【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

地国 一人きりの王子

公開日時: 2022年7月1日(金) 08:33
文字数:4,709

「うん、いい出来、こっちでも米粉は普通に行けそう」


 私は出来上がった米粉クッキーの味見をしながらホッと胸をなでおろした。

 甘さ控えめ、グルテンフリーのクッキーは向こうの世界で、小麦粉アレルギーの子の為に調べた事があったのだ。

 サクサクとした食感は小麦粉のそれよりも軽くて懐かしい感じがする。

 

「こっちのリアって品種とかあるのかな? なんとなくコシヒカリ系の気がするんだけれど…」


 米に力と味がある。

 米自体が食べて美味しい系のお米だ。

 米粉でお菓子を作っても味わいが深い。


「とりあえず、思いつくまま、思い出せるままいろいろ作ってみよう」


 私は、ギフトで米を粉にしながら頭の中の米粉レシピを検索していた。




 今回のエルディランド滞在はとにかく料理レシピを教える事がメインになりそうだ。


 私は今日の調理実習を終えてそう結論付けた。


 基本的にアルケディウスに行っている調理実習生が普通に運用されているレシピは覚えて来る筈なので、私はエルディランドで、エルディランドでしか作れないようなメニューを教えていきたいと思っている。

 メインはリア、お米を使った料理。

 醤油、酒を使った和食風レシピも。

アルケディウスで好評だった肉じゃがや豚の角煮はいけると思う。

 煮物系のレパートリーが多くなるのは私が下ごしらえをした後、火にかけてほっとく系の料理ばっかり作ってたからで。

 あとはソーハ。完熟した大豆、は使っていても枝豆、食べているのかな?

 豆腐を作る上で必要なにがりの代わりになるものはあるかな?

 色々考えてみている。



 滞在期間がプラーミァより一週間少ないので出来る限りの調理法を教えて、その合間、第二王子の醸造所に行く。

 あと、知られていない野菜類が無いかを調べる時間を貰う、ということで合意した。


 街に出る時間は残念ながら今回は無さそうで、エルディランドの食品扱い窓口となる商会については基本アルに任せて、最終契約はにらみを利かせる意味で私も立ち会う。

 ヴァルさんやウルクスを護衛に付けているのにアルを子どもと侮るような商会は、その時点で篩い分けしてぽい、だ。


 夜の日に一度、森の探索。

 最終日前日にエルディランドの印刷所と、書庫を見せて頂く事になっている。

 日程も少ないし、ほぼ休みなしだね。

 まあ、私としては異世界で諦めていたご飯が食べられるようになって幸せなので文句はないけれど。


 とりあえず明日は豚肉、もといイノシシ肉を使った角煮を作る予定。

 後は米粉を使ったお団子か…、大豆があればきな粉はいけるし、みたらしも…。

 一応、小型の石臼は持って来たけれど、こちらには粉ひきの機会はあるのだろうか?

 ギフトで今はズルをしているけれど、こちらでは石臼やすりこぎを使って粉をひいてもらわないといけないし…。


 そんなことを考えて、台所で試作がてらの賄い作りをしていたら…。


「姫様。よろしいでしょうか?」

「何ですか? ミュールズさん」


 私を呼ぶ侍女頭、ミュールズさんの呼び声。

 私は手を止めて、そちらの方を見た。


「第一王子が面会をお求めです。どうなさいますか?

 お受けになられますか?」

「面会、ですか?」

「ええ、先ほどの事をお詫びしたい、と。もう、外においでのようです」

 

 少し、驚いた。

 調理実習の後、部屋から追い出された第一王子スーダイ様。

 王様に怒られたとかしたのかもしれないけれど、自分から謝罪に来たのだろうか?

