【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 魔術師の決闘

公開日時: 2021年8月4日(水) 06:22
文字数:5,338

 ここは中世異世界。

 剣と魔法の生きる世界。

 多くの人が不老不死を持つが故に、戦争さえ遊びになってはいるけれど。

 それでも、あの世界で失われた戦いの技が今も残る世界である。


 でもその世界においてでさえ。

 そんなものを見るのは初めてだった。


「ま、まさかこんな凄い戦いを見る事があろうとは…」


 目の前で繰り広げられる光景が信じられないと、ぽっかりと口を開けて呟いたのは、私でも無くガルフでも無く、目の前で戦う魔術師の副官たる大人である。

 多分、500年の時を生きて来た不老不死者。

 けれど彼は500年生きて、初めてだと目を輝かせてその光景に魅入っている。

 魔術師同士のガチンコバトルに。


 カキン!

 鋼同士がぶつかり合う澄んだ音が響いた。

 互いの急所を狙った短剣が、止められ、弾かれた音だ、などと思うより早く膝をついた女性は手を水平に伸ばした。


「エイル・シュルトス!」


 彼女の呼び声に応えるかのようにくるくると、空気の刃が弧を描き襲いかかる。

 目標は彼女の眼前で戦う少年 フェイだ。


「くっ! エア・スクートゥム!!」


 受け止めるように伸ばした手の前で、生まれた風はその名の通り、主を守る盾となった。

 空気の渦が盾に弾き飛ばされるように消えて空に戻っていく。

 けれども、呑気にホッとしている暇はない。

 呪文を詠唱の僅かな隙をついて、カモシカの様に長い足がフェイの足元を掬おうと狙ってくる。

 それは回し蹴りにも似た鋭い回転、私だったらひっかけられて倒れているのは確定だ。


 でも。

 フェイにとっては後に飛び退るくらいの余裕は見つけられる。

 相手は戦士では無く、魔術師なのだから。


 相手に攻撃が入らなかったことを確認した刹那、彼女も後方に退き間を取る。

 最初とほぼ同じ立ち位置に戻って彼女は顎をしゃくって見せた。


「子どもの割にはなかなかやりますね。しっかりとした良い立ち回りです」

「貴女こそ、年に似合わぬ敏捷な動きをなさると感心しました。息も上がらず呼吸も乱れない。

 年の功、というやつですか?」


 あ、マズい。

 フェイの挑発交じりの賛辞、いや賛辞交じりの挑発、だろうか?

 は女性の踏んではいけないトラップを遠慮なく踏みつけにする。


「うわっ!」


 飛んできたのはかなり大きな竜巻、風魔術だ。

 確か、エイアル・シュートルデン。


 近付いて来る超小型低気圧を前に、けれども逃げることなく、小さく呟くと両手に纏わせた風でフェイは、まるでカーテンを開くように二つに裂いた。

 ちょっと、マジ?

 顕わになった台風の目、風の大独楽がふわりと空に溶ける。 


「何するんですか? コレは人間にかけていい魔術じゃないでしょう?」

「ごめんなさい。手が滑りました」

「思ってもいないことを言うのは止めて下さい!」


 互いに視線を交わし、不敵な笑みを交差させ、そこからはまた真剣バトル。

 風の魔術が踊り、舞い、空を裂く。


「この年増!」「子どものくせに!!」


 悪態をつきながら呪文を放つ姿は漫才を見ているようだけれども、戦いは真剣そのもの。

 放たれる呪文、しなやかな攻撃。

 一手一手が無防備な相手には必殺クラスの威力を持っている。

 イヤ、凄い。ホント。


 何より凄いのは、どちらも杖を遣わず、ただ呪文の呼びかけ、詠唱のみやってのけている、ということ。

 私、なんとなく杖がないと精霊術が使えないと思いこんじゃってたよ。


 でも、発音が上手で言葉や意志がちゃんと伝わって、なおかつ気に入られていれば、仲介者がいなくても手を貸してくれる人もいるって感じなのかと納得。


「ほらほら! それで終わりですか?

 やっぱり杖が無いと何もできないのですか!」

「…一体、どこが力が弱まっているんですか? 引退を考えているなど適当なことを!」


 舌戦もすさまじい。

 どちらも頭が良くて口が達者だから、まるで機関銃のように悪口が打ちだされいく。

 ただ、それはどちらも妙に楽し気で、まるで姉弟喧嘩の様で。

 色んな意味で驚きのバトルに私は、ガルフと一緒にただただ魅入っていた。


  


