【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 星と海と

公開日時: 2021年7月23日(金) 07:09
文字数:4,044

 私の仮病騒動で気づけば火の月も終わり。

 風の月に入ったある日。

 私は店の皆と、リオン、フェイ、アルに無理を言って、無理を言って旅に出ていた。


 先行する馬車にはトランスヴァール伯爵。

 後ろの馬車にはリオンと、フェイ、ラールさん。

 復帰して最初の地の曜日。

 調理実習が終わったその日にお願いして馬車を出して貰ったのだ。


 目的地はトランスヴァール伯爵領。

 かの地には海があると聞く。



「海産物が欲しいです! できるならナーハの油も!!!」



 トランスヴァール伯爵からの話を聞いて、その思いが高まっていた。

 本当に、もう心から、魂の声というくらいに。


「海産物、ですか?」

 

 私の叫びを聞いてラールさんが考えるように首を捻っている。

 

「確かに、昔、魚も食卓に上ることはありましたが…、五百年の時を経ておりますし、今も漁などがされているとは…」

「勿論、魚が獲れれば最高ですが、海の恵みは魚だけじゃありません。

 真珠を探しに貝を採りに潜る方がいらっしゃるということなので。

 ウニ、牡蠣、ホタテ…と言っても通じないかもですが大掛かりに船を出さなくても採れる貝類などもありますし、海藻類を干す事で良い出汁が出たりもするのです!

 とにかく本当に海産物が欲しいのです!」


 だって、本当にレパートリーが尽きかけているのだ。

 私は繰り返すけど料理の専門家じゃない。

 家でストレス解消にマンガの本を見ながら料理を作っていた、普通の保育士に過ぎない。

 しかも醤油も味噌も、お米も、出汁をとるための鰹節も昆布も煮干しも無い状態で毎週料理を作っていたらあっという間に、覚えているレシピなど底をついてしまう。


 それでも何とかなっているのは、私の愛読書だった料理マンガ100冊を超えるくらいの長寿マンガで。

 しかも普通の料理マンガには無いくらいに家庭料理からヨーロッパの料理、お菓子、果ては手作りケチャップの作り方までバリエーションに富んでいたからだ。


 でも、流石にそれもそろそろ限界。

 このまま週二で料理実習を続けていたら早々に教えられる料理は無くなってしまう。


 バリエーションを増やす為にも魚は絶対に欲しい。でなければ貝類が。

 昆布やワカメなどがGETできれば最高だ。



 そして海産物と同じくらいに欲しいのが食用油だ。

 ナーハがおそらく私の知るアブラナ、所謂菜の花と同一植物であろうことは確認できている。

 魔王城の島で採取した量は決して多くは無かったけれど、良い油ができたから。


 でも、それを食用油として使うのはまだまだ難しい。

 ペットボトル1本分の油を作るのにその倍以上の重さの油が必要だし。


「油があれば揚げ物ができます。作れる料理のバリエーションも格段に上がるんです。

 貴重な食油を『拙しい人が灯りに使う』くらいに採れているいうのなら買い取って食用にさせて下さい。

 代わりに蝋燭を提供するくらい全然あり」




 私が力説プレゼンテーションしたおかげでガルフと皇子の許可が出て、弾丸旅行と相成った。

 ちなみに海産物を仕入れるなら、魔術師の転移術が必須。

 海産物は鮮度が命。

 必然的にトランスヴァール伯爵にも、フェイの存在と能力を明かすことにはなったのだけれども。


「我が領地がロンバルディア候領のように食物の産地として豊かになるのであれば、全面的に協力いたします」


 と伯爵は言って下さった。

 これが派閥鞍替え前なら当然許可など出無かったろうけれど、危険を冒しても皇子の命令に従い第一皇子派閥のスパイをしてくれるトランスヴァール伯爵を信じるということになったのだ。


 

 

 アルケディウスの王都は、皇国全体からするとかなり北方にある。

 因みにアルケディウスを縦に突っ切ると馬車を使っても一週間以上かかるとのこと。

 以前、アルケディウスからロンバルディア候領まで行った時、馬車で3日かかった。

 なんとなくの主観だけれど、一日で行ける距離は60~80kmくらいじゃないかなと感じている。

 つまりアルケディウスの縦長は500~600km前後、

 北海道とほぼ同じくらいだろうか。

 真ん中に大聖都があって同じくらいの大きさのあるプラーミァ王国まで大陸全体を縦断するなら1000kmを超えるくらいかもしれない。

 

 あ、距離、重さの単位は当然この世界のものと向こうの世界のものは違うけれど(距離はグランテ。重さはルーというらしい)体感でそんなに大きく違っていないように思うので私は頭の中でメートル、グラムで変換して魔王城でもそう話していた。

 

横に突っ切ると場所に寄るけれど四~五日。

 王都から隣のフリュッスカイトまで馬車で国境を抜けるだけなら三日ほどで辿り着く。

 フリュッスカイトの王都までは五日くらいで行くそうだ。


 話に聞いた範囲で考える大雑把な感覚だけれども、この世界の七王国と大聖都の大陸は日本を、ぐるっと丸くしたくらいの大きさ。

 縦幅1000kmくらい、横幅も多分同じくらい。

 徒歩や馬車で、と考えると広いけれど。

 向こうの世界のオーストラリア大陸とか、アメリカ大陸と比べると多分、全然小さいと思う。


 そして『星』という言葉が示す通り球体なのだということは、以前シュルーストラムとフェイが教えてくれた。


 太陽があり、月もある。

 地球によく似ているけれど、きっと小さく縮小されたようなこの『星』の生き物は『星の意思』によって生み出され、守られているのだと。


「ねえ、フェイ?」

「なんでしょう?」

 

