【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

水国 公爵と十七粒のオリーヴァの実

公開日時: 2023年4月2日(日) 10:16
文字数:3,419

 フリュッスカイトの王都。

 ヴェーネは大きな馬車が入ることができない。

 なんでも干潟のような場所に作られているから地盤があんまり強くないんだって。

 水路が蜘蛛の巣のように張り巡らされていてゴンドラで行き来するのに不便は無いし、水路に沿って細い道と橋が繋がっているので、歩いて回ることも可能。

 旅情があって私はけっこう好きだったりする。


 ただし、それは必ずヴェーネに入る前に馬車を降りなければならないということで、待ち伏せの危険があるということでもあるわけで……。

 オリーヴァ農園の視察から戻って来た私は、馬車の乗り換え場で待ち伏せしていたらしい二人の『公爵』に足止めを喰らっていた。


 公爵、というのは王族の兄弟などに与えられる貴族位。

 向こうの世界と完全に同じではないけれど、こちらにも大貴族達と一部の貴族にほぼ同じような階級分けがある。

 男爵子爵は一代限りの貴族の最高位。アルケディウスで言うなら皇王陛下の腹心、タートザッヘ様とザーフトラク様は子爵で、王宮魔術師ソレルティア様は男爵だ。王宮魔術師フェイはまだ若すぎるけどいずれは男爵くらいにはなれるだろうとのこと。

 大貴族は子孫にその地位を譲ることができる。殆どが伯爵で、侯爵は王家と縁続きの家という意味があるそうだ。皇王陛下の弟の一族とか、皇王妃様のご実家とか。

 で公爵というのは正しく降りた王族そのものに与えられる位置だ。アルケディウスにはいないけど、この世界では貴族位と同じく一代限りの称号。

 フリュッスカイトには二人しかいない。(ソレイル様はいずれそうなるけど、まだ未成人で爵位は得ていないからね)


「我々は姫君との謁見を、公爵として要請する」

「何をしておいでなのですか? お二人共!」

「ソレイル?」「何故、お前がここに?」


 馬車から飛び出して来た弟に、二人の公爵は明らかに困惑の表情を浮かべている。

 拙い所を見られた、とかそんな顔だ。


「サートゥルス兄上、ジョーヴェ兄上。

 何をしておいでなのですか? 皇女の足を止める等失礼にも程があります!

 母上とメルクーリオ兄上の許可は取っているのですか?」

「……うるさい! 母上に話しても、兄上に頼んでもまったく聞く耳もたずではないか!

 皇女の滞在までの予定はほぼビッチリだと。

 だったら、料理知識を学びに、我々の料理人を入れろ、と言っても断られる。

 公主家が新しい知識を第一に得るのは仕方ないとしても、独占して我々に対する武器にしようというのは違うだろう!」


 イライラと巨体を揺らしながら怒鳴るのは多分、サートゥルス様。

 国防を預かる、と言っておられたからきっと国防大臣とかしているのだろう。

 こう見えてもいい身体。お父様といい勝負だ。

 小柄なリオンが並ぶとなお小さく見える。


「サートゥルス兄上の言う通りです。

 確かに我々は、試練を潜り抜けることが出来ず『精霊神の知識』に触れる許可を得られなかった者。

 ですが、書物では無い、隣国より齎された『聖なる乙女』。その祝福まで奪われる権利はありません。だから、直接お願いに参ったのですから」


 もう一人のジョーヴェ様は確か、商業を纏めていると言っていた。

 オリーヴァ農園での話を聞くに、オリーヴァの栽培と加工、販売は王家から委託された貴族の仕事のようだけれど、ガラス加工とかハイセンスなドレスとか工芸品とか、一般にもいい仕事が多そうなんだよね。

 あんまり敵に回したくない気がする。


「だったら、舞踏会でちゃんとお願いすれば良かったんです。

 そうすれば、メルクーリオ兄上はちゃんと繋いで下さったのに」

「黙れ! 子どもは失う者が無いから気楽でられるが、我々は背負う者が多い。そう簡単にプライドがすてられるものか!」

「私達だって、あの問いの『答え』が解らなかったわけではないのですよ。ただ、兄上に『頭を下げる』ことが正答であることを受け入れられなかった。それだけです」


 フリュッスカイトには知恵の国。

 交渉などで理論問題をかけ合うことがよくあるという。

「そもさん!」「せっぱ!」

 の世界だね。問いを破られれば相手に譲らなければならない。

 答えられなければ素直に引く。論理的で合理的かつ平和的な話だと思う。

 その点、舞踏会でメルクーリオ様がかけた問題はちょっとズルだった。

 問題だけだと正答を導き出すことはできない。

 情報が足りないと指摘し、頭を下げて願う。が答えを知らない場合の『正解』

 多分、自分に間違いを指摘したり、頭を下げて来られたりできる人物かどうかが公子の言う『篩い分け』だったのだろうと思う。

 あの交渉問答の本当の意味に気付いたのは私も後からのことだったけれど。


「二方のお気持ちは解りますが、であるのならなおの事、正式に公主様に願い出るべきでは? このような拉致まがいで皇女を連れ去っても、正しい知識を得られぬばかりか、皇女の御不興をかうばかりでしょう?」