 時は少し遡り、一の火の刻。

 王宮の裏手、その一角。

 騎士や魔術師の演習エリア。


 城に呼び出されたフェイとその付き添い、つまり私達はまず王宮魔術師に謁見と相成った。

 簡単で定型な挨拶の後、麗しの王宮魔術師ソレルティア様は、この演習エリアに私達を案内すると鷹揚に問いかける。


「さて、ゲシュマック商会の魔術師 フェイ。其方は何故ここに呼び出されたか解りますか?」

「解りません。お聞かせいただきたく」


 フェイも魔王城で、そして此方に来てからは折に見て第三皇子の館で、貴族へのマナーや対応を教えられてきた。

 一度覚えた事をフェイは忘れない。

 第三皇子の折り紙付きのそれを守りつつ、棘を隠さない返事に王宮魔術師はくすり、と笑い側に控える副官から、数枚の羊皮紙の束を受け取る、


「先に其方が受けた文官採用試験の結果を其方に伝える為です。

 通常であれば、普通に合否を発表し、合格者は後日手続きと意思確認の上城に雇い入れる。

 それだけのことですが、其方の解答はあまりにも特殊でしたから」

「特殊…ですか?」

 

 意味が理解できないという表情のフェイに、彼女は頷いて見せる。

 当たり前だ、と言わんばかりに。


「特殊です。よくもまあ、これだけ空気を読まない解答ができるというもの。

 文官長や皇王陛下も大笑いされていましたよ」

 

 空気を読まない、という表現でフェイの文章記述問題の答えが言われているのだというのが解る。

 定型問題は決まった答え。

 空気を読むも読まないもないもんね。


「定型問題は完璧。一問の間違いもない大したもの。

 ですが、文章記述問題は己の信じる正義と意志と意地の塊。

 周囲や、他国、あるいは神。

 他者への配慮というものがまるで見られないもの。

 全くの誤答、という訳ではありませんでしたけどね」


 あー、やっぱし。

 教えてくれた問題以外もフェイは、自分の信念で答案書いたんだ。


「子どもであるなら、試験など受けた事もないでしょうから仕方ないことですが、覚えておきなさい。

『試験』というものは必要とされる人材を探し、選び抜くもの。

『正しい』が『正解』では必ずしもないのです。

 自分の立場や役割に求められている事を的確にこなせる人材が優秀な人材であり、必要とされるのです」


 天才フェイに突き付けられたぐうの根も出ない『大人』の正論。

 彼は声を発する事さえできない。


「国の司法官、文官としての適性はお世辞にも高いとは言えない結果です。

 本来ならば不合格もありうる所ですが、定型問題と魔術師としての実力がそれを補ってギリギリ合格ライン、ととなっています」


「であるならば、不合格として下さい。

 国に求められる人材でないのであればそれが妥当な判断であるか、と」


 ソレルティア様の言葉に頭を下げて告げるフェイの返答は硬い。

 悔しさと苦みを宿し…言ってみれば完璧に拗ねた子どもの答えを、けれど大人であるソレルティア様は


「それができるなら苦労はしません。

 本当に、世間知らずな子どもはこれだから」

 

 一笑に付した。



「ゲシュマック商会の杖持ち魔術師が近年、稀に見る実力者だと、既に大貴族の間では話題になっています。

 ロンバルディア候領から麦酒、トランスヴァール伯爵からは新鮮さが命の海産物の輸送を請け負っているのですって?

 お二人が積極的に言いふらしている訳でありませんが、少し考える頭のある者なら解りますよ。

 其方が転移術が使える事くらい」

「あ…」


 顔を合わせたのは私とガルフ。

 新しい食材や海産物に浮かれて、ライオット皇子にも忠告されていたのに随分とフェイには動いて貰っていた。

 だからフェイが目を付けられたというのなら、それは私達の責任だ。


「転移術は、国中どころか、世界中の誰もが喉から手が出る程欲しがる秘術。

 悔しいですけれど、私も使えません。

 もし、今回の試験で其方が不合格と発表されれば、まず間違いなく大貴族の殆どからゲシュマック商会に買い取り、雇い入れの打診が行くでしょう。

 転移術の使える無位無官、子どもの魔術師。

 一介の商人が国中の大貴族からのなりふり構わない要請をどこまで断り切れるかしら」


 またしても返す言葉が見つけられない。

 それは、紛れもない事実だから。

 

「王宮への就職を断った場合、第三皇子に抱えて頂くのがまあ、他の大貴族をけん制する唯一の方法かしらね。

 でも、それでも其方の争奪戦は続くでしょう。第一、第二皇子達も巻き込んで。

 妊娠中のティラトリーツェ様に良くない位に姦しく。

 いい加減自覚する事です。

 表舞台に出てきてしまった以上、其方にはもう王宮で保護を受ける以外の選択肢はないという事を…」


 フェイは悔しさと一緒に唇を噛んでいるけれど…。

 私にはソレルティア様の言葉が不思議な程に優しさを含んでいるように思える。

 裏を返せば、王宮に入れば守ってやると、言って下さっているのではないだろうか?


