私達は大広場での騒動の後、孤児院の裏手にこっそり戻ってフェイと合流。
王宮の離れ、皇王陛下と皇王妃様の元へ戻った。
「ただいま戻りました。皇王陛下」
「随分早い帰還だな。やはり騒動を引き起こしてきたか?」
「なんで、騒動を引き起こしてきたって断言するんですか? ……そりゃあ、ちょっと騒ぎにはなりましたけれど」
「ダンスまではしてきて良いと申したのにこんなに早くに戻ってきたということは、ダンスまでたどり着けなかったということであろう?
正体が見破られたか? それとも何か騒動に首を突っ込んだか?」
「あうっ……」
すっかり行動パターンを読まれている。
否定もできないよ、これ。どうしよう。
「ガルナシア商会で『大祭の精霊』であることがバレました。
商会長の追及からは逃れたのですがその後、広場で騒動に巻き込まれそうになった侍女達を救った際に目立ってしまったので光の精霊を呼んで目くらまし。ダンスを諦め戻ってきたという感じですね」
「フェイ!」
私がどう説明しようかと悩んでいる間にフェイは何一つオブラートに包むことなく私達のしでかしを皇王陛下に報告する。
納得したように頷く皇王陛下とは正反対に皇王妃様は頭を抱えている。
「侍女を助ける為に貴女達が出る必要がどこにあるというのです。警備兵やカマラもいたでしょう?」
「カマラが少し離れたのを狙っての行動のようでしたので。
あ、カマラを怒ったりはしないで下さいね。すぐに戻ってきてくれて結果的には口を出さなくても間に合ったかな、とは思っています。
ただ、私が心配でリオンに頼んだんです。二人を助けてって」
「それで? 其方達の本当の意味での正体。皇女マリカと騎士リオンであることを感づかれるような行動はしておらぬな?」
「大丈夫……だと思います。
『大祭の精霊』はこの国の事をよく知っている。でごまかせる程度だと」
ガルナシア商会でアインカウフも気付いたようなそぶりは見せていなかったし、リオンが二人を助けた時に
「この子達は皇女の侍女だ」
と庇ったのも『聖なる乙女』の儀式とかでいつも側にいたからだ、とでも言えば誤魔化せる。
あの場で
「『聖なる乙女』に仕える者達に祝福を!」
とか言っておけばより言い訳しやすかったかもしれない。
とっさのことでそんなことを気にする余裕もなかったけど。
「まあ、過ぎてしまったこと、やらかしてしまったことはどうしようもない。
戻り、休め。
後で、街での噂やその後のことについてカマラや侍女たちから聞き取りする必要はあろうがそれは明日以降でいい」
「マリカ、戻ることは可能なのですか?」
「あ、それは大丈夫です。『精霊神様』」
私が目を閉じ、内側に呼びかけるとシュルシュルと音を立てて身体が縮んでいく。
増えた体積は空気中に溶けるように散って跡形もなく消え失せて、代わりにポンという軽い音と煙と共に精霊獣が私達の頭と腕に戻ってきた。
『まったく。君たちはいつも無茶をするんだから。シュヴェールヴァッフェの心配も当然だね』
『少しは自重せよ、と言っても無理なことは解っているがそれでも、自重を覚えよ』
「「すみません」」
しゅんと頭を下げる私達を気遣ってか、皇王陛下もそれ以上のお説教はせずに私達を開放して下さった。
私は皇王妃様の続き部屋に。リオンとフェイは従者の部屋に戻って体を休める様にと言われた。
「あれだけの奇跡、『精霊神』のお力があったとはいえ、貴女の身体に負担が無いわけはありません。ゆっくり休むのですよ」
皇王妃様はそう言うと部屋を出て、私を一人にして下さった。
正確には二匹の精霊獣様もいるけれど。
私はお行儀悪く大祭の精霊の服のまま、天蓋付きベッドにごろん、横になる。
「はあ、疲れました。去年よりはマシですけど」
『一年経って身体もできているからね。
でも本当にこれは先の力の前借り、なんだから。むやみやたらと使わないこと』
『先に司厨長が言っていたであろう。焦って大人になる必要は無い、と』
