早いものでプラーミァでの滞在期間は今日で終わる。
明日の朝にはプラーミァを出て隣のエルディランドへ。
エルディランドでは二週間滞在して仕事をして、帰国。
なんだか、あっという間だったなあ。と感慨深い。
「別に片付けなど気にしなくていいぞ」
と国王陛下は言って下さったけど、流石にそうもいかないので側仕えの皆は部屋の掃除や片付け、荷物の纏めに勤しんでくれている。
で、私はといえば
「姫君…、香辛料の配合はこれでいいでしょうか?」
「ええ。大丈夫です。それにこれはベースですから。
段々にこの国や陛下達の好みに合わせて改良して下さっていいと思います」
最後の最後、厨房に入って調理の手伝いをしていた。
今回の晩餐会のメニューはプラーミァでの収穫の集大成だ。
メインは特産の香辛料。
あんまり使い過ぎても良くないから少しあっさりめに。
でもこれがあるのとないのとじゃ、味が違うんだよ。
って解る感じのメニューにしてみた。
前菜はサラダと、鶏レバーのシナモン風味。
ナツメグと黒コショウを使ったパータトサラダ。
ポーチドエッグを添えてちょっと贅沢に。
メインは本邦初公開のスパイスチキンカレー。スパイス三種類しか使ってない簡単バージョンだけど十分に美味しい。
暑い国に辛いものはやはり合うようだ。
イノシシ肉のサイコロステーキ。
デザートは定番にして王道 バニラアイスのヴェリココ添えにココナッツミルクを使ったパウンドケーキ。
そしてトリュフチョコレート
コリーヌさんはともかく、王宮の料理人さんはまだそんなに料理に慣れていないので比較的、簡単に作れるモノにした。
とはいえ、今までの料理とはだいぶ違うモノになっている筈だけれど。
「最後のデザート、味の確認をお願いします」
最終確認の味見。
うん、ふんわりバニラアイス。向こうの世界にも勝るとも劣らない味だ。
「…とても美味しいです。
これはプラーミァでなければまだ味わえない味。
レシピを改良されて行くのはかまいませんから、大事に育てて下さいね」
滞在中、料理を一緒にやってきたコリーヌさんと料理人さんを労い、私は頭を下げた。
こういうことをすると、かえって恐縮させてしまうということは解ってはいるのだけど、まあ、けじめだし。
「こちらこそ! 三週間。ありがとうございました。
本当に貴重な体験でございました。
姫君から教わったことは大事に育てて参ります」
「私は、姫君の帰国に合わせてアルケディウスに戻ります。
また、よろしくご指導下さいませ」
コリーヌさんは後一カ月プラーミァに残り、此方に残る料理人さんに基本を教えてからアルケディウスにもう一度戻り、レシピ、技術の習得を続ける。
穀物などにはあまり恵まれないプラーミァだけれども、その他の食材はこれでもか、という程豊富だ。
きっと、アルケディウスとは違う料理を発展させていくに違いない。
料理の指導が大よそ終わってから、部屋に戻って着替え。
アルケディウスの民族衣装を着て、スカーフだけプラーミァで買って貰った更紗にする。
二つの国の融和、みたいな意味合いがあるのだとか。
リオンにエスコートされ、大広間に。
この南国風情溢れる建物を歩くのももう終わりかと思うと、少し感慨深かった。
エターナルライトの魔法輝くシャンデリア。
今回魔法を維持しているのはウォル君だと聞いた。
魔術師の杖を継承して数日だけれど、頑張っているらしい。
初日と同じように国王陛下の隣へ。
でも最初の時と違うのは私の隣に、席が用意されている事。
多分、リオンの席だ。
目を見開くリオンに丁度真向いに座るグランダルフィ王子が小さく頷いて見せる。
横に視線を向ければ国王陛下も。
これはつまり、プラーミァはリオンを私の隣に座る者、王族に準ずる婚約者として認めた事を意味する。
「リオン」
「…ああ」
私達が席に座ると、最初の時の様に国王陛下が立ち上がり、朗々とした声を上げる。
「充実した時、というのは驚く程早くに過ぎ去るものだ。
今日をもって、アルケディウスの皇女 マリカはプラーミァを離れ、隣国へと向かう。
だが、この三週間にマリカとアルケディウスによってプラーミァに齎された恵みは、言葉では言い表せぬ程に大きなものであった」
あれ、これ、それと告げられる『功績』の数々はちょっと気恥ずかしくもある。
「我が国に、幸を齎したリュゼ・フィーヤに祝福を。
アルケディウスとプラ―ミァが今後も末永く発展していく事をここに願う。
エル・トゥルヴィゼクス!」
「エル・トゥルヴィゼクス!!」
隣の席のリオンとグラスを合わせる。
私の滞在期間の終わりを告げる乾杯の声が、少し誇らしく、少し寂しかった。
実は宴会の前、大貴族達を集めて国王陛下は会議を行ったのだそうだ。
内容はグランダルフィ王子の『王太子』即位。
今までも『王の子』であり、勿論要職には着いていたけれども、今後は『次代の王』として尊重されることになる。
更には、農業の拡大と子どもの保護を指示。
領主である大貴族達に協力を命じた。
「しかし、それは今までの慣例とはあまりにも…」
改革内容はあまりにも大きく、大胆で保守派の大貴族達からは異論も出たらしい。
だが国王陛下はそんな大貴族達の態度を一笑に付したと、フィリアトゥリス様は後で教えてくれた。
『今後プラーミァは変わる。王太子と共に新しい時代を作っていくのだ。
強制はせぬ。今まで通りを願うのであれば、そうするが良い。
だが、良いのか?