 贈り物攻勢とかして来るとかは想定の範囲内だったけれど、自分から謝りに足を運んで来るとは…。


 いやいや、油断しちゃいけない。

 本当に謝りに来たのかどうか解らないし。


「解りました。応接室にお通しして下さい。

 片づけをして直ぐに行く、と。

 そして休憩中に申し訳ないのですがリオンとカマラを呼んで下さい」

「かしこまりました」

 

 手早く片づけをして、コックコートを外して即、応接室に向かう。

 着替えて身支度を整えている間はない。

 

「終ったら続きをするので、そのままでいいですよ。

 あ、あとお湯を沸かしてお茶の準備を。試作品の米粉クッキーをお出しして下さい」

「かしこまりました」


 セリーナにお茶の用意を頼んで、私は応接室に向かうとお付きの人を数名釣れた第一王子、スーダイ様が本当にいた。

 なんだか、シュンとした表情で項垂れているのが妙に愛らしい。

 って、大人に何を言ってるんだ。私は。


「お待たせして、申しわけありません。

 先ほどは失礼しました」

「…いや、こちらこそ、無礼をしてすまなかった…」


 おや、意外に素直。

 真っ直ぐな謝罪の言葉に目を見開く私の態度に気付いたのだろう。

 王子は顔を背けながらもふんと、鼻白んだ声を上げた。


「…私だって、恥を知らない訳ではない。

 父上にあれほど怒られれば反省もする。

 亡き母上にも間違いに気付いたら、謝罪する事を躊躇ってはいけないと言われているしな」


 本気で見直した。

 我が儘放題、絵に描いたようなバカ王子(失礼)だと思ったけれど、ちゃんと間違いに気付いたら謝れる人なんだ。

 お母様はしっかりとした方だったのだろう。


「ステキなお母様ですね」


 本心からそう褒めると王子は嬉しそうに頷いた。


「それは当然だ。前エルディランド大王の正嫡の姫だったのだ。

 エルディランド最後の『聖なる乙女』だったのだぞ」


 丁度、セリーナがお茶を持ってきてくれたので、お茶を入れながら話を聞くと


「おお! この菓子は美味だな!」


 お菓子に機嫌を良くした王子は嬉しそうに楽しそうに『お母様』の話をして下さったのだ。




 王子の話を伺うに現エルディランド大王様は、前エルディランド大王の弟であったらしい。

 歳が離れ身体の弱い姪の婿のような形で王位に付いた。

 

 結婚した時大王様が三十五歳、姫君が十五歳だったというから二十歳年下。

 随分な歳の差夫婦だね。


 その後、長く子どもに恵まれず十年以上経ってやっとスーダイ王子が生まれた。

 でも、産後姫君は体調を悪くし、寝たり起きたりを繰り返し、王子が成人する前に亡くなった。

 大王は幼くして母親を亡くした我が子可愛さに甘やかして育ててしまった。と言う感じのようだ。


 でも、あれ?

 三十五+十二くらい? 今、大王様は七十代前後に見えたんだけど…。


「スーダイ様、失礼ですが不老不死前はおいくつだったんですか?」

「…不老不死になったのは二十九の春だ」

「えええっ! お父様より年下!? 二十代?」

「煩い奴だな。太っている、老けて見えるとは不老不死前から言われているから言うな!」


 …見えない。

 でも…そうか。不老不死前に太っていると、身体が固定されて痩せようにも痩せないのか。


「…お前らのような若くて、身目麗しい奴には解らんだろうが、私のような侮男が不老不死になってもあんまりいいことは無いのだ。

 若くて良い女は大抵永遠の時を生きるなら、美形の男と共にいたがるしな。

 母上が亡くなってから私はずっと一人だ。」


 吐き捨てるように言うスーダイ王子の口調には悔しさがにじみ出ている。


「御縁談、とかは失礼ながら無かったのですか?」

「他国の王族に姫は殆ど生まれていなかった。プラーミァの王女と、という話も無くは無かったが彼女はアルケディウスに嫁いだ。

 大貴族の娘も不老不死以前ならともかく、永遠に王になれない侮男の王子の妻になりたいとは思わなかったのだろう…」


 命令する事もできなくはなかったけれども、永遠の時を生きる相手に無理強いはしたくなかったという。

 最初の印象が悪すぎて、なんとなく女癖が悪くて結婚できなかったソルプレーザと同類のような気がしていたけれど。

 以外に優しい?


「あ、なら私は良かったんです?」

「仕事をさせられている庶出の姫だろう?

