プラーミァの大祭二日目からは、私の足元には常に精霊獣ピュールがいるようになった。
二日目は一日、図書室でプラーミァの若手文官さん達と精霊古語の専門書の読み解き大会。
「暫く連れてこないと思っていたが、ちゃんといたのだな?」
「会議、お疲れ様でした。
姿を見せてよい、と精霊獣が思わない時は見えないみたいですね。
本を傷めたりすることはないので連れて来ちゃいました」
ピュールを見止めたのだろう。
会議を終え、様子を見に来た兄王様に問われて私は頷いた。
足元に纏わりつく精霊獣をそっと抱き上げる。
精霊の事情を無理に話す必要は無い。
アーレリオス様がお父様だ、ということも変な誤解を招きかねないし。
「ずっと、私の助けとなって下さって、心から感謝しているんです。
国王陛下。このまま、ピュールを私が預からせて頂いてもいいですか?
大神殿の私の宮で一緒に暮らして貰うことになるでしょうけれど」
「構わん。というか、返してくれる気があったのか?」
プラーミァの大事な精霊獣を貰ってしまう事になるから、一応許可はとろうと思ったけれどあっさり兄王様は頷いて下さった。
「いえ、ありません。この子が自分でプラーミァに帰るのなら仕方ないなあとは思いましたが、できればずっと側にいて欲しいです」
「ならば連れていけ。
元より、その獣は『精霊神』がお前に与えたモノだ。我が国には国を守護する精霊獣もいる。
『精霊神』の御心に我らがどうこういう権利はない。
精霊獣がお前を守って下さると思えば安心もできる」
「ありがとうございます」
「精霊獣を結婚式の祝儀にするわけにはいかないから、まだ祝いは何か考えるがな」
「別にいいですよ」
「そうはいかん。今の所は大神殿へのカカオ豆とゴムの定期贈答くらいか?
つまらない話になるが」
「つまらなくないですよ。それは地味に嬉しいかもです」
ゴムは有ればあるだけ役に立つ。
今は主にタイヤに使っているけれど。
長靴とか、手袋とか。洋服にも使える余裕が出ると革命が起きるね。
あと、約束したからサッカーボールにもチャレンジしたいし
「あ、この本、ご覧になって下さい。ゴムの加工方法と、ゴムを長持ちさせる為の薬品の作り方などが載っています」
「ふむ、後で詳しく教えて貰えるか?」
「はーい。後で清書して提出しますから。
今日は皆さん、とっても頑張って下さったんですよ。色々と新発見がありました。
特にウォル君がさっきの薬品調合について、見つけてくれて……」
「そうか。ウォルはどこにいる?」
自分の名前が呼ばれたことに気付いたのだろう。
手を止め、一人の精霊魔術師が近寄ってくる。
国王陛下に一礼する彼はウォル君。私が最初にプラーミァに来た時に保護された子ども。当時十歳だったと聞いた。栄養失調などから小柄に見えたけどあれから約三年。
今は背も伸びて立派な若者だ。
向こうの感覚でいうと中学高学年から高校生くらいだろうか?
礼儀作法もしっかり身についている。
「たまたま手に取った本が、ゴムの専門書だっただけです。
まだまだ読み解きは難しくて……」
「でも、完全に0から始めて、たった三年で精霊古語を読み解けるようになったんだから凄いですよ」
「ウォルは今、プラーミァの若手、期待の星だからな。
路地から上がってきたこいつを目指して多くの者達が後に続こうとしている」
「とてもいいことだと思います」
「こいつの杖は水の杖だからな。薬品の加工、調合には存在が欠かせない」
「ありがとうございます。これもお引き立て下さった陛下と、姫君のおかげです」
逃亡奴隷として路地で燻り、スリで生計を立てていたところを、国王陛下に見出され、魔術師の杖を受け継いだ。今は、王宮魔術師としてしっかりと仕事をこなす傍ら、プラーミァの科学チームの一員としてゴムの加工開発に携わったり、後進の教育に力を入れたりしている。
言葉遣いも洗練されて、貴族として社交の場に立っても見劣りしないと思う。
「二年後には、俺が後見して成人の儀をしてやろうと思っている。
お前達の儀式を参考にしてな」
「もったいない話ですが」
「フロレスタ商会のハイファ君も元気にしていますか?」
「はい。今は食品扱いの店の一軒を任されて支店長のような立場にあるようです。
今も、国王陛下から頂いたペンを大事に使い、店のシンボルにしています」
ハイファ君というのは、プラーミァで最初に食品取扱の契約店を探した時に出会った男の子。彼のおかげでバニラが見つかって、この国のお菓子もさらにグレードアップした。
「頑張っている子が報われると、後に続く人もやる気が出ますし、大人も気持ちを切り替えて見習おうとするかもしれません。ちゃんと引き立ててあげて下さいね。
国王陛下」
「解っている。こいつらには次世代、グランダルフィやガルディヤーンの時代を支えて貰わねばならないからな」
「勿体ないお言葉。引き立てて頂いた恩には必ず報います。
そして、俺がそうして貰ったように、後に続こうとする者を必ず引き上げ、助けますから」
「よろしくお願いしますね」
プラーミァに私が撒いた希望の種。
それが国王一家や、王太子夫妻という良い土壌で大事に育まれ、花開いていくのは嬉しい事だ。
私や、精霊神様が余計な事をしなくても、プラーミァは大丈夫。
きっと今後も兄王様の元で、発展していくだろう。
「そういえば、バニラの育種栽培はどうなってます?」
「順調だ。お前が教えてくれた人工授精のおかげで、栽培面積も順調に広がっている。
カカオやゴムは急激に採取量を増やせないが、バニラは年ごとに確実に増やしていけるからな」
「今、厨房にあります?」
「ああ、明日の宴席にバニラアイスを出すように言いつけてある」
ふむ、なら大祭のお祝いにお土産を置いて行くのは悪くない。
私はちょっと本を置いて、リオンとカマラに目くばせした。
「じゃあ、厨房をお借りしてもいいですか?
コリーヌさんに新作シフォンケーキの作り方をお知らせしますね。
きっと大貴族の方達もビックリしますよ」
「ほほう。お前の新作レシピか。久しぶりだな」
「皆さんにも後で、差し入れしますから、調べもの頑張って下さいね~」
「やった!」「『聖なる乙女』の手料理?」「ありがたいありがたい」
「一生の思い出にします!」
……なんだか、熱量が凄いなあ。
因みに最終日。
プラーミァの大祭のその後については、特筆すべきことはあまりない。
カレーメインのプラーミァの宴会料理、とっても美味しかった。
くらいかな。
私が昨日作ったふんわりバニラシフォンケーキは本邦初公開。
柔らかい触感と、鼻腔を擽る甘やかな香りに、皆夢中になっていた。
食事の様子や細かい点を見ても大貴族達の間で反応は様々。
でも、オルファリア様がおっしゃった通り、全体的に見るのなら完全に格付けが済んだのだと思う。国王陛下に従う人たちと、そうでない人たちの間で。
精霊獣二匹を引き連れ、颯爽と立つ国王陛下。
今まで、陛下を見下していた老害達は、そのお姿に文句を言う事さえできなくなり、部屋の隅で、愚痴を言い合う。その一方で、兄王様に従う若手や、先見の明を持つ人たちは科学や新しい食について、活発な意見を交わす。
私に言いよって、敗者復活を図ろうとした者もいるにはいたけれど、そういう人たちはリオンと精霊獣様が文字通り蹴散らして下さった。不埒者の額や頬に押された肉球スタンプは後日、かなり後まで消えなかったそうだ。
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