「納得がいかない、という顔をしていますね。

 はっきり顔に出ていますよ。今後、王宮で仕事をするつもりなら自分の腹の内、感情は隠すことを覚えなさい、と忠告しておきます」

「…僕は…王宮で働くつもりは…ありません。

 僕は…ただ、僕が仰ぐ主の為に、妨げられずに自由に動く為に貴族の地位が、欲しかっただけで…」

「試験を受けておいて何を言っているのですか?

 文官になる意志を持って採用試験を受けたのでしょう? そのくせ働く気はないなど甘いにも程があります」

「フェイ…」


 呆れた様に肩を竦めるソレルティア様。 

 フェイの言い分も気持ちも解るけれど、社会人としてなら文句のつけようも無くソレルティア様が正しい。

 地位には責任が伴うものだ。

 仕事もせずに地位だけ欲しいなんて通用しない。

 子どもの我が儘と言われても仕方ない。 


 未だに顔を上げる事もしないフェイに向け、呆れた様にため息を落とすと

 

「では、一つ賭けをしましょうか?」

「え? 賭け?」


 ソレルティア様は王宮の中とは思えない、物騒な言葉を口にする。


「自分には我が儘を言うだけの実力があると示してみなさい。

 私と戦い、術で倒せたら、其方の去就に多少の融通を効かせると約束しましょう」

「術で? でも…」


 ソレルティア様は杖が使えない筈。

 そうでなくても最高位の精霊石の杖を持つフェイに叶わないんじゃ…と私は思ったのだけれども…。


「勿論、杖無しで、です。

 己の杖を賭けた術師同士の真剣勝負」


 壁に杖を立てかけて空手になったソレルティア様の指先で


 エル・フェイアルス


 夢見るような優しい、でも正確で美しい呪文に呼び寄せられるように、風が渦を巻く。

 ビックリ。

 精霊術士って本当に杖が無いと術が使えないと思ってたよ。

 私。


「杖は媒介。精霊に思いを伝える手助けをしてくれる存在です。

 杖が無いと高度な術や、難しい技は使えませんし、細かい調整が難しいですが、正しい発音と呪文で真摯に精霊に呼びかければ、応えてくれるものなのですよ。

 まさか、其方杖無しで術を使う事ができないと言いますか?」


「…勿論、できます!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 フェイも、杖を壁に立てかけ歩み出る。


 私はフェイがシュルーストラム無しで術を使う所、見たことは無かったけれど、本当にできるのかな?


「結構。

 勝負に勝った方が、負けた方の杖に対して権利を得る。良いですね?」

「僕の杖を貴女が得たとしても使えるとは限りませんが?」

「そんなこと、やってみないと解らないでしょう?

 貴方が勝ったら、私の杖に対する権利を預けます。

 まあ、それだけ高位の杖を持っているのですから、私の杖は不用でしょうが。

 ですから、それに加えて其方の地位について、融通を効かせると約束しましょう」


 風を消したソレルティア様のエメラルド色の瞳には強い自信と矜持が宿っている。

 精霊を信じ、自分を信じ。

 負ける等と欠片も思っていない強い目だ。


 フェイの杖を狙っているとは思ったけれど、まさか正々堂々と真っ向勝負で挑んでくるとは。


「勝負は風の刻の間。

 空の刻になったら終わり。相手が負けを認めるか、立てなくなったら、動けなくなったらそこで勝負あり、です。

 杖を使わない代わりに、短剣を一本ずつ持って戦います。

 先は潰してありますけれど、急所を攻撃されたら、それでも勝負あり、ですよ」

「解りました。…まあ、僕は、絶対に負けを認めたりなんかしないですけど」

「奇遇ですね、私もそうです。だから…覚悟なさい! 徹底的に叩きのめしてあげましょう!」

「フェイ!」



 試合開始の合図も無く、一気に踏み込んで来たソレルティア様のつま先が、間一髪後ろに避けたフェイの鼻先をすり抜けて行った。


「! せめて開始の合図とかないんですか? 審判を入れるとかは?」


 飛びずさって、崩れた体形を立て直しながらフェイが悲鳴にも似た声を上げるけれどもソレルティア様は気にする様子も無い。


「審判など必要ありません。勝ったか負けたか、誰よりも自分自身が一番よく知っている

 これは、そういう戦いですから!」


 その軽やかな宣言こそがこの戦い開始の合図。

 小さく舌打つとフェイは短剣を構える。 

 二人は互いを見据え、真っ直ぐに躊躇うことなく。

 絶対に負けられない相手に踏み込んでいった。




 華やかで賑やかな、魔術バトルに魅入る私達の後ろで


『いや、随分と難儀な相手にほれ込んだもよの』

『貴方程ではございませんよ。シュルーストラム』


 主に置いて行かれた精霊達が、くすくすと楽しそうに笑っていることに気付く者はまだ誰もいない。







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