「ルイヴィル!」

「お前まで同行させるとは、母上も兄上も本気で、姫君を抱え込むおつもりなのですね」


 頭に血が上っているっぽいお二人を止めるべく、ルイヴィル様が前に出て下さったけれど逆に、お二人の眉は上がって固まってしまう。

 顔も強張り、逆にここで引いたら二度の機会は無い、と精神的に追い詰めてしまったように思える。

 ルイヴィル様もきっとそれに気付いたのだろう。


「私がここに来たのは私的な用事です。

 アルケディウスの少年騎士とまた手合わせがしたくて、その打ち合わせに来たのです。

 姫君と公子妃の護衛はそのついでといおうかで……」

「そんな言い訳が通じると思っているのか!」

「言い訳ではありませんよ。なあ?」

「……はい。それとオリーヴァ農園に魔性が出たのでその警戒についても話をして…」


 慌てた様子で取り繕うけどまあ、確かに言い訳と言われても仕方ないね。


 さて、どうしよう。

 相手も、公子妃やルイヴィル様だけでなく母親の側で暮らす弟に見られてはこの場の行動と交渉の全てが公主様に直ぐ伝わる事が解っただろう。

 さりとて引く訳にもいかない。このまま返せば、後は公主様の許可を得ない限りは『私』から断絶されてしまう。せっかくの機会なのに、それは可哀想。


「お二方に質問なのですが、私に対して何かを強要して知識を得ようとなさいますか?

 結婚とか拉致とか監禁とか」

「ば、バカな事を言うな! 一国の皇女に対してそんな事をしたら厳重な罰を食らうだろう? まして『神』の『聖なる乙女』に手出しなどしたら不老不死の剥奪だってありうる!」


 私には妻だっているし……と

 顔を真っ赤にして言い返すサートゥルス様。

 強面だけれど、育ちはいいし優しくて真面目なのかも。


「ジョーヴェ様。

 私、アルケディウスから食料品と、化粧品の御用商会を連れてきております。

 彼らは新しい商業を齎す者なのですが、フリュッスカイトには不慣れです。便宜を図って頂く事は可能でしょうか?」

「それは、勿論。

 あからさまな贔屓はできませんが、滞在期間が少ない事もあります。丁重な対応を商業ギルドに命じたり、申請に柔軟に対応するくらいであれば……」

「ありがとうございます」


 打てば響くような返事。

 流石知恵の国 フリュッスカイトの公族。公子にはなれなくても十分な教育を受けた頭のいい(失礼)な方だと解る。

 公子は、『交渉は全て断れ』と言ったけれど、プロポーズとか抜きにして頂けるなら力にはなって差し上げたいな。


「ノアール。馬車からオリーヴァの箱をもってきてくれる?」

「かしこまりました」

「? どうかしましたか? 姫君」


 私の背後があわただしく動き、馬車から大きな木の箱が運び出されたのを見て公達が首をかしげている。

「もめたのなら、フリュッスカイトらしく問答で決める、というのはどうでしょうか?」

「問答?」

「はい。

 もし敗北したら皆様にも料理知識が届く様に進言しますし、無理だった場合はフリュッスカイトで頂けるお休みの日に、二方の所で調理の講習会を致します」

「本当か?」

「はい。私も多くの方に『新しい味』を知って頂きたいですから」


 そうして、私は箱からオリーヴァの実を取り出すと箱の上に並べた。

 十七個。


「これは、オリーヴァの実です。

 生の実をご覧になる機会はあまりないのではないでしょうか?」


 一粒手に取って皆に見せた後。

 既に箱の上に並べておいたオリーヴァの実を指し示す。


「ここに十七粒のオリーヴァの実があります。これを三人の公の方々で切らず、潰さず分けて下さい。

 サートゥルス様は二分の一、ジョーヴェ様は三分の一、ソレイル様は九分の一を。

 誰も不満の無い形で」


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