大聖都での式典と、晩餐会が終わって、私は一週間のお休みを貰い、アルケディウスに帰国することになった。
「では、何かあったら連絡して下さいね」
「かしこまりました。どうぞごゆっくり」
フェイに見送られて、私は大聖都の奥の転移陣に入る。
既に随員達の多くは先に行っているので、最後に残ったのは私とリオン、カマラ。
後は、二匹の精霊獣達。
二年前の大聖都での魔王襲撃以来、大聖都にある転移陣は厳重な警備下に置かれている。各国の転移陣と違って国境を超えられる数少ない転移陣なので使用には申請と許可が必要。
でも、許可を出すのは私とフェイだから、結局アルケディウスのメンバーはフリーパスだ。
国境を超える税関手続きも、神殿内で処理する。
奥の間に入るとセリーナが杖を持って待ってくれていた。
方陣の起動には魔術師の力が必要(名目)なのでセリーナは随員を往復させてくれているのだ。
「何度もご苦労様でした。セリーナ。私達で最後です」
「解りました」
「では、いってきます」
リオンとフェイもアイコンタクト。二人はもう言葉が無くても意思疎通できるっぽい。
羨ましいなあ。
「行ってらっしゃいませ」
方陣に魔術、精霊の力が流れて術式を起動させる。
まるで見えない手が文字を書くように方陣全体に力が注がれると、輝く光がぐるりと円を描き立ち上がる。
転移陣に乗っている時の間隔は気持ちがいいような、背中の後ろがもぞもぞするような不思議な感じだ。
そして……気が付けば、私達は
「お帰りなさいませ。マリカ様」
「ただいま戻りました。フラーブ」
アルケディウスに転移していた。
アルケディウスの神殿の神殿長を今、勤めているのはフラーブだ。
一度は大聖都で神官長を務めてくれたけれど自分には荷が重すぎると、後任が決まった時点で辞去。
私が大神官になった事で空いたアルケディウス神殿の大神殿になって貰った。
柵が無い分こちらの方が居心地いいらしい。解る気がする。
「申し訳ありませんが、今回は休暇なので神殿行事にはあまり顔を出せません。
許して下さいね」
「承知しております。大聖都にお戻りになる前に一度だけ、礼拝を取り仕切って頂ければ」
「解りました」
アルケディウスの神殿は、私が一番に改革を行ったところなので規範は行き届いていると思う。今の所苦情もないし、掃除も行き届いているし、信頼している。
「何かあれば連絡はセリーナの通信鏡か、第三皇子家に」
「かしこまりました。どうぞごゆっくり」
大神殿の前に出ると、馬車が待っている。
第三皇子家の馬車だ。
ミュールズさんが扉を開けて待っていてくれた。
みんなで中に乗り込むと滑るように馬車は走り出していく。
貴族区画の門を抜け、街を走り王宮区画へ。
その入り口に、私の家がある。
「お父様! お母様!」
「マリカ様!」
貴婦人にはあるまじきかも、だけれど窓から顔を出すと、家の入口に家族が勢ぞろいしていた。
玄関前に僅かなずれもなく静止した馬車から駆け降りる、のは一生懸命我慢して、私は先に降りたリオンにエスコートして貰って降り立つと、優雅にカテーシー。
挨拶をした。フォル君レヴィーナちゃんが見ている。お姉ちゃんとしてしゃんとしないと。
「アルケディウス皇女 マリカ。只今戻りました」
「ご苦労。礼大祭も無事に終えたようだな」
「お帰りなさい。マリカ。ゆっくりはしていられないかもしれないけれど、少しでも身体と心を休めていって」
「はい。……お母様!」
貴族としての挨拶が終わった後、私はお母様の胸に飛び込んだ。
もう十四歳ともなれば甘えてばかりはいられないのだけれど、お母様の顔を見ると本当に子どもに戻ってしまう。
潔斎や他国への訪問行事があって、アルケディウスに戻って来れたのは一月ぶりだし。
お母様の優しさをたっぷり補給したい。
「マリカねえさま。おかえりなさい!」「おかえり! おかえり!!」
「レヴィーナちゃん。フォル君もただいま。
色々とお土産もあるから。いっぱい遊ぼうね!」
「「わーい!」」
レヴィーナちゃんとフォル君も随分大きくなった。
お父様そっくりの赤毛、黒い瞳のフォル君。
お母様と同じ優しい茶髪、水色の瞳が可愛いレヴィーナちゃん。
向こうで言うと三歳児年少組、ってところかな。
可愛くて可愛くて。思わず一人ずつぎゅーっと抱きしめる。
だっこするとてれくさそうに笑う様子もまた可愛い。
「疲れているだろうが、今日の夜は宮殿での挨拶と報告だ。
大貴族どもは休暇終わりの晩餐会まで退けるが、皇王陛下達はお待ちかねだからな」
「解りました」
「明日からは数日、ゆっくりできるように手配します。あと少し、頑張って」
「がんばれー」「がんばってー」
「うん。お姉ちゃん、がんばるからね」
私が拳に気合と力を入れるのを、それをフォル君とレヴィーナちゃんが真似するのを。
お父様とお母様。
リオンにカマラ、セリーナ。そしてミュールズさんも微笑んで見守ってくれていた。
そして、王宮での晩餐会。
因みに料理は皇王の料理人ザーフトラク様の心づくしで最高に美味しい。
特に前菜のサラダ。そのドレッシングに味噌を使っているのが驚きだ。
最近のザーフトラク様は、料理の研究に余念がなく色々と創意工夫を加えた新しい料理を作って下さる。
毎回、帰国するとお父様やお母様。
皇王陛下に怒られることが多いけれどこの料理を食べる為なら我慢する。
