皇子の出産が終わるとすぐ、私達は最後の訪問に向かうことになる。
シュトルムスルフトとヒンメルヴェルエクト。
いわゆる秋二国だ。
もうすぐ、夜の一月の第二週が終わるから、第三週の木の日に出発。
第四週の木の日までにはシュトルムスルフトに到着して二週間滞在。
夜の二月の第二週にシュトルムスルフトを出て、ヒンメルヴェルエクトへ。
ヒンメルヴェルエクトへの旅程も一週間ほど取って第三週から二週間滞在。
星の一月、第二週くらいまでには戻ってくる予定だけれども多少の日程の流動には臨機応変に対応する。
「星の二月までには何があろうとも戻って参れ。新年の参賀の準備がある」
「解りました」
七国の王族には年に一度、新年に大聖都で行われるサミットへの参加が義務づけられている。国王夫妻以外に主賓として連れていけるのは一人、ないし夫婦一組だけ。
「『聖なる乙女』の参加は義務、なんですよね?
じゃあ、私がいる限りアルケディウスは他の人を連れてこれない?」
「いや『聖なる乙女』は別枠だから、望めば連れていくことは可能だ。
だが、ケントニスはアドラクィーレがまだ動かせぬ。トレランスは理由が無い。ライオットとティラトリーツェも双子を置いて旅には出られぬだろうから、今年もアルケディウスからは其方だけということになるやもしれんな」
「あー、そうですね」
皇王陛下はそう説明して下さった。
私が別枠ならワンチャンお父様とお母様が一緒に来てくれないかな、と思ったけれどやっぱりまだ一歳になったばかりの双子ちゃんから、一か月近くもお母さんを離すのは可愛そうだ。
「とにかく気を付けて行けよ。毎日通信鏡で連絡を。
なるべく騒ぎを起こさず、やるべきことを終えて戻ってくるのだ」
騒ぎを起こさずの前につく言葉が『なるべく』な所で皇王陛下も諦めているのかなって思う。何度も繰り返し言うけれど、私自身は騒ぎを起こそうと思って起こしたことはない。
なるべく穏便にことを終えて戻ってきたいと思っている。
「ねえ、ラス様。アーレリオス様。
シュトルムスルフトとヒンメルヴェルエクトの『精霊神』様のことを聞きたいっていうのは言えないことに入ります?」
出発前の最後の精霊古語授業の後、捕まえた『精霊神』お二人に私はこっそり聞いてみた。
因みにお二人は私の旅行には同行予定。
「ラス様、もう体調はいいんですか?」
『体調、というか、ちょっと力の使い過ぎ。じっくり休んだし、もう大丈夫だよ。
君の側にいると気力の補充もできるしね』
一時期、私の治療とかタシュケント伯爵夫人との対峙で力を使いすぎたのか。
姿を見せなかったのだけれど、最近は戻ってきている。
『七精霊神』様を全部復活させて、経路を繋ぎたいんだって。
最初に復活したアーレリオス様は最初っからそれを目論んで精霊獣を作ったらしかった。
七国中五カ国の『精霊神』が復活した。
残りは後二人、正しく秋国だ。
「秋国で復活の儀式を許してもらえるかどうかは解りませんが……」
『他国が全て『精霊神』を復活させているのに自分の国だけ復活しないでいいって考えるもんかな?』
『いや、ジャハールの所は解らんな。あいつ自身は堅物なのに子孫はどうしてああなったと怒っていただろう?』
『そうだったね。キュリオの所は大丈夫だと思うけど』
「ジャハール? キュリオ?」
多分、秋二国の精霊神様のお名前なのだろうとは思うけど、説明はして下さらない。
お二人の会話は弾んでいるけれど。
と思って気が付いた。
もしかすると『説明』は制限にかかるのかも。
でもお二人の会話を私が聞いているということにすれば、多少の情報漏れは許してもらえるとかかな?
『ヒンメルヴェルエクトは大きな問題が出ぬと思う。あの国と民は新しもの好きで元気があった。『新しい食』も受け入れることに抵抗は無い筈だ。我々の知る限りではあるが』
『でもシュトルムスルフトは気を付けて『精霊神』は話が解らない奴じゃないんだけど、民がね、一度とんでもないことを引き起こして『彼』の怒りを爆発させてるんだ』
「怒りを、爆発?」
『そ。王勺を取り上げるくらい』
『あと、耕地の三分の一を砂漠化させたな』
『ナハトも怒って地形を変えたりしたことがあったがあれより酷かったな』
「はあ? 王勺を取り上げて大地を砂漠化? 一体何をしでかしたんですか?」
『『……』』
二人同時に見事に黙ってしまった。制限にかかるのか。それとも仲間の名誉の為か。
それは解らないけれど、朗らかには言えない事であるのは間違いなさそうだ。
『人には『精霊』の力を授けるのは大きすぎ、また早すぎたのだろう。
年月を重ねる中、濁りが出るのは仕方ないことではあるのだが』
『子ども達は信じて育てるべきだけれど、それは野放しと同意じゃない。
悪いことは悪いとしっかり教える者が必要だったんだ』
寂しそうに、悲しそうに顔を背けるお二人。
言ってることは間違いなく正しい。
でも……。
『そういう訳だから、シュトルムスルフトに行くときは気をつけろ。プラーミァやエルディランドのように心を入れ替えているようなら良いのだが』
『考え方や信じるモノが独特、と言おうか色々と違いすぎるからね。
妻が一人で四人までOK、妻じゃなければもっと大丈夫だから嫁に来いなんて嫌だろう』
「それは嫌です。勿論」
またプロポーズ攻撃になるのかな、と思ったけれど、その時はプラーミァ方式で蹴散らしてくれるだろう。リオンが。
『僕達はね、兄弟のような仲間であってもそれぞれの国とやり方に基本的に干渉はしない、と決めているんだ』
『子ども達にもそれはキツく伝えていたつもりであったのだが、躾が足りなかったようだな。まあ、それでもプラーミァは心を入れ替えてくれて良かったが』
『逆にアルケディウスはこれからを良く見張っていかないといけない。他国より優れた力がある、と奢ることのないように』
「アルケディウスは大丈夫ですよ。きっと」
『うん、そう信じてる』
どんなに愛情を込めて育てても、ごく稀にそれが届き憎い人間に育つことはある。
向こうの世界でいうなら発達障がいと呼ばれる脳の機能不全とか。
生きづらさや考え方、ものの見方、捕らえ方の違いに気づき、早期発見対処するなんてこの時代は難しい。王家とかだとなおの事。
向こうの世界でだって歴史上、暴君と呼ばれた王者は何人もいたし、その度に悲劇は起きた。
この世界はそれに比べれば恵まれている。
国を人を、愛し見守ってくれる超存在が確かに側にいて、支えてくれるのだから。
「とりあえず、行ってみましょう。
私、今まで以上に頑張ります」
ピュールとローシャ。
二匹の精霊獣を私はぎゅうと、抱きしめた。
優しい『精霊神』様達。
たくさん助けて貰っているのだから、私もできるかぎりのことはしてお助けしたい。
『頼むよ。期待している。僕達の『精霊の貴人』』
『だが、わが身の安全は第一に考えろ。
其方が傷つけられれば『星』にもアルケディウスの者達にも顔向けができん』
「ありがとうございます」
そうして数日後、アルケディウス最初の雪の舞い散る日。
私達は最後の七国訪問へと旅立ったのだ。
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