「はい。ゆっくりと外見に負けない中身を作っていかないといけないですね」
『そういうこと。今日はゆっくり寝なよ』
「はい、ありがとうございました」
二匹の精霊獣達は枕元で寝てしまったので、私はお二人を起こさないように気を付けて服を着替えてタンスの奥に隠すと夜着に着替えてベッドに入った。
今年も大変な騒動になったけれど、楽しいお祭りだった。
リオンと一緒に過ごした楽しい時間を胸に抱いて。
翌日は大祭二日目。男性陣は国務会議、女性陣は皇王妃様主催のお茶会というのが大祭の慣例だ。
去年の国務会議で新しい酒造法と、子どもの保護法ができたのは記憶に新しい。
今年の国務会議では新しい法律案は提出されないけれど、各領地でどんな食材が収穫できるか。
どんな作物が育つかなどを報告しあう。新設された製紙工場の実績なども。
と、一緒に新しく麦酒蔵を建設する領地を決めたり、新設された実習店舗二店目にどんな順番で料理人を派遣するかなどを話しあったりする予定だという。
昔、日本で和紙作りに最適だった楮、ミツマタなどは山岳地の荒れた土地でよく取れたというし、木材加工の廃材を製紙に使える可能性も高いとのこと。
天然炭酸水で息を吹き返しつつあるドルガスタ伯爵領のように、きっとどんな領地にも目玉にできるものが在るはずだから。ぜひ、発掘して育てて欲しいと思う。
そして、いつもの通り、私はお母様と一緒に皇王妃様のお茶会へ。
アーヴェントルクやフリュッスカイトでの旅の話や、大神殿での儀式の話をするように言われている。
お茶会用のお菓子のレシピも頼まれていたけれど、それはもう提出したから準備が済んでいる筈だし。
「この度はお気遣いを賜り、ありがとうございます。
おかげでとても得難い家族の時間を過ごすことができました。」
朝一で戻ってきたミュールズさんは、朝の身支度を手伝ってくれた。
その間にお母様達が登場……あれ?
「カマラだけ? ノアールとセリーナは? まさか怪我でもしましたか?」
お母様の侍女とミーティラ様、そしてカマラはお母様と同行していたけれど、私の側近二人の姿が見えない。
大祭でトラブルには巻き込まれたけど、リオンが助けたからケガとかはしていないと思ったのに……。
「昨日は、お休みを頂き誠にありがとうございました。
祭りを楽しみ、おかげさまをもちまして無事戻ってきたのですが、その後ノアールが体調を崩しまして。今は自室で休ませています。セリーナはその看病に残っているのです」
「体調を崩した? 大丈夫ですか?」
「祭りに遊びに行ったあげく、体調を崩すなんて尊いお方にお仕えする自覚が足りません!」
とミュールズさんは怒ったけれど、私はそれよりノアールのことが心配で思わず腰を上げ詰め寄ってしまう。
お母様が止めるまで。
「その件について、貴女に知らせておかなければならない話があるのです。
昨日の大祭で起きたことと、その後のことについて」
「話?」
「ええ、できればフェイも読んで今後について話し合いたいと思います」
「リオンではなく? フェイですか?」
「ええ。フェイは子どもの『能力』について一番の見識を持っているでしょう?」
お母様ははっきりとは言わなかったけれど、それはつまり……。
「詳しくはお茶会の後で。今は焦らず一つ一つなすべきことを熟していきなさい」
「かしこまりました」
ノアールのことは気になったけれど、言われた通り、私は皇女としての仕事をまずはしっかりと行った。
退屈していた貴婦人たちにとって皇王妃様のお茶会は貴重な娯楽であるようで、私の話を真剣に聞いてくれたのがありがたい。
大きなトラブルもなく無事にお茶会は終わり、館に戻った私達は出会うことになる。
もう一人の私。
鏡に映したように瓜二つの姿をしたノアールと。
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