【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

風国 陰謀vs陰謀

公開日時: 2025年5月5日(月) 10:00
文字数:3,682

 フェイは、昨日の女王陛下主催の歓迎晩餐会を欠席した。

 謎の人物達からの呼び出しがあったからだ。

 私には即日報告が為されている。

 匿名で料理屋を指定しての一方的な呼び出し。

 本来はそんな話に応じる義務も必要性もない。ただ、


「この封蝋はシュトルムスルフト前王の伯父である侯爵の家のものなのです」


 フェイはそう言って、羊皮紙を封じていた封蝋を指し示す。


「第一王子の後見人、母親であった側室の義父でもあります」

「前王の伯父ってことは七精霊の子アルプリエール?」

「そうですね。前々王の妾腹の兄。なので前王妃様とは血が繋がっていないようですが女王陛下にとっては大伯父にあたるようです。祖父の兄弟、ですね。僕にとっては曽祖父の兄弟。

 大伯父よりもう一つ上になるのですが、とりあえず大伯父上と呼ぶようにと言われています」

「祖父の兄? アマリィヤ様の時もそうだったけれど、この国って長子が王になるわけじゃないのかな?」

「伯母上は特に教えては下さらなかったので大神殿の神官長になってから色々と調べました。

 シュトルムスルフトの王家は、血の制限がかからない限りは原則として銀の一族から王妃を娶る決まりがあるのだと」


 銀の一族というのは、黒髪や茶髪が多い中東風国家シュトルムスルフトにおいて、銀の髪を持つ者を多く排する一族の事。初代は精霊神が愛した『聖なる乙女』の兄の一族だと前に当時王太子だったアマリィヤ様が教えてくれた。

 シュトルムスルフトでは従兄妹伯叔父母、乳兄弟の結婚が禁じられている。

 でも精霊の祝福を持つと言われる血をあまり薄めたがらず、実際魔術師が生まれることも多かった王族は、親族と結婚することが少なくなったらしい。特に銀の一族は実り多い領地を抱え、王族に準ずる感じで敬愛され、娘が生まれると数代ごとに婚姻を結んできたのだという。一族に生まれた娘は王家に嫁ぐ者として最高の教育を施され基本的に王妃となる。王妃の子は例え年齢が低くても嫡子として扱われ多くの場合、王位継承権第一位になるわけだ。ファンタジー国家では良くある話。

 男尊女卑のシュトルムスルフトにおいて、銀の一族に生まれた娘は王妃として、次期王の母として完璧な教育を施され王の補佐に付く。


 ただ、それを快く思わない者も当然いる。

 先々代の国王の兄は、自分の方が優秀なのに、弟は正妻の子だから王になったのだ(それが真実かどうかはさておき)と嫉妬心を抱いた。

 先代の国王は自分より優秀な妻に劣等感を抱き、身分の低い寵愛した。

 いつの世も、身分の高い男性の勝手な思いで周囲や女性は振り回され、苦労させられてきた様子。

 男女平等が精霊神の祝福を受けた女王族魔術師アマリィヤ様によって宣言させられてからも、いや尚更、彼らは劣等感や女性への恨みをこじらせた。

 結果、強硬手段に出た訳だ。



 今、彼らは自らの愚かさを曝け出している。

 私達の前で。



 精霊神様が見せてくれる映像の中で、フェイは席についていた。

 ちょっと憮然とした表情。笑みや喜びは見られない。


「では、昨日のお話をもう一度確認させて頂けますか? 大伯父上」

「我々に従う気になったのだな?」

「興味深いお話ではありました。

 ここは、店とは違い大伯父上の館。他の誰にも会話を聞かれることは無いとおっしゃるのですよね。国務会議を終えられたばかりでお疲れでございましょうが、改めて詳しく」

「うむ。フェイ。我々の愛した『聖なる乙女』ファイルーズの忘れ形見よ」


 見るからに偉そうな男性達、その中の一人が話始める。

 我が意を得たり、と言わんばかりの笑みを浮かべて。


「ファイルーズは、親に一方的な結婚を強いられ駆け落ちを余儀なくされた。

 我々はそれを本当に哀れに思っていたのだ」


 席に座っているのはフェイだけ。背後にいるのはリオンとアル。

 三人以外に知った顔は見られない。

 彼らは複数の男性貴族と、それに倍する騎士達に取り囲まれていた。

 顔を俯かせ、哀し気に語る声は微かな震えを宿しているが白々しい口調。

 真実味は欠片も感じられない。


「其方は国王の血を引く男児だ。しかも、賢く、精霊に愛され、長く失われていた風の王の杖に選ばれた者。

 母の無念を晴らし、偽王を廃し、王位に着くがいい。我らが後見する」

「僕は王としての知識や教育を全く受けていない、ただの魔術師にすぎません。そんな僕が王位に付けるのですか?」

「女王に比べればマシだ。『精霊神』は女を支配する者として男を作られた。

 我らの上に女が立つことなどあってはならぬことなのだから」




 はああ、と私の真横から心底呆れたような嘆息の声が響く。


「あれだけ言っても、まだ解らないのか。っとにあんな本持ってこなければ良かった」

「別に精霊神様のせいじゃないですよ。内容を曲解した彼らが悪いんです」


 あんな本、とジャハール様が自嘲したのは地球から持ってきた教義の聖典のことかな?