マリカを手にも入れられなかった無能共。
置いていくぞ…』
「こ、これは!」
「なんという素晴らしい味! そしてこの香気は…」
「それが、アルケディウスが我が国に齎した『新しい食』そして『香辛料』の力だ」
そして今、晩餐会の料理に。
国王陛下が垂らした釣り竿に吊るした餌に、大貴族達は老いも若きも目の色を変えて喰らいついていた。
初日、そして中日の料理と新しい食を知った者達は、その集大成と言える『プラーミァの料理』に、そして国王陛下の策略に完全に屈服したのが解る。
最初の日にこの国の味がどう変わるかを見ていろと、王様は言った。
香り高いスパイスをふんだんに使った他国では味わえない、自分で言うのもなんだけど魅惑の味の数々。
カレーは簡易バージョンだけど、辛みと旨味がプラーミァの気候と良く合う。
素材がいいせいか、向こうの世界よりも美味しいくらいなんだよね。
初日の宴席のような料理を優越感だけで食べていたのだとすれば『新しい味』は逆らえない魅力を感じる筈だ。
「今後、一般にも市販を本格的に開始するが、食の事業は基本、王家のかじ取りで行う。
レシピも素材も、当面は王家が管理する」
王様、悪どいなあ。
私はジュースと一緒に喉元まで出かかったそんな感想を飲み込んだ。
新しい味が欲しければ、王家に従えってことだよね。
これを商人や悪人にやられちゃうと拙いのでアルケディウスはゲシュマック商会主導でやっているけれど。
「まあ、プラーミァならいいかな?」
と思う事にする。
民思いのプラーミァ王家なら口で仰る程酷い事はなさらないと思うし。
国を纏める手段、部下への求心力、褒章としてレシピが使われるのはアルケディウスも同じだ。仕方ないだろう。
一般庶民の食に関しては介入しないと約束してくれたし、農業人口を増やし食料生産を増加させないといけないから領主達にやる気を出させないといけないし。
でも、良い教訓になった。
他国では、レシピを誰にどう渡すか慎重に考えよう。
アーヴェントルクとか特に気を付けないと。
晩餐会後の舞踏会は『王太子』となったグランダルフィ王子が、ファーストダンスを誘って下さった。
「私と踊るとリオン以外と踊れなくなりますが、構いませんか?」
「喜んで」
踊り始めると他の貴族子弟が悔し気な顔でこちらを見ているのが解った。
この国の『王太子』
一番に近く身分の高い人物と最初に踊ることで、他の者達は誘えなくなるらしい。
王子が最後まで、私の防波堤になって下さった事に気付いて少し申し訳なくなる。
私にとって王子はどうしても友人、というか保護者、兄枠で。
王子に恋愛感情を持つ事はできなかったというのに、ひたすらに優しい。
「感謝しています。マリカ姫。
貴女がこの国に来てくれてよかった」
でも、そんな私の思惑を感じ取ったようにグランダルフィ王子が、私の眼を見つめながら微笑む。
「貴女が、貴方達がこの国に来て下さらなかったら、僕は今も自分を内に押し込め、王宮で肩身の狭い思いを続けていたことでしょう。
僕にとっては周り全てが届かない高み。フィリアトゥリス以外には本当に等身大で感じられる存在がありませんでしたから」
「ご苦労をされてこられたのですね」
「苦労だったのだということすら、解りませんでした。
でも、貴方方が来て、その生き方を見て、輝かしさを知って。
自分も輝きたいと望んでいいのだと、初めて気が付いたのです。だから…本当に感謝しています。マリカ様」
「ありがとうございます。グランダルフィ王子。いえ、王太子様。従兄君」
くるり、と手の中で一回転。
身長差があると、踊りやすいな、と感じながら、私は王子を見上げる。
恋愛感情は無くても、私は王子の事が好きだ。
エリクスより、きっと。
「どうか、その才能が輝きますことを、アルケディウスの空から願っております。
…何かありましたら、いつでもお声かけ下さいね」
「アルケディウスはその言葉が本当に頼りになるから、凄いですね」
曲の終わり、王子は私の手を取ると恭しく膝を付き…
「僕は、貴女が好きですよ。この国に必要な人だと、一緒にいて欲しいと思った事に嘘偽りはありません。
でも、思えば僕は、貴女そのものではなく、貴方の持つ強さに、輝きに恋をしていたのかもしれませんね」
ではなく、私の顔に手を当て…
「!」
王子の固いけど暖かい手に、間近に感じる吐息に心臓がバクつく私の頬に、そっと唇を寄せてキスを落とした。
頬チュー?
えっと、親愛の証、だっけ?
何が起きたのか、解らずに目を瞬かせる私にイタズラっぽく笑って、王子は片目を閉じた。
「リオンに怒られるので、ここまでにしておきます。マリカ姫、我が従妹の君。
貴女を得られなかったのは残念ですが、それ以上のモノを、一番欲しかったものと共に貴女は僕に与えて下さった。
あの日の誓いと共に、私はどんな時でも、貴方方の味方となりますから」
王子の言葉の本当の意味を多分、私は理解していなかったと思う。
けれど、グランダルフィ王子という頼もしい味方を得られて、プラーミァに来た元は十分にとった、とれた、と思ったのだった。
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