私をマリクと呼び、そう扱う者は多くはない。
正体を知っている者も同様だけれども。
『聖なる乙女』
『精霊の貴人』マリカも、私をリオンと呼ぶ。
前世の記憶の無いマリカにとっては、私はおそらく大切なリオンの身体に寄生する虫。
邪魔者に過ぎないと解っている。
今頃『星』の城で、私を追い出すか消し去る方法を探している事だろう。
アルと呼んでいた弟分や不老不死前の時代の親友達は言うに及ばず。私に恨みが籠った視線を向ける。
別に仲良くしたいわけでは無いが、会話する隙もない。。
だから。
私を見て
「ダメですよ。マリク。
結界を超えた飛翔は『精霊神』の怒りをかい、その身と精神を傷つけます」
怯むことなく会話する者。できるものは今の所、彼。
フェイだけなのだ。
「……解っている。この身体はリオンのモノ。下手な傷は付けられたくないのだろう?」
「それは勿論、そうですが。
僕は、貴方を心配しているのですよ。
まったく、貴方とリオンは本当に同じ魂の所有者だ。
どちらも、もう少し自分の身を大切にすることを学ぶべきだと思います」
困ったものを見るような眼差しを向けてフェイは大きな息を吐きだす。
この身体に宿る、もう一人の人格。
リオンに絶対の忠誠を誓うこの男は、私とリオンを完璧に見分ける。
本当のことを言うのなら、最初はリオンのフリをして『星』の城に忍び込もうとも考えていたのだ。
リオンを完全にエミュレートできる。誰もが私をリオンだと思うだろう。
気付かれることはない。
そんな私の根拠のない自信は蒼い瞳に、私が映し出された一秒、一言で砕け散ってしまった。
「心配をかけたな。フェイ」
「……貴方は。まさかマリクですか? リオンを一体どうしたのです?」
一瞬で見破られたことにも驚いたが『私の名前』を知っている人間が、この世に生きて存在しているとは思わなかった。
「何故、お前のような若造が私の名を知っている?」
あの時は相当に焦ったものだ。
なんでも、私の人格が過去に一度出てきたことがあったのだと後で聞かされた。
『神』の力を体内に入れられた時に、対処の為に。
今の『私』にはその時の記憶は何故か無い。何故その時にリオンの意識を奪い取ってしまわなかったのか?
と当時の私を絞め殺したくなるが、まあ、そんなことも言ってはいられない。
「貴方が目覚められた、と言う事は、まさかリオンは?」
『精霊の貴人』を奪取し『神』の元に帰るのが、今の私に定義された任務。
血液の中に入れられた最高濃度の『神』の力のおかげで一時的にリオンの意識を奪い取ったものの、長続きしないのは解っている。
目的を達成する為には優秀な手駒がどうしても必要だった。
「リオンは、私の中で封印してある。消去されたくなかったら我に従え」
我ながら陳腐な脅迫であったことは解っている。
だが、この状況から自分がリオンを救い出すことができないと理解したフェイは私に膝を折ったのだ。
その後も、自分は完璧にリオンになりすませている。と思った演技があっさりとマリカ達に見破れたこともあり、私の計画は完全に暗礁に乗り上げていた。
蘇った私に課せられた目的は解っている。
マリカを奪い取り『神』の元に戻り、その助けになること。
ではどうすれば『神』の元にマリカを連れて帰ることができるのだろうか?
ため息が出る。
無論、そんな弱みをマリカ達に見せる訳にもいかないが。
追及の日。
偉そうなことを言って、マリカ達を泣かせてしまったが、本当に不利なのは多分、私の方だろう。
数的にも能力的にも。
しかも時間が経てば経つだけ相手は対処の手をうってくる。
今後の事を考えるだけで気分が悪くなる。
「マリク」
「なんだ? フェイ」
けれど、私はそれをリオンの普通の表情に隠して、なるべく鷹揚に返事をして見せた。
フェイに私を下の存在と見られるわけにはいかない。絶対に。
気を張っていたつもりだったが、やはり『私』は気が緩んでいたのだろう。
その後、フェイの口から発せられた言葉を聞くまで、そして自分が答えるまで。
私は自分が何者であるかを忘れていたのだから。
「貴方は『神』と袂を分かち、リオン共々『星』の精霊になる気は無いのですか?」
「……それは、私を侮辱しているのか?」
生ぬるい『幸せ』に溺れて……。
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