、プリエラと視線を合わせる。

 男の子達の方はカリテが見てくれているから大丈夫だろう。


「ここにいる間に、お料理を教えて貰う事はできませんか?」

「料理? どうしてだい?」


 あたしは首を傾げる。

 プリエラは見かけに似合わず、身体を動かすのが好きな元気な女の子だ。

 最初のうちこそオドオドした感じも見られたけど、慣れて来てからは外遊びや身体を動かすことが大好きになって、天気のいい日は男の子達とかけっこや鬼ごっこを全力全開で楽しんでいる。

 父親のように大きくなったら騎士になりたい、というのは、自分を助けてくれた父親に憧れているからだとは思うけれど。

 

「お父さんに、お家でご飯を作ってあげられるようになりたいんです」

「なるほど」


 孤児院では皇女の方針から子ども達に毎日食事が与えられる。

 でもかなり一般的になってきたとはいえ、まだまだ普通の家で食事を作る、ということは難しい筈だ。

 台所が無い家も多い。

 貴族区画の家なら暖房兼用の小さな竈くらいはあると思うけれど。


「それにお父さんが、騎士になりたいって言ったら、渋い顔をして

『お前達に戦いはさせたくない。料理人とかの方がこれから絶対に必要とされるぞ』って。

 騎士になりたいのは変わらないけど、色んなことを覚えてみようかなって…」

「しっかりと考えているんだね」


 大人びた考え方に感心して、あたしはプリエラの頭を撫でる。

 そうして、褒められてくすぐったそうに嬉しそうに肩を上げるプリエラにあたしは頷いて見せた。


「そういうことならいいよ。

 ただ、教える方も都合があるから、ちゃんと事前にお願いする事。

 後は台所でふざけないこと、だ。台所は危ないものがいっぱいだからね」

「解りました」


 包丁、竈の火など、不老不死のあたしらには大した危険じゃないけれど子ども達には命取りになる事もある。

 うっかり怪我などさせたら、皇女やウルクスに申し訳が立たない。



「え? プリエラがやるなら僕もやりたい」「僕も!」


 わやわやと騒ぎ出す子ども達。

 そうか、そういう事になるか?

 うーん。


「あんた達はもう少し自分の事が自分でできるようになってから、だねえ」


 別に男だから、女の子だからと差別するつもりはないけれど、奴隷として働かされて掃除洗濯などを叩きこまれているプリエラと、特殊な環境下に置かれていた孤児院の子達とは同じ扱いにはちょっとできない。

 最近はちょっと我が儘や小ズルい所も出てきている。

 食事や遊んだあとの玩具の片づけから逃げ出したりとか。


「そうだね。そろそろいい機会だから、あんた達にも色々と教えてあげるよ」

「色々?」

「そう。部屋の掃除、自分が着た服の洗濯、動物の世話、庭に畑も作っていいと言われているからその世話もね」

「え~?」


 料理を覚えるより先に覚え、身に着けた方がいい事は色々ある。

 一応、洗濯掃除をする為の人間も雇ってもらってはいるけれど、この館はよくも悪くも広い。

 今後の為にも自分の身の回りの事は自分でできるようになって欲しいものだ。


「皇女からもね『お当番』を始めてもいいんじゃないか、って言われてる。

 毎日役目を決めて、孤児院の仕事を覚えて分担してみよう。

 自分の事、孤児院の仕事、ある程度できるようになったらお料理も教えてあげるよ」


 孤児院の子ども達はこの年齢には珍しく、読み書きと簡単な計算ができる。

 遊びの中で自然に覚えて行ったのだ。

 加えて掃除洗濯などができれば、成長して孤児院を出て独り立ちすることになっても困らないで済むだろう。

 将来に向けてやりたいことを見つけさせてあげたい。

 色々な事を体験させたい。

 という皇女の思いにも沿うことができる。


「さてさて、誰が一番にプリエラと一緒にお料理できることになるかねえ」


 あたしの言葉に子ども達の目が煌めいたのが解った。

 実に解りやすい。


「いいんですか?

 簡単に料理のレシピ教えるなんて約束して。金貨一枚でしょ? あれ」


 盛り上がる子ども達を横目にカリテが心配そうに様子を伺うけど


「なあに、皇女は子ども達になら教えても怒りやしないさ。

 なんなら皇子妃様に確認もとっておくよ」


 これくらいは孤児院院長の裁量の範囲だと思う。

 あの子達には孤児院とホイクエンにいる間に、子ども上がりとして外に出てもやっていける力を身に着けてもらわないといけないのだから。

   


「リタさん! カリテさん! レオ見ませんでしたか?

 ゆりかごに入れておいたのにまたいなくて…」

「またかい? まだハイハイもできない月齢だと思ってたのにいつもまあ、よく…」

「高めの柵のついた寝台にでも寝かせておいた方がいいんじゃないですか? あ、いたいた。

 カーテンの下で寝てますよ」

「本当に元気な子だね。あんたは。

 外に出たいなら、しっかり飲んで、寝て早く大きくおなり」


 あたしはゆりかごからおっこちたレオを、すやすや眠るデイジーの横に戻し寝かしつけるように籠を揺らした。



 孤児院は今日もそんなこんなで、変わらない日常が続いている。

 続けていける様にするのが、あたしたち『ホイクシ』の仕事、だからね。


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