「大神官になって少しは落ち着くかと思ったが、其方は全く変わらぬな」
「一生懸命仕事を頑張っている娘にそれは失礼じゃないですか? お祖父様」
「仮にも皇王たる祖父に敬意も払わぬ孫娘は失礼ではないのか?」
「敬意はちゃんと払ってます。
一応、これでも大行事を終えてきたんですよ。
やらかしだって最近は殆どないんですから労って頂けると嬉しいんですけれど」
いつもながらに私の説教から入る皇王陛下。
私を心配してのことだとは解っているし、色々な調整やフォローをして下さっているのは感謝しているのだけど、食事中くらいは褒めて欲しいなあ。
でも、こういう気の置けない家族の会話は、ちょっと嬉しい。
私が子ども扱いされるのも。
大神殿では、お飾りとはいえ王様扱いと言おうかトップとして責任を持たなければならないこと、多いからね。
こうして、子どもとして甘えられるのは嬉しい。
それに
「解っている。其方はよくやっている」
「え?」
そんな気持ちを読み取ったわけでは無いだろうけれど庇うように、トレランス皇子が私の事を褒めて下さった。
これにはちょっとびっくり。
「大聖都に入る前、入ってからも其方は子どもの身でよくやっている。
今、アルケディウスだけではない、全ての国の景気が上向き、技術が育ち、人々が活気に満ちた生活ができているのは、其方の功績が大きいだろう」
「ほほう。随分、素直に褒めるな。ケントニス」
「悔しくても事実、ですから」
皇王陛下が目を見開いて含み笑う。
料理に集中するふりをして、肉を切っているけれど、ケントニス皇子は本当に今までのような皮肉や含みの無い、素直な誉め言葉を私にくれた。
「そうですわね。ラウルも双子たちと本当に仲良くしています。
互いに刺激し合ってか、成長が明らかに早いと感じるのですよ」
アドラクィーレ様がにこやかに頷く。
王子もだけどアドラクィーレ様も子どもができて、本当に変わった感じ。
落ち着いたというか、柔らかいお母さんになったというか。
「ラウルトリスは、身体を動かすのはあまり好きでは無い様だ。年齢的なことを含めてもフォルトフィーグとは雲泥の差がある。だが、頭は良い。
まだ三歳にもならぬというのに、文字に興味を示し、物語に目を輝かせる。
乳母が読んで聞かせた物語を、ほぼ暗記して口真似ていることがあるのだ」
「それは凄いですね」
お二人の子、ラウル君は金髪蒼眼でお父さんそっくり。
私の提案を覚えていて下さったのか、今年の新年から日中は一緒の子ども部屋で過ごしているそうだけれど、一緒に遊ぶようになって互いに仲良くしているらしい。
いくつか、子育てアドバイスもしたけれど。
最初は年上なこともあって、フォル君の驚異的な身体能力とラウル君を比べて落ち込んでいたケントニス皇子だったけれど
「子どもの良い所を認め、伸ばして下さい。
フォル君はお父様とお母様の子ですから、運動とか戦士としての素質とか叶わないと思いますけど、王の素質ってそういうものではないですよね」
そう言ってからは、ラウル君なりの良い所を見つけ褒めて下さるっているようだ。
「フォルトフィーグは弟のように思って面倒を見ているな。ラウルトリスがまだ幼いのと内向的なので、早く一緒に戦いごっこなどをしたいとよく言っている」
「子どもは大人をよく見ているようですね。フォルトフィーグの剣の持ち方や、ラウルトリスがペンをもって字を書く真似をする様子などは父親にそっくりだと感じることが多いのですよ」
「ラウルトリスはフォルトフィーグの真似も良くする。兄のように慕っているな。
兄弟というものは一緒に育つとこのように良い関係を築けるものなのだと、少し羨ましくなった」
ラウル君はまだ二歳半くらいだけれど、この年なら歩けるし、走れるし色々な事が自分でできる歳。この世界が十六か月一年なことを考えると三歳にもなっているし、一緒に遊ぶには丁度いい年かもしれない。
「その日、あったことを楽しそうに話してくれる様子などを見るにつけ、ああ。自分もこうしたかった。と孤独だった子ども時代を思い出すのだ」
ケントニス様はそう言って少し寂しげな表情を浮かべる。
第一皇子だったことや前王の即位で急がしかったこと、前王妃様の介入とかもあって第一皇子、第二皇子は前王妃様主導で親元から離れて育てられたのだと聞いた。
「確かに……お前達は我々の手元で育てることも叶わなかったからな」
「寂しい思いをさせましたね。反省しています」
「いえ、お二人を責めたいわけでは無いのです。ただ、我が子は自分の感じていた昏い思いは知らずに済む。マリカのおかげで。
それが嬉しいと私は感じています」
そう言うと、ケントニス伯父上は私をもう一度褒めて下さった。
「感謝している。
マリカ。
其方は良くやっている。私が同い年の頃よりはずっと、な」
「ありがとうございます」
「両家の様子がとても楽しそうなので、メリーディエーラと、我々も子が賜れればと話すこともあるのですよ」
「ケントニス様!」
家族同士、笑いの輪が弾けた。
ほんの数年前まで、敵対し、派閥を作り、憎み合ってさえいたアルケディウス皇王家。
でも今は一緒に笑い合い、思い合うことができようになった。
少し離れてしまっているけれど。
今は、ここにも私の大事な家族がいる。その輪の中にいられる。
それが嬉しかった。
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