 王位継承者の妻は出世だろうと思ったのだ。其方の作った料理をこれからも食べたい、とは本気で思ったし…」


 なるほど。

 あの求婚も恋愛経験0の箱入り王子様なりの優しさではあったのか。

 甘やかされ、自己承認欲求が高い割りに優しさと思いやりはあって、我が儘を最後の所で押し通せない。と。


「王子、お仕事はされておられないのですか?」

「国務に関しては一通り学んでいる。

 少し前まではある程度、父上の補佐もしていたのだ。

 徴税の為に、国のあちこちも回っていたし、山歩きも趣味だ。

 戦も、地形を活用して指揮を執るのが得意で、プラーミァにだって、フリュッスカイトにだって大きく負け越してはいないのだぞ!」


 ふむ、無能とかやる気がない、と言う訳でもないんだ。 


「だが、カイトの一族が台頭し、グアンが第二王子として取り立てられてからは皆がグアンばかりを頼りにするようになって私の仕事は奪われてしまった…。

 父上までお前は無理をしなくていい、と。

 子ども上がりの癖に…」


 ………何故だろう。

 私の横幅二倍はありそうなデカい体形の大人なのに、誰も認めてくれない、と拗ねる子どもに見える。

 いや、実際子どもなんだな。

 ん?


「あ、ピュール?」


 しょんぼりと肩を落とす王子の背中を、ピュールが駈け上がって行った。

 護衛や側近が止める間もなく肩の上に昇ってどっかりと腰を下ろしてしまう。

 

「なんだ? こいつは」

「あ、私のペット…。旅の癒しに連れて来た小動物なのです。ご無礼を…。

 今降ろします」


 私は手を伸ばすけれども、さりげなく王子は身体を捻って拒絶する。

 もふもふと、ピュールの首元を触って感触を楽しんでおられているようだ。

 ピュールもなんだか懐いてる?


「別に構わん。私も昔、猫を飼っていたことがある」

「昔?」

「不老不死ではどんな動物も先に死ぬ。可愛がっても直ぐに別れるのでは寂しいだろう?」



 ………よし。



「スーダイ王子様。

 私に謝罪に来てくださったのでしたら、おねだりを一つ、聞いて頂けませんか?」

「おねだり? なんだ? 何か欲しいものでもあるのか?」


 ピュールを肩に乗せたまま素直に頷いて下さる優しい王子に私は遠慮なく甘える事にする。 


「欲しいもの、と言えばそうなんですけれど。

 山歩きがご趣味、なんですよね。珍しい植物とか、各地の特産とかご存知ではありませんか?」

「珍しい植物?」

「ええ。私、エルディランドの植物に興味がございます。

『新しい食』『新しい味』は肉料理だけでは無く野菜、植物が重要なので、食べられる植物を調べているのです」

「どれが、食べられるものかなど、私には解らんぞ?」

「ええ。ですからエルディランドの植物の採取をお願いできないでしょうか?

 勿論、部下の方にお命じになる形でもかまいませんので」

「良いだろう。どうせ私はやることがないのだ。外出しようと何をしようと咎める者はいない」

「葉っぱ、木の実、根っこなどできる限り、集めて下さるとうれしいです。

 ある程度貯まったら、お声かけ下さい。また一緒にお茶しましょう」

「この菓子を出してくれるか?」

「はい。新作のお菓子も用意してお待ちしております」

「解った。楽しみに待っているがいい!」


 王子はそう言って、ピュールに手を振り、にここに笑顔で帰って行った。



「見事な手腕であらせられますこと」

「そう? でも、あの王子様も本当は悪い子じゃなさそうだし」


 私のあしらいを見ていたミュールズさんが、少し苦笑いしながら、でもそうですね。と頷いてくれた。

 やることがなくて、拗ねているのなら、仕事をやってもらえばいい。

 で、自分の仕事が認められて自信を付ければ、あの王子も色々変わってくれそうな気がする。

 精霊獣が自分から近づいていくのだ。

 彼も『七精霊の子』ならきっと根本から悪い子でも、できない子でもない。


 カウンセリングと勇気づけは保育士の専門。

 ついでに、新しい野菜とか見つかれば私も嬉しい。

 エルディランドではフィールドワークとか無理だと思ってたし。


 そんな、軽い気持ちで、何の気なしに頼んだこと。

 だからそれが新しい『食』の今後に関わる大きな発見に繋がるとはまったく思っていなかったのだ。

 


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