 アルケディウスからトランスヴァール領までも約三日。

 馬車での旅は退屈なので、色々考えてみている。


「海を移動する、って概念は無いのかな?」

「海を…ですか?」

 

 考えたことも無かったという顔で言うフェイに、私は退屈しのぎに書いていた木札を見せる。


「この『星』は球体、なんでしょ? 例えばアルケディウスとプラーミァ。

 こういう風に行ったら地上を歩くより早くない?」

「『星』が球体? そんな話は聞いたこともありませんよ?」


 くるりと書いた丸に線を引く。

 私はフェイに話しかけたけれども、同じ個室にいるからリードさんにも当然聞こえてる。

 驚きに眼を見開くリードさんに私はちょっとビックリした。


「え? 知らない?」

「当たり前の事だろ?」

「精霊術士が、それも直接精霊と話せるような高位精霊から聞かなければ解らない話です。知らなくても無理はありません」


 別の意味合いで瞬きするリオンとリードさんを交互に見ながら口角を小さく上げてフェイが哂う。

 

「精霊達と直接会話する魔術師の多くは五百年前に滅んだ。

 今いる精霊術士達の多くは、杖に精霊が宿るとも知らずただ、伝えられた呪文で精霊達の力を引き出しているだけ。

 リオンが教えたなら皇子はご存知かもしれませんが、国の王族、皇族でさえも『星』が球体であるとか、天空に太陽と月と、この星が浮かんでいるなどとは知らないと思いますよ?」

「え? 星が球体で、太陽と月と星が浮かんでいる? 何を言っているのかさっぱりです?

 大地は一枚の板で、太陽と月がその周囲を回っているのでしょう?」


 所謂天動説。

 星や世界を俯瞰して見られなければ解らない、当然の説だから可笑しいとは思わないけれど、アルケディウスの書物には普通に地動説を伝える書物があったから、まさか世界に伝わっている文化がそう、だとは思ってなかった。

 宇宙に浮かんでいる星、と太陽、そして月の絵もあった。

 まあ、アルケディウスの書物にもこの太陽系がどんな風に成り立っているとかは書いてなかったけど。


「でも『星』なんだから…あ、そっか」



 そこで自分とこの世界の常識の相違に気付く。

 私は向こうの世界の常識で『星』というのが、この世界に浮かぶ、向こうの世界で言う所の『地球』のようなものだと思っていたけれど、この世界の人々にとっての『星』はこの世界、大陸、大地そのもの。

 という意味なんだ。


 それが球体とか、宇宙に浮かんでいてなんて話はそれこそ『星』に聞かないと解らない。

 天体望遠鏡などを作って観測を続け、世界の真実に辿り着いた。

 研鑽を重ね人間の力だけで、星の世界に辿り着いた向こうの世界のような天才でもいなければ。


「古い魔術師達も『星』の精霊からそれを聞いたとしても積極的に世に伝えるような事はしなかったと思いますよ。

 彼らの役目は『星』と人を繋ぐこと。星が平面でも球体でも大差はありませんから」

「では、本当に星は丸くて、空に浮いていると? ありえません。そんな事をしたら落ちてきますよ?」

「『星』が護ってるから平気なんだ」


 混乱しまくってるリードさん。

 でも、重力とか天体の仕組みを素人に解るように説明するのは私には無理だ。

 リオンの言うとおり私の知るそれとは違う法則があるのかもしれないし。

 だから


「まあ、それはそれとして…」


 自分でふった話だけど。今回は強引に切って話題転換。




「じゃあ、船を作ってよその国に行くとかは無いんだ」

「俺が旅してた時でも、河を渡る小舟程度のものしかなかったからな。何日も海を行くような船を作れる技術も無いと思うぞ」

「今は、どうなのかな? この世界の船舶技術ってどんな感じなんだろう?」


 需要が無ければ技術は発達しない。

 今回は海! 海産物! 欲しい! 

 だけで突っ走ってきてしまったけれど、私はそもそもこの世界の船舶技術とかについても全く知らない。

 

 考えてみれば国と国との出入りの仕方とか、国境についてとか、領地と領地の行き来に付いても。

 まだアルケディウスについてさえも理解がおいついてないから焦りは禁物だけれども。

 今後はそういうことも考えて、学んで行かないといけないのかもしれない。

 せっかく海辺の町に行くのだから、ちゃんと見て来よう。



 私がそんな事を考えていると、ふいに何かが変わったのを感じた。

 空気の色、だろうか?

 どこかツンと尖った、今までの空気に何かが混じったような匂い。


「外を御覧になって下さい。海が見えてきましたよ」

 

 御者さんが箱馬車の中にいる私達に声をかけてくれた。

 小窓をそっと開けてみる。


「うわー、ホントに海だ~」



 街道の向こうに、遠く広がる水面が見えた。


 この世界に来て、初めての海は、向こうの世界と同じように晴れた秋晴れの空を映して蒼く輝いていた。

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