 宗教の規範になるだけあって、内容そのものは素晴らしいのだけれど、所々新しい大地での生活にはそぐわない所もある。男尊が厳しい所とか、他の宗教を認めない所とか。

 それをちゃんと理解していたから自分の教義として伝えたり訳ではなかったのに。気の毒な話だ。



「アマリィヤも、王の杖を持つお前が王位を継ぐのなら、納得して自ら退位するやもしれん。

 そうすればこの国に再び正当なる王が戻ってくる。お前には私の娘を妻にくれてやろう」

「それは……僕の身に余る話ですね」

「何も難しいことは無い。古くから王家に仕える我々の言う事を聞いて、術を使い、政を行えばいい。精霊の恵みが戻り、黒い油の需要も高まる我が国は、お前を王に頂くことによってシュトルムスルフトは大いに栄える筈だ」


 要するにフェイを傀儡にして、彼らが国政を牛耳るつもりなのだ。

 ホントに呆れてしまう。

 フェイが結婚している事さえ知らない、知ろうとしない。

 まあ、フェイの結婚はまだ公にはされていないけれど、アマリィヤ様は情報を集めて知っていた。そのくらいのこともできない時点で、彼らはアマリィヤ様を悪く言う権利は持たない。


「なるほど、では、ここにいる皆様は僕を本気で支えて下さるとおっしゃるのですね」

「ああ。我らは皆、アマリィヤの圧政から正しきシュトルムスフトを取り戻さんとする同士である」

「具体的にはどのようにするおつもりなのですか? 若く健康な女王をどうやって退位に持ち込むと?

「毒を盛る。既に調理人の何人かは買収しているからな」

「毒、とは穏やかではありませんね」

「即、死に至らしめるようなものではない。少しずつ摂取することで体調を徐々に崩していくものだ。食事に混ぜるつもりだったが、お前が酒などに入れて飲ませればアマリィヤも油断する筈だ」

「女王が気弱になったところを、お前が補佐すれば周囲も自然にアマリィヤからお前に気持ちが傾くのは間違いない」

「僕が女王陛下に毒を?」

「簡単には気付かれることはないし、飲ませた後、直ぐに処分してしまえば証拠も残らない。

 国王にしてやるというのだ、それくらいのことはして貰わないとな」


 鷹揚で、自信満々の口ぶりの大貴族達を前に、フェイは殊勝に俯いて見せた。

 大きな話に興味を持ちながらも怯えているようなそぶりで。

 そもそも、フェイを素直に傀儡にできると思っている時点で間違っている。


「ですが、僕は非才の身。皆様の名すら知りません。

 伯母上には恩もございます。見も知らぬ方々に信頼を預ける訳には……」

「ならば、これを見せてやろう。

 我々の盟約の証故、くれてやるわけにはいかんが」

「これは……」


 テーブルの上に広げられたのは一枚の羊皮紙だった。

 立ち上がり、その羊皮紙に視線を奔らせるフェイ。

 書き出しには『シュトルムスルフトの未来を憂い、栄光を取り戻さんと願う者達の集い』

 とあり、誓いの文面と、それぞれの名前がサインとして記されてあった。

 昔の日本で言う所の血判状みたいな感じかな?


「なるほど、大物揃いですね……。

 大伯父上だけではなく、名だたる侯爵、伯爵が名を連ねている」


 羊皮紙の文言と名前を一文字一文字、なぞるようにフェイは確かめながらそう言った。


「当然だ。

 シュトルムスルフトの大貴族の中でも、特に歴史ある名家以外にはこの集いに参加を許してはいない。特に新興の連中は、アマリィヤの持つ力や施策、新しい食などに尻尾を振っているからな」

「良―くわかりました。誰が、シュトルムスルフトの裏切り者なのかが」

「何!」

「リオン!」


 机と大貴族達から目を離さぬまま、フェイは右手をひらりと上に翳した、

 と同時掌に握られるのは、風の王の杖、シュルーストラム。


「エル・シュルーセン」


 小さな声で紡がれた呪文は、確か風の初級魔術。小さな突風を生み出すものだった筈だ。

 室内のテーブルの上を駆け抜けた風は、決して軽くはない羊皮紙を天井まで吹き飛ばし……

「何!」


 彼らの頭上に瞬間移動したリオンの掌に握らせた。

 状況の解らぬまま呆然とする男達の前で、フェイは口角を上げ杖を煌めかせた。

 星の虹水晶が、地面に降り来たる太陽のような輝きを発したと思った次の瞬間。


「そんな……バカな」

「何が、起きたというのだ?」


 彼らの姿は室内から消えていた。

 完全に、跡形もなく。


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